準備万端
「よろしくお願いします」
この間来た時のように大きな鏡の前にはもう椅子が用意されていた。
「座って下さい」
口調は少し丁寧になっているような気がするけど、ツンとした感じは健在だ。
「失礼します」
「じゃあ、始めます」
「はい」
ハニーブロンドの髪のお姉さんは私の髪を梳かして、毛束を作ったりし始める。
前回と同じように鮮やかな手つきで髪を整えていく。
ヴィリン様も感心して見ているようだ。
「へー、凄いね!頼めば俺の髪もやってくれたりしますか?」
「男の人の髪はあんまり…」
「そっか。残念だな」
「簡単で良いなら、やらない事もないけど…」
「まあでも、今回はいいや。またお願いする事があればよろしくお願いします」
「…はい」
でも髪を整えたヴィリン様も見たかったな。
少し残念。
「そう言えば、名前聞いてもいいですか?」
「え、私の?」
「はい」
こくっと頷けば、お姉さんに頭の位置を直される。
「…シャルロット」
「シャルロットさんですか。髪のセットは独学で?」
「まあ、そんなとこ」
美容師でも通用しそうなのになあ…と思うけど、接客は苦手なのかもしれない。
もしかして、私はたまたまやってもらえてるだけで、本来はアフターサービスなんてないのかな?
セルジュ様が代金は払ってくれてるし、実際にセットしてもらってるからいいのだけれど。
お店に来るのも二回目だからわからない事も多い。
でもまた利用する事なんてあるのかな?
それもわからない。
ふらっと買い物に来るには少し遠い気もする。
そんな事を考えているうちに髪型は出来上がり、なんとか淑女に見えるかもしれない私が鏡に映っていた。
「改めて言うけど、綺麗だよ、レイチェル」
「あ、有難う御座います。シャルロットさんも髪、有難う御座いました」
「うん。よく出来たと思う」
「そうですね」
ふふっと笑って、差しのべてくれたヴィリン様の手をとって立ち上がる。
「あ、そうだ。カードカード…」
バッグの中から支払い済みのオレンジのカードを取り出して、店の奥のレジで坊主頭の店員さんに渡す。
「良くお似合いです。良かったですね。ご縁がありましたらまたお待ちしております」
「はい。ありがとう御座いました」
「じゃあ、今度こそ本当に行こうか。少し早いけど、大通りに馬車を待たせてあるし、ゆっくり行けばいい頃加減だろう」
「馬車ですか!?乗って見たかったんです。嬉しいな」
何せ坂道が多く、道端もそんなに広くないカヒノや生まれ育った街では荷を運ぶ際は馬車よりロバが活躍して、人の移動では魔術での移動も多かったりする。
私はあまり魔術を使わないようにはしてるものの、疲れてる時には魔術を使って玄関先まで帰ったりする。
一般的な住宅には、他人が勝手に魔術で移動して来られないように程度の違いはあるものの、セキュリティは存在している。
有能な魔術師にかかればたいした事がない場合もあるらしいが、そういう場合はその人が悪人でない事を祈るしかない。
でも原始的な方法で空き巣に入られる事もあるし、もしかして最後は運なのかもしれない。
お店を後にして、ヴィリン様と大通りまで歩いていく。
正装の私達をもの珍しそうに見る人もいれば、「どこかでパーティーでもあるのかな」といった目で見てくる人もいる。
でも大都市では慣れたものなのか、そこまで目立ってるわけでもなさそうなので一安心。
「レイチェルはダンスは得意?」
「え、いや…それがあんまり」
嗜み程度でしかやった事がない。
「なら、今夜の夜会は俺の挨拶まわりに付き合ってもらう事になってしまうかもしれないけど大丈夫?」
「挨拶まわり、ですか?」
「これでも東大陸の国の要職にはついているものでね」
「私は具体的に何をすれば?」
「んー…そうだな、隣で笑っててくれれば」
「ああ、それくらいなら大丈夫ですよ」
「俺の婚約者だって紹介してもいい?」
「えっ!?」
「まあ、それは嘘だけど…セルジュにも怒られるだろうし」
「もう、驚かさないで下さい」
「ごめん、ごめん」
セルジュ様とヴィリン様の関係には未だに謎もある。
出会ったのは、大学?大学院?でらしいんだけど、どうやって仲良くなったのかは聞かされていない。
そのうち聞く機会もあるかな。
今はヴィリン様は二十四、セルジュ様は二十六歳だしどういう接点だかもわからない。年齢差にしては構えたところもない。
でも確か、ヴィリン様は飛び級したんだっけ…?
それなら納得出来るかもしれない。
「馬車はどの馬車ですか?」
大通りまで出て、目的の馬車を探す。
「白い箱型の馬車だよ」
「あ、あれかな?」
白という色もあってかすぐに見つかる。
「そうかもね。確認してみよう」
茶色い毛並みの二頭の馬車の手綱を持っているおじさんにヴィリン様が話しかける。
「すみません。馬車を予約していたヴィリン•アセラトルと申しますが、この馬車であっていますか?」
「はい。お待ちしておりました。どうぞお乗り下さい」
良かった、間違いないようだった。
セルジュ様がドアをあけてくれ、二人で乗り込むとおじさんがドアをしめてくれた。
やや、間があって馬車が動き出す。
さあ、いよいよ夜会です!




