第千三百九十二話 竜と竜(十四)
ばらばらになった蒼竜の肉体は、しかし、瞬時に復元し、元通りになる。
いままで通りに。
それはそうだろう。
神威の力が蒼竜を上回っているわけもなければ、決定的ななにかがあるわけではない以上、結果が変わることなどありえない。
攻撃は、通用する。
蒼竜の星装を切り裂き、肉体を破壊することも不可能ではない。だが、幻魔特有の超再生力、それも竜級幻魔の絶大な回復力の前では、意味を為さない。
それは、神威とて同じなのだが。
蒼竜の尾が空を切り裂き、ついでのように神威の五体を切断する。閃くは、無数の光線。それらが桜の花弁のように煌めき炸裂すれば、神威の体をさらなる爆発に飲み込んでいくが、完全に破壊され尽くすことはない。
破壊されていく間に復元し、元通りになって、打撃の応酬へと舞い戻る。
《その程度じゃお話にならないわ、神威。わたしとの五十余年に渡る因縁に決着をつけるだなんて、夢物語もいいところよ》
「だとしても」
神威は、歯噛みして、蒼竜の角から放たれる雷撃を躱した。神威の頭部に生えた六本の角が、それぞれ破壊的な光線を発射し、宇宙空間ごと蒼竜を突き破ろうとするが、距離が離れたために多重結界に防がれてしまう。
直撃を叩き込むには、多重結界を中和できる極至近距離でなければならない。
殺到し、近距離戦闘に持ち込めば、蒼竜が笑った。
《だとしても?》
「やるさ」
《言葉だけならなんとでもいえるわ》
蒼竜の閃光を帯びた踵が神威の脇腹に突き刺さり、炸裂する。物凄まじい竜気の爆発が連鎖し、桜の花が咲き乱れるかのようだった。
《真・桜花――》
「絶・破龍掌」
神威が蒼竜の足を掴み取り、竜気を炸裂させれば、両者の間に竜気の超爆発が巻き起こった。神威の肉体が粉微塵になりかけるほどの破壊。だが、死なない。竜眼が肉体を瞬時に再生し、復元する蒼竜を肉眼で捉える。その立ち所に元に戻ろうとする蒼竜の胸の中に左腕を差し込めば、神威と蒼竜の肉体が一体化したも同然となった。
蒼竜は、訝しんだ。人知を越えた知性と頭脳の持ち主であるはずのブルードラゴンですら、神威の思考が読めない。
こんなことになんの意味があるというのか。
《どういうつもりかしら?》
「元より、一蓮托生だろう」
神威は、静かに告げ、蒼竜の体内に埋め込んだ左腕に竜気を凝縮した。星装の竜鱗が瞬き、複雑怪奇にして破滅的な律像を描き出すまでにかかった時間は刹那に満たない。それを蒼竜の竜眼が認識し、読み取り終えたときには、真言が紡がれている。
「絶・爆龍拳」
神威が左手に込めた竜気を、その手のひらごと爆発させると、蒼竜の無防備な体内を一瞬にして破壊し、粉砕し、灼き尽くし、吹き飛ばした。爆圧が神威自身を爆発地点から遥か彼方へと吹き飛ばすほどのものであり、宇宙空間に超新星爆発の如き閃光が広がる様を目の当たりにした。網膜に広がる光の波紋。
余波が地球へと無数の流星となって降り注ぐ様は、圧巻としか言い様がないが、問題はあるまい。
超密度に圧縮した竜気を爆発させた結果であり、拡散したのは、魔素に過ぎない。大気圏で燃え尽き、地球を循環する魔素となるだろう。
そして、神威の左腕も既に元通りだ。なんの問題もなく復元し、竜鱗の星装に覆われている。竜の鱗、その表面を走る無数の光跡が幾何学模様を描いているのは、常に律像を展開しているからだ。
それは、蒼竜も同じ。
《内部から破壊すれば、わたしの心臓を、魔晶核を傷つけられる可能性がわずかでもあると踏んだから、でしょう。でも、残念。わたしの心臓は、そんなところにはないの》
蒼竜は、完全無欠に復元した己が肉体、その胸のあたりを指し示して、告げた。悠然とした振る舞いは、まだまだ余裕があることを伝えてきている。
