第六十四話 叢雲の戦術
『おおっと、開幕からまさかの展開! 叢雲高校の草薙真選手、超強力な魔法によって、ケイオスヘイヴンの複雑な地形を更地に変えてしまったあああっ!』
『この状況は、どの高校も予想だにしていなかったのではないでしょうか。かくいうわたしもそうでして、まったく想定外の事態に戸惑っている次第です』
『そうでしょうそうでしょう! こんな事態は対抗戦始まって以来、初めてといってもいいのではないでしょうか! 草薙真選手の先制攻撃によって、地形そのものが変化したぞ! 他校は一体どうするのか!?』
『これは状況を静観している場合ではないでしょうね。草薙真選手を放っておけば、先程のような大魔法で攻撃されかねません。それだけはなんとしても避けたいところでしょう』
「さすがとしか言い様がないな」
上庄諱は、ケイオスヘイヴンに似せて作られた幻想空間上の戦場が、たった一人の魔法で瞬く間に崩壊していく光景を繰り返し流している幻板を見ていた。
これほどの大魔法を放ったのは、叢雲高校の草薙真だ。長年、戦団が目に付けていた人材であり、その類い希な才能は、皆代統魔に引けを取らないのではないか、と囁かれている。
そうした戦団の評価が確かなのは、いままさに目に見える形となって現れていた。
「でしょう」
どこか誇らしげな城ノ宮明臣の横顔を一瞥し、再び幻板に視線を戻す。
戦況が動いた。
試合開始直後に放たれた草薙真の大魔法は、対抗戦決勝大会における幻闘序盤の膠着状態を吹っ飛ばしてしまったのだ。
解説者のいったとおり、だれもが、草薙真を放置できなくなった。
一刻も早く草薙真を撃破し、ついでに叢雲高校を全滅させなければ、大量に点数を取られる可能性が高まったのだ。
危機感が、全ての選手を突き動かしている。
戦術もなにもあったものではない。
「誰もが突出しているわね。これが狙いだったのかしら?」
「そこをずどん、と狙い撃ち……という感じじゃありませんが」
「そうねえ。叢雲高校の戦術、まるでわからないわ」
「確かに……」
歴戦の英雄たる伊佐那麒麟にも想像できないのだから、自分にわからないのは道理だと、諱は思った。
戦況を動かすために魔法を放つ、というのはまだわかる。だが、その結果、全ての敵意が自分たちに向けられることになるのは、あまり得策とはいえない。
どれだけ優れた魔法士であろうと、十数人の魔法士を同時に相手にできるとは、とても考えられない。
いくら草薙真が飛び抜けて優れているとしても、学生なのだ。本格的な戦闘技術を叩き込まれてはいないはずだ。
しかし、画面を見る限り、叢雲高校の生徒たちは極めて落ち着いていた。
作戦通りだから、ではあるのだろうが、自分たちの勝利を確信しているような、そんな不遜さが、静けさの中にあった。
戦場は、大きく動いている。
ほとんど全ての高校が、参加選手が、叢雲高校の陣取るケイオスヘイヴンの中心に集まろうとしていた。
「待て、我孫子雷智」
「どうしたの? 法子ちゃん」
法子は、雷智を制止すると、彼女の手を引き、大きく後方に飛び退いた。紅い稲光が、法子と雷智の繋いだ手を直撃する。
ケイオスヘイヴンの中心地が激戦区と化して、はや五分以上が経過している。
それにも関わらず、戦況にはなんら変化がなかった。
試合開始直後からは激変したといっていい。草薙真の大魔法によって地形が崩壊し、すべてが変わった。沈黙は失われ、膠着状態など訪れなかった。誰もが動かなければならなくなった。叢雲高校を、草薙真を放置していられなくなった。
危機感が、全選手を突き動かしている。
その結果、戦場の中心は激戦区となった。
まず最初に叢雲高校へと攻撃を仕掛けたのは、どこの高校だったのか。遠目にもわからなかったが、天神か星桜だろう。遠方からの魔法による狙撃。狙いが甘かったのか、直撃はせず、爆風が叢雲生徒を飲み込んだ。
粉塵が舞い上がる中、さらなる魔法攻撃が乱れ飛んだ。
そのころには、御影も戦闘に参加しており、三校による猛攻が叢雲を中心に飛び交った。火球が飛び、氷塊が降り、大地が割れ、竜巻が起こった。
まさに魔法合戦である。
法子と雷智は、その真っ只中へと魔法を投げ入れ、撃破点を稼ごうとした。乱戦のただ中だ。誰もが戦闘に集中していて、中々隙を見せないものの、そうした状態が無限に続くはずもない。
人間である以上、限界は訪れるものだ。
そうした隙を見逃さないように集中し、攻撃を行ってきたのが、法子と雷智だ。
それから数分。
法子が違和感を覚えたのは、少し前のことだ。
この激闘に参加している魔法士の誰一人として脱落していないどころか、重傷も軽傷も負っていなかった。誰もが完璧に魔法を回避しているわけでも、魔法の盾や壁で防いでいるわけでもなかった。誰かが誰かの魔法の直撃を受け、別の誰かは致命的な一撃を食らっていた。
