第千三百九十話 竜と竜(十二)
「おおおおおっ」
雄叫びとともに喉が張り裂け、血反吐が宙を舞おうとも、関係がない。喉の傷など、その直後には元通りに復元しているのだ。ただ、叫ぶ。叫ばなければならない。
でなければ、やっていられない。
《覚悟を見せてよ。いつも見たいに、戦って見せて》
旭桜の声で、蒼竜は囁く。
その声は、宇宙空間にではなく、神威の脳内に直接飛び込んできていて、拒絶できない。精神領域に多重防壁を構築しても、意味がない。
空間を飛び越える強制通信など魔法以外には考えられないのだが、星装の多重結界も、精神魔法の多重防壁も、すべて突破されてしまっている。
故に、響く。
だから、叫ぶ、
頭の中から桜の声を掻き消すため、彼女との想い出を穢させないため、彼女の記憶を永遠にするため、叫び、宇宙を蹴る。
瞬間、蒼竜の懐に潜り込んだ神威が竜気を込めた拳を叩きつければ、蒼竜はその軌跡を見切って腕を蹴り上げ、そのまま宙返りをした。そして、尾による追撃を叩き込んで神威を吹き飛ばすと、視界に神威を捉え、両腕を掲げる。
《真・桜花乱咲》
凝縮した竜気が真言とともに解放され、手の先に桜の花びらが舞った。かと思えば、それらは一瞬にして神威の周囲に展開、つぎつぎと爆発を起こし、破壊の嵐を起こす。
しかし、神威は、蒼竜を見ている。
爆風に煽られながら中空で旋回、光の翼による姿勢制御を行い、蒼竜を視界の中心に捉えるも、そのときには蒼竜は超光速移動を開始していた。六枚の翼が瞬き、同時に放たれるのは無数の光線。
流星群。
《真・桜花狂咲》
真言が流星群を強化し、その速度、精度を飛躍的に高めたのは、見るまでもなくわかった。
神威が六枚の翼を羽撃かせ、蒼竜を追い始めた瞬間に着弾、多重結界を星装ごとずたずたに破壊し、接近すら許さない。さらなる爆撃の連打。神威は、星装の再構築と維持に注力せざるを得なくなる。
《あなたの覚悟も決意もその程度なの? その程度で、わたしたちを導くといっていたの? だとしたら、残念よ》
「ブルードラゴン!」
神威は、まさに鬼のような形相で叫んでいた。顔面に亀裂が走ったのは、攻撃を受けたからではない。内から溢れる力が、彼の肉体を維持する力を上回ったがために生じた現象である。ひび割れた顔面から鮮血が飛び散り、凍り付く。
すると、六本の角が光を帯び、その頭上で光の輪が生じた。そして光輪の中心に圧縮された竜気が、一条の光芒となって蒼竜へと突き進み、直撃、凄まじい爆発が起こる。余波が神威の体を揺らすほどの一撃。
「これ以上、その姿で動くな。その声で喋るな」
《無理よ。だってわたし、あなたともっと分かり合いたいもの》
蒼竜は、神威の懇願にも似た怒号を受けて、一笑に付した。濛々《もうもう》たる爆煙の中から六本の光線が飛び出してくると、神威の多重結界に衝突、爆散する。大したダメージにはならない。
これが竜級同士の戦いだ。
両者ともに莫大な竜気を内包しているだけでなく、体外に満ち溢れ、強大な重力場を形成している。この重力場が多重結界として展開されている以上、まず、これをどうにかしなければ、相手に痛撃を与えることなど到底不可能なのだ。
多重結界の中和、あるいは突破。
その上で大打撃を与えたとして、潤沢な竜気が肉体を瞬時に復元してしまう。
斃すには、互いに心臓を潰すしかない。
魔晶核。
神威は人間だが、仮に心臓を潰されたとしても、死ぬまい。
いま神威を生かしているのは、右眼の竜眼である。この竜気の結晶が、いまや神威の心臓なのだ。まさに魔晶核として機能するそれこそが神威の生命線であり、故に、神威は、頭部の護りに重点を置いており、蒼竜の攻撃も神威の頭部に集中していた。
一方、蒼竜は、どうか。
ブルードラゴンの魔晶核は、確認されていない。伊佐那麒麟の真眼によってすら、だ。
だから、神威は、ブルードラゴンの全身を破壊し尽くし、その上で魔晶核を探しだし、粉砕しなければならないのだ。
骨は折れるが、やるしかない。
そして、そのためには、まず、多重結界を突破することだ。
話は、それからだった。
神威は、蒼竜を視界の中心に捉えると、律像を展開、真言を紡いだ。
「絶・壊龍槍」
神威の背後に青白い光が収束し、十二本の巨大な槍を具現する。それらは、つぎつぎと蒼竜目掛けて飛んでいき、多重結界に衝突、爆散していく。
「絶・殺龍戟」
続け様に放ったのは、青白い光の戟。これも十二本。槍とは異なる軌道でもって蒼竜に迫るが、今度は蒼竜の光線に薙ぎ払われた。
《こんなもの?》
蒼竜は、期待外れと言わんばかりの態度を取るが、その仕草のひとつひとつが神威の神経を逆撫でにする。腸が煮えくり返るどころの騒ぎではない。激情が、冷静さを失わせた。
