13. 似ている ~マルセナside~
13. 似ている ~マルセナside~
ライアン王子の誕生パーティー以来、私の頭の中はレオンハルト王子の残した『あの言葉』に支配され、ずっと靄がかかったようだった。
そんな折、私は珍しくライアン王子ご本人から私室へと呼び出された。今、私は彼が待つ部屋の重厚な扉の前に立っている。
(一体、なんのお話なのかしら……)
コンコン、と控えめに扉をノックする。「どうぞ」という彼の落ち着いた声に促され、私は恐る恐る部屋の中へと足を踏み入れた。
「失礼いたします」
そう言ってゆっくりとした動作で入室した私を見て、ライアン王子は微笑みを浮かべた。だがそれは、いつも飄々としている彼からは想像もつかないような、ひどく熱を帯びた、酷薄な笑みだった。背筋をゾクッと冷たいものが駆け抜ける。
「よく来てくれたね。さぁ、こちらに来て座ってくれ」
彼は私の方へと歩み寄りながら、その笑みを崩さないまま声をかけてきた。有無を言わさぬ強さで私の手を取ると、そのまま私の腰に腕を回し、強引に自分の方へと引き寄せる。抗えない力で導かれ、私は彼の目の前に用意された椅子に座り込んでしまった。
椅子に座らされてもなお、彼は私の手を離そうとはしなかった。逃げ出すこともできない密着した距離。
しかし、私の思考は先ほどの彼の『笑み』にすっかり囚われていて、まともな判断ができなくなっていた。警戒心よりも、得体の知れない緊張感で頭がいっぱいになっていたのだ。
「あの……ライアン王子?一体なんのお話なのでしょうか?」
「ふむ……君には一度、聞いてみたいことがあったんだよ」
「私に、聞きたいこと……ですか?」
ようやく彼が片手を離したかと思うと、今度は両手で私の手をすっぽりと包み込むように握ってきた。至近距離で見つめられ、まともに精神を保てない。こんな息の詰まる時間は早く終わらせてしまいたい。そんな一心で、私は彼を見上げた。
「まあ、大体の予想はついているとは思うけれどね。マルセナ……君は、兄上のことが好きなんだろう?」
「え……?」
ドクンッ、と。心臓が跳ね上がったかと思うほど、胸が大きく脈打った。
今まで必死に考えないように、蓋をして押し隠してきた感情を突然突きつけられたせいだろう。でも、動揺の理由はそれだけじゃない。
私自身が一番よく分かっていたのだ。ただ、認めることが怖かっただけ。
でも……私は……本当に好きなの?
レオンハルト王子のことが……?
いや、違う。私が本当に惹かれているのは――。
黙り込んでしまった私に構わず、ライアン王子は淡々と残酷な言葉を続ける。
「大丈夫だよ、別に怒っているわけじゃないからね。むしろ、君のように可愛い子が兄上のことを好きになってくれているなんて、光栄なことだと思うよ。だから、そんな悲しそうな顔をしないでくれるかな?」
そう言って、彼は優しく私を抱き寄せ、ポンポンと子供をあやすように頭を撫で始めた。
一瞬、自分が何をされているのか理解できず、頭が真っ白になる。そして次の瞬間、猛烈な感情が爆発した。
「あのっ!やめてくださいまし!」
私は弾かれたように椅子から立ち上がり、ライアン王子の腕を乱暴に振り払って後ろへ距離を取った。息が荒くなる私を見て、彼は再びクスリと意地悪に笑う。
「恥ずかしがり屋さんだね、君は。そういうところも凄く可愛らしいと思うけれどね」
「どうして、貴方がそのようなことを仰るのですか!? 私は一度だって、レオンハルト王子を好きだなんて……そのようなこと、申しておりませんのに!」
もう限界だった。これ以上は、自分を誤魔化すことにも、彼の心にもない言葉を聞くことにも耐えられそうになかった。ならばいっそ、ハッキリさせてしまった方が楽になる。
だって……私が好きなのは……
「ああ……やっぱりそうだよね。うん、知っていたよ」
「なら、何故このようなことをお聞きになったのです? まさか、私をまたからかっているわけでは……」
睨みつけるような視線を向けたにもかかわらず、彼は私の目を真っ直ぐに見つめ返しながら、余裕の笑みを崩さない。その態度が腹立たしくもあったが、それ以上に、何故わざわざ私を試すような質問をしたのかという疑問が勝った。
「違うよ。からかってなんかいないさ。ただ、私は知りたかっただけだよ。本当に君の気持ちが『本物』かどうかということをね」
「……どういう意味でしょうか?」
「君と私は似ている。だからこそ、痛いほどわかることもあるということだ。君は、自分の本心を必死に押し殺してしまう傾向があるだろう?だからこうして、確かめさせてもらったんだよ。ごめんね、意地悪なことをして」
図星を突かれ、胸がチクリと痛む。見透かされていることが悔しくて、私は目を伏せた。
「……いえ、お気になさらず。では、これでこのお話は終わりですわね。もう帰らせていただいてよろしいでしょうか」
逃げるように背を向け、足早に部屋を出ようとした。しかし、それを許す彼ではなかった。
ぐいっ、と手首を強く掴まれる。無理やり彼の元へ引き寄せられたかと思うと、そのまま背後にある大きなベッドへと、深く押し倒されていた。
視界が反転し、真上から彼に見下ろされる。
しかし、私は抵抗しなかった。これから起こることを、半ば覚悟したからでもある。もう自分の感情からは逃げられないと、諦めていた部分もあったかもしれない。
それでも、心のどこかで――こんな強引な手段で引き留められることを期待してしまっていた自分に気づき、必死にそれを否定することで、なんとか聖女としての冷静さを保とうとした。
「やっぱり君は……素直じゃないね」
「なら……どうするおつもりですの?私は……誇り高き聖女ですわ」
「聖女マルセナ。もう……それが君の『答え』じゃないのかい?」
逃げ場のない甘い吐息が降り注ぐ。
そしてライアン王子は、私の言葉をすべて塞ぐように、その誰も触れたことのない聖女の唇を、深く奪ったのだった。




