378 『ワケありドッペルゲンガー⑫』
パパパパ~~~ン♪ 突然、大空洞に響き渡る勇壮な音楽。
なにごとかと周囲を見まわすヤマギワだったが、音の出所ははっきりしない。
それでも、まるで目の前でオーケストラが演奏を始めたかのような臨場感に圧倒される。
不意にヤマギワは、身体の力が抜けていくような奇妙な感覚に見舞われる。
駅のホームを全力疾走したにもかかわらずギリギリ電車が行ってしまった時のような、サラリーマン時代のやるせない脱力感が思い出されて、とてもイヤな気分になった。
クリスティア・ハイポメサスのスキル【BGM】、その音楽は聴く者に不思議な効果をもたらす。味方の士気を高めステータスを強化すると同時に、敵を弱体化する。
大恩ある御前様は裏切れないが、ヤマギワと直接戦うことを躊躇った彼女の苦渋の選択だった。
――ギィン!! ギィィン!! アンバーが射出したクモの糸が八本のナイフを操る。
――ギィン!! ギィィン!! ナイフを弾いても糸を切っても、次から次へと繰り返しヤマギワを襲う。
更に、スキル【眷属召喚】で、ポイズンスパイダーの群れが追加でばらまかれた。
音楽が流れ始めてから、アンバーは明らかにパワーアップした。アニメとかで、OP主題歌が流れ始めた時の悪役ってこんな気持ちなのかな? と、ヤマギワは思った。
***
かつて「伝説のスケバン」と呼ばれたスズカ・シリカゲルの青春には、語られることのない最大のピンチがあった。
その夜、敵対する不良グループに捕まり輪姦されたスズカは、全裸で土下座をさせられていた。
伝説の惨めな終焉を予感し涙するスズカ。
その時だった。スズカの耳に、どこからともなく聞こえ始めた不思議な音楽。
失われかけた、希望と闘志がよみがえる。
ゆっくりと立ち上がったスズカは、得意のスキル【超人化】を発動した。輪姦されている間に回復したMPはわずかだったが、その数分に掛けた。
――あと一歩だった。敵対グループのボスに止めをさす直前で、スズカのMPは枯渇した。
ここまでか――力尽き倒れるスズカだったが、さわやかな充足感があった。
消えかかる意識の中、視界の隅に白いマントがひるがえるのを見た。
「はぁ……はぁ……、な、なぜあたらねぇ……?」
スズカのパンチもキックも、すべての攻撃はことごとくマデリンを逸れた。
時折カウンター気味に繰り出されるマデリンのパンチは、的確に急所を打ちスズカの脳を揺らす。
それでも、持ち前の【ガッツ】で立ち続けるスズカ。
「……ところでところで先輩、はっきり言って、それって『黒いレオタード』じゃないですよね? ヤマダさんの目はごまかせても、私の目はごまかせませんよ?」
「う!! うるせぇ、大きなお世話だ!! 【動物変化】ってスキルを使ったから、しょうがねぇんだよ!!」
スズカは、実は全裸だった。スキル【擬態】で、首から下を黒いレオタード風に染めて【擬態】している。
不用意に放たれたスズカのキックがまた外れる。彼女の無防備な腹に、マデリンの肘が食い込んだ。
「ぐぇっ!? か、はっ……な、なんで……?」
マデリンのスキルは【念動力】、見えない力で物体を押す。その力は、マデリンの体重と同じぐらい。
魔法【石礫】のコースを変えたり、敵のパンチやキックを横に逸らしたりできる。
以前、ヤマダの身代わりになって拷問を受けた時には、このスキルで肛門の貞操を守った。
パパパパ~~~ン♪ 突然、大空洞に響き渡る勇壮な音楽。
マデリンは、急に身体が重くなったように感じた。周囲を見まわすが、音の出所ははっきりしない。
逆に、この曲を聴いたスズカには力がみなぎる。失いかけた闘志に再び火が灯る。
(――この曲は、あん時の……!!)
