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『アルストラーナ伝記』  作者: リアトト
『聖地エルサ・ルーメン』帝国歴322年
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『転生姫と秘されし星の刻印』

カラン、と寂しげな音を残して倒れた金の杖を見下ろし、ルシアは感情を排した声で小さく告げた。

「聖堂内のすべての文書と宝物をそのまま残して退去しなさい。抵抗を試みる者には、それ相応の処置を執ります」

総主教カルヴァルの後ろで身を縮めていた司教や神父たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。千年のあいだ絶対の神聖不可侵を誇った大教導司教座聖堂『マジェストゥウーズ』の聖域は、今やただの広大な石造りの建築物へと成り下がっていた。

背後に控えていたヴィオが静かに前に出ると、腰の筒から羊皮紙の巻物を取り出し、大理石の床に広げた。 「ルシア様、接収手順の第一段階、完了いたしました。これより街の行政機関および宝物庫の押収へ移行します」 「頼みます、ヴィオ民への略奪や暴行は一切許さない。もし騎士団員の中に違反者が出れば、即刻重罪に処すように」 「御意」

ヴィオは短く礼をすると、そのまま流れるような動作で聖堂の外へと向かっていった。


◇

数日後。聖地エルサ・ルーメンを覆っていた重苦しい緊張感は、徐々に新たな熱気へと移り変わりつつあった。

『聖ゲンドラス教国』の聖騎士団は、占領軍にありがちな不法占有や市民への弾圧を一切行わなかった。それどころか、旧支配者であったグラッデェ人の残党を速やかに捕縛し、彼らが貯め込んでいた苛酷な重税の還付と、食糧の無償配布を開始したのだ。

大教導司教座聖堂の前には、毎日何千人もの市民が押し寄せていた。五本の尖塔の頂点に掲げられていた天信教の聖旗は引き降ろされ、代わりに爽やかな純白に緑の『四つ葉のクローバー』を模した『真理の光教団』の巨大な旗が風になびいている。

その日、聖堂のバルコニーにルシアが姿を現すと、広場を埋め尽くした民衆から割れんばかりの歓声が巻き起こった。

ルシアは掲げた片手で歓声を静めると、その透き通るような声を広場全体へと響かせた。

「エルサ・ルーメンの民よ! 天信教の偽りの神話と、グラッデェによる支配の時代は本日をもって永遠に終わりを告げたました!これより、この地には『エルサ・ルーメン共和評議会』が設立されます。この国の主人は、神の代理人を名乗る聖職者でも、血統を誇る皇帝でもない。あなた方一人ひとりなのです!」

地鳴りのような歓喜の叫びが帝都の空を揺らした。 長い歴史の中で、常に「授けられる側」「従う側」として歴史の影に追いやられていた市民たちが、自らの足で立つ瞬間を迎えたのだった。

バルコニーの影で見守っていたヴィオが、腰の剣に手を置いたまま、隣に立つヴォルフラムに話しかけた。

「……これで本当に良かったのでしょうか?ヴォルフラム様」 「何がだ?」 ヴォルフラムは腕を組み、冷ややかな眼差しで眼下の群衆を見つめている。

「神話を奪い、新たな信仰『真理の光』を授ける。……私たちがやったことは、天信教が千年前に行った『神話のすり替え』と、根本的には変わらないのではないですか?」

ヴィオの問いかけに、ヴォルフラムはわずかに口元を緩め、短く鼻で笑った。

「真実などというものは、常に勝利した者が書き換える幻に過ぎん。だが、ルシア様が与えたのは『支配のための欺瞞』ではなく『自立のための光』だ。それをどう使いこなすかは、あの愚かで愛おしい民ども次第さ」

「……相変わらず口が悪いですね」ヴィオは苦笑し、視線をバルコニーのルシアへと戻した。


◇

その夜。大教導司教座聖堂の奥深くに存在する、最深部の地下書庫。

かつて天信教が「不都合な歴史」をすべて封印し、焼き捨てたとされていたその暗闇の中に、ルシアは一人立ちすくんでいた。手にした燭台の灯りが、壁一面に刻まれた文字盤を怪しく浮かび上がらせている。

「これが……抹消された『本当の天信教』の記憶……」

ルシアの手が、古びた石版の表面をそっと撫でる。 そこに刻まれていたのは、天信教が提示していた欺瞞の歴史でもなければ、ラーナ人が信じていた平和な王権の物語でもなかった。


