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第二十四話 英霊祭(五)

 讃武(さんぶ)()が終わると、葦原市中央公園に集まっていた数え切れない人々のうち、半数以上が撤収を始めた。

 大舞台で行われる英霊祭(えいれいさい)の催しというのは、なにも讃武の儀だけではない。讃武の儀を終えたあとは、様々な出し物が行われることになっており、公園の拡声器からそのことを報せる声が響いたりしていた。

 とはいえ、撤収中の人々が見に来たのは、讃武の儀なのである。

 幸多(こうた)たちも同じだ。

 讃武の儀を見終われば、中央公園に用事はなかった。ほかの出し物に興味を引かれるようなものもなかったし、それならばこれからが本番ともいうべき英霊祭に参加したほうがきっと楽しい、というのが、幸多たちを含む撤収する人々の総意に違いない。

 英霊祭は、午後が本番といわれる。

 讃武の儀は、開催の挨拶のようなものだ、とだれかがいった。

 実際、そのようなものだった。

 讃武の儀は、英霊への哀悼や感謝、覚悟や決意を述べ、天地にそのすべてを響かせた。

 それで湿っぽい話はおしまい、というのが、いつ頃からかの戦団の意向であり、後は今日という一日が終わるまで、央都全体で盛り上がるだけだった。

 戦団は、讃武の儀以外にもやることがあり、それを見るためにも公園に留まっているわけにはいかなかった。

 幸多には、統魔(とうま)からの伝言の件もあった。

 英霊祭で待ってるぜ、とは、きっとそういうことだ。

「朝の何時に場所取りしたのかわかってんのかよー」

 ただ一人、すぐに撤収するという事実に対し、不満たらたらな様子なのは、当然のことながら圭悟(けいご)だ。彼はこの五人の中でだれよりも早く起き、だれよりも早く公園に来て、だれよりも早く場所を取って、だれよりも長時間ここにいたのだ。

 それなのに、讃武の儀は早々に終わってしまった。それで撤収するというのだから、彼がふくれっ面になるのも当然だ。

「もうしばらくここにいる? いたいならそれでもいいけど」

「いんや、せっかくの英霊祭なんだからよお、こんなところで留まってる場合じゃねえだろうがよ」

 真弥(まや)が提案すると、不満を吹き飛ばすようにいってのけると、彼は、率先して撤収作業を行った。讃武の儀が始まったために食べ残していたものをすべて平らげたのだ。余程空腹だったのだろうが、それにしてもよく入るものだ、と幸多は思った。

「てめえのほうが遥かに大食いだかんな」

 圭悟が釘を刺したのは、幸多の反応を見てのことだった。

 幸多は、人並み外れた大食いであり、学食ではいつも人目を引くほどの注文をしていたのである。そんな幸多に大食いぶりを注目される謂われはない、と、圭悟は思うのだった。

 敷物を丸めて鞄の中に押し込めば、あとは再利用材を使った食器などのゴミばかりだ。それらを袋に纏め、公園の通路脇に設置されたゴミ箱に放り込めば、身軽になる。

 圭悟の法器(ほうき)も拡縮式であり、縮小状態ならば鞄に収まるほどの大きさだった。紗江子と蘭の法器も、それぞれ、鞄に収まっている。

「さて、どこらあたりから行きますか」

大巡邏(だいじゅんら)までまだ時間あるんでしょ?」

「そうだね。大巡邏が始まるのは五時からだから、結構あるね」

「お腹も空きましたし、なにか食べましょうか」

「おれ、腹一杯なんだけど」

「あんなにがっつくからだよ」

「あんだけ用意したのはどこのどいつだよ」

「だれもあんた一人で食べろなんていってないでしょうが」

「おれは、出されたものはちゃんと食べ尽くす行儀のいい人間なんだよ」

「それ、行儀がいいといえるのかな」

「さあ?」

 幸多たちは、そのように他愛のないやり取りをしながら公園を後にした。


 葦原市中央公園は、葦原市中津区の中心部からやや北側、本部町(ほんぶちょう)の東部に位置している。

 中津区の中心部といえば、戦団本部の広大な敷地とその中に立ち並ぶ建物群があるのだが、公園付近から見えるものではない。

 横幅の極めて広い川を挟んでいるというのもあるが、戦団本部が分厚い壁に囲われているということもある。もし戦団本部がはっきりと見える位置関係だったのだとしても、敷地内の様子をうかがい知ることは出来なかっただろう。

