『旭日と煉獄の交錯』
視界のすべてを焼き尽くすかの如く、天を突く紅蓮の炎が舞い上がっていた。かつて大海を渡った巨大な船すら、一瞬で灰燼へと帰すであろう絶大な熱量。異能の者としてこの地へ転生を果たした男、ブランガ・オデュヌの全身からは、狂おしいほどに激しい真紅のオーラが立ち昇り、大気を歪めている。
「懲りずに現れたな」
対峙するココロギの瞳には、一切の畏怖もなかった。震える脚を力強く踏みしめ、眼前の魔人を見つめ返す。
「あなたは私の大切な仲間達を殺した……絶対に許さない!」
叫びに応えるかのように、ブランガの手にある獄炎魔槍『煉獄の咆哮』が、まるで巨大な篝火のようにメラメラと不吉な爆音を立てて燃え盛る。
「ハハハ! 火だるまにされてもまだ懲りぬか。その大きなハエ叩きで俺を倒すつもりか? また黒炭になりたいのなら、いつでもかかって来るがいい!」
ブランガの嘲笑を全身で受け止めながら、ココロギは静かに自身の錫杖『旭日神劫』を構え直した。
静寂が支配する。互いの呼吸音すら届きそうな緊迫した睨み合いの中、上空の暗雲がゆっくりと風に流されていった。雲の切れ間から覗かせた太陽が、眩いばかりの金色の日光を地上へと一気に降り注ぐ。
その瞬間、ブランガの表情が引きつった。ココロギの真の狙いに思い至ったのだ。
「おのれー! 小癪な……!」
大きなハエ叩きと蔑まれた『旭日神劫』は、降り注ぐ日光をその極点へと果てしなく集積させていた。気温の五千倍——一万度を超える超高熱。この世界において、その極限の熱に耐えうる物質など存在しない。
「死ねぇっ!」
悟られたと知るや、ブランガは『煉獄の咆哮』を突き出し、地を破って突進した。だが、ココロギの姿は瞬間移動によって既に掻き消えていた。
そこに現れたのは、真の灼熱地獄。 ブランガが放つ破滅の火炎に一度でも触れれば、二度目はない。後方ではツルギが押し寄せる四人の戦士を相手に決死の防衛戦を繰り広げている。その背中を信じ、ココロギは消えては現れ、現れては幾重もの日光の束でブランガの身体を容赦なく焼き続けた。
『旭日神劫』から放たれる熱線に晒され、ブランガのオーラは赤から白へ、白から深みのある青へ、そして恐ろしい青白色へと変色していく。肉体がボロボロと崩れ落ち、無数の炭化した傷を全身に負いながらも、ブランガは獣のごとき咆哮を上げた。
限界を超えた力で振るわれる『煉獄の咆哮』の渾身の一撃。死角からの閃光が、息を乱したココロギの身を激しく襲う。
(しまっ——)
死を覚悟したココロギの視界を、重厚な金属の輝きが遮った。間一髪、踏み込んだツルギが『龍鱗盾』を突き出し、その壊滅的な衝撃を受け止めたのだ。凄まじい金属音が響き渡り、火花が夜空の星のように散る。
さらに横合いから、助太刀に駆けつけたシンシアとミタマが武器を構えて滑り込む。遥か上空では、展開の早さに置いてけぼりを食らっていた白鷹フェリスが、羽を逆立てて怒りながら旋回していた。
——その時だった。
空気が異様なほどに重く沈み込み、激しい空間衝撃が周囲の樹々を薙ぎ払った。 歪んだ空間の裂け目から静かに姿を現したのは、深紅と金の法衣を纏った初老の神職者——アルカディアス。
「異能の子供達よ。遊びはここまでとしよう。お前達の命を奪う事など容易い」
低く静かな声にもかかわらず、その音波は鼓膜を、そして魂を直接揺さぶった。アルカディアスが空間を激しく歪ませてみせると、彼から放たれた圧倒的な神気が、戦場の熱気を一瞬で凍りつかせるような冷酷な威圧感となって広がっていく。
全身を焦がされ、全身から煙を上げながら肩で息をするブランガが、苦々しい表情で初老の神職者を睨み返した。
「アルカディアス……。余計な手出しをするなと言ったはずだ」
「相変わらず聞き分けの無い奴だ」
アルカディアスは小さくため息を吐きながらも、その鷹のように鋭い視線をココロギたちへと向けた。彼の身から溢れ出る絶対圧は、ボロボロになりながらも共闘の姿勢を崩さないブランガを庇うように、その前方に立ち塞がる。
アルカディアスが、静かに右手を空へと掲げた。
次の瞬間、まるで目に見えぬ巨人の拳が落とされたかのように、空間そのものが全方位から叩き潰された。凄まじい衝撃波が爆風となって吹き荒れ、ココロギたちの陣形が一瞬で霧散する。前衛で踏みとどまったツルギの『龍鱗盾』にすら、激しい不協和音と共に網目状の亀裂が走った。
「くっ……! なんて圧なんだ……!」
ツルギが膝を折りそうになりながら、歯を喰いしばって叫ぶ。上空から急速降下しようとしていた白鷹フェリスも、押し寄せる神気の乱気流に翼を煽られ、空中で大きく体勢を崩した。
「ブランガ、退け。その身体ではこれ以上『煉獄の咆哮』を維持できんはずだ」
アルカディアスが背後を振り返ることなく短く命じる。ブランガは悔しそうに歯噛みをし、不満を全身から匂わせたが、己の限界を理解していた。静かに槍を引き、一歩後退する。全身の炭化した傷口から揺らめくオーラを極限まで抑え込み、彼は冷たい瞳で次なる好機を窺う影となった。
「やはり、この男が黒幕……!」
ココロギは荒い吐息を漏らしながらも、膝の震えを抑えつけ、錫杖『旭日神劫』を力強く掲げ直した。雲間から差し込む太陽の光が、再び宝珠の先端へと吸い寄せられるように集束し始める。
アルカディアスの周囲には、まるで空間が割れるかのように、幾つもの不気味な歪みが生成されていく。後方ではシンシアとミタマが苛烈な殺気を滾らせ、ツルギが傷ついた盾を前に押し出した。
満身創痍でありながら底知れぬ狂気を孕むブランガと、圧倒的な神威で戦場を支配するアルカディアス。真紅と紺青の緊張が最高潮に達した——その刹那。
二人の姿は、歪む世界の一瞬の隙間に吸い込まれるように、痕跡もなく消え去っていた。
残されたのは、吹き抜ける冷たい風と、焦土と化した荒野だけだった。緊張の糸がぷつりと切れ、静寂が戦場を包み込む。
「止めを……刺せなかった……」
カタリ、と錫杖の突起が地面を叩いた。悔しさと自身の無力感に苛まれ、ぽつりと呟いたココロギの肩が、力なく落ちる。
そんな彼女の背中に、シンシアが静かに寄り添い、その華奢な腕で優しく肩を抱きしめた。
「大丈夫……生きてさえいれば、きっとまた……」
包み込むようなぬくもりに、ココロギはゆっくりと目を閉じた。遠く空の果てで、フェリスの哀愁を帯びた鳴き声が、茜色に染まり始めた雲間に切なく響き渡っていた。




