第六十三話 吹き飛ぶ
まず、光があった。
射るような、灼き尽くすような光が、視界を白く塗り潰したのだ。
つぎに轟音。大地を震わせ、天を揺るがすほどの爆音が耳朶を染め上げた。
そして、衝撃波。
この地上に存在するすべてのものを尽く吹き飛ばすかのような衝撃波によって、広大で複雑な戦場が、あっという間に壊滅状態となっていった。
まさに天変地異でも起きたのではないか、と、思うような光景であり、事象だった。
「なにが……」
起きたのか。
咄嗟の判断で手近にあった獅王宮と思しき建物に隠れることに成功した幸多たちは、倒壊寸前の建物の中で、それでもなお全身を貫いた衝撃波に震えるような気分でいた。
それは紛れもなく、魔法だ。
それも極めて強力で、凶悪極まりない、大魔法。
生半可な魔法技量では扱うことなど到底不可能であり、尋常ではない威力は、圧倒的な魔力総量を実感させるには十分過ぎた。
「運営も号泣していることだろう」
屋根に登っていた法子《ほうおk》が、獅王宮内に入ってくるなり、ぼやくようにいった。
「せっかく用意した決勝戦の大舞台が、一瞬で消し炭だ」
「最終種目だからって張り切って作ったんでしょうにねえ」
法子の後から入ってきた雷智が、激しく同情してみせた。
二人には、外でなにが起きたのかがわかっているのだ。
幸多たちは、建物の窓から外を見ていたに過ぎず、全容を把握し切れていない。ただ、凄まじい爆発音と衝撃波に打ちのめされただけだ。
「いまの、なにがあったんすか?」
「ほとんど全部、消し飛んだよ」
「ここってケイオスヘイヴンじゃない? そのケイオス部分が吹き飛んで、ただのヘイヴンになったっていうか」
「意味がわかりませんが」
「見ればわかるわよう」
雷智が頬を膨らませるのを横目に見て、幸多は、すかさず窓から飛び出した。屋根上に登り、戦場を見渡す。。
獅王宮は、ケイオスヘイヴンの南端、森林地帯の真っ只中に聳え立っているが、鬱蒼と生い茂る木々が視界を遮ることはなかった。宮殿が、高台の上に作られているからだ。
よって、森林地帯を一望し、さらに遠方まで見渡すことができるのだが、それでも見られる範囲というのは、ケイオスヘイヴンの極一部に過ぎない。
ケイオスヘイヴンという人工島をほぼほぼ完璧に近く再現し、その上で大幅な変更を加えているのが、この幻想空間上の戦場である。
広大極まりない、といっていい。
そんな戦場の全貌は、調整空間からの降下中に一度目の当たりにしている。その全景を見た瞬間に、ここがケイオスヘイヴンを模した戦場であることがわかった。
ケイオスヘイヴンは子供の頃か何度となく聞かされ、勉強した地名だ。
魔法史に名を刻み、魔法史を学ぶ上で避けては通れないものなのだ。
だから、というわけではないが、
「うあ……」
幸多は、開戦当初と一変した戦場の有り様を目の当たりにして、愕然とするほかなかった。
なにもなかったからだ。
降下中に見た戦場の全貌は、それこそ、六十分の制限時間ではまったく物足りないのではないかと思うほどの広大さがあり、起伏が激しく、変化に富んでいたものだった。
これでは、六十分間、隠れまわっていれば、かなりの生存点を稼げるのではないか。
地上に降り立った圭悟が、拳を握り締めて高く掲げたのもわからなくはなかった。
彼の作戦通りに進めれば、高得点を狙えること間違いなかったからだ。
それだけ隠れやすく、守りやすい地形に見えた。
だが、いま、幸多の眼前に広がっている景色は、そうした幸多たちの願望を一瞬にして崩壊させるほどのものだった。
「ひでえなおい」
「どうやってこんな」
「絶景だな……」
屋根上に登ってきた圭悟たちが、口々にぼやく。
ぼやきたくなるのも無理はなかった。
獅王宮から見渡す光景には、だだっ広い荒野が広がっていたのだ。複雑な地形も、聳え立つ山も、河も沼地も、なにもかもが吹き飛ばされ、消滅してしまっていた。
ただの真っ平らな大地が、ケイオスヘイヴンの中央部から広範囲に渡って横たわっている。四方にこそ宮殿が残っているものの、中心の魔人城に向かって螺旋を描くように配置された十二の宮殿のうち、ほとんどが消滅していた。
そしてその中心に聳え立っていたはずの魔人城すらも、消し飛ばされている。
獅王宮周辺の木々は多少なりとも残っているものの、隠れるにはものたりないし、もはや目立って仕方のない地形になっている。こんな所に隠れていれば、狙ってくださいといっているようなものだ。
「こりゃあ草薙の仕業かな」
「ほかに考えようがないな」
いつの間にか屋根に登ってきていた法子が、呆れ果てるようにいった。
幻想空間上とはいえ、これだけの規模の魔法を使うことができる学生など、そういるものではないだろう。現実とは違う。建物や地形の強度なども大きく異なるのだが、だからといって、それらすべてを根こそぎ消し飛ばせるのは、並大抵の魔法力ではなかった。