法子も、致命傷となるだろう一撃を天神高校の金田朝子に叩き込んだのだ。
だが、金田朝子は、無傷であり、即座に反撃してきたものだから、法子はその魔法を食らってしまった。闇色の大鎌を振り回す金田朝子は、さながら死神のようだった。
法子は、己の失態に舌打ちしたが、痛みすらないことに気づいた。金田朝子の鎌に斬られたはずの部位には深手どころか、掠り傷一つ負っていなかった。
そして、つい先程、法子と雷智の手を直撃した稲妻も、二人にとっての痛撃となることもなかった。痛み一つなかったのだ。
法子は、確信した。
「なるほど。これが叢雲の作戦か」
「どういうことなのよう」
「話は後だ。離れるぞ」
「わかったけどお」
法子と雷智は、素早く激戦区を離れた。様々な魔法が飛び交い、膨大な魔力が奔流となって渦を巻いている。凄まじいまでの魔力の渦が、周囲の空間を歪め、破壊し、混沌と生んでいるかのようだ。
そんな破滅的な光景を眺めながら、さらに距離を取る。
余波に巻き込まれてもどうにもなるまいが、それはそれとして、あらゆる事態に備える必要があった。
法子が雷智を連れて行ったのは、獅王宮だ。
「先輩?」
「重傷っすか!?」
「いや、無傷だよ」
「だったらどうして……」
圭悟たちが怪訝な顔になるのも無理からぬことだった。
戦場の中心では、魔法による激戦が続いている。だが、未だ一人として脱落者が出てはいなかった。
脱落者、つまり誰かが撃破されると、そのことを報せるようにして、光の柱が立ち上る。誰がどう倒されたのかは不明だが、撃破されたことだけははっきりとわかるのだ。
それが、なかった。
法子たちが作戦を無視して戻ってきたことになる。
「無駄だからだ」
「無駄?」
「叢雲の作戦だよ」
法子は、忌々しくも戦場の中心に固まっている叢雲の生徒たちを見遣った。魔法の嵐の中、彼ら四人は、平然とした様子で立っている。
四人。
草薙真を除く四人、だ。
その周囲では、天神、御影、星桜の魔法士たちが入り乱れるようにして魔法戦を繰り広げているのだが、誰一人として負傷していない。
それはどう見ても異常事態だった。
普通ならばあり得ないことだ。あってはならないことといってもいい。
あれだけの攻撃魔法が乱雑に打ち込まれていて、手傷一つ負わないことなど、ありえない。
魔法によって守られていなければ、だ。
「叢雲の連中は、現在、この戦場にいる全員を強力な防御魔法で守っている」
「ああ、そゆこと」
雷智が手を打って、納得する。
「はあ? なんでまた」
「そんなことをして、なんの意味があるんです?」
「時間稼ぎだよ」
法子は、幸多たちの予想通りの反応を受けて、目線を前方上空に向けた。戦場の中心、叢雲の生徒たちの直上、地上数百メートル余りの高度に小さな、極めて小さな影がある。
それこそ、草薙真に違いなかった。
「時間稼ぎって?」
「叢雲は、この試合、この勝負で全てに完璧な決着をつけるつもりなのだろうな」
「意味がわかりません」
「ごくごく単純な話だ。叢雲の連中が時間を稼いでいる間に完成させた草薙真の特大魔法で、この場にいる全員を一網打尽にするつもりなのだ」
「だから、わざわざ有利になりそうな地形も全部吹き飛ばしたのねえ」
「そして撃破点一つ取らせまいと、全員を守っている?」
「そういうことだ。おそらくだが、間違ってはいないだろう」
法子は、草薙真が上空で紡ぎ上げているのであろう魔法の構造を理解しようと目を凝らしたが、あまりにも遠すぎてはっきりとは見えなかった。
その遥か真下、つい先程まで主戦場となっていた叢雲陣地では、魔法攻撃の嵐が消えて失せていた。
天神、御影、星桜――誰も彼もが叢雲の思惑に気づき、主戦場から離れたのだ。
自分たちの意思とは無関係の防御魔法によって守られている状態で、無闇矢鱈に魔法を撃ち合えば、ただただ消耗するだけだ。
そして、消耗しきったところを狙い撃ちにされれば、避けられるものも避けられなくなる。
それこそ、草薙真の作戦通りだろう。
この状況すらも、そうに違いない。
「全て、草薙真の掌の上か」
「悔しいわねえ」
「蘭が要注意人物に挙げていただけのことはあるなあ」
「実際、彼は凄いよ」
幸多は、実感を込めて、いった。
閃球での試合における草薙真の活躍ぶりは、幸多をして肝を冷やすほどのものだった。身体能力、魔法技量、どちらを取っても頭抜けていた。
いま、幸多の目には、草薙真の姿がはっきりと見えている。雲一つない青空の中、彼はただ一人空中に浮かび、瞑想するかのようにして、集中しているようだった。
法子のいう特大魔法の準備をしているのだ。