そして怒りが竜気を増幅し、爆発させる。
「おおおおっ」
吼え、竜気の光弾を乱射する。
まるで流星群だ。
対する蒼竜は、嘲笑うように流星群を放ち、対抗する。両者の間でぶつかり合う流星群が凄まじい爆発の連鎖を起こす中。二体の竜が激突する。互いに流星群が牽制にもならないことを理解しているのだ。
超神速による打撃の応酬。竜気を帯びた拳で殴り合い、竜気を纏う足で蹴り合う。さらに尾が絡みつけば、頭突きすらも駆使し、両者の六本の角が触れ合い、干渉を起こした。絶大無比なる竜気の反発が、二体の竜を弾き飛ばし、両者の間の虚空に不気味な歪みを生じさせた。
不気味な、そして巨大な亀裂。
「これは……」
神威は、その亀裂が周囲の魔素を吸い込むことによって修復していく様を見て、冷水を浴びせられたような気分になった。蒼竜への怒りが消えて失せ、冷静沈着な戦団総長としての人格が意識を支配する。
《このまま戦い続ければ、このような亀裂がこの宇宙のそこら中に生じることになりかねないわね。そして、この断裂を埋め合わせるために、宇宙に満ちた魔素が消費されていく》
「その果てに待ち受けるのは、宇宙は終わりか?」
《そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。竜と竜の戦いなんて前代未聞だもの。これほどの魔素質量が長時間激突し続ければどうなるかなんて、だれにもわからないんじゃないかしら。あなたにも、わたしにも、神様にだって》
「竜が神を語るか」
《だって、竜は竜よ? 神様なんかじゃない。全能でもなければ、万能でもない。ただの力。この宇宙に君臨する大いなる力に過ぎないのよ》
蒼竜と神威の間に生じていた亀裂は、いまや完全に消え去った。
その影響は、いまはなにも感じない。
だが、神威は確かに見たのだ。虚空に生じた歪みが、亀裂が、周囲の魔素を吸い込んでいく光景を。そして、吸い込まれてしまった魔素が吐き出されるようなことはなかったということも、わかっている。
つまり、この宇宙から魔素が消滅したということだ。
魔法学において、魔素が消滅することはありえないとされている。
魔素は、あらゆる生物、非生物に宿る、この宇宙を成立させる根源的な元素であり、力だ。たとえば、生物の肉体に宿る魔素は、死後、その肉体から抜け出し、世界に溶けていく。そして、新たな生命の源となるのだ。
魔法士の死が、幻魔の苗床となるように。
幻魔の死によって発散する魔素も同じだ。
世界を循環し、新たな生命の種子となる。
そして、宇宙全体の魔素総量は、一定であり、変動することがないのではないか、と、考えられている。
どれだけ絶大な魔素質量体が出現したところで、だ。
地球には現在、七体の竜級幻魔がその存在を確認されており、それら一体一体が地球規模、いや、それよりももっと膨大な魔素質量を秘めている可能性があるとされるのだが、それによって宇宙全体の魔素総量が増大したわけではないのではないか、というのだ。
宇宙の魔素総量は一定にして不変であり、故に安定しているのではないか、と。
でなければ、地球上で爆発的に増殖した幻魔によって魔素の均衡が損なわれているはずであり、宇宙全体になんらかの影響が出ているはずだ。
しかし、宇宙は相変わらず沈黙し、地球を抱いている。
だが、いま、神威の目の前で少量ながらも魔素が消滅した。
それが意味することは、なにか。
《でも、知性を持っている。それも、人間よりも遥かに高度に発達した知性をね》
「……だから、眠る」
《御明察》
蒼竜が、微笑する。その穏やかな微笑みは、神威の記憶を喚起する。吐き気がした。
《わたしたち竜が動けば、地球そのものが崩壊しかねない。竜は、地球生まれ、地球育ちの知性体なのよ。生まれ育った天地を自分たちの我が儘で破壊するだなんてそんな馬鹿げた真似、できるわけがないでしょう》
「確かに……人間よりも遥かに高度に発達した知性を持っているようだな……」
そこは、否定しようのない事実として受け入れざるを得ない。
《始まりの竜、ケイオスドラゴンからして、そうだったわ。彼が動けば、人類のみならず、あらゆる生命が死滅し、地球が崩壊する可能性があった。だから、彼はあの海の底に沈み、眠り続けていた。魔法大戦によって呼び起こされるまで、ずっと……》
ケイオスドラゴンと名付けられた最初の竜級幻魔は、ケイオスヘイヴンの沈んだ海域に出現した。故にケイオスドラゴンと名付けられた竜級幻魔は、源流戦争最終決戦、暁の終焉に参戦していた魔法士の成れの果てであることは想像に難くない。




