461 予選四日目――くたばっちまえろーー!!
「昨夜は、ほんと失礼しました。アザリンの姉のミカリンと申しますて」
全身をぬるっとした白いボディスーツ包み、触手をヒゲのように垂らしたイカっぽいマスクで顔面を覆った女性が、おれ達の前で三つ指をついた。
その中身は、キャプティンのおねえちゃん――こと、ミカリンさんらしい。
キャプティンとおとうちゃんによる長時間の説得のかいあって、翌朝、おねえちゃんはようやくおれ達の前に姿を現した。
極度の男性恐怖症である彼女が、苦悩の末に辿り着いた結論が、イカスーツだったらしい。
ついた指先は、小刻みに震えていた。
怪しいマスクはともかく、身体にぴったりフィットしたスーツはかえってエロくて目を引くのだが、ここは見て見ぬ振りをしておこう。紳士として。
朝食は、大皿に山盛りのおにぎりと、アサリっぽい貝のお味噌汁だった。
……泣けるほど美味い! 聞けば、このアルザウス周辺は王国でも指折りの米どころとのこと。思わず移住を考えたほどである。
だが、もっとよく聞けば、この一帯は残念ながらグランギニョル侯爵家の領地とのこと。
……がっでむ。やっぱ移住は止めておこう。
立ったり座ったり、かいがいしくおれ達の配膳の世話をしてくれるおねえちゃん。
ただし、おれ達男性陣は、部屋の隅の方に押しやられ、おねえちゃんとは常に一定以上の間隔を保つことを義務づけられている。
そこそこ遠くから、彼女のぴっちりしたイカスーツのお尻を見て見ぬ振りで凝視していると、『おちり』とグレーテルちゃんが余計な一言をつぶやいた。
いろいろ察したキャサリン嬢が「リーダー、最低ね」と言うと、皆の視線が一斉におれに突き刺さる。なお、昨夜おれは晴れてサブリーダーからリーダーに繰り上がりになっており、彼女の言うリーダーとは紛れもなくおれのことだったりする。
助けを求めて、ウィリアム君、スプリングさんの順番で視線を送るが目を逸らされてしまう。
代わりに、その隣りにいたレナリス婦人と目が合って、にっこりと微笑まれてしまった。
「安産型らろ? 妹ん方はダメだけども、姉ちゃんならアンタさんと歳も近ぇし、考えてやらんこともねぇて。ただし、ここでおれと一緒に漁師やるのが条件らな」
おとうちゃんにギヌロと睨まれてそう言われた。
漁師も悪くないが、既に複数人婚約者がいるおれとしては、「なはは」と曖昧に笑って誤魔化すしかない。
『おかわり』
唐突に、エブリィさんが味噌汁のおかわりを申し出た。三杯目である。アサリっぽい貝の味噌汁が、よっぽど口に合ったらしい。
そのおかげで、おれへの追求はそこまでで立ち消えとなった。ファインプレーらろ、エブリィさん。
***
朝食後、おれ、キャプティン、キャサリン嬢、ウィリアム君、スプリング夫妻とドラゴン姉妹の計8名は、イカ釣り漁船の甲板に出る。
このイカ釣り漁船はキャプティンの実家であり、老朽化で航行には耐えないとのことで、おとうちゃんとおねえちゃんが漁に出るときには別の船を使っているという。
昇りたての太陽の光が波間に揺れる。
いいお天気みたいだし、船出にはもってこいなんじゃなかろうか?
遅れて、甲板におとうちゃんが姿を現す。
その陰に隠れるように、イカスーツ姿のおねえちゃんも姿を現した。
そんなおねえちゃんに、キャプティンが声を掛ける。
「おねえちゃん、ほんなら『ケルピーランド』の近くまでお願いね。――あ、よかったらおねえちゃんも一緒にどう? 『ケルピーランド』、一回も行ったことねぇでしょ?」
「近くまで、な!? それ以上は、おねえちゃん無理だて! 無理無理の無理だて!!」
ざっぽーん!!
