322 『ヒロインの条件~王都円形闘技場にて④~』
ババール君(22歳)は、特殊なスキルを所持していた。
スキル【液状化】、自身の身体を液状化するというものだ。
街から街へと馬を駆る運送業には危険がつきもの。
荷物を狙った追い剥ぎや、魔物の類いに襲われ命を落とすことも珍しくない。
彼も例にもれず危険な場面に遭遇したことは二度や三度ではなかったが、どうにか今日まで無事にやってこられたのは、そのスキルがあったおかげでもある。
【液状化】は、他人の目を逃れて身を潜ませるには、とても便利なスキルだった。
彼は今日、人生を賭けた勝負に出る覚悟を決めていた。
スキルで【液状化】した彼は、ベリアスが【神域】を発動した時には既に、国王マグナスが座る椅子の下に身を潜ませていた。
「――『くそプリ・ユーシー』……?」
客の荷物の梱包を解き本の中身を読むなどということは、信用に関わる、本来あってはならないことである。
キタカルの街から王都へ向かう途上、とうとう我慢できなくなったババール君はその本の梱包を切った。
アマミヤ・ヒカル著、『くそプリ・ユーシー』という絵物語。
ババール君はそれを読んだことで、その後の人生の全てをその本に囚われて生きるほどの衝撃を受けたという。
ババール君は貯金をはたいて同じ本を手に入れた。
以来、『くそプリ・ユーシー』は、いつも彼の【空間収納】の中にあり、今や身体の一部と言ってもいい。
***
円形闘技場を西側回りで貴賓席を目指した神殿騎士ファルケンは、他の観客に先んじて動き出したこともあり、まんまと王の護衛の中に紛れ込む事ができた。
すぐ目の前、手の届きそうな距離に憧れの聖女グレイスの裸体がある。
しかし、ファルケンはそこで立ち止まらずを得なかった。
なぜなら、聖女グレイスを前後からこねくりまわす二人の先客がいたからだ。
その二人は二人共、なぜかこの国の王の姿に見えた。
……つーか、まんま王じゃねーか!? なんで二人も!? と思ったファルケンだったが、よく見るとその場に王は五人居た。
影武者というやつだろうか? とはいえ、どれが本物とも判らない王を押し退けて聖女グレイスに触れることは無謀すぎる――と、さしものファルケンも足を止めるより他なかった。
……今は耐えよう。王が終わってグレイス様が空くのを待とうと、唇を噛むファルケン。
――もにゅ。
血走った目で聖女グレイスの痴態だけを凝視していたファルケンの腹に、何やら柔らかいモノが飛び込んできた。
慌てて支えると、それは小柄で黒髪の女だった。
支えた肌に、何かぬるっとした透明な液体が付着している。
「……硬い」
そうつぶやいたままファルケンの腰に手を回して頬を擦り付けるその女、明らかに正気を失っている。
――確か学術都市ミース担当の聖女様、名前は……なんだっけ? と、思わぬ展開に頭を悩ませるファルケンだった。
***
――え!?
大司教ユーシーに詰め寄っていた聖女グレイスだったが、不意に腕を引かれて振り向くと、そこには全裸の国王マグナスが居た。
「へ、陛下? 何を……!?」
国王マグナスは聖女グレイスを抱き寄せ、素肌と素肌が触れ合った。
反射的に身体を引いたグレイスだったが、背後からも別の素肌に抱きすくめられる。
尻に固い物があたるのを感じた。
「な!? え……!!?」
グレイスが身体をひねると、背後の男もまた国王マグナスの姿をしていた。
全裸の聖女グレイスを、二人の国王マグナスが前後から挟み込んだ状況だ。
二人の内一方のマグナスが、グレイスの耳元でささやく。
「グレイス様、どうぞ、どうぞ約束をお果たしください?」
「あなた方二人共、王様ではありませんね!? さては、ヤマダの関係者ですか!? なんて卑劣なマネを……!! お離しなさい!!」
「ヤマダさんのちんちんはもったいないので、王様の黒グロちんこをどうぞ? あと、あとこれもどうぞ?」
そう言って、国王マグナスの姿をしたマデリンは、スキル【フェロモン原液】をグレイスの素肌にべっちょりとなすりつけた。
***
王様の座る椅子の下で、【液状化】したババール君はベリアスのスキル【王令】を聞いた。
スキルの効果が、まだ迷いのあった彼の背中を押す。
誰にも気付かれぬよう、ゆっくりと椅子の下から這い出したババール君。
目指すは貴賓席、全裸の大司教ユーシーの元へ。
【液状化】したババール君の視点は低い。見上げるが、なかなか個人の判別は難しい。
ババール君は耳を澄ました。
「大司教様、自分だけ隠れるなんて不公平です!!」
「ユーシー様、わたくし達にも【認識阻害】を……!!」
「ちょ、離しなさい! これはそういうスキルではないのです!! みんな各々、自分でなんとかなさい!!」
――聞こえた! 今のは確かに大司教ユーシーの声だったと、ババール君は目標を定めて女達の足下に這い寄る。
見上げると、いくつかの脚と尻が見えた。
言い争う声を頼りに、ユーシーの尻を探す。
***
最年長聖女マリカは三十五歳、学術都市ミース担当である。
周囲からは仕事だけが生きがいのお堅い聖女と思われていたが、四年前の研修会で講師を担当した時に受け持った新任神殿騎士の一人、ファルケンに密かな恋心を抱いていた。
国王マグナスが聖女グレイスに抱きつく所を目の当たりにして思わず顔を覆った聖女マリカだったが、実のところ非常に興味があったので、その場から離れず指の隙間から様子を覗っていた。
その時、国王マグナスと聖女グレイスの重なり合った素肌から、ぐちょっと音を立てて飛び散った透明な液体を素肌に浴びてしまう。
そして、ちょうどその時に視界に飛び込んできたのは、想い人ファルケンのたくましい肉体だった。
聖女マリカが長年溜め込んだ肉欲と恋心が……溢れて、こぼれた。
「……硬い」
最初は抗おうとしたファルケンだったが……しかし、聖女マリカが擦り付ける素肌の感触が心地よく……結局、辛抱溜まらなくなり、やがて人目もはばからず激しく求め合う二人。
――ぬちょ!
