第九十九話 幻想世界の魔法少年(三)
天の声の力によって最高最善最良の状態となった幸多たち一行は、始まりの砂浜から断崖の真下を貫く坑道を進むことになった。
坑道は、なにも見えない真っ暗闇だったが、魔術士の出番ではなかった。出番があったのは、法術士の紗江子である。
彼女は、手慣れた様子で法術を使って見せて、光の球を生み出した。それは、一行の周囲を明るく照らし、暗闇の中での行動を容易いものにする法術だった。
「法術士が必須なのは、こういうときにも役立つからなんだよ」
蘭の説明が入る。
「まあ、法術士がいなくてもなんとかなるようには設計されているんだけど」
「たとえば?」
「この法術の代わりの浮光石っていうのがあって、それを使えば、同じ効果を得ることができるんだ」
「なるほど」
代替品があるのであれば、必ずしも法術士を採用する必要はないし、一人で遊ぶ場合にも問題は起きないだろう。
さすがにそういう部分はちゃんと考えられているのだな、と、幸多は、坑道の中を圭悟たちについていきながら思った。
こういう場合、近接職が先頭を切って進むのがゲームの鉄則だという話も幸多は説明されて理解した。魔術士が先走るのはあり得ない、とも。
坑道の中は、暗いだけでなにかがあるというわけでもなかった。雰囲気だけは、まさに坑道というべきものであり、くり抜かれた岩肌の質感は、現実以上に現実的だ。
「坑道ってか、トンネルだな、こりゃ」
すぐに出口が見えてきたこともあって、圭悟がいった。
確かにいわれてみればその通りだ。坑道といえば、地下に作った通路のことであり、特に採掘などのために利用されるものをいうはずだ。
断崖の真下を通り抜けるための道として掘られたのであれば、坑道というよりはトンネル、隧道というべきだろうか。
そんな特に何もない隧道を抜けると、さきほどの砂浜とはまったく異なる光景が広がっていた。
「綺麗……」
「素敵ですねえ」
真弥と紗江子が感嘆の声を上げるくらい、美しい景色だった。辺り一面花畑であり、多種多様な花が咲き乱れる様は、百花繚乱というべきだろう。花の蜜を吸うために飛び交っているらしい蝶も色鮮やかであり、なにもかもが幻想的な光景を作るのに一役買っている。
「祝福の花園?」
「それがここの地名だよ」
幸多が脳裏に浮かんだ言葉を発すると、蘭が易しく説明してくれた。蘭のような説明役がいてくれると、幸多のような初心者には非常に助かったし、ありがたかった。何度でも感謝したいくらいだった。
花園には、道幅の広い道があり、一行は真弥と紗江子の意見に従い、花を踏み潰さないように気をつけながら、その道に出た。
頭上には、蒼穹が広がっている。どこまでも続くような青空の中には、当然のように太陽もあるのだが、太陽はどういうわけか蒼く燃えていた。
まるで蒼い宝石のような、そんな輝き方だった。
「太陽が蒼いんだ?」
「そうみたいだね」
「知らなかったの?」
「新作だからね」
「なるほど?」
幸多には、蘭の回答の意味が理解できなかった。
「エタウォ4は、3までと舞台となる世界が違うんだよ」
そういって補足してくれたのは、怜治だ。エターナルウォーを略してエタウォと呼ぶらしいということは、待合所での会話から察した。文字の上ではEWと略すことが多いそうだが、言葉として発するには、イーダブルより、エタウォのほうが楽だからという理由でそう呼ばれているという。
そんな知識ばかりが増えていったのが、待合所での出来事だった。
「無印から3までは、アルスヴァレっていう世界での物語だったんだけど、三部作と銘打っていたのもあったからか、4では世界そのものを一新したんだと」
「さすがに詳しいな」
圭悟が感心すると、怜治が嬉しそうに笑った。
「そりゃおまえ、おじさんから色々聞いてるからな」
「いいなあ……!」
とは、蘭が目を輝かせる。彼は、怜治の立場が心底羨ましいらしい。
「ま、神々の戦いであることには変わりないらしいが」
「そりゃそうだろうとは思ってたけどな」
「そうでなければ無窮の闘争にはなりませんものね」
「うんうん」