無理無理と連呼しつつ、おねえちゃんは穏やかな冬の海へとなんの躊躇いもなく飛び込んだ。
次の瞬間、イカ釣り漁船のすぐ隣りに、イカのように白い流線形の船が出現する。
おねえちゃんがスキル【船召喚】で召喚したその白い船は、小型ながらも美しく、漁船として使うにはちょっともったいないようにも見えた。――てか、お金持ちが乗るイカしたクルーザー船だなこれ。
「キャプティンも、おねえちゃんみたいな、こんなスキルが欲しかったんですけどね。……でも、もしそうだったら、王都でアナウンサーやろうなんて考えもしなかっただろうし、人生わかんないもんですね」
誰に聞かせるわけでもなく、独り言のようにキャプティンがつぶやく。
こんな時に、年長者として、リーダーとして気の利いた言葉でも返せればナイスガイと認められるだろうに、薄い人生経験しかないおれには、さっぱりなんにも思いつかない。
――ただ、「一寸先は闇だよネ☆」と、クソリプみたいなセリフで応じるおれのバカ! 何も言わない方がまだましだったかもしれない。
「皆さーん、どうぞ乗船してください! 男の方は……すんませんけど、船倉ん中に入っててください!」
白いクルーザー船の甲板から、イカスーツのおねえちゃんが呼んだ。
イカ釣り漁船から次々と白い船へと飛び移るおれ達。
朝食の時は大丈夫そうにしていたけど、やはり船を操る時に男がうろちょろするのは恐いようで、おれとウィリアム君、スプリングさんは、キャプティンに船倉へと連れて行かれる。
トホホ……せっかくのイカしたクルーザーなのに、ずっとこんな薄暗い場所にいろってか。
もし、オウガス殿下とかギース君が一緒だったら大事だったかもな。
「殿下が一緒だったらタイヘンだったでしょうね」
おれの心を見透かしたかのように、ウィリアム君がつぶやいた。
勝手に同盟を破棄し、自分達だけ飛竜便に乗って先に行ってしまったオウガス殿下とギース君。ムシャウジガールズことセリオラ様とグレイス様にそそのかされたのだとは思うが、行きがけの駄賃に女性陣を奴隷商に売り払って運賃にした疑惑もある。
おいてきぼりにされてしまった格好の彼の心情は、いかばかりだろうか?
そんな友人ともいえないようなヤツらとの付き合いは、さっさと切ってしまった方がいいんじゃないの? と言うのは簡単だが、お貴族様の家同士の付き合いとかあって、なかなか簡単じゃないのかもしれない。
こんな時に、年長者として、リーダーとして気の利いた言葉でも送ってやりたいところではあるが、浅い人生経験しかないおれには、さっぱりなんにも思いつかない。
――ただ、「だよネー☆」と、アホみたいなセリフで応じる自分が悔しい。てか、顔面包帯男のスプリングさんは相変わらずの無言キャラで、ずるいぞ!
「こんなこと言ったらあれだけどさ、ウィリアム君とかキャサリン嬢って、本気で勇者になりたかったりするの?」
「あはは、さすがに分かりますよねー。ここだけの話、オウガス殿下以外は付き合いで予選に参加しています。真面目にやってる人達から、貴族のガキがふざけんな! って怒られちゃいそうですから、ここだけの話」
「別に責めたりしないよ……多分、スプリングさんもね。だけども、オウガス殿下だけは本気ってことだね、親父さんのこととかあって――でも、君らはもう義理を果たしたんじゃない? 置いてったのは、向こうなわけだし」
「そうですね。なので、殿下が予選脱落したなら、僕らもそこまでにしようと思っています。あの方が諦めない限りは、僕らも止めません」
「ふーん。君もキャサリン嬢も、昨日みたいな危ない目にまた会うかもしれないのに」
「ですよね。キャスにもそう言ったんですが、彼女の考えも僕と同じだったみたいで……説得は諦めました。えーと、殿下が僕達を切り捨てるのは構わない。けれど、僕達の方からは決して殿下を見捨てない――と、そう決めたんです」
――とかなんとか、過去になんかあったみたいな感じを匂わせてくるウィリアム君。
おれにもうちょっと会話スキルがあれば、はたまた場所が船倉じゃなかったら、キャサリン嬢を含めた彼ら四人の関係性とか、勇者選考会に参加した経緯とか、もっとなんか感動的な話が聞けたのかもしれないけれど……う、っぷ。どうやら時間切れのようである。
あれほど「ぜってぇ、出てこねぇでくださいね」と言われたにも関わらず、おれは船倉を飛び出し、キャプティンが止める声も無視して甲板へと上がった。
へりから海へ身を乗り出すと――、
エロロロロロロロロロ……!!
