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第四十五話 圧勝

 十分の休憩時間が、終わった。

「時間だな」

「早いね」

「そういうもんだ」

 圭悟けいごが額からこぼれ落ちる汗を拭うと、腰を上げた。幸多こうたならって立ち上がると、法子ほうこらんに尋ねる。

「得点、もう少し欲張ったほうが良いか?」

「そうですね、これだけ取れれば十分な気もしますけど、念のため、取れるだけ取ってしまってください」

「ならば、取ろう」

 法子の宣言は、頼もしいことこの上ない。

 天燎てんりょう高校一同は、気合いを入れ直し、戦場へと向かった。

 対する御影みかげ高校は、競技場内の反対側にある選手控え室から戦場へ向かっていく。

 戦場内に、合計十二の光の円が灯る。

 天燎高校側は前半戦と同じ配置だったが、御影高校は蘭たちの想像通り、まったく異なる配置になっていた。前半戦の途中で配置を変えたときよりも、さらに大きな変化だ。陣形そのものを変更している。

 前衛四人体制から、前衛二人後衛三人体制へ。前衛には金田友美、鋼丘彩宗が、後衛には残りの三人がついた。

 いわゆる大盾陣おおたてじんと呼ばれる、天燎高校と同じ陣形だ。

 戦術そのものに手を加え、大きく方針転換したのだろう。

 護りを固め、これ以上の失点を防ぐ、というのが彼らの狙いに違いなかった。

 対抗戦における閃球せんきゅうは、学生同士の実力が拮抗しているということもあって、どちらかの大量得点によって勝敗が決まるということが少なかった。

 対抗戦史上、前半戦だけで八得点を記録したこともかなければ、前半後半合わせても、八得点というのはほとんど記録にないくらいだ。

 つまり、御影高校は、敗北を覚悟していた。後半戦で九点以上取らなければ勝てないのだ。それを無理難題といわずしてなんといおう。

 守備を捨て、攻撃に特化した前半戦ですら得点できなかった。それは圧倒的な事実となって、御影高校に重くのし掛かっていた。

 ならば、これ以上失点を重ねる事態だけは避けるべきだ、と、彼らは考えた。

 閃球は総当たり戦であり、それぞれ四試合行うことになる。

 天燎高校との試合は、その四試合中の一試合に過ぎない。天燎高校に敗れたからといって、それですべてが決まるわけではないのだ。

 残りの三試合をすべて勝てば、この手痛い失点も帳消しにできるほどの勝ち点を、総合得点を手に入れられる。

 一方、天燎高校は、大量得点のために消耗し、疲弊するはずである。護りを固め、攻めあぐねることによる消耗は、御影高校がこの前半戦で経験済みだ。

 故にこそ、御影高校は、防御型の陣形に変えたのだ。護りを固め、少しでも天燎高校を消耗させ、他校との試合に悪影響を響かせるのだ。

 天燎高校が御影高校に勝ったところで、残りの三試合でぼろ負けに負ければ、この大量得点もほとんど意味を為さなくなるからだ。

 閃球の総合結果において、失点は多大な影響力を持つ。

 それは、御影高校にもいえることだが。


 両校が陣形通りに布陣すると、戦場の中心に星球せいきゅうが降ってきた。

 後半戦開始の合図が鳴り響き、真っ先に動いたのは圭悟だ。圭悟は、素早く星球に飛びかかり、奪取に成功すると、敵陣に突っ込んだ。迫り来る前衛二人に対し、圭悟は、空中高く飛び上がることで躱し、星球を右前方に放り投げる。

 星球は渦を巻いて虚空を駆け抜け、いつの間にか敵陣深くに潜り込んでいた法子の元へと到達する。法子は星球を華麗に受け止める。しかし、法子から星門せいもんへの射線は、御影の後衛二人によって阻まれていた。たった二人だが、魔法士まほうしである。その防御範囲は、幸多のような魔法不能者よりも圧倒的に広い。

 いきなり、御影高校が後衛を増やしたことの意味が出た、と、思われた。

 しかし、法子は、意に介していなかった。

 彼女は、不敵に微笑むと、星球をそっと頭上に浮かべるようにして、御影の闘手とうしゅたちの視線を釘付けにした。そして、軽く飛び上がり、体を捻って回転させた。流麗にも自身の体を空中で一回転させ、そのまま星球を蹴りつけたのだ。