 川は、葦原市の北東から南西に向かって流れており、海に流れ落ちている。極めて横幅の広い川は、未来河(みらいがわ)と命名された。

 この央都の世が未来永劫続くようにという願いを込めてつけられた名前であり、葦原市の代名詞ともいえる川となった。

 ちなみに、本部町とは、戦団本部があるからこそ付けられた地名である。

 幸多たちは、中央公園を出ると、未来河の河川敷に向かった。

 未来河の土手沿いの道路は、現在、通行止めとなっており、車道全体が歩道と化していた。そして、道行く人達でごった返しているのだ。

 このように英霊祭中は、央都各所で交通規制が敷かれている。町中に出店があり、様々な催し物が各所で行われているということで、徒歩で移動する人が多いからだ。

 央都に住む多くの市民が家から出払い、町中を散策するかのようにして、歩き回っている。

 交通規制は、それだけが理由ではない。

 戦団が英霊祭で行うもう一つの重要な行事が原因だった。

 それが大巡邏である。

 

 幸多たちは、土手を上りきり、未来河を見下ろした。川幅の広い大河、その水面は、真昼の陽光を浴びて、きらきらと輝いている。夏が近い。吹き抜ける風と共に、季節の変化を感じ取れるような、そんな空気感が川辺に流れていた。

 土手を降りれば、河川敷だ。

 未来河の河川敷は広く、整備されてもいるため、様々なことに使われていた。今回のように出店が乱立したり、野外イベントの会場になったりもすれば、サイクリングコースを使って運動する市民も少なくない。

 英霊祭真っ只中の今、河川敷には無数の出店、屋台が立ち並んでいた。飲食物を販売している屋台だけでなく、商品を当てるミニゲームなどを行っている出店もある。

 だからなのだろうが、河川敷にはたくさんの人々で溢れていて、幸多は、気圧されるほどの熱気を感じた。

 央都市民のだれもがこの英霊祭を祭りとして楽しんでいる。

 讃武の儀を終えたからこそ、純粋なお祭り気分に浸ることができるのだ。

 幸多たちも、そういうつもりで河川敷に来ている。

「お、ありゃあ弟くんじゃねえか」

 圭悟が指差したのは、戦団公認販売店と銘打たれた出店だ。そこにはとてつもない人集りができているのだが、それがなぜなのか、すぐにわかった。

 店頭に皆代統魔の等身大パネルが立っていたのだ。

 統魔のファンと思しき市民が、黄色い声を上げながらそのパネルを撮影したり、パネルと一緒に撮影してもらったりしている様子は、幸多にはなんともいえず面映ゆいものがあった。

「なるほど」

 こういうことだったのか、と、納得しかけて苦笑する。統魔が寄越した伝言の意味が、こんなもののわけがなかった。

 統魔の関連グッズは山のように作られ、飛ぶように売れている。等身大パネルを見たのは初めてにしても、それが作られ、設置されるからといって連絡を寄越すような統魔ではない。