胃の中の朝食だったと思しきものを一気に吐き出した。
船酔いである。ツライ。
オロロロロロロロロロ……!!
隣を見ると、顔面包帯男のスプリングさんも吐いていた。
……なんだ、あんたもかい。
「きゃぁぁぁ!! な、なんで船倉から出てきたんですか!? ……え? ぎゃぁぁぁ!!
わ、わたしの船に、男のゲロ付いたぁぁぁ!! ゲロ付いたてぇぇ!! 無理無理無理無理、無理だてぇぇぇぇ!!」
うっぷ……マズイ、おねえちゃんに見つかってしまった。
早く船倉に戻らなければ……!
「イカンて、ミカリン! そんげの止めとけって!!」
おとうちゃんのその声と同時に、おれのスキル【危機感知】が反応した。
バリバリッ……バツン!! バツーン!!
おねえちゃんが放った【電撃】魔法を、ギリギリ「黒い許嫁の盾」で受けた。
盾の効果【反属性バリア】で魔法を無効化する。
轟音に驚いて、船の屋根から数羽の白い鳥が飛び立って逃げていく。
そんな光景を横目に、おれとスプリングさんはほうほうのていで船内へと逃げ込んだ。
「ちょちょちょ! リーダーと、スプリングさんまで、おねえちゃん刺激しないでくださーい!? せっかくキャプティンとおとうちゃんが説得したのに、引き返すとか言いだしたらどうするんですか!?」
「スイマセン、船酔いで……次からは【超次元三角】の中に吐くことにしますんで……」
キャプティンにも怒られてしまった。
おれとしたことが、スキルを忘れるなんて……おねえちゃんには、悪いことしちゃったな。
てか、おねえちゃん【電撃】の魔法持ってるのか。雷属性って、確か結構レアなんじゃなかったっけ。ついでに言えば、水属性に強いイメージ。
「そうなんです。おねえちゃんもおとうちゃんも雷属性の適正があるのに、キャプティンは闇と草で……」
だから何だよ!? 別に漁師がやりたかったわけでもないだろうに、ないものねだりかよ!? こんな時に、年長者として、リーダーとしてガツンと言って道を示してやりたいところではあるが、しょうもない人生経験しかないおれには、さっぱりなんにも思いつかない。
――ただ、「草タイプだって水タイプに効果抜群じゃネ☆」と、ゲーム知識だけで応じる自分が悲しい。てか、なんの話だっけ?
「【電撃】の<スキルの欠片>なんて、レアだし高価だったんじゃないですかね?」
「実は貰い物なんですワ。キャプティンのファンに時々いるんです、そういうの送ってくれる富豪みたいな人が。おねえちゃんの魔法適正なんて、どうやって知ったのか不明なんですけど」
「え、そんなの教会関係者じゃないですか」
「あー、そのことでリーダーにお聞きしたいことがありまして……あ、いえ、教会のことではなく、闇属性魔法のことで――」
などと同じ魔法属性同士、ちょっとした情報交換をした。
……しかし、おねえちゃんもキャプティンもよくそんな貰い物の<スキルの欠片>使うよな。いや、転売はイカンのだっけ。
あれ? 飛び出してった時には気がつかなかったけど、キャビンに人が少ない。
おねえちゃんとおとうちゃんは甲板に居た。キャプティンとエブリィさん以外、レナリス婦人とキャサリン嬢、グレーテルちゃんの姿が見当たらない。
「なんか人、少ないみたいですけど……?」
「寝室で横になってますワ。お二人と同じ船酔いですねぇー」
そうか、齢のせいかと思ったけど関係なかったみたいでちょっとホッとした。
てか、グレーテルちゃんもかよ。自分で飛べばいいのに。
『グレーテルは、修行不足。竜種のくせに、弱い』
筆記用具片手に、エブリィさんがいつもの調子で言った。
テーブルに帳面を広げて、数字のパズルみたいなやつを延々と解いているらしい。
暇つぶしなのか、脳トレなのかは不明である。
船倉に戻り、ウィリアム君に「大丈夫でしたか?」なんて心配されながら元の位置に座り込むおれとスプリングさん。
吐いたら少し楽になった気がしないでもないが、正直まだくらくらしている。
……スキル【飛翔】がぶっ壊れてなかったら飛べるのになあ。
そういえば、ウィリアム君は飛べるんだよな。スキル【動物変化】でコウモリに変身してキャサリン嬢を救出に行ったって聞いた。
夜だったから、鳥じゃなくてコウモリに変身したのか……ん? あ、いや違うぞ。
鳥はいないんだ。
40年ぐらい前に空が壊れて、以来この世界から「空を飛ぶ鳥はいなくなった」って聞いたことがある。
……あれ?
