第四十四話 黒木法子、その実力
対抗戦決勝大会、第二種目・閃球第一試合、天燎高校対御影高校前半戦、その火蓋が切って落とされると同時に、戦場の闘手十人が一斉に動き出した。
後衛は、敵の前衛の動きを見ながら、広範囲を補い、自軍陣地を守れるように走り回らなければならない。
幸多は、後衛左翼にあって、戦場全体を俯瞰するように見ていた。
まず最初に絶対境界線の星球に触れたのは、御影高校の金田友美だった。黒紅色の長い髪を邪魔にならないように後ろで束ねているのだが、その髪が揺れる様は優美といってよかった。
金田友美は、一瞬で絶対境界線までの距離を詰め、星球を頭上に蹴り上げている。その空中の星球を受け取ったのは、同じ御影の鋼丘彩宗だ。彼は、魔法で作った炎の手で星球を掴み取ると、空中へと飛び上がった。
圭悟が飛行魔法で追いかけると、鋼丘彩宗は後ろに星球を放り投げる。魔法の翼を生やした銀城壮馬がこれを受け止め、圭悟の居場所とは真逆に飛んだ。
魔法士ならではのやり口だが、これは閃球においてはごく普通の試合運びだった。
幸多も、そうした動きを閃球の試合で何度も見ている。
そして、それは幸多だけではない。
銀城壮馬が星球を抱えるようにして飛翔し、天燎陣地を突き進んでいたそのときだった。
御影側の星門から光が上がり、けたたましい音が鳴り響いた。
それは、星球が星門を貫き、得点したことを報せるための演出であり、幸多は、驚きとともにそちらを見遣った。
御影の守将錫宮功一が呆然と突っ立っていて、その真後ろ、星門の真っ只中に星球が輝いていた。
「まずは一点」
法子は、敵陣中央当たりの空中で足を振り抜いたような姿勢で浮かんでいた。
「なっ!?」
愕然とした声を上げながら天燎陣地に降りてきたのは、銀城壮馬だ。彼は、腕の中に抱え込んでいたはずの星球がいつの間にかなくなっていたという事実に衝撃を受けているようだった。
法子が、彼の手の内から星球を奪い取ったのは間違いないのだが、いつどうやったのか、幸多には皆目見当もつかなかった。
「すげえ……」
とは、怜治。
法子のそれは、もはや神業といってもいいのではないかというほどであり、この戦場にいるほかのだれにも真似のできないものではないかと思えた。
法子の一撃は、天燎高校を昂奮させただけではなく、御影高校に多大な衝撃を与えることとなった。
試合は、どちらかに得点が入れば、仕切り直しとなる。
その際、陣形を変えることも可能であり、御影高校は、さっそく陣形に手を加えたようだった。法子を野放しにするのは不味いと判断したのだろう。
御影は、前衛四人中三人を法子側に集中させた。法子さえ抑えればなんとかなるはずだ、と見たのだ。
それはつまり、圭悟を侮り、幸多たちを見くびっているということだが、さもありなんというべきか。
御影高校の闘手たちは、蘭の忠告通り、確かに個々の能力は、天燎高校の闘手の平均を遙かに上回っていた。
御影の闘手が星球を取れば、天燎の闘手では簡単には奪い取れないのだ。翻弄され、躱され、捌かれ、避けられる。後衛の面々も圧力をかけようとするが、圧倒的な技量の前には為す術もなく、突破された。
そして、星門を眼前に捉えた金田友美が、星球に魔力を込めて投げ放つ。星球は、さながら白銀の光線となって星門へと殺到する。が、星球が星門を貫くことはなかった。
雷智が平然とした様子で受け止めたからだ。
星球は、生きている。
「法子ちゃん!」
雷智が敵陣にも響くほどの大声を上げて、星球を投げつければ、それはまるで稲妻の如く蛇行しながら御影陣地の中空へと到達した。そして、雷光を帯びた星球を法子の足が、強烈な勢いで蹴りつける。火花が散り、轟音が響き渡った。
星門から光と音が放たれ、天燎高校の得点を知らしめる。
