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第五十三話 決勝大会二日目

 対抗戦決勝大会二日目を迎え、葦原あしはら海上総合運動競技場は、昨日にも増した熱気に包まれていた。

 観客席は満員であったが、さらに立ち見席が開放されるほどの賑わいを見せている。初日の熱闘が央都おうと中に伝わり、市民を競技場に呼び込んだのだ。

 これは、さすがの運営委員会も想定外の出来事であり、予定外ではあったが立見席を開放するにいたったのだ。

物凄ものすごい熱気ねえ」

 伊佐那麒麟いざなきりんが、眼下の競技場を見下ろしながらつぶやいたのは、貴賓席きひんせきでのことだ。競技場情報に設けられた貴賓席の一つを、戦団上層部が貸し切りにしている。

 室内には、麒麟のほか、上庄諱かみしょういみな城ノ宮明臣(じょうのみやあきおみ)という昨日とまったく同じ顔触れがいた。

 戦団で対抗戦に関わるとなると、運営委員会長の麒麟以外には、情報局くらいのものだ。

 戦闘部も人材発掘のため目を光らせているとはいえ、幻魔げんま災害対策に忙殺されている彼らが競技場に足を運んでいる場合ではない。そういう役目は、麒麟たちのような日がな一日暇を持て余している連中のものだった。

「それだけ央都市民が対抗戦に熱中しているということだろうが、それにしてもだ」

「予選免除権が効きましたな」

「それはあるでしょうね」

 伊佐那麒麟は、城ノ宮明臣の自負を否定しなかった。

 護法院ごほういんの会議においては上庄諱の提案という形で提出されたそれが、城ノ宮明臣の案であるということは、調べずともすぐにわかった。

 上庄諱が自分とはまったく無関係の対抗戦に直接関わろうとする事自体、ありえないことだ。ならば、彼女の部下の誰かが提案し、進言したのだろうし、そんなことを堂々と出来るのは、長らく腹心を務めている明臣くらいのものだろう。

 そして、明臣の案は、効果覿面こうかてきめんだった。

 万年予選敗退の天燎てんりょう高校が一日目を首位で終えるほどの大活躍を見せたことは、昨夜、央都中の話題となった。あらゆるメディアが天燎高校の快進撃を伝え、天燎高校の出場選手一人一人の活躍を取り上げたものだった。

 もっとも活躍を賞賛されたのは、当然だが、黒木法子くろきほうこだ。競星けいせいでも閃球せんきゅうでも、彼女の大活躍がなければ、天燎高校の勝利はなかった。

 だからこそ、麒麟たちは、落胆も隠せないのだ。黒木法子が戦団に入ってくれれば、この上なく強力な導士どうしになるに違いない。

 それこそ、皆代統魔みなしろとうまとともに将来戦団の双璧となってくれるはずなのだ。

「しかし、天燎がこれほどまでにやってくれるとは、正直、まったくの想定外ですよ」

「だろうな」

 明臣が悪びれもせずにいってきたので、諱は、冷ややかに同意しておいた。諱にとっても想定外の出来事だ。情報局長として、天燎高校の情報を仕入れてはいるし、他校の情報も頭の中に入っていた。しかし、あれほどの奮闘をして、初日を首位で終えられるなどと、だれが想像できよう。

 大穴狙いの予想でも、あれほどの結果を想定してなどいなかった。

 初日は、だれもが想像とは異なる結果に終わっている。

「でも、二日目はどうでしょうね?」

 麒麟は、今日の予定表を思い浮かべながら、いった。

「天燎は、星央せいおう叢雲むらくもが残っているし、幻闘げんとうもある。正直、厳しいといわざるを得まい」

「ですからいっているでしょう。優勝するのは、叢雲だと」

「叢雲は、天燎と……御影みかげか」

 今年の御影高校といえば、あまり成績が振るっていなかった。閃球の初戦で天燎高校とぶつかり、大敗を喫している。

 星桜高校にこそ辛勝したものの、あの叢雲高校を相手にどう戦えるのか。

 試合が始まってみないことには、想像もつかない。



 天燎鏡磨てんりょうきょうまは、貴賓室に足を踏み入れるなり、部下たちに様々に手配し、準備を整えていた。

 一面硝子(がらす)張りの窓際に配置された長椅子に腰掛け、広大な競技場の熱気に満ちた全体像を見渡す。全天候対応型の競技場、その開閉式の屋根は、今日も完全に解放されている。