クリスティア・ハイポメサスのスキル【BGM】、どこからともなく流れてくるその音楽にスズカは、あの”最大のピンチの夜”のことを思い出す。
MP切れで倒れたズスカは、どこか見覚えのある上品な女性に抱かれて意識を取り戻した。
「――様、敵対シャどもの殲滅が終わりましゅた。どうやらここも、末端勢力に過ぎなかったようでしゅ」
「そう、ご苦労様。なかなか掴み所がありませんね――おや、お目覚めかしら? 貴方、お加減はいかが?」
「……え、な!!? なんで……こんなトコにアナタが……!?」
「貴方のこと見知っていますよ。確か、諜報部見習いのシリカゲル嬢ね? ずいぶんおてんばなんですって? ジムやドノバンから話は聞いているわ」
命の恩人であるばかりか、自分のことを知っているというその女性の言葉に感動し涙するスズカ。
その夜二度目の全裸土下座で、彼女に深い忠誠を誓う。
前後して救出に駆けつけた仲間達にスズカは多くを語らなかったが、敵対グループをたった一人で全滅させたという伝説が残った。
それから時は流れ、諜報部教官に就任したスズカに、あの時の女性――御前様は、祝いに「スキルの欠片」を二つプレゼントした。
スズカは歓喜し、感動の涙を流した。
「――よし、3発だよ!」
「は?」
「3発自由に殴らせてやるっつってんだよ! 3発殴ってアタシを倒せなかったら、もじゃリン、アンタの負けだ! 潔く負けを認めて、アタシに土下座しな! どっちが上か、はっきり――」
――ごすっ!!
マデリンは容赦なく殴った。血を吐いて、地面を転がっていくスズカ。
「倒れましたね、先輩? 倒れて転がっていきましたよね? 私の勝ちってことでいいですよね? 土下座とか、ホントに心底どうでもいいんで、私達の邪魔をしないでもらえますか?」
「ぐぇ……ご、ごぇ……か、かばがっ!! 今のは、な……無しだっ!! まだ……はぁ……はぁ……は、始め! って言ってねぇだろ!! 始め! って言ってから始めろよ!? んなの、常識だろ!? 常識ねぇのか、てめぇよぉ!? 今のは、無しだかんな!?」
「…………」
スズカが御前様にもらった二つのスキル、一つは【背水の陣】防御力が低いほど他のステータスが上昇する。全裸のスズカは今、筋力のステータスが元々の四倍ほどになっている。
もう一つのスキルは【穴熊囲い】、攻撃力を一時的に減らし、その分を防御力に上乗せする。
攻撃しても当たらないならば、防御で受けきって勝てばいいとスズカは考えた。
【背水の陣】は常に効果が発生するパッシブスキルであるが、【穴熊囲い】は意識して発動しなければ効果を発揮しないアクティブスキルだ。殴らせる前に、あらかじめスキルを発動しておく必要がある。
【穴熊囲い】発動前にもう一つ、得意なスキル【超人化】でステータスを更に上乗せする。筋肉で一回り大きくなったスズカは、マデリンを見下ろし「始め!」と一言告げた。
――ごっ! マデリンは最初の一発を殴ったが、今度はびくともしない。
ニヤリと不敵に笑うスズカ。
「――くくっ、後二発だよ!? さっさとやりなー!!」
「……あのあのー、殴る以外でも?」
「ちっ……まあ、蹴ったって構わないよ! 繰り返すけど、魔法や武器は無しだかんね!? さっさとやんなー! MP切れで、アタシの【超人化】解除を待つのは反則だよ!」
「スキルは使っていいんですよね? スズカ先輩だって使ってるわけだし?」
スズカはそう言われて一瞬不安になった。もしかして、マデリンも【超人化】のようなパワー系スキルを持っているのではないかと。
――いいやだとしたら、今までそのスキルを使わなかったのは不自然! つまりマデリンに、素手で自分の防御力コンボを抜けるようなスキルは無い! と結論づけ、不安を振り払うスズカ。
「……いいよ! つべこべ言ってないで、さっさとやんなよ! 仲間達と駆け抜けた日々が、今のアタシを磨き上げた! 決して傷つかない宝石のごとく、アタシの伝説は輝き続けるのさ!」