 圭悟が、幸多に提案した。

「なあ、撮ってやろうか?」

「いいよ、いつでも撮れるし」

「さすがは御兄弟、羨ましい限りだぜ。おれも皆代統魔の兄になれねえかなあ」

「なれるわけないし、なってどうすんのよ」

 真弥が呆れ果てたように問う。

「褒め称えられる」

「意味分かんないわ」

「統魔様の御兄弟だからという理由で賞賛されるのであれば、皆代くんも賞賛されて然るべきなのでは?」

「だからこうやって敬ってんだろうが」

「どこがだよ」

 幸多は、圭悟の軽口に苦笑するほかなかった。とてもそんな態度には思えない。

「本当、口だけなんだから」

「本当だぜ? おれほど幸多を買ってる人間はほかにいねえっての」

「それはそれで気持ち悪いかな」

「どうしろってんだよ!」

「どうもしなくていいよ、いつも通りのきみでいて」

「くっ……」

 圭悟は、口惜しそうに歯噛みして、友人たちの笑いを誘う。

 五人でいるときの空気感、居心地の良さは、まるで昔からの知り合いで、長い付き合いの友人のような、そんな温かさすらあるように思えた。

 幸多は、こんな友人たちと入学早々巡り会えた幸運を何度目かの実感として感じた。

「どいつもこいつも統魔統魔統魔統魔」

 不意に耳に入ってきた声の不穏な響きに、幸多は、はっとした。若い男の声だった。声音には、深い恨み、強い怒り、激しい妬み、そのような感情が入り交じっている。

「皆代統魔がどうしたというんだ。どうしたと……」

「兄さん、行こう」

 振り向けば、同年代の少年たちがこちらに背を向け、雑踏の中に消えていくところだった。銀鼠色の髪が揺れる様だけが印象に残る。どこかで見た覚えのある髪色だった。ひと目見て記憶に残るのだから、極めて印象的だったのだろう。

「いまのは……」

草薙(くさなぎ)兄弟、だろうね」

 そういって説明してくれたのは、蘭である。彼の位置からは、少年の顔がはっきりと見えたのかもしれない。

「草薙兄弟……叢雲(むらくも)高校のか」

「うん。今大会でもっとも注目を集めているのが、叢雲高校で、彼ら草薙兄弟だよ」

 叢雲高校は、大和市草薙町にある高等学校だ。叢雲高校は、第五回大会で優勝して以来低迷していたが、この二年、決勝大会に進出していた。その原動力が、草薙真だということは、有名な話だったし、

「草薙(まこと)。叢雲高校三年。二年前の対抗戦から主将として出場し、獅子奮迅の活躍を見せてる。その凄まじい活躍振りは、彼が物心ついたときには神童と呼ばれていたという話を裏付けるものかもしれない」

 こういうとき、蘭は極めて饒舌になり、周囲を置いてけぼりにする。自分一人の世界に浸るからだが。

「神童と呼ばれ、長じて天才児と褒めそやされた彼は、叢雲高校の麒麟児と異名された。彼ほどの才能を持っている学生はいないのではないか、と、だれもが認めるほどの人物だよ、彼は」

「神童といえば、統魔もそうだけど」

 幸多のその言葉は、自然と口をついて出たものだった。特に考えがあるわけではなく、溢れ出した。

「統魔も天才児だし、麒麟児だし、なんなら麒麟寺蒼秀(きりんじそうしゅう)の配下で弟子だし、統魔に才能と実力で勝てる奴なんているわけないんだけど」

「皆代くん?」

「統魔オタクここに極まれり、って感じだな、おい」

「はあ? 統魔はまだまだこんなものじゃないんだけど?」

「……話が長くなりそうだからもうやめろ、やめてくれ」

 圭悟は、頭さえ抱えそうになりながら、告げた。幸多の中の地雷原を踏み抜いてしまった感覚が彼にはあった。まさか、幸多にとってそんなことが爆発の引き金になるとは、想定外も想定外だった。

 この一カ月余りの付き合いの中で、幸多が統魔のことをとても大切に思っている様子は、はっきりと伝わってきてはいたのだが。

「……ともかく、草薙兄弟には注意したほうがいいってことだよ。とくに兄の方、草薙真は、どうやら皆代統魔を目の敵にしているみたいだし」

「なんで?」

「さあ?」

 そればかりは自分にもまったく皆目見当もつかない、と、蘭はお手上げ状態といわんばかりにいった。

 ちなみに、草薙真の弟は、草薙(みのる)といった。今年叢雲高校に入学したばかりの一年生で、兄とは比較できないながらも、油断の出来ない相手だということだった。




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