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『転生姫のシューコルン制圧』

水明将軍セシリアの乗艦『アクアライト』。 セレスティアにて遠洋航海と海戦を前提に開発された新造大型艦である。高波でも船体の安定を保つだけの巨体と、複層式の船首楼および船尾楼を有し、艦自体の強度や積載力を極限まで高めてあった。四本のマストを備え、そのメインマストには黒百合が咲き誇っている。

その『アクアライト』の甲板上。 小さな腕を組んで仁王立ちしているのは、四歳の幼姫ルシア。その隣では、腰に手を当てた母セシリアが、どこか憐れむような視線を投げかけていた。

二人の視線の先には、帝国艦隊の過半数を失った提督カシアン・ヴァロアが、甲板に両膝をついて力なくうなだれている。少し離れた場所では、侍女のエミーナがハラハラと困惑した様子で指を噛みながら、カシアンの弱々しい背中を見下ろし、成り行きを見守っていた。

「私たちはこれから、シューコルンを占領しますわ。そこで勇敢な提督さんは、名誉の戦死を遂げるのです!」

ルシアが高圧的に、堂々と言い放った。

「せ、せせ……戦死ですか!? わ、私に死ねとおっしゃるのですか、姫様!?」

情けない中年の宦官であるカシアンは、四歳児を見上げながら涙声で悲鳴を上げた。

「ですが提督、このまま帝都へ戻られたところで、どうせ死罪になりかねませんでしょう? 皇帝陛下はかなりのご立腹のようですし」

セシリアも同情を寄せるが、かばいようもない現実を淡々と口にする。

カシアンは皇帝の絶大な信頼を得て、二百隻・二万七千もの大軍を預けられて侵略航海に出かけたのだった。南海の大国ディヌイヤとの国交樹立自体はルシアの手助けによって見事果たしたものの、その帰路で海賊の奇襲に遭い、激しい嵐にも揉まれて艦隊の大半を失ってしまったのである。

「シューコルンの占領は、激怒されている叔父上(皇帝)を宥めるためですわ。提督さんはここで戦死したことにして、シューコルンに残るのです。……そう、『真理の光教団』の司教としてお名前を変えて暮らせばよろしいわ!」

その言葉に、セシリアの顔に思わず笑みがこぼれた。わが子ながら、四歳児にしてなんとも面白い妙案を思いつくものだと感心したのだ。

シューコルンを占領し、敗軍の提督が名誉の戦死を遂げたという事実にすれば、皇帝もそれ以上怒りようがない。何より、シューコルンを押さえることで大国ディヌイヤとの国交は確保され、交易を行う上で欠かせない南海と西海の海上貿易拠点が手に入るのだ。


◇

甲板に立つエミーナは、大きく息を吸い込んだ。 鼻腔を突いたのは、潮の匂いだけではない。むせるようなクローブの香りと、熟しきった果実、そして無数の人間が発する熱気——大陸中の富が集まる有数の港湾都市特有の匂いである。

大国ディヌイヤからもたらされた高級香辛料である胡椒やクローブ、アスクアルブで生産された極上の絹、さらには異国の地から集められた象牙や宝石が、山のように運ばれていく。 港に広がっていたのは、海を埋め尽くさんばかりの船の群れだった。北海からやってきたノバージェの交易船、燕国や帝国の大型商船がひしめき合っている。

岸辺には石造りの堅牢な時計塔やギルドハウスが立ち並び、その背後にはルシアの発案によって建てられた巨大な大聖堂の尖塔が、うっすらとした朝霧の中にそびえ立っていた。

「……本当に、すごい港町ね」

エミーナは感心したように呟いた。帝国の都が『皇帝が支配する秩序の都』なら、この港町シューコルンは『金と欲望が渦巻く自由の都』だ。

やがて船が桟橋に接岸するやいなや、豪奢な長衣をまとった役人が、武装した衛兵を引き連れて乗り込んできた。貿易を管理する査察官(税関)である。

役人は商人が差し出した積荷目録に鋭い視線を走らせると、冷淡に告げた。 「領主特権により、胡椒の三分の一、および象牙はすべて我がアルストラーナが買い取る」

だが、商人はまったく動じることなく、袖の中から小さな革袋を滑り込ませた。中に入っているのは最高級の乳香である。

「これは、長旅の審査でお疲れの役人様の喉を潤す、ほんの心ばかりの極上ワイン代でございます」 「……ふむ。荷の改めには時間がかかるものだ。これほど見事な荷だ、丁重に扱わねばな。残りの絹は、自由市場へ持ち込むが良い」

商人の口元がわずかに緩んだ。これで法外な関税を免れ、闇市へ極上品を回す許可を得たのだ。これこそが、この港町の生き方であった。

上陸したエミーナが向かったのは、外国人居留区である『異邦人街』だった。 一歩その区画に入れば、ここがどこの国なのかを一瞬忘れてしまう。行き交うのはあらゆる国の商人、金融業者、そして言葉の通じない荒くれ者たち。

日暮れを告げる大聖堂の鐘が鳴り響くと、街の喧騒の中に重々しい祈りの声が混ざり合う。広場を挟んだ向こう側の酒場に入れば、旅の吟遊詩人が奏でるリュートの音色に合わせ、地元の若い職人たちが酒を片手に賑やかに歌い踊っていた。

夜になっても港の灯りが消えることはない。波の音に混ざって、世界中の言語が織りなすざわめきが、冷たい夜風に乗って流れていく。

支配者が変わろうとも、この街の本質が変わることはない。むしろ新たな支配によって関税が安くなったことで、市民や商人たちからは歓迎さえしているほどだった。

エミーナはセシリアから頼まれていた品々を無事に買い揃えると、夜の港に静かに停泊している旗艦『アクアライト』への帰路につくのであった。


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