初心忘るべからず
お久しぶりです。ビーズログ文庫13周年フェアで表紙イラストをファミマプリント出来るようになりましたので、お知らせと小話です。
それは偶然だった。
職員室からの帰りで兄と春兄の背中を見つけた。
学校の中で兄達と話すことはあまりない。
家に帰ったらいるのだから特に話す必要はないのだが、なんとなく声をかけようと追いかけた。
二人はいつも通り仲良くご夫夫で並んで歩いている。
人通りが殆どない廊下で今も周りに人がいないせいか、距離も近いように思える。
僕のような腐った目で見るとハートで囲みたいくらいラブラブオーラが出ちゃっている。
隠しきれない愛しさ……素晴らしい……。
世界平和を凝縮したような空間がそこにはある。
これぞ聖域だ。
僕が話しかけて聖域が崩れてしまっては勿体無い。
こっそりと眺めることにした。
少し進んだところで二人が足を止めた。
会話が聞こえるように距離を詰めて耳を澄ます。
「春樹……ネクタイ解けかかっているぞ。もうちょっと身だしなみに気をつけろ」
「あー? 俺はいつもこうだろ」
「いつもよりも酷い。これなら無い方がマシだ」
見つからないよう慎重に覗くと……。
「!」
僕は思わずカッと目を見開いた。
こ、これは……新婚夫夫の朝の風景!
兄が春兄のネクタイを締め直してあげているではないか!
「きっちり締めたら苦しいんだよ。それに……緩んでいるとこうやってお前が直してくれるしな?」
春兄がネクタイを掴んでいる兄の手を掴み、姫に忠誠を誓う騎士の様に口づけるとニヤリと笑った。
っはああああっ!!
学校で何してくれてんのおおおお!!
最高なんですけど!!
「……何を恰好つけているんだか」
「呆れました、はあ」な態度を見せている兄だが、顔や耳はしっかりと赤い。
――ニタアァァ
自分が人には見せられない顔になっているのが分かる。
今通報されたら問答無用で捕まり、警察でご宿泊コースになるだろう。
「おい、真。苦しいって。もういいだろ。お前はきっちりし過ぎなんだよ。……まあ、それがお前らしくて良いし、余計に解きたくなるけど」
はあ?
はああああ!?
春兄ってばさっきから何言っているの?
最高でしかないんですけど。
ただただ最高なんですけど。
最高なんですけどおおおお!?
僕の語彙力だけではなく、心臓まで止めて殺す気か?
死因、櫻井春樹による急性BL中毒って魂に刻むぞ! ……なんて思っていたら。
「学校でそういうことを言うなって言っているだろ。いい加減にしろよ」
兄が春兄のネクタイをグイッと引っ張り、顔を寄せて睨みつけた。
カッ!! っと僕の瞳孔が開く。
えっ……それ、好き……好きなやつ…………。
ネクタイクイッじゃん……!?
好きすぎて震える。
くっ、兄ちゃんまで僕を殺しにかかってくる!
自分のHPが見る見る減っていくのが分かる…………ふあっ!?
視線を反らしてしまいそうになっていたところで、春兄が兄の額に口づけた。
はあああ!?
でこちゅう~~!!!?
「春樹!」
「怒んなって。可愛かったから。つい」
「~~~~っ」
つ、辛っ……声を出せないのが辛い!
窓を開けて叫びたい!
ありがとおおおおおおおお!!!!
明日も生きる!!!!
いやあ、しかし良いものを拝ませて頂いた。
ネクタイクイッはリーマンものの醍醐味だと思ってたが……。
ネクタイの魔法は全年齢――全てのオスに等しくかかるようだ。
各年代の味がある、噛めば噛むほど美味しい魔法のアイテム。
夢いっぱい胸いっぱいである。
素晴らしい夢を与えてくれた二人は余韻に浸っている間に姿を消していた。
ふふっ……どこに行ったのやら……。
使っていない教室の教卓の上ですか?
それともロッカーの中ですか?
ああ、そうか。
今日はネクタイの日だから、保健室で致している途中に怪我をした生徒が入って来ちゃって、声が漏れないように「これでも噛んでろ」って口にネクタイ詰められるやつですね。
承知しました。
最近は失恋BL達が魅せる夢と希望に夢中になっていたが、やはり原点は主人公――全ての夢はここから始まっているのだ。
「初心って大事だよな……」
兄カップルの追跡も怠ってはならないと、気合を入れ直したのだった。