じゃあ……と言って、マデリンが両手をプルプル振ると、とろみのある液体がスズカの素肌に飛んだ。
――!? その時、スズカはただ「冷たっ!」と思っただけで、その液体を特に不審とは思わなかった。
マデリンのスキル【フェロモン原液】は、女性に強力な催淫効果をもたらす液体を手のひらから分泌する。要するに、あらゆる女性をエロエロ発情状態にしてしまうエロスキルだ。
その効果は程なくして現れた。
「あれ~? あれあれあれ~? スズカ先輩、どうしました~? そんないろんな所カリカリに尖らせて、どうしました~? なんかなんか、息が荒いですね~?」
「……お、おい……なんだコレ? もじゃリン……アンタ、アタシにナニしやがった……!?」
マデリンはスズカを無視して、すぐそこでズタズタになってのびている全裸のネコ耳美少年マギーの身体に【大回復】の魔法を施す。特に、千切れてしまった股間の極太前尻尾は繋げて元どおりに治療する。
「ところで、ところでスズカ先輩、知ってますか? 中央神殿に『奥の院』ってあるんですけど――ええ、普通は立ち入り禁止です。ご禁制の秘宝とかいっぱいあるし、聖女だって許可なしでは入れません」
「……な……何の話だ……?」
綺麗に治療は終えたがまだ意識の戻らないマギーの首筋に、軽く跡が残る程度の強さで噛みつくマデリン。
スキル【噛みつき変身】は、噛みついた相手の姿に変身することができる。
「諜報部時代の私は、このスキルで偉い人の影武者みたいなこととかよくやってましたから、その姿のまま偉い人のふりして『奥の院』に入ってみたことがあるんですよ――」
「……だから、何を……?」
「――そこで私、なんとなんと『エナジーポット』を見つけたんです! 先輩、『エナジーポット』は知ってますか? よく昔話とかに出てくる魔道具なんですけど、知りませんか? そうですそうです! 『エナジーポット』に経験値を入れたり出したりすることで、なんとなんと! スキルの取り直しができるんです!」
「……ちょっと待て、まさかアンタ……!?」
「――解り始めた私の革命、明日を変えることさ! ヤマダさんに貰った大切な言葉の一つです。たまたま運良く【神託】スキルが出たですって? 確かに、何度繰り返したって絶対に出ないスキルもあるそうです。ですけど、それをしなければ可能性はゼロなんです!」
ヤマギワ(ヤマダ)がかつて悩めるマデリンに贈った言葉の多くは、日本で昔流行った歌謡曲の歌詞の巧妙なパクリであったが、そんなことを異世界育ちの彼女達が知る由もない。
マデリンは、なおも続ける。
「こんな言葉もあります――自分で始めてみなきゃ何も起こらない今夜、何かを叫んで自分を破壊しろ! 『奥の院』から『エナジーポット』を持ち出した私は、何度も何度も経験値の出し入れを繰り返して――二千二百二十五回目にやっと望みのスキルが出たというわけです!」
「……!!」
スズカは、マデリンに恐怖した。
――なんて……なんて邪悪な女だ! 無邪気そうな笑顔に、完全に騙されちまった。……いいや、アタシだけじゃない。この女、ネムジア教会も王国民もすべてを欺いてやがった!! アタシ程度の不良なんて目じゃない、本物のワルだ!! と、言葉も無い。
「さてさて、それはそうと確かー、『伝説のスケバン』スズカは、オークも泣かせるそうですね? ひゃー!」
「……ま、待ちな!! アンタ、一体何をする気――!!?」
巨根のネコ耳美少年マギーの姿に変身したマデリンは、着ていた聖女のローブを下着もろとも脱ぎ捨てた。
股間にそそり立つ前尻尾は、平常時とは比較にならない偉容を誇る。
マデリンはそれに、【フェロモン原液】を塗りたくった。
スズカは自らの敗北を悟った。
――な、なんてことしやがる……! 見ただけで解る、これからアタシがどうなるのか……! アタシはアレに勝てないだろう……、勝てっこない! みっともなく這いつくばって小便を垂れ流すに違いない……つーか、早く! 早く、ちょうだい!! と、目を潤ませるスズカだった。




