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BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました(連載版)  作者: 花果 唯
IF ありえた未来2

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深雪END③最終話

「……」


 無言のまま逞しい背中を追った。

 逃亡したいが、背中を向けた瞬間に僕の明日は無くなる気がする。

 いや、逃げなくても明日はないかもしれない。

 断頭台に向かっているような心境だ。


 清潔感のある長い廊下を進む。

 見かける看護婦さんに『僕を保護してください!』と縋り付きたいが黙ってすれ違うしかない。


「……ここでいいでしょう」


 廊下の突き当たり、非常口ランプ下の重そうな扉を開けて辿り着いたのは外階段の踊り場。

 エレベーターがあるので当然階段を使う人はいない。

 誰もいない、風が吹き抜ける寂しい場所だった。

 サスペンスドラマだとここからよく人が突き落とされているな、なんて思っていたら――。


「此処から落ちて貰えませんか?」


 僕の心の中を読みましたか?

 前振りで考えていたわけではないのだが……。


「はは……冗談だよね」

「割と本気です」

「……」


 ここは五階だ。

 落ちたら高確率であの世行きだ。

 サスペンスドラマを再現するつもりはないぞ!


 白兎さんは階段の下から視線を戻し、こちらを見た。

 意外なことにいつものような鋭い目ではなかった。

 ただ真っ直ぐに僕を見ている。


「あなたはあの子をどうしたいんですか?」

「……。それは……」


 『どうしたい?』と聞かれても困る。

 まずは自分の気持ちをはっきりさせなければ、どうすればいいのかも分からない。


「私は今、絶望しています」


 溜息を一つ零すと、空を見ながら呟いた。

 その背中は言葉の通りに絶望が見える哀愁を漂わせている。


「子供の頃からの努力が全て無駄だったのです。こんな世界では生きているのも苦痛です」

「?」


 僕と深雪君絡みの話をしていたはずなのに、急に何の話になったのか分からない。

 これも関係のあることなのか?


「死のうかな」

「え? ええええ!?」


 死ぬ!?

 また話が突飛なものになった。

 冗談にしても白兎さんらしくない発言だし、いつもの覇気が感じられない。

 どうした、柊の鬱因子が飛来してきたのか?

 病んでいるのは一人で十分だ。


「私が死ぬか、あなたが死ぬか。どちらがいいですか?」

「どちらも嫌です!!」


 本当に僕達は今、何の話をしていたっけ!?

 戸惑う僕のことはお構いなしに病める白兎さんは淡々と話し続ける。


「わがままを言わないでください。困りましたね……じゃあ、この世界を滅ぼしましょう」

「はあ?」

「そうだ。この世から腐った人間を排除しましょう。薄い本を踏み絵にして、踏めなかった人は離島に島流しにしましょう」

「は? ……え? ええ?」


 僕の聞き間違いが?

 今、『腐った人間』って言った?

 『薄い本』って言った!?

 僕の好物を連想させるワードが白兎さんから飛び出してくるなんてどういうことだ!?


「いや、それでもまだ不十分……。踏むことを喜んでする変態もいそうですね。見せしめで腐敗物を拡散する連中を磔にし、薄い本を燃やした火で火刑に……」

「ちょっと待って! 何なんだその物騒な話は!」


 魔女狩りならぬ腐女子腐男子を弾圧する『腐り人狩り』はやめてください!

 血肉を費やして出来上がった薄い本を燃料にして火あぶりだなんて残酷過ぎる!

 地獄絵図じゃないか!

 っていうかなんでそんな話になるのだ!


「触るな!」

「!」


 白兎さんの腕を掴もうと手を伸ばしたら強い力で叩き落とされた。

 拒絶されて悲しいのはあるが、それよりも過剰に思える反応に困惑だ。

 鬱々としていて静かだったのに急に沸騰したぞ?


「BLの化身が私に触れるな! この世界はお前を中心に回っているかもしれないが、私はお前に屈しはいない!」

「!?」


 今言ったぞ!?

 『BL』ってハッキリ言ったぞ!?

 それに僕がBLの化身って何!?