 空は晴れ渡り、抜けるような青空がどこまでも広がっているようだった。雲は流れているが、天気予報は晴れだ。

 太陽は、まだ、低い。

「まるで我が校の優勝を約束するかのようだな」

 鏡磨は、昨夜からずっと機嫌が良かった。

 天燎高校が決勝大会初日を首位で終えたという事実は、彼にとって予期せぬ、想像以上の結果としかいいようのないものだ。

 対抗戦がこれほどまでに盛り上がり、昂奮し、熱狂するものだということも、昨日初めて知った。

 彼の人生で初めての観戦経験であり、だからこそ、その熱量には圧倒される想いだったし、天燎高校の生徒たちがまるで命を燃やしているかのように戦っている様には、経営者としての利害など度外視して、声援を送ったものだった。

 そして、声援の甲斐もあって、天燎高校は下馬評を覆して見せた。

 誰もが予選免除権で決勝大会に出場することを内心では馬鹿にし、見下し、侮蔑していたことを、彼ほどの人間が知らないわけもなかったし、わからないはずもなかった。

 彼自身、対抗戦をくだらない学生の遊びであり、戦団の思惑が絡んだ馬鹿げた行事だと捉えていたのだから、そのように思われていたのだとしても、当然だと考えていた。

 だが、今となっては、そうした過去の自分の発言等を反省しなければならないと心に決めていた。

 心が動かされた、と、鏡磨は思うのだ。

 若く輝かしい命が、いままさに燃え盛っている。その有り様を目の当たりにすれば、いかに過去の自分が狭量だったのかと思い知らされるばかりだった。

「そうは思わないかね」

「は、はい。まったくもって、その通りで」

 川上元長かわかみもとながは、今日も今日とて、天燎鏡磨の付き添いをしなければならなかったが、それは立場上当然のことだった。仮に鏡磨がこの場にいないとしても、天燎高校の校長として、会場に足を運んでいただろう。

 なぜならば、天燎高校が初日を首位で終えたからだ。これが、初日最下位だったならば、話は別だ。鏡磨も予定通り天燎財団総帥との会食に出席していただろうし、元長も学校で職務に当たっていたことだろう。

 だが、天燎高校は、予期せぬ順位で初日を終えた。

 これは、明確に優勝を狙える位置だった。

 そうとなれば、学校一丸となって応援しないわけにはいかなかった。

 天燎高校では、今日一日、室内総合運動場に全生徒を集め、対抗戦のネット中継を観戦することにしていた。

 それは、昨日の活躍の結果によって、急遽決まったことだった。

 昨日、授業中にも関わらず、対抗戦における天燎の話題が尽きなかったという事実もある。

 教師は無論のこと、生徒たちの誰もが、対抗戦が始まって以来といってもいいような熱中ぶりだった。

 それはそうだろう、と、対抗戦に興味のなかった元長すら、思う。

 天燎高校の活躍は、対抗戦の歴史に名を残すほどのものだ。

 万年最下位の常敗高校が、予選を免除されただけで大活躍できるわけもない。予選以上の大敗が約束されていて、多くの対抗戦ファンがそれを期待していたのではないか。

 そんな前評判だった。

 そうした下馬評を覆す大活躍。

 天燎鏡磨が会食の予定を取り止め、会場に足を運んできたのも、頷けるというものだった。



 長沢ながさわ一家は、南海なんかい区海辺うみのべ町の宿泊施設で一夜を過ごした。久々の家族水入らずの夜は、当然のように幸多こうたと対抗戦の話題一色だった。

 昨夜は、ネットテレビを始めとするあらゆるメディアもまた、対抗戦決勝大会で染まっていた。

 予選免除権の導入を疑問視していた一部のメディアも、天燎高校の大活躍によって大盛り上がりに盛り上がった初日の結果を見て、導入は成功だったと前言を撤回したものだった。