さっき確かに、船から飛び立つ白っぽい鳥を見た気がするんだが……?
ドッゴーーーン!!!!
突然の爆音と伴に、船が大きく揺れた。
うおおおっ!? な、何だ!? 噂の大海獣ってやつが出たのか!?
こんな場合、おれたちはまだ船倉に引きこもっていていいのか!?
いや、大海獣ならば、この海で漁師をやっているおとうちゃんとかに任せておけばいいんじゃなかろうか? だってそんなのはよくあることのはず。
「なんか……僕には、大砲とかの砲撃のように聞こえましたが……?」
ウィリアム君が言った。
魔法のあるこっちの世界でも、火薬を使った武器は存在している。ちらっと見かけたことはある。
それでも魔法が便利だからだろう、拳銃やライフルのようなものはめったに見かけなかったのだが……。
ドッゴーーーン!!!!
再びの爆音。
もはや、砲撃音にしか聞こえない。
居ても立っても居られず、おれ達は船倉から顔を出した。
「甲板に出ないでください! おねえちゃんに見つかっちゃいますので」
キャプティンに言われて、その場で立ち止まるおれ達。
キャビンの窓のから、こちらへ接近してくる三隻の巨大な船が見えた。
砲塔にまとわりつく黒い煙が、たった今発砲したばかりなのだと知らしめている。
「軍船?! 海賊かなんかですか? もしかして、この船が狙われてるんですか?」
「海賊ではなさそうですねぇ。狙われているのは間違いありませんが、ギリギリまで皆さんは船の中でおくつろぎください。エブリィさんも、そこでナンプレの続きでもやっててください。あれは……どうやら、キャプティンのお客さんみたいなんですワ」
『なら、そうする。切りが、いいところまで』
エブリィさんはテーブルに戻って、数字パズルの続きに取りかかる。
……だよね。途中だと、もやもやするよね。
接近する巨大船の甲板から、武装した集団がこちらを見下ろしているのが判った。
その集団の中心で、マントをたなびかせている偉そうな男には……確かにちょっと見覚えがあるようなないような。
そんな巨大船の偉容にも恐れることなく、クルーザーの甲板に仁王立ちするスキンヘッドの男――おとうちゃんである。
「なんだてめぇら!! どこのもんだか知らねぇけど、俺ら漁師に大砲向ける気か! タダで済むわけねぇろが!!」
いきなり発砲してきた礼儀知らずに、大音声で怒鳴りつけた。
「ナーッハッハッハ!! 我が名はダニエル・チンチコール!! チンチコール侯爵家次期当主である!! そなたの娘を我が愛人として召し上げることが決定したので申し渡す!! 光栄に思って差し出すがよい!! もしも逆らうというならば、武力をもって従わせることになるが――さあ、選ぶがいい!!」
げげっ!? また出た、ダニエル・チンチコール様!
三大侯爵家の嫡男だけど、聖剣を継承できなかったダメ男! そういうところはちょっとだけ同情してしまうけど、あんなデカイ船まで持ち出して、しつこ過ぎるのは擁護できない。だいたい、キャプティンからララフィンちゃんに推し変したくせに……!