「BLゲームの主人公は私にも……深雪にも近づくな!」

「? 何を言って……」

「BLゲームの世界なんてもうウンザリだ!!」

「なっ……」


 『BLゲームの世界』という言葉が耳に入った瞬間全身が固まった。

 僕が主人公というのはわけが分からないけれど……白兎さんはここがゲームの世界って知っている?

 まさか……僕と同じ?


「白兎さんも……転生しているのか?」

「えっ……」

「ここがBLゲームの世界だって知っているんだろう?」

「!?」


 今度は白兎さんが固まる番だった。

 大きく目を見開き、僕を凝視している。

 この反応は……やっぱりそうだ。

 白兎さんも僕と同じ転生者なんだ。


「僕もだよ」

「?」

「僕も転生していて前世の記憶がある。ここがBLゲームの世界だって知っている」

「そんな馬鹿な……! だってあなたは主人公なのに!」

「ちょっと待って、その主人公っていうのは何!?」


 白兎さんは混乱しているが、僕も混乱している。

 お互いパニックでワタワタしていて話が進まない。


「……ちょっと整理しようか」

「……はい」


 とりあえず僕達は深呼吸をすることにしたのだった。




 階段に腰を下ろし、一旦落ち着いた。

 冷たいコンクリートの感触が気持ちいい。

 冷静になってから白兎さんの話を聞いた。

 白兎さんの口から語られた話は信じられないような内容だった。


「僕が続編の主人公……」


 前世でプレイしていた『FS』には続編と移植版が出ていて、それでは僕が……『天地央』が主人公だという。

 マジか……。


 そして深雪君が移植版の攻略対象者らしい。

 弟をBLにしたくないから僕から必死に遠ざけようとしていたそうだ。

 それでばい菌扱いか……納得したけどさ……。


「あの子のことは諦めてくれませんか? 私はあの子がBLにならないように今まで鍛えてきました」


 BL化を阻止するために筋肉の鎧を纏うという発想は正直に言うと意味が分からないが、この仕上がった逞しい肉体を見ているとそれだけ本気だということが分かる。

 白兎さんの想いを知った今は出来るだけ協力したいとは思うが……。


「あなたはあの子をどう思っているのですか?」

「……」


 白兎さんが知りたいのは『恋愛対象か』ということだろう。

『弟のような存在』と一瞬答えそうになったが、それだと『弟じゃない』と言ってくれた深雪君の気持ちを踏みにじるように思えた。

 それに……僕ももう弟だとは思っていない。

 答えられない、答えてしまって良いのか分からない。


「あなたの気持ちは本物ですか?」

「!?」


 白兎さんの言いたいことが分かってハッとした。

『そういうシナリオだから』

 僕の気持ちは本当に自分が思っていることなのか。

 BLゲームの世界だから自然とそういう風に導かれているのではないか、ということだろう。


「さっきの……病室でのあなたと深雪のやりとりを見ていました。……ゲームと同じでした」

「え……」

「あの子があなたを慕う気持ちも、あなたがあの子を気になるのもこの世界のせいかもしれません」

「………」

「諦めてください」


 白兎さんの話は説得力がある。

 僕の気持ちはこの世界のせいなのかもしれない。

 そんなはずはないと言いたいのに……何も言えない。


「返事をしてくれないのですね」

「……ごめん。もう少し時間が欲しい。受験の邪魔はしないから」


 今は頭が混乱している。

 白兎さんが同じ転生者だったこと、自分がシナリオ通りの行動をしていたこと。

 それに深雪君への気持ち。

 ここでそれら全てをハッキリさせるのは無理だ。


「……分かりました」


 納得はしていない様子だが猶予はくれるらしい。

 険しい顔をしているが、首を縦に振ってくれた。

 それを見ると少し安心した。

 良かった……後悔しないようにちゃんと納得出来る答えを出したい。


「同じ境遇だし、白兎さんとも仲良くなりたいな」

「断る」

「即答すんな!」


 話が一段落し、張り詰めていた空気が和やかなになっていたのにばっさり切りやがって。

 辛い。




 ※※※




 今日一日の授業が終わり、帰る身支度をした。

 身支度と言っても大して荷物があるわけではない。

 机の上の物を机の中に片付けるだけだ。


 放課後を告げるチャイムを聞きながら窓の外を見た。

 そこにはさっき教室で別れた楓がテニス部員に囲まれて部室に向かっている姿が見えた。

 まるでアイドルだな。

 深雪君が入って来たら同じように囲まれていそうだ。


「受験……受かるといいな」


 深雪君が華四季園に来なかったら嫌だ。

 一緒に過ごしたい。

 そうだ、受験のお守りを買いに行こう。

 思い立ったが吉日、今から行こうとスマホで調べた。


「おっ」


 調べ始めてすぐに凄く良い物を見つけた。

 決めた。


「深雪君にぴったりだ」

「何がですか?」

「!?」


 さっきまでは背後に誰もいなかったのにいつの間にか強大な気配が!

