第千三百九十五話 竜と竜(十七)
星が巡る。
全周囲――宇宙を漂う無数の星々が太陽光を反射して輝く様が視界を駆け抜け、激流のように過ぎ去っていく。
激闘、死闘などという言葉では形容しがたいほどの戦い。
二体の竜が、死力の限りを尽くしているが故、激突の度に宇宙空間に亀裂が生じ、その修復のために周囲の魔素が失われ、宇宙全体の魔素総量が減少していく。
このままではいずれ、拡大し続ける宇宙が、逆に収縮してしまうのではないか。
そんなありもしない妄想が現実のものとなりかねないほどの事態、状況。
戦況。
《このままでは宇宙そのものが終わってしまうわよ、神威》
「その前におれが終わるかな」
《だとしたら、残念だわ》
ブルードラゴンは、打撃の応酬の果てに冷ややかな視線を投げつけると、尾の一撃でもって神威を吹き飛ばした。六枚の翼が羽撃き、無数の流星を発射する。
流星群は一瞬にして神威に着弾、物凄まじい爆撃の嵐が巻き起こった。さながら、連鎖的な超新星爆発のように。
竜気の炸裂による余波が宇宙空間を歪め、亀裂を生じさせる。
《亜空の断裂が刻まれれば刻まれるほど、この宇宙の寿命は短くなっていく。それは、あなたも実感として理解できているはず。あなたは人間であると同時に竜なのだから》
「はっ……」
神威は、立ちこめる爆煙を六翼の羽撃きで吹き飛ばすと、視界を確保し、肉迫する光芒を目の当たりにした。星装が煌めき、対応する。
「絶・屠龍輪」
真言とともに発生した無数の光輪が、破滅的な光の奔流を受け流して見せたが、それによってさらに宇宙空間に亜空の断裂が刻まれていくのがわかった。
「いくら竜級魔法士と驕り高ぶったところで、人間は人間ということがよくわかったよ。身の程を知るとは、まさにこのことだな」
《随分と諦めが早いのね。あなたらしくもない》
「おまえに――」
神威は、旭桜の顔をした蒼き竜を睨み据え、宇宙を蹴った。羽撃き、一条の光となってブルードラゴンに殺到する。顔面を狙った拳が、蒼竜の翼に受け止められ、竜気が爆発した。
「おれのなにがわかる!」
《すべて、みんな、なにもかも――》
蒼竜は告げ、神威の体にその長い尾を絡みつかせた。尾を包み込む蒼い鱗、その表面に煌めくのは、数多の幾何学模様。
魔法の設計図。
《あなたがいまや死すら望んでいることも、知っている》
「おれは――!」
《もう疲れたのよね。わかるわ。わたしだけが、わかってあげられる。だってわたしは、あなたの半身だもの》
「ふざけるな!」
神威の怒号は、蒼竜の微笑に掻き消されるかのようであり、つぎの瞬間、凄まじい衝撃が彼の全身を貫いていた。ブルードラゴンの竜魔法が、無数の光芒となって神威の全身を飲み込み、中和した多重結界の内部で星装を破壊し、肉体をも粉砕していく。
《あなたは、生まれ落ちてからずっと、闘争の中にいた。物心つく前から、そう。あなたは、自分以外のだれかと競い合わなければならなかった》
蒼竜が、旭桜の口調と声音で語る言葉は、真実だった。
神威の意識を席巻するのは、竜気の奔流。破壊的な光の渦であり、滅びの螺旋。網膜を塗り潰し、脳裏を染め上げていく力の洪水である。その中でも、蒼竜の声は、旭桜の声として聞こえていた。
《あなたは、異界環境適応処置が施された最初の人間。わたしや火流羅も同時に施術され、そして、同時にあの蠱毒の坩堝へと押し込められた。ヴァルハラへ》
蒼竜は、神威の肉体がばらばらに破壊されながらも、つぎの瞬間には元通りに復元していく様を見ていた。だが、破壊は止まらない。蒼竜の竜魔法が、神威の肉体を徹底的に粉砕し続ける。破壊と復元。死と再生。繰り返される輪廻の狭間、神威の咆哮がこだましている。
その声は、遥か宇宙の彼方にまで届いているのではないか。
《わたしたちは戦った。戦い続けた。戦い抜いた。ヴァルハラの終わらない戦いの果て、彼女と出逢うまで》
「麒麟……」