「え、えぇっ!? お、お貴族様だすけ……? む、娘っつったら……あ、上の子で間違いねぇすか……?」
「おとうちゃん!?」
「おとうちゃん!?」
相手がお貴族様と聞いて急に弱腰になるおとうちゃんに、娘二人から抗議の声が飛ぶ。
……いやまあ、侯爵家なんて雲の上の偉い人だからね。おれは、おとうちゃんを責められないよ。
「当然ながら、我が所望するのはアザリン殿のことである!! ――が、上の子とはそこのイカ娘のことかな!? ふーむ、体つきは悪くないようだ!! よし!! 念のため顔を見てやるから被り物を取るがい――」
「うろちょろうろちょろ、どこさでも湧いて出てきやがって!! ウジ虫かての!! ダニエル坊っちゃんよぉお!! 愛人の件はなぁあ、何度も何度も何度も何度も断ったろが!! 断ったよなぁあ!? 何回言やぁ分かるんだて!? 何回言やぁ理解すんだよぉお!? 頭ん中、バカなんかぁあ!? ウジ虫湧いてんのかてぇえ!? ダニエル坊っちゃんよぉお!!」
キャプティンがとうとうキレた。
アナウンサーの鍛えられた発声で、ダニエル様を圧倒する。その豹変ぶりと、罵倒内容の辛辣さで二の句が継げないダニエル様。
おそらくは、これまであまり人から怒鳴られたりすることのなかったであろう坊っちゃんは、キャプティンの剣幕に怖じ気づき、ちょっと涙目になって身体を震わせている。
「なっ……我に向かっ……よくもっ……」
「はぁぁぁぁぁあ!? なんだてぇぇえ!? もっとデカい声でしゃべれや、このウジ虫野郎!! 聞こえねぇんだて、なよなよしやがって!! きんたま付いてんのかチョビヒゲ野郎!! こんげとこで女漁りしてるヒマあんなら、さっさと家帰って古女房でも抱いて寝てろや、ボケナスがぁあ!!」
ウジ虫なのかチョビ髭なのか、はたまたボケナスなのか、もうなにがなんだかよく判らなくなっている罵倒は続く。
これはもう完全に煽っている。キャプティンの中できっと何かが大きく変わったのだろう。おそらくは、【淫紋】ではじけたあの夜に。そして今日ここで、しつこいダニエル様との因縁に決着をつけるつもりに違いない。
「うう……っ、撃てぇぇぇ!! 撃てぇぇぇ!! も、もう構うものかっ、撃てぇぇぇ!! あの無礼な女を、家族毎この世から消し去ってしまえぇぇぇっ!!」
とうとう耐えきれなくなったダニエル様は砲撃を命じた。
三隻の巨大船から、一斉に攻撃が始まる。
「おねえちゃん、おとうちゃん、悪りぃけど付き合って! 回避と迎撃、お願いな! 目くらましと攻撃は、アタシに任せて!」
「いいわよアザリンちゃん、やっちゃって! スピード出すすけ、落っこちないでね!」
「お、おい……ほんとにいいんか? 相手はお貴族様だで? ま、まあ、今さらだて……かぁ~、しゃあねぇ、やるかぁ!」
キャプティンはスキルを使用し、海面に強大な鏡を何枚も立てた。
――おお! あれが噂のスキル【マジックミラー】か! 一昨日の夜は、細い路地を鏡で塞いで……と聞いていたので、もっとこぢんまりしたヤツを想像していたけど結構でかいな。
その鏡の陰を、おれ達の乗るイカしたクルーザーが走り抜ける。おねえちゃんがスキルで召喚した船だからこそ、この世界の船舶では有り得ないスピードでの加速を実現させているんじゃなかろうか!?
巨大船からの砲撃によって次々と割られる鏡、しかしその陰を走り抜けたクルーザーはもうそこには居ないのだ。
――てか、おねえちゃん案外激しい運転するね。なんか性格変わってない?