「二点目」
法子は、しかし、勝ち誇るでもなく、事実を述べるようにつぶやいた。
『天燎高校の黒木法子闘手、二点目です!』
『続け様の二点、これは大きいですよ』
『天燎高校にとっては大きな、とても大きな得点ですが、御影高校にとっては手痛い失点となりました!』
『黒木法子闘手は、競星においては騎手として一位を飾るという大活躍をしたばかりです。飛行魔法の精度といい、閃球での戦い振りといい、彼女ほどの魔法士は、そうはいないのではないでしょうか』
「まったく、その通りだ」
上庄諱の嘆息は、城ノ宮明臣にとっても同感であり、だからこそ同じようにため息を浮かべた。
戦団情報局は、央都内外の様々な情報を収集し、分析し、解析し、管理する、戦団においてもっとも特別で極めて重要な部署だ。央都に関することで情報局以上に知っているものなど、例外を除いて存在しなかった。
当然、黒木法子に関する情報も、情報局長、副局長ともに知っている。黒木法子が子供の頃から魔法士としての優れた才能の片鱗を見せていたことも、彼女が戦団と距離を取りたがっていることもだ。
優秀な人材は、際限なく欲しているのが戦団という組織だ。
黒木法子にも、戦団への入団と、その前提としての星央魔導院への入学を勧めた。黒木法子の家族も説得した。家族は、彼女に戦団に入るべきだといったが、黒木法子は頑として聞かなかった。
戦団に入団を強制する権利はない。
そのような法律を作ろうと思えば作れるだろうが、総長の性格上、あり得ないことだった。
そうである以上、勧誘し、交渉する以外に方法はないのだが、拒絶されればどうしようもなかった。
黒木法子は、成長し、さらにその才能を伸ばしているという情報も、情報局は掴んでいたし、戦務局はその才能を強く欲していた。
しかし、先も述べたように、戦団に入団を強制する力はない。
彼女の気が変わってくれるのを祈ることしかできないのだ。
「黒木法子さん、戦団に入ってくれないのかしら」
「無理だろう。作戦部が何度となく勧誘しているが、そのたびに素気なく断られている。彼女の気が変わってくれないことには」
そして、そんなことはなさそうだ、と、諱は、最近の情報から判断した。
『御影高校、果敢に攻める! 凄まじい猛攻だ! これには天燎高校も対応できない!』
『御影高校としては、一点でも欲しいところですね』
『鋼丘彩宗闘手から銀城壮馬闘手に星球が渡った! 星門目前だ! 投げた! しかし、我孫子雷智守将の護りは完璧だああっ!』
熱の入った実況が、閃球第一試合の戦況を伝えてくる。
天燎高校の守備はほとんど機能していないが、守将の守備範囲のおかげで一点も取られていない。それが天燎高校の強みとなり、もう一つの明確な強みである黒木法子へと繋がっている。
我孫子雷智の放り投げた星球は、一直線に黒木法子へと至り、再び、御影高校の星門へと送り届ける。光と音が、天燎高校の得点を告げた。
『三点目ええええええっ!』
黒木法子への惜しみない賞賛が、競技場そのものを揺らすかのようだった。
第一試合の前半戦は、天燎高校が優勢のまま推移した。
たかが三十分。
されど三十分。
広大な戦場を駆け回り、飛び回ることによる消耗は、決して小さなものではなかった。少なくとも、二ヶ月間に及ぶ練習会がなければ、体力の配分がわからず、へとへとになっていたかもしれない。
だが、二ヶ月間の猛特訓は、幸多に閃球のイロハを教え、体力の配分も、戦場の走り方も存分に理解できていた。
おかげで消耗も最小限だ。
というより、幸多は、一切疲れていなかったりする。
後衛として守備に動き回り、何度か御影の星球を奪い取り、また、星門への投球を妨害したこともあった。それは幸多にとって会心の働きであり、その瞬間には思わず叫んでしまったほどだった。