なにやら納得する圭悟、紗江子、蘭の三人に対し、幸多と真弥だけが顔を見合わせ、小首を傾げた。四人の会話についていけなかったし、ついていくつもりもなかった。
いまは、この幻想空間で一刻も早く魔術を使ってみたいというのが、幸多の正直な想いだった。
祝福の花園は、それだけで広大な面積を誇っており、見渡す限り一面が花畑になっていた。どこまでも続いているように見えるほどだ。
しかし、通り道の先には、青々とした木々が生い茂る森が口を開けて待ち構えているかのようであり、道に沿って進めば、迷うことなく次の場所に行くことができるような作りになっているようだった。
花園を探索すればなにか見つかるのかもしれないが、そんなことよりも次の目的地に向かうほうが先決だということで、一行は道に沿って進んだ。
森に入れば、脳内に地名が浮かび上がる。
精霊の森、というらしい。
青々とした木々は、枝葉がわずかに燐光を発しており、森の中の道を進もうとも決して暗闇に包まれることはなかった。
それは即ち、法術士の出番ではない、ということだ。
道は徐々に狭くなってくる上、どんどんと枝葉が天蓋を形成していく。光る葉のおかげで暗くならないこともあって、なんとも神秘的な雰囲気だった。
精霊の森とはまさにこのことかもしれない。
「敵が出ねえな」
「まだ始まったばかりだし」
「まあ待てよ、すぐだ」
怜治は、圭悟たちを制すると、どんどんと前に進んだ。そこに一切の迷いがないところを見れば、彼が何度かテストプレイをしていることがわかろうというものだった。
やがて、精霊の森を抜ける。
すると、起伏の大きな丘陵地帯に出た。
破邪の大地という地名らしいことはわかったが、それがなにを意味するのかは、まったく想像がつかない。起伏に富んだ地形だ。小高い丘があり、平地があり、なだらかな傾斜があり、石塔が立ち並んでいる場所もある。
「気を引き締めろよ」
怜治がいうが早いか、頭上に広がっていた青空を鉛色の雲が急速に覆い被さっていった。太陽も隠れ、辺り一面が暗雲に閉ざされていく。曇り空などという次元ではない。
真っ暗闇とは言い過ぎにしても、闇が濃く、光はか弱かった。
紗江子が光の法術を使い、光球を浮かび上がらせたが、それでも暗かった。
「なんだなんだ?」
「なにが起きるんでしょう?」
圭悟と蘭が興味津々に空を仰ぐ。
幸多も二人に倣って空を見上げ、なにかが起こるのを待った。
そして、程なく、変化は起きた。
鉛色の空が割れ、光が降ってきたのだ。
目が眩むほどの光が、柱となって地上に突き刺さり、暗澹たる雰囲気を吹き飛ばすようだった。それも一つではない。何本も光の柱が、この破邪の大地の各地に聳え立ったのだ。
光の柱からは神々しさすら感じるほどだったが、それが一体なんなのか、幸多には皆目見当もつかない。
「光?」
「光だね」
誰とはなしに幸多の疑問を肯定する中、いくつもの光の柱が、それぞれに収束していく。一点に集約し、一つの形を取っていく。
一番近い光の柱だったものを見れば、どのように変化したのかが一目瞭然だった。
光の柱は、白く輝く人の形をしたなにかへと変身していた。
「あれは……」
「なり損ないだそうだ」
怜治が、得意げに語りながら、巨大な剣の柄に手を掛けた。重量感たっぷりに引き抜き、構える。
「なり損ない? なんの?」
「人間への」
「はあ?」
「よくわっかんねえ」
「エタウォっていや、秩序と混沌の神々の代理戦争だが、神々の中には、3で神々を打ちのめした人間にこそ可能性があると考えた連中がいたんだと」
「なるほど、それで神から人間に成ろうとして、なり損なった、ということか!」
蘭が興奮気味に納得している間にも、なり損ないと呼ばれた存在の姿が、人間に近づいていく。
しかし、絶妙に人間とは異なる姿となっていた。
たとえば、一番近くのなり損ないは、人間に極めて酷似した姿態をしていながら、頭部に顔面が二つ、張り付いていた。
別のなり損ないは腕が三本あり、さらに他のなり損ないは右半分が男、左半分が女だった。
そのうち、双面のなり損ないが、幸多たち一行の存在を認識したことがわかった。
それは、奇怪な音声を発し、両手に光を束ね、剣と槍を生成して見せた。
戦いが、始まった。