しかし、それでも時折、流れ弾が飛んでくることはある。
「おねえちゃん、砲撃来てる!」
「ちょっと間に合わねぇみたい! おとうちゃん、お願いね!」
「おうよ、任しとけぇ!! おとうちゃんの――必殺、太くて長ぇかたいヤーツ!!」
おとうちゃんは、どこからともなく取り出した櫂を振るう。ボートを漕ぐときのアレである。
かけ声とともに、櫂は太く長く形を変えて、「ホイサ! ホイサ!」と飛来する砲弾を打ち落とす。
――スキル名は不明。「太くて長ぇかたいヤーツ」ではないと思う。てか、スキルよりも、飛んでくる砲弾を打ち落とす腕前の方が凄い。
「おかしい……鏡の目くらまし、ぜんぜん効いてねぇみてぇだ。それに、砲撃が妙に正確な気がすんだよ……!」
流れ弾が飛んでくる頻度が増えて、おとうちゃんが忙しくなっていた。
今のところ、そこそこ余裕ありそうに砲弾をさばいているが、いずれ疲れて一回でも迎撃を失敗すれば命取りになりかねない。
それに、キャプティンが狙っている決定的一発を決めるためには、もう少し敵の巨大船まで接近する必要があるのだ。
ところでおれは、鏡の目くらましが効かない理由にちょっと心当たりがあったので、キャプティンの脳内に直接伝えることにする。おねえちゃんをビビらせないように、スキル【共感覚】を使用する。
(あーあー、キャプティン? おれ、リーダーのヤマダだけどー。今、あなたの心に直接話しかけています……!)
ビクッとなってこっちを振り返るキャプティン。
ちょっと、怒ってるっぽい……「邪魔すんな」という目である。
……構わず、続けて話す。
(……上空に鳥が飛んでいます。多分、ハトです。ハトが上から見て、こっちの場所を知らせているんだと思います)
ハトってなんですけ? って顔をしているな。そもそも、空飛ぶ鳥がいない世界だもんね。おとうちゃん世代が、辛うじて知ってるかどうかってところだ。
(要するに、空を飛ぶ動物です。おそらくは、ダニエル様のスキルじゃないかと思います。キャプティンのMPは温存して、おねえちゃんに蹴散らしてもらったらどうでしょう? なにしろ、雷属性はひこうタイプにも効果バツグンのはずなので)
「おねえちゃん、空飛んでるあれ、打ち落として!!」
バリバリッ……バツーン!! バツーン!! バツーン!!
間髪入れずにおねえちゃんは上空のハトに【電撃】の魔法を放った。
黒こげになったハトが落下してくることもなく、上空で消滅した。
「おのれいっ、我が眷属を、よくもやってくれたな!? だがしかし、我がスキル【ハト呼び】は何度でも再召喚可能なのである!! さあ飛べ、ハトよ!!」
やっぱりな。ハトはダニエル様のスキル【ハト呼び】で召喚した眷属だった。あのハトがテレパシーみたいなので位置情報を知らせているのか――あるいは、ダニエル様と視覚を共有できたりするのか、いずれにしろ「奴隷商館」や「アルザウス海上」でもキャプティンを追いかけて来ることができたのは、あのハトのおかげというわけだ。
いかにダニエル様が、帽子の中やらポケットの中からハト数十羽をクールタイムなしで再召喚できるとはいえ、今この一瞬は、おれ達の乗るクルーザーはマークが外れて、完全にフリーとなっていた。
おねえちゃんは、ノーマークのクルーザーを全速で疾走させる、キャプティンが勝負を決める一撃を放たんとするゴール前へと――。
キャプティンから、その魔法について聞かれたのはついさっきのこと。
「あー、そのことでリーダーにお聞きしたいことがありまして……あ、いえ、教会のことではなく、闇属性魔法のことで――」
「え、おれ、そんなに魔法、くわしくないですよ? 貰い物の、闇属性魔法ってことですか?」
「【クロキヒトミ】っていう魔法なんですけど、知ってますよね? てゆうか、お持ちですよね? 教祖ムラサメから聞きました」
「ああ……まあ、はい。【クロキヒトミ】魔女のウィンク、光さえ飲み込む暗黒――って、闇属性の上級魔法ですよね? 消費MPが、1960MPってべらぼうな――キャプティン、持ってるんですか?」