「見事な働きだったぞ、皆代幸多」
法子が声をかけてくれたのは、前半戦終了後、競技場内の選手控え室に向かう最中だった。法子は、汗一つかいておらず、悠然とした足取りで幸多の先を進んでいく。
選手控え室には、天燎高校関係者として小沢星奈、真弥、紗江子、蘭の姿があった。真弥が飲み物と汗を拭うための手拭きで両手を埋め尽くし、選手一同を出迎える。
「お疲れ様!」
「さあさあ、皆さん、しっかり補給してください、欲しいものがあればなんでもいってくださいね!」
「前半戦の分析結果だけど……」
「後にしてくれよ」
状況を弁えない蘭の分析魔振りには、さすがの圭悟も閉口した。
三十分の前半戦を終え、皆、多少なりとも消耗していた。
閃球は、止まっている時間が皆無だ。敵も味方も縦横無尽に動き回る。特に魔法士は、魔法を使わなければやっていられない。肉体のみならず、精神的にも疲れるのだろう。
幸多は、肉体的な疲労だけで済むのだから、まだ増しなほうなのかもしれない。
「前半戦、順調な滑り出しといえるのでしょうか。わたし、閃球には疎くて」
「順調どころか、最高っすよ、センセ」
圭悟が小沢星奈の不安を吹き飛ばすような明るさで言い放った。蘭が補足するように、いう。
「前半だけで八点取れるなんて、対抗戦史上初の快挙でしょう。後半はさすがにここまで上手くは行かないでしょうが」
その八点は、すべて、黒木法子の得点である。
前半戦、法子は、縦横無尽の活躍をして見せた。かつて圭悟が彼女を指していった百人力というのは、伊達でもなんでもなかったのだ。まさに百人力、一騎当千の活躍ぶりであり、天燎高校の雰囲気が良いのは、彼女のおかげだった。
「そうだな。さすがの御影も、多少は守備に意識を向けることだろう」
「そこなんですよね」
蘭が待ってましたとばかりに話を始める。ほかの皆は、水分を補給したり、消耗した活力を取り戻すべく、消化のいい食べ物を口に運んでいる。
幸多も、用意された食料を手当たり次第に頬張り、常ならざる空腹感に対抗しようとしている。
「前半戦、御影高校は、攻撃力に全振りした戦い方だったんだ。守備なんて忘れたような、それこそ狂戦士染みた、ね。でも、それで一点も取れず、それどころか八点も失ってしまった。そうなったら戦術を変えるしかない。後半戦は、陣形も戦術も大きく変えてくるはず」
「だが、こちらは変えない、と」
「相手の攻撃力が減るとなれば、わざわざこちらの後衛を増やす必要もありません。かといって、後衛を減らすだなんてありえませんから、前半と同じ感じで、よろしくお願いします」
「中島蘭は頼りになるな」
「それほどでも……ありますけれども」
「調子に乗るんじゃねえぞ、中島。大体、作戦はおれが考えたんだからな」
「情報の収集に分析、提案の数々は、中島くんの手柄でしょうが」
「んなこたあわかってるよ。ただの冗談につっかかんなよ」
「全然活躍できてないから、嫉妬したのかと思ったわ」
「あのなあ、おれをそんなに器量の小さい奴だと思ってんのか?」
「そこまでいってないでしょ」
「そうですよ、米田くんの懐の広さは、皆知っていますもの」
「だったらいいが」
「そういうところだと思う」
「んだと?」
幸多のぼそりという一言に食らいついてきた圭悟だったが、さすがに休憩時間の短さを思ったのか、スポーツドリンクに手を伸ばし、空いた手で菓子を掴み取っていた。
前半戦と後半戦の間に設けられた休憩時間は、わずか十分に過ぎない。その時間で体力が完全に回復することなどありえないが、ないよりはいいはずだ。
やがて、休憩時間終了を報せる音が鳴り響き、会場全体が歓声に包まれた。