――ぬちょ!
――ぬちょ!
いつしか、ファルケンにとって聖女グレイスはどうでもよくなっていた。
そんなことよりも、目の前の小柄で黒髪の聖女の名前、なんだっけ? という事ばかりが気になって気になって仕方がなかった。
後日、二人はめでたく結婚することになるのだが、それはまた別の話。
***
円形闘技場を東側回りで貴賓席へ向かった全裸の観客達。その前に立ち塞がったのは、大司教のパラディン№6~10の五名だった。
彼等も例外なく全裸で非武装だったが、それでも押し寄せる観客の進行を許さない。
中でもドラゴンのウロコで身体の表面を覆ったドラゴニュートの女、パラディン№9のエルマは苛烈であった。
青いオーラ【ドラゴンフィールド】で作りだした巨大な拳で、近寄ってくる観客を容赦なくなぎ払う。
「ちょ……、ちょっとエルマさん、いくら何でもやり過ぎじゃ?」
パラディン№10マルクが見かねてたしなめるが、エルマは全く聞く耳を持たない。
打ち所の悪かった観客に、№6ランポウが回復魔法をほどこす。
「まあ、ヤマダが生き残っちまったもんだから気が立ってるのさ、ほっときな。危なそうなケガ人は俺が回復すっから、教えろよ?」
でも殺しちゃったらどうにも……とマルクが言いかけた時、突然押し寄せる観客達の動きが止まる。立ち止まり、呆然とこちらを見ている。
苛立ちうっぷんを晴らすように暴れていた№9エルマも、なにごとかと攻撃の手を止めた。
パラディン達が観客の視線をたどり背後を振り返ると、そこには二人の国王マグナスと、大股を広げた聖女グレイスの姿があった。
――じょろろろろろ~~~……。
二人の国王マグナスに抱え上げられた全裸の聖女グレイスが、だらしなく舌を垂らし小便を漏らした。
観客達の見守る中、国王マグナスは、もう一人の国王マグナスにそっと語りかける。
「シャオさん、グレイス様は任せてもいいですか?」
「……いいっす」
視点の定まらない聖女グレイスを、国王マグナスの姿をしたシャオに預けると、同じく国王マグナスの姿をした聖女マデリンはその場を離れた。
聖女セリオラにも、何らかの形で約束を守ってもらわなければならない。
***
初めて読んだ薄い本、『くそプリ・ユーシー』によって、ババール君(22歳)の性癖は見事にゆがめられてしまった。
配達の途中で立ち寄ったとある村で彼は、ゴブリンにさえ効くという強力な下剤を手に入れた。飲むタイプと尻の穴に押し込むタイプがあったが、念のため両方を買い求めた。
その時にはまだそれを誰にどう使うかなど考えてもいなかったが、その下剤もやはりいつも彼の【空間収納】の中に保管されることとなった。
そして今日、彼は人生を賭けた勝負に出る覚悟を決めて、大司教ユーシーの足下に這い寄りつつあった。
結果的にその日、ババール君(22歳)は一生モノのミスを犯してしまう。
それは今後死ぬまで、彼が思い出す度に後悔する大失敗であった。
運命的とも言える幸運が後押しし、お膳立ては全て整っていたというのに、最後の最後で彼は重要な二択を謝った。
【液状化】したババール君の視点は低い。見上げると並んだ二つの尻があった。
この二つの尻の内どちらかが大司教ユーシーの尻で間違いないと、彼は確信した。
一方は、「ツンと生意気に上向いた白い尻」。
もう一方は、「だらしなく垂れた大きな尻」。
この時、憧れの大司教ユーシーの尻を見分けることが出来なかったのは、ひとえに若すぎたせいだろうと、彼は晩年ごく親しい者にのみ語ったという。
ババール君は、スキル【液状化】を解除した手で「だらしなく垂れた大きな尻」をむんずと掴み、邪魔だ! とばかりに押し退けると、「ツンと生意気に上向いた白い尻」の尻たぶをぐいっと押し広げた。
そして【空間収納】から取り出したゴブリンにも効く下剤を、奥の穴めがけて一気にねじり込んだ。
「ヒギィィ!!?」
と、思わず口を突いた彼女らしからぬ下品な悲鳴は、聖女セリオラのものだった。
同時に、ババール君は自らの失敗を悟った。