 星球が、黒い閃光を発し、一直線に星門を目指す。当然、後衛二人がその進路を阻んだが、星球は急角度に上昇し、防衛網を悠々飛び越え、さらに守将が前面に広げた魔法の壁を貫いていった。

 星門に深々と突き刺さり、得点を報せる光と音が競技場全体に響き渡る。

「九点目」

 法子は、至極当然のように告げて、天燎陣地に戻った。

 御影高校守将(しゅしょう)錫宮功一すずみやこういちは、黒木法子のすさまじさに舌を巻く思いだった。彼女ひとりに九点も取られている。まるで大人と子供だ。大の大人が、ルールを覚え始めたばかりの子供を相手に一方的な蹂躙をしているような、そんな理不尽ささえ感じる。

「なんなんだよ、あれ……」

 錫宮功一の絶望は、御影高校の他の生徒たちにはまったく伝わらないものかも知れなかった。


 もはや、圧倒的としかいいようのない試合展開であり、天燎高校を応援している奏恵かなえですら、半ば呆然とするほどだった。

 魔法不能者である幸多が足を引っ張る可能性を憂慮していた少し前の自分が馬鹿馬鹿しくなるくらいに、天燎高校が御影高校を蹂躙していた。

 まず、前半戦だけでも凄まじい点差がついている。

「あの黒木法子って子、うちに欲しくない?」

「そうね。欲しいけど、入ってくれるかしらね。あれだけの才能、戦団が放って置くわけないと思うし」

 珠恵たまえ望実のぞみは、もはやこの試合における天燎高校の勝利を確信しており、雑談すら始めていた。

 勝つか負けるかわからない緊迫感など、前半戦が終わったときに消し飛んでしまっている。

 それこそ、試合開始前は、幸多のことが気がかりで気がかりで、そればかりを考え、応援していられる心境ですらなかったというのに、だ。

 いまや天燎高校の試合運びには、安定感すらあった。

 攻撃面でもそうだが、防御面でも安心して見ていられるのだ。

 特に守将の我孫子雷智あびこらいちは、持ち前の長身を生かした守備範囲を存分に発揮し、さらには並外れた魔法の技量が飛来する星球の尽くを撃ち落とし、受け止め、星門を守り抜いている。

 後衛の三人も、懸命に走り回り、飛び回り、守備に貢献しているのだが、特筆すべきは、守将の奮戦振りだろう。

「でも、戦団が目を付けてるなら、魔導院まどういんに入れそうじゃない? 魔導院に行かず、高校に進学したって時点で、戦団への興味はなさそうなんだけど」

「それもそうね。だとしたら、幸多くんにとっては幸運以外のなにものでもないわね」

 望美が感じ入るようにつぶやいたそのときだった。

『せめて……幸、多からんことを』

 ふと、奏恵の脳裏に過ったのは、彼女の最愛の夫が発した言葉だった。

 生まれながら死にひんし、生き続けられるかもわからない我が子を前にして、奏恵も幸星こうせいも、涙せずにはいられなかったものだ。

 生後間もない頃の幸多は、生体調整槽の中に浮かべられ、外気に触れることもできなければ、奏恵や幸星と触れ合うことすらできなかった。

 調整槽の中でしか生きられなかったからだ。

 それこそ、完全不能者として生まれたが故にだ。

 魔法士ならば、普通の魔法不能者ならば、そのようなことはなかった。

 魔法士も魔法不能者も、魔素まそを内包している。

 誰もが当然のように内包する魔素それを生まれ持たなかったがために、この幻魔の世界で生きていくことができなかったのだ。

 それをどうにかしてくれたのが、赤羽医院の医院長であり、医療魔法士の赤羽亮二あかばりょうじだ。

 幸多は、いまやこの世の環境にも順応し、存分に生きていた。それこそ、奏恵が危惧したような事態は訪れなかったし、奏恵の想像以上に人生を謳歌していたのだ。

 そんな幸多も、前半戦、後半戦ともに十分な働きをしているといえよう。

 幸多は、天燎高校の後衛左翼に位置し、守備を担っている。攻め込んでくる御影高校の闘手たちに対し、果敢に向かっていき、星球を奪取したことが何度もあった。星門に向かって投げ込まれる星球を阻止したこともある。

