第九十八話 幻想世界の魔法少年(二)
エターナルウォーというゲームが央都市民の間で物凄く人気だという話には聞き覚えがあったし、様々な情報媒体に目を通している最中、エターナルウォーシリーズの話題が飛び込んでくることもあった。
しかし、コンピュータゲームにあまり興味を持てなかった幸多にとっては、まったく縁のないものだとばかり思っており、詳しく調べようとしたこともなかった。
おそらく、統魔は遊んだ経験くらいはあるだろうが、そのことをわざわざ幸多に話してくるようなこともなかった。
統魔は、その日一日起きた出来事の全てを伝えてくるような人間ではない。少なくとも、幸多が興味を持たなそうなことをいってくるはずもなかった。それなら訓練に付き合え、というのが統魔であり、そのほうが幸多が喜ぶ事も知っていたのだ。
だから、というわけではないにせよ、幸多は、エタナールウォーというゲームシリーズがどのような遊び方をするのか全く知らなかったし、幻想空間上に構築された世界は、まさに未知の世界、未知の領域といっても過言ではなかった。
見る物全てが奇異に映る、というのは、少々考えすぎなのかもしれないが、それにしたって不思議なものだと幸多は思うのだ。
幻想空間を利用した訓練を散々行ってきたというのに、だ。
陽光を跳ね返して白く輝く砂浜は、現実のそれよりもよほど美しく、神秘的ですらある。浜辺に打ち寄せる波の音は、どこか規則的ではあるが、不快感はない。むしろ心地よく、目を閉じれば寝入ってしまいそうなくらいだ。
幸多が放り出された砂浜は、ちょうど断崖と断崖の狭間にある。見上げる限りの断崖は、現実の幸多ならばともかく、魔術士の幸多には登り切れそうな高さと角度ではなかった。
空を飛べるのであれば、それも可能かもしれないが、どうやって飛行魔法を使うのかはわからない。
「ん……? 魔術だっけ?」
頭の中がわずかにこんがらがるのを自覚しながら、幸多は、行く先を求めて視線を巡らせた。
すると、砂浜の上の空間が歪み、虹色の穴が空いた。七色に輝く穴の中から、にじみ出すようにして、人が一人、出現する。
その人物は、獣皮を身に纏っており、いかにも狂暴そうな面構えをしていた。一見してお近づきになりたくないと思えるような風貌の男だ。
「いま、随分と失礼なことを思わなかったか、おい、皆代」
職業として狂戦士を選択したらしい圭悟が、幸多の目を見て、半眼になった。彼は、獣皮の衣服のほか、背には巨大な斧を担いでいる。見るからに野蛮というよりは狂暴凶悪以外のなにものでもない、というような職業だ。
彼が通ってきた虹色の穴は、既に消えている。
どうやら、この砂浜がゲームの開始地点であり、職業を選択するとここに転送されてくるようだった。
「素直な感想が頭の中に浮かびました」
「ふーん、どんな?」
「怖い人がきたなーって」
「なるほど、素直だな」
「でしょ」
「おれの素直な感想をいってやろうか」
「うん」
「こんなに頭の悪そうな魔術士を見るのはこれが初めてだ」
「ひっど」
幸多は抗議したが、圭悟は笑って聞き入れなかった。
そうしている間に、虹色の穴が次々と開いていった。
真紅の甲冑を身に纏い、腰に刀を帯びているのは、蘭だった。鎧兜のせいで一瞬誰だかわからなかったが、顔を見ればわかった。侍を選んだのだ。
真弥は、黒い装束に身を包み、二本の小刀を帯びていた。しなやかな肢体が浮かび上がり、いつもとは雰囲気そのものが違って見えた。忍者だ。
紗江子はといえば、法術士を選んだようだった。青を基調とする服装は、儀式的な趣を感じさせる。錫杖のような長い杖を手にしており、一見、魔術士より圧倒的に豪華に見えた。
豪華さでいえば、侍も相当なものだが。
怜治は、圭悟と同じ狂戦士だった。ただし、武器が違う。圭悟が斧であるのに対し、怜治は、身の丈ほどもある巨大な剣を背負っている。どうやら武器を選択できる職業もあるようだ。
「みんな、結構悩んだみたいだね」
蘭が、自分の甲冑をまじまじと見つめながら、いった。
そういえば、そうだ。幸多が砂浜に放り出されてから、五人と合流するまで、数分ほどの時間が必要だった。それだけ職業選択に迷ったということになる。
「だってさ、ゲームなんてあんまりしないんだもん。どれを選べばいいか、わからなくて」
「わたくしは多少経験がありますし、皆さんの助けになれればと法術士を選んだのですが、間違っていなかったようですね」
困惑気味の真弥とほっと一安心といった様子の紗江子に対し、圭悟だけがいきり立っていた。彼は、怜治に食ってかかった。
「さっそく職被りかよ、終わってんな」
「あのな、職業五つしかないんだぞ。被るのは当然だろうが」
「だからってなんでおれと被るんだよ、せめて幸多と被ってろよ」
「なんで」
「魔術士なんてだれがやりたがるんだ、あんな不人気職」
「ええ」
「そりゃあそうだが」
「うっそ……」
幸多は、圭悟と怜治の口論とその結果に愕然とする思いだった。魔術士が不人気職というのは、どういうことなのか。そんな話は、当然、聞いたこともない。
この魔法社会で魔法を使える職業が不人気なわけがないと思うのだが。
