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379 『ワケありドッペルゲンガー⑬』

 スキル【音速マッハ】で1秒間、超スピードで走り抜けたクリスティア・ハイポメサスは戦場から離れ、安全な研究所の陰で両手に掴んだ大男二人を無造作に放り出した。

 ヤマギワに膝から下を切断されて戦闘不能状態のバルダーとテッドである。



「うげっ、どうかお手柔らかに願いますよ、こっちはケガ人なんすよ?」

「いでぇ、おでの足が~、足が~」


 壁にもたれたバルダーが抗議の声を、うつ伏せに転がったテッドは嘆きの声をそれぞれあげる。

 

 しかしクリスティアは心ここにあらず、「うしょうしょうしょ……」とかブツブツとつぶやきながらその場を去って行った。



「せめて回復魔法ぐらいかけてってくれよ……」





 パパパパ~~~ン♪ 突然、大空洞に勇壮な音楽が鳴り響く。

 その音楽は聴く者の士気を高めステータスを強化すると同時に、敵を弱体化する。

 スキル【BGM】の効果で、バルダーとテッドは傷の痛みがいくぶんか和らぐのを感じた



「あ~ぐど~! クリスティアさんの【BGM】とか【音速マッハ】っでさ、十年も前に亡くなった勇者様のスキルなんだっで、知ってだ~?」


 うつ伏せに倒れたままのテッドが言った。



「はア? 死んだ勇者のスキル? なんだそりゃ……不気味なのはツラだけにしとけって、あのババァ」


「だよね。アンバーのアニキはどうじてあんなんがいいんだろ……?」



「げっ、マジかよ!? あれが好きなの!? アンバーさんがそう言ったのかよ?」


「言わなぐても、わがるよ~」



「……オメーに解るって、なかなかだな……マジか。ふつう、カサリナねえさんだろ?」


「おでは、エリナたん一択! でゅふ!」 




 ***




 あごを失い、声も無く絶望するカサリナ。

 このまま彼女の魔石を砕けば、ヒドラの特性【超回復】は失われるだろう。

 ジェイDは一瞬躊躇(ちゅうちょ)する。カサリナの顎の回復を待つべきか――と。



 パパパパ~~~ン♪ 突然、大空洞に勇壮な音楽が流れ出した。

 クリスティア・ハイポメサスのスキル【BGM】は、その音楽を聴く味方の士気を高めステータスを強化すると同時に、敵を弱体化する。

 

 ジェイDが酷い倦怠感けんたいかんに襲われる一方で、絶望のフチにあったカサリナには再び戦う力が湧き上がる。

 彼女は一瞬の隙を突き、目の前のジェイDに力強く抱きついて両腕の自由を奪った。下半身にも足を絡ませ、身動きできなくする。――スキル【巻き付き】、ヒドラの特性の一つだ。



「ぐうっ……!?」


 ジェイDはスキル【武具生成】で「短いナイフ」を生成装備し、動かせる手首だけを使って密着したカサリナの素肌に切りつけるが、拘束は緩むどころかますます彼を締め上げる。 

 このままカサリナのあごが再生すれば、ジェイDの顔面に至近距離から【溶解液】を吹きつける事ができるだろう。





 カサリナの後ろで、羽毛混じりの白髪少女エリナは何もできずに震えていた。大音響の【BGM】も、彼女の心には届かない。



「……なんで【BGM】だけ!? クリスティアさんは、どこに行っちゃったの!?」


 頭がいいと持ち上げられていい気になっていた。いざとなると何も思いつかないし、震えるばかりで何もできない――と、少女はなげく。


 その時、一本の「クモの糸」がエリナの手に触れた。



『……エリナさん、聞こえますか?』


『――! アンバーさん!?』


 クモの糸を通じて、離れた場所で戦っているアンバーの声がエリナに届く。

 アンバーのスキル【接触通話】は、触れている相手と声を出さずに会話できる。

外れスキルだが、ディープスパイダーの特性である「クモの糸」と組み合わせることで有用なスキルになったとアンバーは自負する。



『どうもクリスティアさんは悪い癖が出たようで……、あんまりあてにしない方が良さそうですぜ? それより、今は貴方のスキルに頼りたいんですがねぇ? いかがです?』


『……そんな!? ――いえ、それしかないですね。でも、少し遠いみたいです、ここからでは最大の効果はミコめないかも……みんなには?』



『バルダーとテッドはもうクリスティアさんに回収してもらいましたよ。マギーとスズカ教官は……ったく、何をやってるんだか……ちょっとダメそうなんでー、こっちで寄ってってやんないとですねぇ』


 アンバーに言われてみれば、さっきまですぐそこに倒れていたバルダーとデッドの姿は無く、血だまりの中に二人の切断された膝から下だけが残されていた。


 マギーとスズカ教官がどうなっているのかはよく判らなかったが、動けない状況であるなら、エリナから近づく必要があるだろう。



『じゃあ、カサリナねえさんにはわたしが――』


『いえ、ねえさんにも繫がってますぜ、どうですねえさん?』


『……貴方にねえさん呼ばわりされるいわれはねーんですが、アンバーさん。エリナちゃん、やるなら早いところお願いしますね?』



『ごめんなさい、カサリナねえさんにばっかり痛い思いをさせて……。わたし、いざとなったら震えるばっかりで……』


『へぇへぇ、そういぅんはまた後で。そしたら糸は繋いだままで――エリナさん、やる時は一声掛けてもらえますと、こっちも助かりますねぇ』


『そうね。エリナちゃん、ファイト! 早くしてくれないと私、このすかした犬耳ハンサムと仲良くなっちゃいそうなんですがー?』


 エリナ、ファイト! 彼女は自らを鼓舞こぶして走り出した。

 ジェイD、マデリン、ヤマギワをまとめてエリナのスキルに巻き込むには、できるだけ三人の中間地点で発動する必要がある。




 