『王権とは神から与えられしものではなく、星の彼方より来たりし“異能の力”の器に過ぎず。力を失いし時、神話を作り替え、歴史を偽れ――』


ルシアの瞳が小さく揺れた。 自身の右手に宿る、聖堂の扉をも容易く開け放つ「異能」の真の起源。そして、なぜ自分が『真理の光』を掲げてここまで来なければならなかったのか――その本当の意味が、石版の刻印とともに繋がり始めていた。

「ルシア様」

背後から静かにヴォルフラムが足音を殺して現れた。

「上の処理はすべて終わりました。……やはり、ここに眠っていたのですね」 「……ええ、ヴォルフラム。私たちは歴史を正したと思っていた。けれど……」

ルシアはゆっくりと振り返り、冷たい地下の闇を見つめた。

「本当のやるべき事は、これから始まるのかもしれません。この大陸に隠された『始まりの嘘』は、天信教だけのものじゃなかったのだから」

新時代の光が差す聖地エルサ・ルーメンの地下で、ルシアは真の歴史を巡る新たな輪舞曲ロンドが、静かに始まったような気がしていた。


登場人物一覧表

イリアード

アルストラーナ帝国軍の総大将であり、セレスティア親王。「軍神」と称される冷徹かつ無双の武勇を持つ指揮官。アラリック皇帝の腹違いの弟。愛娘ルシアを溺愛しており、彼女の危機には理性を失い「鬼神」と化して突撃する一面を持つ。のちに「大元帥」に就任。

ルシア(ルシア・フォン・セレスティア / 巫女ルナ)

セレスティア親王家の令嬢であり、イリアードの愛娘。『真理の光教団』の巫女「ルナ」としての顔を持ち、『聖ゲンドラス教国』の聖騎士団長を極秘裏に務める。空間や物質を操作・修復・回復させる強力な「異能」と稀代の軍略を操り、裏から大陸の歴史を動かす。

ベグ・バール

騎馬民族グラッデェ帝国の皇帝。前大王エスゲイ・バールの息子。父の復讐のため50万の大軍を率いてアルストラーナへ侵攻するが、ルシアに敗れて捕縛される。

エスゲイ・バール

グラッデェ帝国の偉大なる大王。ベグ・バールの父。前年5月に『六棘の霜華』によって暗殺された。

ジル・オテ(旧名:ジルグード)

元オテゲン皇国第4王子。11年前に燕国を占拠するもルシアに打ち砕かれ捕縛された。その後改心(ルシアにより半ば強制的に改心)させられ、聖ゲンドラス教国の司教を務める。過去には放浪の吟遊詩人・剣士としてブランガ・オデュヌと共に名を馳せた。

ヴィオ

ルシアの側選であり忠実な侍女。黒髪のショートカットに紫の瞳を持つ少女。背中に長柄の錫杖を背負い、細剣を用いた鋭く美しい剣舞もこなす。

ビー・スー

ディヌイヤ王国のボロ国王から特別な協力者として譲り受けられた青年。丸盾を背負い、冷静沈着な判断力でルシアの護衛や参謀的役割を果たす。

ヴォルフラム

『真理の光教団』アンチアルマ大聖堂の枢機卿。重厚な法衣を纏い、教団の志願兵を率いてルシアたちと合流・共闘する冷徹な知識人。

ココロギ(ココロギ・サイリュン / 崔心木)

『真理の光教団』の教祖であり、聖ゲンドラス教国教皇ゲンドラス・サイリュン(崔厳)の実子。リヴィエール一族の血を引く。空間跳躍(瞬間移動)や護符生成の異能を持つが、極度のパニックや生理現象で暴走・誤作動させることが多い気弱で優しい少女。

アラリック

アルストラーナ帝国の皇帝。イリアードの腹違いの兄。弟イリアードを非常に好いており、彼を近く(帝都)に留め置くために「大元帥」の職を新設・授与した。

リアム・フォン・セレスティア

イリアードの息子でルシアの兄。16歳で初陣を飾り、混戦を切り裂いてグラッデェ皇帝ベグ・バールを捕縛(実際は気絶したベグを縛り上げた雑用)した武功により、最年少将軍に就任し聖剣アウレリウスを賜る。

セシリア

イリアードの側室であり、ルシアの母。花の都ルミナリアの出身。「植物や緑を一瞬で爆発的に生い茂らせる」異能を持ち、市内に「神託の聖母」として光と緑の奇蹟をもたらす。

