第九十七話 幻想世界の魔法少年(一)
夢の出発点という意図でもってドリームステーションと命名された、サークルドリーム社謹製の開発機材は、筒状の機械であり、中には大人が一人入り込めるだけの空間があった。
そして、それは実際、中に人が入るように作られているということが、開発者による実演でもって判明する。
筒状の機材は、横倒しの状態で置かれているのだが、その上部分が開閉する構造になっていた。蓋を展開し、中に人が入り込んだ後、再び蓋を閉じる。これによってより完璧で正確な生体情報を取得することが可能となり、ゲームプレイ中の心身への負荷を確認できるのだという。
ゲームプレイ中、余計な負荷がかかることによって人命に危険性が及ぶことはあってはならない、というのが、円マドカの哲学なのだ。
過去、幻想空間を利用したゲームは無数に生み出され、世界中で持て囃された。そして幻想空間上に作られた世界にもう一つの現実を見出し、その世界に溺れていった人々も数知れなければ、神経接続の過敏さ故に命を落とした例も少なくない。
極めて現実感を伴うゲーム体験を与えたいが、その結果、悲惨な事故を引き起こすようなことだけはあってはならない、と、マドカは考えているのだ。
そうした考えを具現したのが、ドリームステーションである。
ドリームステーションを使ったゲーム開発により、時間こそかかるものの、事故が起きる可能性を極端に減らすことが可能となった、と、彼は言う。
マドカは、幸多たち天燎高校対抗戦部の部員たちが、一人ずつ、ドリームステーションに入っていく様を見ていた。開発者によって丁寧に説明されながら夢の世界へと案内されていく学生たちの姿は、マドカには眩しいもののように思えてならない。
対抗戦決勝大会は、まさに青春の輝きそのものであり、その瞬間に光り輝いた彼らの姿は、いまもマドカの脳裏に焼き付いていて、離れようとしなかった。
「皆さん、準備は整ったようだね。随時説明はしていくつもりだが、なにかわからないことがあったり、問題が起こったりしたら教えて欲しい。対応できることに関しては即座に対応したいからね」
マドカは、調整室の一角に設置された万能演算機天桜が空中に投影する幻板を見つめながら、集音器に向かって話しかけた。彼の声は、集音器を通してドリームステーション内部に流されている。
マドカは、それぞれの反応を待って、部下に指示を出した。
「では、よい夢を」
ドリームステーションが起動し、搭乗者の意識が幻想空間へと誘われていく。
ドリームステーションは、神経接続を伴う機材である、という説明を受けた。
当然だ。
幻想空間に行こうというのであれば、神経接続は必要不可欠だったし、それ以外のどのような方法で幻想空間に行くのか、幸多には想像もつかなかった。
マドカの合図とともに視界が暗転し、つぎの瞬間には、ドリームステーションの蓋の隙間から見えていた室内の様子とはまったく異なる景色が広がった。
どこまでも広がる空と海の狭間のような景色。そこには、自分の姿はなく、ただ、雲一つない透き通るような青空と、空模様を鏡映しにした水面が広がっているのみだ。
風もなく、音もない。
ただ、茫漠たる空と海の景色だけが、限りない美しさを伝えてくるようだった。
『エターナルウォーシリーズ経験者ならば知っていることだろうが、まず最初に人物作成を行ってもらうことになる』
「人物作成?」
『とはいえ、今回はまだまだ開発中ということもあって、きみたち自身の姿を投影させてもらうことにしたよ。人物作成を楽しみにしていたのなら、申し訳ない。ああ、職業に関しては好きに選んでくれていいよ。バランスとか一切考えず、好みの職業を選んでくれるといい』
「職業……」
幸多には、まったくわからないことばかりがマドカによる天の声によって説明されていく。
圭悟たちの会話から、エターナルウォーシリーズは、プレイヤーは複数の職業から一つの職業を選び、冒険に出るというものであるらしい、ということはわかった。しかし、それがどういうことなのか、いまいち掴めていなかった。
もっとも、それは視覚的には、すぐに理解できたのだが。
なにもない空と海の狭間にいくつかの幻想体が浮かび上がった。
真紅の甲冑を身に纏う男、黒装束の男、長衣の男、僧衣の男、獣の皮を身につけた男。それぞれ、侍、忍者、魔術士、法術士、狂戦士という名称がその頭上に浮かび上がっている。それらが職業ということなのだろう。
幸多は、直感的に魔術士を選んだ。選ぶ際に説明が頭の中に入ってきて、その直感が正しいことがわかった。
魔術士のいう魔術とは、魔法のことだと思ったのだが、実際、ほとんど当たっていた。ただし、魔法とは異なるのが、魔術士は、攻撃的な魔法の使い手だということだ。防御的、補助的な魔法は、法術士が得意とするものらしい。
「なるほど、だから魔術士と法術士か」
魔法を、魔と法で分けたのだろう、と、幸多は勝手に納得した。
選択すると、いままで波風一つ立たなかった水面に波紋が広がり、それは巨大な渦となった。激流が巻き起こり、嵐となって全てを飲み込んでいく。幸多の意識すらも洪水に飲み込まれ、なにもかもが真っ青に塗り潰されていった。
そして、気がつくと、浜辺に倒れ伏していた。
すぐに自分の体の感覚があることを理解した幸多は、即座に跳ね起きようとして、体が思うとおりに動かないことを知った。
幸多の身体能力がこの幻想体に反映されているわけではない、ということが、その一事によって理解できる。
これは、ゲームだ。
幻想空間上で行う訓練ではないのだ。
訓練ならば、幻想体は現実の肉体を完全に反映したものでなければならない。でなければ、訓練の意味がない。現実と幻想のわずかな誤差は、大差になりかねない。
しかし、ゲームならば話は別だ。
ゲームで現実の能力を反映する必要もなかったし、そんなことをした結果、ゲーム性そのものが崩壊することになりかねない。一般市民ならばいざしらず、戦団で訓練を受けている導士たちならば、ゲームの在り様を根底から覆したとしてもおかしくはなかった。
だからこそ、ゲームには制限が設けられているのではないか、などというのは、幸多の考察である。
思った以上に重い体を起こしながらわかったのは、幸多が、あの謎の空間で選択した魔術士と同じ格好をしているということだった。
深緑色の長衣を身につけ、長い杖が足下に転がっている。それを拾うと、なんだか力が湧き上がってくるような感覚があった。
それから、古めかしい腕輪と曰くのありそうな首飾りが目立っている。銅の腕輪と、魔石の首飾りという名称が脳裏に浮かんだ。どうやら持ち物の名称がわかるらしい。
杖は、樫の杖という名称、身につけている長衣は、古色の衣という名称であるということもわかった。
手にしたものが瞬時に理解できるというのは、いかにも現実にはあり得ないことなのだが、ゲーム的といえばゲーム的なのかもしれない。
幻想体は、マドカの説明にあったとおり、幸多そのものを投影したものであり、一切の変更はなさそうだ。問題があるとすれば、体が思い通りに動かせないということだ。
周囲を見回せば、幻想空間上に作られた別世界なのだとわかる。
どこかの浜辺だ。打ち寄せる波がどこか規則的な旋律を奏でており、降り注ぐ日差しは、赤々と燃えるようだった。
その浜辺は、断崖の狭間に位置しており、だだっ広いが、特にめぼしいものは見つかりそうにない。人気もなく、ほかになにがあるわけでもない。
そんな場所に一人放り出された幸多は、杖を手に、憮然とするほかなかった。
「……なにをすればいいんだ?」
ゲーム初心者には、ただただ謎が広がるばかりだった。