これまで、熾烈を極める戦闘が続いていた。何度となく竜気をぶつけ合い、魔法を撃ち合ってきた。互いにとてつもない魔素を消耗しているはずなのだが、そこは、竜級幻魔。魔素総量が、鬼級以下の幻魔とも、人間とも、次元が違うのだ。
神威も、疲労していない。
微塵たりとも。
神威は、拳を握り締め、蒼竜を睨む。竜鱗の衣に覆われたその姿態は、かつての旭桜そのものだ。神威のように半分が竜と化しているものの、表情や仕草のどれをとっても旭桜そのものであり、故に、睨み付けるのも至難の業に等しい。
だが、神威に迷いはない。
蒼竜は、蒼竜。旭桜などではない。旭桜の姿をした紛い物に過ぎず、斃すべき、滅ぼすべき存在に過ぎない。
だから、全力をぶつけることに躊躇いはなかったし、いまの一撃で斃せなかったことを悔いるだけだ。
爆龍拳は、みずからの体の一部を差し出す、いわゆる自傷式の攻型魔法だ。犠牲式とも代償法とも呼ばれる方式を用いた魔法は、対価として差し出した肉体の部位が多ければ多いほど威力が増す。
魔法とは、想像力の具現である。
つまり、自傷式なる方式が成立するのも、想像力が魔法に大きく影響を及ぼしているからにほかならない。
自分の体の一部を差し出すのだ。それで魔法の威力や精度、効果が上がらないはずがないという想像力、確信。
それによって蒼竜の上半身を吹き飛ばすことには成功したものの、蒼竜のいうように魔晶核を傷つけることさえできなかったのであれば、意味はない。
竜の眼をもってしても、魔晶核の位置を把握することはできない。
真眼でなければ。
そして、真眼の持ち主は、地球上にいて、この戦いの行く末を、無事を祈っているだけだろう。
宇宙空間である。
大気圏内ならばまだしも、宇宙空間までヤタガラスを飛ばせるわけもなく、仮に飛ばせたとして、映像を中継できるわけもない。
真眼の持ち主本人が宇宙に飛び出してくるというのも、却下だ。
神威と蒼竜の激突、その余波で死にかねない。
蒼竜の魔晶核の位置を確認し、神威に伝えることができたとして、その果てに命を落としては意味がない。
それが麒麟であれ、義一であれ、同じことだ。
ふたりとも、失うわけにはいかない。
だから、というわけではないが、神威は蒼竜に向かって飛んだ。まさに一条の光芒となって殺到する神威に対し、蒼竜が五枚の翼を全面に展開する。さながら桜の花弁が重なっていくかのような光景。
《真・桜花護法輪》
五枚の翼がまばゆい光を発したかと思うと、強力無比な結界を構築。神威の全身全霊の体当たりを受け止め、宇宙空間に光の輪を生じさせた。爆光が、神威だけを弾き飛ばす。
多重結界を覆う防型魔法。その表面に無数の光線が走った。律像である。
《真・桜花破断輪》
五枚の翼が開かれたかと思うと、それぞれが巨大な光芒となって神威に襲い掛かり、全身を飲み込んだ。暴力的な破壊の奔流が畳みかけるように渦を巻き、大洪水を巻き起こして、すべてを打ち砕く。
神威の抵抗も虚しく、なにもかもが破壊されていくのがわかった。
足の爪先から頭の天辺に至るまで、なにもかもが粉微塵に粉砕されていく。
圧倒的な力の差。
(これが本物の竜と、偽物の竜の差か……)
だが、神威は、絶望しなかった。
痛覚遮断を突破し、五感が刺激され、意識の全てを混沌の深淵へと叩き落とされていく中で、神威は、蒼竜を視ていたのだ。
六枚中五枚の翼を展開する様は、桜の花弁を背負うかのようであり、その姿は、全盛期の旭桜を想起させる。その事実は、もはや神威に怒りを思い起こさせない。
あるのは、痛みだ。
痛みだけが、神威の意識を繋ぎ止めている。
竜の咆哮が、宇宙を切り裂く。