 それだけの活躍を、幸多たち天燎高校は成し遂げた。

 奏恵かなえは、幸多の活躍、奮闘ぶりへの昂奮と感動で中々寝付けず、仕方なく誘眠魔法を使った。そして、夢の中で最愛の夫に報告することができて、心底嬉しくなったものだ。

 その日の朝、奏恵は危うく寝坊しかけたが、姉と妹に羽交い締めにされながらなんとか起床した。

「魔法で起こしてくれればいいのに」

 奏恵の正論は、望実のぞみ珠恵たまえには通用しなかった。

 会場に辿り着いたのは、予定よりも早かったが、早すぎるということはなかった。競技場の出入り口が既に客でごった返していたからだ。

 客席へと向かう観客が織り成す喧噪の中からは、昨日の対抗戦に関する話題が漏れ聞こえた。天燎高校の予期せぬ活躍ぶりに舌を巻く人もいれば、自分の出身校が最下位で嘆く人もいる。優勝は我が校だと声高らかに宣言する人、あの試合のあの選手の働きが最高だったという人、様々な観客が入り乱れていた。

 長沢家は、五人揃って客席に辿り着いた。階段状になっている客席の、ちょうど中段あたりだった。見やすい席だが、とはいえ、空中に展開される超大型幻板(げんばん)を見ることになりがちなのだから、どの席でもほとんど変わらないだろう。

「今日も応援頑張るぞー! おー!」

「一人で張り切って喉を潰さないようにね」

「一人じゃなくて、皆も応援しなさいよ! 幸多くんを! 天燎高校を!」

「応援してるわよ、あんたが張り切りすぎなのよ」

「ここで張り切らないならどこで張り切るの!? のー姉の人生ってそんなに輝かしかったっけ!?」

「ぶつわよ」

 珠恵と望実のいつになく熱の入ったやり取りを聞きながら、奏恵は、両手を握り締める。

 幸多が無事に戦い抜いてくれればいい、などとは願わなかった。

 そんな願いは、幸多も望んでいない。

 幸多の望実は、優勝だけだ。それ以外なにも求めていない。

 だからこそ、奏恵も、幸多の、天燎高校の優勝だけを願うのだ。

 なにも持たずに生まれてきた幸多だ。

 それくらいの我が儘は、許されたっていいはずだ。



『央都テレビのご覧の皆様、おはようごさいます。央都高等学校対抗三種競技大会決勝大会二日目が、いままさに始まろうとしています。実況はわたくし、御堂荘一みどうそういちが担当させて戴きます。解説は、昨日と同じく、央都ガーディアンズでの大活躍も記憶に新しい、元プロ閃球選手の小暮英里こぐれえいりさんです。今日もよろしくお願いします』

『よろしくお願いします。今日は対抗戦決勝大会の二日目ですね。泣いても笑っても今日が最後。どの高校も優勝の目があります。是非とも最後まで諦めず、戦い抜いて欲しいですね』

 そんな二人の人間の言葉は、観客席中段に設けられた実況席から、レイラインネットワークを通じ、央都中に中継されている。

 誰もが二人の声を聞きながら、決勝大会二日目が始まるのを心待ちにしているのだ。

 物凄まじい昂奮と熱狂が、地に満ちている。

 その中心は、決勝大会が開催される会場である。

 海の上に浮かぶ人工島、その上に備え付けられた白銀の球体がそれだ。

「なにが楽しいのやら、人間の考えていることはまったくもって理解できないが」

 しかし、彼ら人間がこの上なく昂奮しているということは、彼にもはっきりとわかった。

 遥か上空、地上から決して見ることの出来ない高度にあって、彼は、莫大な魔素まそ収斂しゅうれんを捉えていた。

 それは、生命活動の昂奮がもたらす結果だ。

 命の脈動。

 生命の喚起。

「それは、素晴らしいな」

 彼は、闇色の翼を広げ、腰を折り曲げるようにして虚空に浮かんでいた。

 暗紅あんこう色の肌と相反するような真っ白な髪、三対六枚の翼を持つ、悪魔のように凶悪な容貌をした男。その頭部には黒い環が浮かんでいて、目元を覆い隠すようにしていた。

 そしてその口元は、酷薄に歪んでいる。

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