 とても魔法不能者とは思えない働きぶりだった。

 幸多も魔法士なのではないかと錯覚するのは、その類い希な身体能力と運動量によるところが大きい。ほかの闘手たちにまったく引けを取らないどころか、地上での速度においては、幸多に勝てるものは一人としていなかったのだ。

 得点王の黒木法子ですら、幸多の素早さにはついていけていないようだった。

 それほどまでの身体能力だ。

 ほかの後衛闘手に負けない働きをするのも納得がいったし、奏恵には、それくらいわかりきったことだった。

 幸多に戦闘術の手解きをしたのは奏恵なのだ。

 奏恵は、幸多の体の頑丈さ、運動能力の凄まじさを身を以て知っていたし、だからこそ、彼の夢を後押しすることにしたのだ。

 もし幸多が常人程度の身体能力ならば、どれだけ戦団に入りたがろうととも引き留め、諦めさせたに違いない。

 しかし、幸多は、尋常ではなかった。

 だから、奏恵は、彼の望むがままにさせた。

 そのとき、御影高校の星門が光を発し、音を鳴らした。得点を報せる演出は、遠く観客席からもはっきりと見えた。

 天燎高校、十一点目。

 


『これは勝負が決まったかあ!? 黒木法子闘手、十点目を天燎高校にもたらす、痛烈な一撃!』

『これには御影高校の守将がうなだれても当然でしょう。黒木法子闘手の圧倒的な実力は、学生の水準ではありません』

『閃球リーグを思わせますね!』

『対抗戦後、多くの球団が彼女の獲得に動くかも知れませんね』

「……だそうだが、現実的に考えると、そちらのほうがありえそうだな」

 上庄諱かみしょういみなは、黒木法子の一騎当千ともいえるような活躍振りを見届けて、つぶやいた。

 後半戦も二十分を越え、残すところ十分足らずだ。勝敗は決し、天燎高校側は攻撃の手を緩めている。もはや得点を取る必要はなく、余計な行動で体力や精神力を消耗するのは避けたいのだろう。

 賢明な判断だ、と、諱は思う。

 対抗戦の閃球において得失点差は重要だが、だからといって体力を消耗し続ければ、後に響きかねない。

 すべての高校が、初日と二日目、それぞれで二試合ずつ行うのだ。二試合目のことを考えれば、一試合目に全力を費やすのは愚行としかいえない。

 特に天燎高校は、一戦目と三戦目に試合を行うことになっている。一戦目、四戦目の御影高校よりも間隔が短く、時間的猶予がない。

「まあ、ありえないでしょう」

「そう言い切れるの?」

「閃球のプロリーグに入りたいなら、そもそも天燎高校に進学したりなんてしないでしょう。あそこは、天燎財団系列の高校ですから」

 伊佐那麒麟いざなきりんに対する城ノ宮明臣(じょうのみやあきひこ)の説明は、極めて妥当なものだった。天燎高校に通う学生の多くが、天燎財団系列の企業に就職することは、よく知られた事実だ。内定している学生も少なくないといわれている。

 黒木法子もそういう考えの元で天燎高校に進学したのだとしても、なんら不思議ではない。

「天燎財団……ねえ」

「彼は天燎財団からの差し金です」

「まあ、そうなの?」

「そんなわけないでしょう。わたしがいつから戦団にいると思ってるんですか」

「そうよね、財団より長いものね、明臣くんの歴史。財団なんかより、余程信頼できるわ」

「それはそれは光栄の至り」

「そういうところはまったく響かないんだけど」

 麒麟が素っ気なく告げると、さすがの明臣も肩を落とさざるを得なかった。

 閃球の戦況は、動かない。

 天燎高校が十二点の優位を保ったまま、後半戦三十分が終わった。

『試合終了! 天燎高校十二点対御影高校零点で、天燎高校の勝利が決まりました!』

『まさに圧勝でしたね。この結果を予想できた方はおられるのでしょうか。わたしにはまったくの想定外でしたが』

 実況と解説は、試合結果に大興奮しているようであり、それは実況席に伝わる会場の反応も同じようなものだった。

 天燎高校の圧勝は、誰もが予期せぬものだったからだ。


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