「多人数で遊ぶ場合、回復担当は必須だから法術士は人気、というか誰かが絶対に選ぶんだけど、魔術士は、あまり選ばれないんだよ」
蘭が、そっと襲えてくれる。
「なにゆえ……」
「ゲームの中でまで魔法に頭を悩まされたくないんだよ、たぶん。みんな、魔法の勉強や訓練に嫌気が差してるもの」
「……なるほど」
幸多は、蘭の説明に得心が行く思いだった。そういう理由ならば、理解できる。確かに、幸多が魔術士を選んだのは、ゲームの中でくらい、魔法を使いたいという欲求からだった。
現実では出来ないことをしたいという欲求を満たすためにゲームを遊ぶのであれば、彼ら魔法士にとっては極めて現実的な職業であろう魔術士を選ぶ理由があまりなさそうだ。
もちろん、中には魔術士を選択し、現実では出来ない魔法による攻撃を堪能しようとする人もいるのだろうが、どうやら少数派らしいということが、皆の反応からも伝わってくる。
「とはいっても、皆で一緒に遊ぶなら、魔術士も一人くらいはいてくれたほうがいいんだけどね」
「その心は?」
「魔術士は、遠距離攻撃や範囲攻撃を得意とするからだよ。侍も、狂戦士も、忍者も、近接職なんだよ」
「近接職……」
「近距離での戦闘を得意とする職業ってこと」
「うん」
幸多は、蘭がいてくれて助かったと心底想いながら、彼の説明を聞いていた。
エターナルウォーシリーズには、いくつもの職業があり、職業ごとに得意とする攻撃手段が異なる、ということだ。そして、攻撃手段がそのまま交戦距離となる。近接職は、接近戦を得意とし、遠隔職は、遠距離戦を得意とする。
今回の五つの職業は、三つの近接職と二つの遠隔職に別れており、侍、忍者、狂戦士が近接職、魔術士、法術士が遠隔職であるらしい。
「忍者は中距離も得意だけどね」
「中距離ってなに!?」
得意げに話す蘭に食いついたのは、真弥だ。彼女は、先程いったようにゲームにはあまり詳しくないということであり、故にゲーム内の専門用語にも眉根を寄せていた。
幸多は、真弥がいてくれてよかったとも想った。同じ初心者目線の相手がいるというのは、なんだか心強い。
『皆、揃ったようだね。まずは、始まりの浜辺から出てみて欲しい。今回は、テストプレイを兼ねているからね。きみたちには、存分に遊んでもらいたいんだ。ということで――』
天の声として朗々とこの幻想世界に響き渡るのは、円マドカの声だ。重低音の聞いたよく響く声は、耳に心地いい。
そのとき、幸多は、自分の体の奥底からなにかが溢れ出してくるような、そんな感覚に襲われた。すると、目の前の友人たちがまばゆい光に包まれたものだから、幸多は吃驚した。
「なに!?」
幸多が困惑している内に光は消えたのだが、そうすると、さらなる驚きが幸多を襲った。光に包まれた全員の身につけているものが変わっていたからだ。
「ああ、レベルアップだ、レベルアップ」
圭悟が、獅子を模した兜を被り、重厚そうな鎧を身につけた状態で、腕を振り回す。斧も、大きく、より豪華な形状のものになっている。
「れべるあっぷ……」
幸多は、自分を見下ろす。さっきまでいかにも薄汚れていた長衣だったが、いまではまったく異なる、神秘的な文字が刻まれた長衣を重ね着していた。手にしている杖も、木製ではない。金属製の、複雑な機構のある杖だった。豪華な帽子も被っているし、腕輪も複雑化している。それらはルーンローブ、マギテックロッド、ウィズダムハット、クリスタルブレスという名称だった。
「なんか変な感じ……」
真弥が自分の幻想体を触りながら、違和感に眉根を寄せた。その身に纏っているのは、忍者用の装備なのだが、さっきの装束よりも露出度が上がっていた。小刀はやや大きく、派手になっており、巨大な手裏剣を背負っている。
「そのうち慣れますよ」
真弥を宥めるようにいう紗江子はといえば、神秘的とさえいえる雰囲気を帯びた長衣を幾重にも着込んでいた。高貴な空気感は、彼女の人徳によるものか、装備によるものか、どうか。白を基調とし、光り輝いているようですらある。
「一気に三十まで上がってる?」
蘭が目を輝かせたのは、身に纏っている甲冑の格好良さに興奮したからにほかならない。漆黒の甲冑は、先程までの初期装備とは大きく意匠が異なり、攻撃的に思えた。刀は長くなり、鞘自体に装飾が施されている。
「そりゃあテストプレイだからな。しかも時間に限りがある。一々、一からレベル上げなんてやってたら日が暮れて朝になるぜ」
怜治が、呆れるようにいった。彼は圭悟と同じ格好だが、武器だけは違っている。ただの鉄の塊に過ぎなかった大剣から、見た目にも破壊的な大剣へと変わったのだ。
天の声が、再び響く。
『そういうことだ。きみたちのレベルも装備も、現状用意できる最高の状態にしておいた。これで存分に冒険して見て欲しい』
マドカによって用意された最高の状態というのが一体どういうものなのか、幸多にはまったく想像もつかないが、俄然、楽しみになってきたのは、この幻想世界が想像以上に刺激的だということがわかってきたからだ。
現実には、あり得ないことが起こり続けている。
それはつまり、この世界ならば、幸多も魔法士として思う存分戦えるのではないか、ということだ。