シルヴィア・フォン・アルストラーナ

アルストラーナ帝国第6皇女。アラリック皇帝の娘。冷徹で政治的な洞察力を持つ美少女。政略結婚としてリアムに嫁ぐ。

カルヴァル

天信教の総主教。聖地エルサ・ルーメンの大教導司教座聖堂『マジェストゥウーズ』に鎮座し、歴史を裏から操ってきたが、ルシアたちの前に屈服し権力を剥奪される。

ベルトト

ルシアたちの手配や巡行の運営を完璧にこなす手腕を持つ人物。祝宴では小堤を叩いて宴を盛り上げた。

ボロ・ディヌイヤ

南海の大国ディヌイヤ王国の国王。ルシアの要請に応じ、山脈を越えてグラッデェ本国南部を急襲・協力する。

ゲンドラス・サイリュン(崔厳)

聖ゲンドラス教国の教皇であり、ココロギの実父。

リゼリア

イリアードの正妻(親王妃)。リアムの結婚を温かく祝福する。

バザル

ガザルカガンド会戦におけるグラッデェ軍の最高幹部。大斧を振るう巨漢の猛将だが、ルシアに一撃で討ち取られる。

ルネッタ

イリアードの側室でセシリアの妹。後宮の「徳妃」。

シンシア

ルシアの妹。後宮で徳妃ルネッタの侍女を務める。

用語集一覧表

アルストラーナ帝国

大陸西部に位置する歴史ある古国。かつて全土を支配した「偉大なるラーナ人の国」。文武に長けた帝国だが、歴史の陰で天信教に主権を奪われていた。

グラッデェ帝国

50万の圧倒的な騎馬軍勢を誇る東方の大帝国。騎馬民族中心の国家で、他国を服属・奴隷化していた。本拠地はガザルカガンド。

聖ゲンドラス教国

『日の出る国』と称される東の島国。四つ葉のクローバーを紋章とし、洗練された純白の軍服と長柄の錫杖を携えた「聖騎士団」を擁する。

真理の光教団

ルシアが巫女「ルナ」として担ぎ上げ、のちに天信教に代わって国教となる新たな宗教勢力。

天信教

聖地エルサ・ルーメンを拠点とし、千年にわたり「授冠の儀式」を通じて王権の上に君臨してきた歴史ある旧宗教。都合の悪い歴史(王権と異能の真の起源)を抹消・隠蔽していた。

アンチアルマ

アルストラーナ帝国の東方防衛拠点である古都。堅牢な石造りの城壁を持ち、周囲の「ヴェロニカ砦」「フェルゼンヴァルデン砦」と共にグラッデェ50万の大軍を迎え撃った。

枡形(ますがた)

城門の奥に作られた半円形の構造を持つトラップ空間。突入した敵を鉄格子で閉じ込め、頭上から沸騰した油や火、矢を浴びせて全滅させる。

ガザルカガンド

騎馬民族グラッデェの本拠地。ルシア率いる聖騎士団の裏をかく作戦により焼き払われ、陥落した。

ガザルカガンド会戦

敗走したグラッデェ軍30万に対し、ルシアが解放を宣言して味方に引き入れた従属国兵15万+聖騎士団7千(計15万7千)が激突した決戦。グラッデェ帝国が完全に滅亡する契機となった。

エルサ・ルーメン

天信教の聖地であり「聖天の約束地」。中央には5本の尖塔を持つ巨大な「大教導司教座聖堂マジェストゥウーズ」が聳え立つ。のちにルシアによって「エルサ・ルーメン共和評議会」が設立され、民の街へと改変された。

四つ葉のクローバー

聖ゲンドラス教国および聖騎士団の象徴たる紋章。希望と神聖の象徴。

リヴィエールの血 / 異能

ルシアやココロギ、セシリアらに受け継がれる特別な血統と秘められた超自然的な力(空間操作、物質修復、植物の生長促進、瞬間移動など)。天信教が隠蔽してきた「王権の真の起源」にも深く関わっている。

心木(さいしんぎ)

『真理の光教団』の教義において、世界や宇宙の中心に立ち全生命の魂と心をつなぎ止める世界樹・大樹。

コミュシュルツ川

赤狼山脈の南を東西に流れる大河。ルシアたち聖騎士団とヴォルフラム率いる志願兵が合流した作戦上の要衝。

ディヌイヤ王国

南海の大国。ボロ国王が治めており、アルストラーナやルシアと同盟・協力関係にある。

セバスチャン

ルシアが騎乗する、チーターのごとき驚異的な脚力を持つ愛馬。

聖剣アウレリウス

皇帝直属の伝説的な武具であり、真の英雄にしか与えられない権威の象徴。リアムに授与された。

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