 抱きつかれ身動きのとれないジェイDは、スキル【武具生成】でフルフェイスヘルメットを創り出した。

 額の鋭い飾り角で、カサリナに強烈な頭突きをかます。



「うぐっ……!?」


 一瞬怯んで緩くなったカサリナの【巻き付き】から、右腕を引き抜いたジェイD。その手に生成した曲剣で彼女の左腕を切り飛ばした!


 続けて、左手に生成した曲剣で、カサリナの右胸奥に埋め込まれたヒドラの魔石を狙う!


 ――ガリッ!! 柔らかいはずのカサリナの右乳房は、カチコチに硬く曲剣の刃を弾いた。


 

「――な!? 石化!?」


 カサリナは全身が石化していた。

 しまった!! と思った時には遅く、押し寄せた「白いガス」に巻かれ、ジェイDも石化した。





 四つん這いになったスズカを背後から組み敷き、尻に腰を打ち付けるネコ耳美少年マギー。その正体は、スキル【みつき変身】でマギーの姿に変身した聖女マデリンである。

 

 周りが見えなくなっていたスズカとマデリンは、押し寄せた「白いガス」にあっさり飲み込まれ、その体位のまま石化した。





 スキル【危機感知】が反応し、ヤマギワは光の羽根を広げて飛び立った。

 あと一歩遅れれば、今なお広がりつつある「白いガス」に飲まれていただろう。 

   


「……これって、毒ガス!? いや、もしかして石化ガスか!?」

 

「やれやれまったく、一声掛けるように言ったじゃねぇですか……」


 アンバーもまた、クモの糸をつたい中空へと逃れていた。

 糸で操る八本のナイフが、ヤマギワの追撃を止めない。

 


「味方まで巻き込んで……ちびっ子に何をやらせてるんです!?」


 羽毛混じりの白髪少女エリナに埋め込まれた魔石はコカトリス。その特性は、口から吹き出す【石化ガス】である。

 味方をも巻き込み勢いよく広範囲に拡散するガスの噴霧は、正に初見殺しとなるはずだった。



「――なのにまさか、かわす人がいるなんてねぇ……ヤマギワさん貴方、本当に何なんです?」


「何と言われましても……、実在するとある人物の影というか複製というか? ……まあそう、言ってみれば、ワケありドッペル――げっ!!?」


 ポイズンスパイダーの群れが降り注ぎ、思わずたじろぐヤマギワ。

 アンバーのスキル【眷属召喚けんぞくしょうかん】である。



「はて? ドッペル? とは、どこの毛ですかヤマギワさん?」


「……」


 この時ヤマギワが少しイラっとしたのは、戦闘中のおしゃべりに対してクソ真面目に返答しようとしていた自分を恥じてのことで、決してタイトル回収を邪魔されたからというわけではないだろう。





 離れた場所でヤマギワの姿を目で追うクリスティア。

 彼女の手に、アンバーの「クモの糸」が触れた。



『クリスティアさん、手を貸しちゃもらえませんか!? 情けない話ですが、俺もそうそう保ちそうにねぇんで、どうか……!』


『……でしゅが、しょの小しゃい方はわたしゅの運命の人かもしれなのでしゅ! わたしゅの女の本能が、しょうしゃけんでいるのでしゅ!』



『……ぐっ。ど、どうかお気を確かに、クリスティアさん! こいつ……ヤマギワとは会ったばかりじゃねぇですかぃ!? だいたい、このちんちくりんがここに来た目的は、例の犬耳女を奪い返しに来たってことみたいですぜ? パン屋に住み込んでるみたいですし、きっと二人はイイ仲に違いありませんぜぇ!』


『しょう、あの方、ヤマギワしゃまというのね? しょこのところ、わたしゅも気になったのでベネットしゃんに尋ねてみたのでしゅが――彼の見立てでは、彼女の本命は……ほらしょっちで石化しぇきかしてる同族のイケメンの方なんじゃないかとのことで――私は、ましゅましゅ女神ネムジアしゃまの導きを感じずにはいられないのでしゅ……!』



『……ぐぬぅ。でも……しかし、大恩ある御前様の意に背くのは!? 御前様の使途として、パラディン№7としての誇りに、恥じ入るところはないんですかぃ!!?』


『しょれを言われるとわたしゅも辛いのですが……、この出会いはみにくいわたしゅにもたらしゃれた最後しゃいごのチャン(しゅ)かもしれないのでしゅ。ヤマギワしゃまを逃したら、わたしゅはもう一生処女のまま一人で生きていかなければならないのではないかという恐怖がずっとぬぐいきれないのでしゅ……!』



『――!! そんなん、いつだって俺がも――』


『……!?』


 アンバーにとって肝心な所で、【接触通話】は途切れた。

 ちょうどその時、クモの糸を操っていた腕が切断されたのだ。

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