神威の脳裏を過るのは、少女時代の伊佐那麒麟の姿だ。ヴァルハラの真実を知り、ヴァルハラから神威たちを解放するため、あの地獄に飛び込んできた少女。彼女がいなければ、神威たちは、永遠にヴァルハラに囚われていたのか。
無論、そうではあるまいが、あと数年、いやもっと長くヴァルハラ・ゲームを繰り返していたことは疑うまでもない。
終わりなき闘争の螺旋。
それこそ、生と死の繰り返しそのものだった。
《彼女は、わたしたちをヴァルハラから救うために現れた。その結果、己が身に降りかかるであろう災厄など気にも留めず、自分とは無関係な赤の他人のために命を懸けられる彼女こそ、導士の中の導士だとは思わないかしら?》
「そうだな。まったく、その通りだ」
神威は、ようやく蒼竜の力に対抗し始めていた。肉体の復元速度が破壊速度を上回り、星装を再構築、蒼竜の尾を引きちぎることで拘束から抜け出せば、蒼竜が目を細める。
「正論だよ。反論の余地もなければ、異論のいの字もない。伊佐那麒麟こそ導士の中の導士。おれとは違う。おれは結局、究極の一個人に過ぎない。己が本能の赴くまま、感情の赴くままに生きてきた。そのツケがこの有り様ならば、そうだな……麒麟に顔向けできる気がしないな」
《そうかしら?》
蒼竜が神威が繰り出した拳を手のひらで受け止めると、両者の竜気が激突した。爆風が周囲の空間を歪め、互いの律像が光を放つ。
《あなたは、よくやったじゃない。わたしは、ずっと見ていたわ。ずっと、見守っていたのよ。あなたのことを。あなたのすべてを》
「この眼を通してか」
《御明察》
蒼竜は、柔らかく微笑むと、復元した尾で神威の背後を狙ったが、今度は神威の尾に防がれた。尾と尾が絡み合い、互いの竜気を直接送り込めば、凄まじい反動が起き、両者は、弾かれるようにして距離を取った。
《わたしは、あなたのすべてを知っている》
「おれは、おまえのことをなにも知らないよ、ブルードラゴン」
神威は、蒼竜がついでのように放ってきた流星群に対し、流星群で対応した。百万を超える竜気の光弾が宇宙空間でぶつかり合い、爆砕の嵐を起こす。
「おまえは、ただの敵だ。斃すべき敵であり、滅ぼすべき存在であり、取り除くべき障害に過ぎない。それ以上でもなければ、それ以下でもない。そんなものがこのおれの人生にここまで深い影を落としてきたという事実が、あまりにも腹立たしい」
神威は、大きく息を吸った。宇宙空間。本来ならば呼吸することなどできるわけもないが、魔法士である。魔法は、魔法以前に不可能とされたあらゆることを可能にした。
人間単身での宇宙遊泳もそうだ。
宇宙空間での長期滞在すら、魔法士ならば可能だった。
ましてや竜級魔法士ならば、宇宙を自在に移動し、長時間戦い続けることもできて当然だろう。
できて当然と思うこと。
それもまた、魔法の基礎中の基礎であり、奥義といっても過言ではない。
想像力を具現するとはつまり、そういうことなのだから。
「ようやく、視えてきた」
神威の竜眼が発する虹色の光が鋭さを増したかと思うと、星装全体を巡る無数の律像もまた、煌めきを深めた。多層構造の律像がさらに複雑に変形し、絡み合い、無数にして異形の紋様を作り上げていく。
《なにが?》
「〈星〉さ」
《それは……素晴らしい限りね》
蒼竜は、少し驚いたような素振りを見せたが、すぐにすべてに納得したかのように笑った。六枚の翼がそれぞれに分裂し、十二枚に増えると、翼から放たれる光弾の数も倍増する。いや、倍増どころの騒ぎではない。
流星群は、超流星群とでもいうべき代物へと激変し、神威の全周囲を埋め尽くした。
《星髄に至ったあなたの力、見てあげる》
蒼竜は、さらに両腕を前方に掲げると、手の先に光の波紋を浮かべた。さながら桜が花開くかのようなそれは、極大の光芒となって神威に殺到し、流星群と同時に着弾、宇宙空間に巨大な断裂を刻むほどの大爆発を引き起こした。