「え、ん? 1960MP!? キャプティンの――は880MPですけど、同じ【クロキヒトミ】ですかね? どちらにせよ、消費MPが重すぎて使えない魔法だったんですワ……つい最近までは」
「半分以下かよ……! つまり、最近MPが増えて使えるようになった感じですか……最近? ああ!」
「一昨日、ちょっとレベルアップしまして、最大MPが880MPを超えたんですワ」
「それは……よかったですね。……使ってみたんですか、【クロキヒトミ】?」
「いいえ、それどころじゃなくて。それで、リーダーにお聞きしたかったんですよ、【クロキヒトミ】がどんな魔法か――」
闇属性上級魔法【クロキヒトミ】! 「光さえ飲み込む暗黒」という説明文からなんとなく察していたとおり、ブラックホールみたいなバレーボール大の黒い玉を発生させる魔法だった。威力は、足下に半径5mほどの深いクレーターができるほどで、当たったら即死みたいな危ない魔法である。
実のところ、おれも一回だけしか試し撃ちしていない。渓谷のダンジョンで使ってみたら、発生した黒い玉がポロンと地面に落っこちて、あわてて逃げたが足首から下をグシャッと飲み込まれてしまった。泣きながら、タナカに回復してもらった苦い思い出である。
消費MPも、1960MPなんてべらぼうな値だし、「こんなん使えねぇよ!」となって、以来お蔵入りである。
要するにまとめると、魔法【クロキヒトミ】の威力は超ヤバイ。射程はかなり短い。個人差はあると思うけど、多分そんなところじゃないかと、おれはキャプティンと情報共有したというわけである。
「……それにしても、教会関係者の人からのプレゼントですか……。上級魔法の<スキルの欠片>なんて、横領っぽくてマズくないですか……?」
「結構最古参のファンの人なんですワ。リーダーの知ってる人ですかね?」
――パリィィン!!
おねえちゃんの運転するクルーザーが、キャプティンの設置した鏡を突き抜けて一気に巨大船に迫った。
クルーザーの屋根の上に立ったキャプティンは左腕を砲身のように前に突き出し、右手でその腕を支えた。
その姿はおれに、伝説の宇宙海賊の姿を思い出させた。Missing you true!
「海の上でキャプティン達に挑んだのが間違いなんですワ、ダニエル・チンチコール!! さあ、準備運動は済みましたか!? 泳いで帰ってくださいね、もしも生き残れたら!!」
「ナッ!? う、撃てっ!! 撃てぇぇぇぇ!!」
「ネムジア教会の『ドノバン育毛中』サン、いつも応援してくれてアリガトウ!! 贈り物、普段使いさせて貰ってますぅ!! でも、あまり無理はしないでくださいね? 無理しすぎると、うちのおとうちゃんみたくツルピカ頭になっちゃいますから(笑)ー!!」
ほっとけろ! との、おとうちゃんの声も無視して、キャプティンは続ける。
「――というわけで、使わせて貰います!! 魔女のウィンク、光さえ飲み込む暗黒の――アザリン、マジックスペル!! 【クロキヒトミ】!!」
キャプティンの左腕から、巨大な黒い球体が射出された。
……でかっ!? おれの【クロキヒトミ】より、だいぶ黒くてでかいよ、キャプティンの! てか、アザリンマジックスペル?
射出された黒い球体は、妙にゆっくりと突き進み――巨大船三隻の真ん中辺りで静止する。
そして、周囲のすべてを――海も空気も、光さえも吸い込んでいく。
その吸引力は凄まじく、巨大船三隻も引き寄せられて船体を歪ませていく。
「ナッ、ナァァァッ、バカな!! 衝撃耐性、魔法耐性のある我が船がぁぁぁこんな、こんなぁ、バ、バカナァァァァァッ!!?」
巨大船二隻は黒い球体に飲み込まれて消失した。
ダニエル様の乗る残りの一隻は、三分の一だけ残骸を残した。
巨大船が沈んでいく……生き残ったはいいものの、ダニエル様はこんな危険な海の上から無事に生きて家に帰れるのだろうか?
「くたばっちまえろーー!!」
そう言い残して、イカしたクルーザーはその場を後にするのだった。
……え? 今の、おねえちゃん?




