321 『ヒロインの条件~王都円形闘技場にて③~』
『皆の者、聞けい!! 見るがいい、お前達ごときでは到底手の届かぬ全裸の美女達がすぐ目の前に揃って居るぞっ!! 【王令】であるっ!! 奪え!! 犯せ!! 蹂躙せよ!! この俺がっ、王者ベリアスが許すっ!!!!』
……ぶ!! ぶるぉぉぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!!! おおぉぉぉぉ!!!!
スキルの乗ったベリアスの号令を受けて、全裸の観客およそ一万人が暴徒と化した。
貴賓席の美女達へ向かって、先を争い殺到する。
我を差し置いて【王令】とは不敬な! と、国王マグナスは思ったものの、この【神域】の中で自身が今正にただの裸の王様であることは、丸出しの下半身を見れば明らかであった。
齢七〇を超えたマグナスだったが、長い病床生活から復帰してからは全盛期の精力を取り戻していた。今も貴賓席の全裸の美女達から視線を逸らすことができず、ベリアスの【王令】に身を任せてしまいたい衝動に、本物の王としてのプライドだけを頼りに抗っていた。
ああ、もっと近くで見て~! いっそ、欲望のままにむしゃぶりつきて~! とか、マグナスは眉間にシワを寄せた厳めしい顔で考えていた。
「大司教様、自分だけ隠れるなんて不公平です!!」
「ユーシー様、わたくし達にも【認識阻害】を……!!」
「ちょ、離しなさい! これはそういうスキルではないのです!! みんな各々、自分でなんとかなさい!!」
「ならば、大司教様も素肌を晒すべきです!!」
「そうです!! そもそも、大司教様が犠牲になれば、こんなことにはならなかったのに!!」
「ちょっとあなた方、わたくしの周囲に立ちなさい!! 下卑た男達の視線を遮るのです!!」
「いいえ、グレイス様こそもう純潔ではないのですから、前に出るべきです!!」
「そうよ!!」
「それがいいです!!」
「な……、生意気な……!! わたくしは次期大司教になる女ですよ!!?」
「……グレイスにゃん」
「な……!? 誰です!? 今、言ったのは誰!!?」
「……ウナルぴょん」
「……!!」
「……飲尿」
「ぷぷっ……」
「くすくす……」
貴賓席で全裸の大司教と聖女達のいさかいが始まる。
緊急事態ということもあり、若い聖女達も年上の聖女達にふだんのうっぷんをぶちまけだす。
「きゃっ……!!」
とある一言をきっかけに激昂した年上の聖女に突き飛ばされた若い聖女が、集団からはじき出されて倒れ伏す。
――!!
これをチャンスとみた国王マグナスは、周囲を固めた護衛を押しのけ、そのはじき出された若い聖女に駆け寄り抱き起こした。
「大丈夫ですかな聖女様!? どこか、怪我はありませぬか!?」
と、必要以上に素肌をすり寄せ、執拗に若い聖女の身体をまさぐる国王マグナス。
そんなあからさまなマグナスをぐいっと引き寄せ身体を密着させた若い聖女は、そのままぐるんと転がり体勢を入れ替える。
同時に、マグナスは首筋に触れる生暖かい唇の感触とかすかな痛みを感じた。
――がぶり。
次の瞬間マグナスは、自分がいつの間にか骨張った男の身体と肌を寄せ合っている事に気がつき、慌てて飛び退く。
あれ!? さっきまで柔らかい聖女の身体の感触が確かにしていたのに――と、その男の顔を見返せば、目の前に居たのはマグナス自身と同じ顔をした男だった。
スキル【噛みつき変身】で国王マグナスに変身した若い聖女の正体は、別の聖女に変身していた聖女マデリンである。身体を密着させた瞬間に一度変身を解き、そのまま首筋に噛みつくことで王と同じ姿を得た。
マデリンは王の姿のまま同僚の聖女に近づくと、有無を言わさず首筋に噛みついた。
スキル【噛みつき変身】は、変身した状態で他者に噛みつくと、その変身を噛みついた他者へ感染させることができる。
王の姿に変身しておけばとりあえず安全だし、なにより、なにより男の身体なら裸でも恥ずかしくないじゃないですか? というマデリンの、ある程度親しい同僚達への配慮であった。
***
円形闘技場がベリアスの【神域】に包まれた時、ヒゲのアルゴン、モミアゲのカーター、神殿騎士ファルケンの仲良し三人組は、観客席西側の席に居た。
全裸となった聖女達を見て、ベリアスの【王令】を待たずにいち早く席を立ったのは、「俺の身体は剣よりも硬い」でおなじみのファルケンだった。
「俺は……グレイス様のそばに行く! そしてあわよくば触ってやる! 二人共、短い間だったが……、ありがとう」
「うむ。お主ならきっとやれる! 健闘を祈るのである!」
「ファルケン殿、そこもとは剣よりも硬い! 聖女様に見せつけてやれでござる!」
不敵な笑みを残し、未だ騒然としている観客達の隙間をすり抜けて行く全裸のファルケン。
友を見送ったアルゴンとカーターは、次に自分達のために動き始める。
二人は、つい先日取得したばかりのスキルを発動した。
ダゴヌウィッチシスターズの握手会でレベルを失った二人は、同時に所持していたスキルを失った。
しかし、そのことが結果的に功を奏したと言える。
急ぎ足で『大迷宮』に潜りレベル8で再取得したスキルは、以前所持していたスキルとは違った物だった。
アルゴンのスキル【遠視鏡】は、大小二種類の鏡を作りだし、「小鏡」に写った光景を離れた場所の「大鏡」にも映し出す。
既に手鏡大の「小鏡」は、貴賓席の周囲にさりげなく設置済みである。
カーターのスキル【録画水晶】は、5分間の映像と音声を保存しまた、写し出す、手のひら大の「水晶」を一日一個生み出すスキルである。
カーターはその「水晶」を、今日までに6個用意した。5分×6個で30分の動画を保存できる。
***
商業都市クルミナから遙々観戦に訪れたババール君(22歳)は、ベリアスとヤマダが戦い始める前から既に行動を開始していた。
彼は今日、人生を賭けた勝負に出る覚悟を決めていたのだ。
ババール君は、クルミナで運送業に従事している。
十五歳で就職し、雇い主から【空間収納】の魔法と馬を取得させられる。
高価な魔法と馬は当然借金であり、三十歳まで休み無く働くことで少しずつ返済するのだ。
それは特別ブラックな勤務形態というわけでもなく、細々と一人でやっていくには十分な収入にもなったし、借金が終われば、【空間収納】の魔法を持って独立してもいい。
ババール君はそれなりに充実した、堅実な人生を歩んでいた。
彼の唯一の趣味は読書である。
遠くの街へ行き来する時にも、【空間収納】の荷物の隙間に本を携帯した。
さすがに馬を駆りながらというわけにはいかないが、昼の休憩や夜寝る前などにページをめくり物語の世界に没頭する、ささやかな人生の楽しみだった。
ある時、キタカルの街で受け取った荷物の中に何冊かの薄い本があることに気がついた。
あまり見たことのない装丁とカバー絵。なにより、その不思議なタイトルに、ババール君は奇妙に惹かれた。
「――『くそプリ・ユーシー』……?」