だから、法子も呆れるほかないのだ。
それは、魔力の無駄打ちに等しいのではないか。
故に疑問を抱く。
「だとしても、なんで?」
「わからん。おれにはさっぱりわからん。あれじゃあ、自分たちを狙えっていってるようなもんじゃねえか」
圭悟のいうとおりだった。
魔人城の跡地は、真っ平らになっていて、遮蔽物一つ見当たらない。ただの平地だ。その真っ只中に叢雲の選手たちが集まっている。
獅王宮からでもはっきりと見て取れるほどだ。
おそらく、幸多たちと同様に降下地点付近にいるであろう他校の生徒たちからも確認できているはずだ。
となれば、叢雲を全力で落としに行くのが上策、と考えるのではないか。
総合得点首位をひた走る叢雲には、生存点を一つとしてあげるわけにはいかない、というのは、二位以下の高校の総意だ。
もちろん、天燎も狙われる側ではあるのだが、この場合、優先するべきは、叢雲だろう。最終戦なのだ。逆転を狙う上での最大の壁は、叢雲だ。
叢雲が全滅さえすれば、どの高校にも優勝の目があった。
逆に叢雲が撃破点と生存点を稼げば、その時点で優勝の目は極端に薄くなる。
「叢雲の狙いがさっぱりわからんな」
「まあ……考えても仕方ないっす。おれたちは作戦通りに行動しましょう」
「そうだね」
わからないことを考えていても答えは出ない。それどころが考えすぎた挙げ句、自縄自縛に陥りかねない。
そうこうしている間にも、戦端が開かれている。
遥か前方、ケイオスヘイヴンの中心地において、激しい魔法戦が始まっていたのだ。火線が集中し、爆発が起きている。
いずれかの高校による、魔法攻撃。
「よろしい。作戦通り、わたしと我孫子雷智が前に出る。きみたちは、ここでがたがた震えて隠れていたまえ」
「震えませんけどね」
「先輩、頼んます!」
圭悟が両手を合わせて、法子と雷智に懇願する。法子が不敵に笑った。自負に満ちた笑みだった。頼もしく、心強い。
「任せたまえ。行くぞ、我孫子雷智」
「はあい」
法子と雷智が、飛行魔法を発動させた。高度を低く保ちながら加速し、戦場へと向かう。高度を上げれば、狙い撃ちされる可能性があるからだ。
今でこそ他校の攻撃が叢雲に集中しているとはいえ、天燎も上位なのだ。狙われる可能性は高い。
幸多たちは、当初の作戦通り、後方に留まり、制限時間一杯まで隠れるつもりだった。
圭悟の作戦は、極めて単純だ。
法子と雷智が撃破点を稼ぎ、残りの四人が生存点を稼ぐ。
法子と雷智ならばかなりの撃破点を稼いでくれるだろうという圭悟の信頼と、自分たちでは足手纏いになりかねないという冷静な判断力によって導き出された、自称完璧な作戦だ。
幻闘は、魔法の格闘技だ。魔法をまったく使えない幸多は、明白に足手纏いだった。
幸多と魔法士の一対一ならば、幸多にも存分に勝ち目がある。というより、幸多には、負けない自信があった。十中八九、勝てるだろう。たとえ相手が法子でも、だ。
しかし、乱戦となれば話は別だ。幸多が魔法士一人に狙いを定めている最中、別の魔法士に攻撃されれば、それで終わりになりかねない。
乱戦には、そうした予期せぬ事故が起こりうる。そして、その事故が致命的なものになりかねないのが、魔法の恐ろしさなのだ。
故にこそ、幸多は、圭悟たちとともに護りを固める。
圭悟は、万全を期した。大量の生存点を確保するために、自分と怜治と亨梧の三人で魔法防壁を張り巡らせ、四人を包み込む。そうすることによって、あらゆる方角からの攻撃に対応可能だ。仮に敵に見つかっ手攻撃を受けたとしても、耐え凌げるはずだ。
三人で防御魔法を重ね合わせているのだ。
簡単には突破できまい。
「これを卑怯だなんていうのなら、運営にいってくれよな」
圭悟は吐き捨てるようにいったが、対抗戦決勝大会の幻闘では、ありふれた戦術であることも、当然彼は知っていた。
しかし、多くの場合、攻撃役にもっと多くの人数を割かなければならないというのが、幻闘の定石だ。でなければ撃破点を稼ぐなど、そうそうできることではない。
天燎が攻撃役二名で済ませることができているのは、間違いなく、法子と雷智という類い希な魔法士に巡り会えたからだ。
百人力の法子と雷智がいてくれればこそ、圭悟は、護りに専念できた。
「……変だな」
圭悟が違和感を覚えたのは、戦場中心部での戦闘が始まり、法子たちが飛び出していってから、数分後のことだ。
戦場の中心部では、相変わらずの激戦が繰り広げられている。
種々様々な魔法が飛び交い、入り乱れ、爆発し、炸裂している。
魔法戦の凄まじさがわかろうというものだが、しかし、不思議だった。
あれほどの魔法が炸裂しているのに、脱落者が一人もでていないのだ。
 