 この威圧感は振り返らなくても誰か分かる。


「別に何も……」

「深雪と言いましたね?」


 ゆっくり振り返ると白兎さんが無表情で座っている僕を見下ろしていた。


「合格祈願のお守りを買いに行こうかなと思って……。一緒に行く?」

「行きましょう」

「え……あ、うん」


 黙秘権を許さない威圧に負けて誘ったけどさ……行くのか。

 『行くな』と言われるよりマシか。




 早速お守りをゲットするべく白兎さんと教室を出た。

 少し遠いところなのであまり長居は出来そうにない。

 なるべく急ごう。

 並んで歩こうとしたが……どんなに歩く速度を調節しても距離をあけられてしまう。

 辛い。

 そんなに一緒に行くのが嫌か!

 だったら一人で行かせてくれよ!


 憤りながらも二人でバスに乗った。

 勿論座席は別……だったが無理矢理隣に座ってやった。


「……ちっ」

「今からここに行くんだよ。ほら、楽しみだなー! おみくじとかしちゃおうかなー!」


 目的地を表示したスマホを見せながら一方的にトークだ。

 喋っているのは僕だけだが『トーク』と言い張る!

 舌打ちなんて聞こえないぞ。


「あ、お菓子買ってくれば良かった。飲み物しか持ってないや。カフェオレだけど白兎さんも飲む?」

「BLがうつる」

「何か言ったかなあ!?」


 聞こえたからな!

 此処がバスの中、公共の場じゃなかったら理解を得ることが出来るまで問い正していただろう。


 バスに乗っている間はずっと話し掛けてやった。

 最後の方は目を閉じて瞑想していたが、眉間の皺が時折動いていたので鬱陶しいのを我慢していたのだと思う。

 ふはは。


 バスが止まると、僕を振り切る勢いで白兎さんは降りていった。

 慌ててその後を追いかけた。

 本当に置いて行く気かも!

 白兎さんはスタスタとこちらを気にする様子もなく突き進んで行くが――。


「一人になったら危ないよ!」


 どんどん離れていく白兎さんに後ろから声を掛けた。

 まだ暗くはないが、見知らぬ場所で一人になるなんてどんな危険があるか分からない。

 車や人の通りは多いが一本中の道に入ると静かでひと気が無く、物騒な感じもする。


「危ない? 何がですか?」

「不審者とか変質者とかいるかもしれないじゃん」

「そんな輩、迎撃出来ますが。私にとってはあなた以上の変質者はいません」

「おい」


 冗談を真顔で言うな。

 いや、冗談ではなくて本気で思っているな?

 泣くぞ?


「大体進む方向も違うから。前を歩くからついて来てよ」


 白兎さんが爆進し始めた方向は目的地の神社とは真逆だ。

 不思議そうな顔をしたので、道に出ていた神社への標識を指差した。


「……仕方ありませんね」


 渋々従うという空気が全身から出ている。

 進行方向が間違っているのに爆進する人が悪いのでは!?

 大人しくついて来てくれているが目を離すのは心配だ。

 強引に横に並び、車道側を僕が歩くことにした。

 嫌そうに離れようとしたが今は自由行動禁止だ。

 腕を掴んで横に留まるように頼んだ。


「車が多くて危ないから」

「迎撃出来ると言っているでしょう」

「戦艦かよ」


 車の方が逃げるべきか。

 そんな馬鹿な。


 兎に角、神社までの道は思いの外危険がありそうだ。

 注意しながら進むことにした。


 ここまで来ると神社まではあと少しだが……白兎さんと何を話したらいいだろう。

 共通の話題と言えば深雪君のことだが、僕の口から出して良い話題ではなさそうだ。


 深雪君、どうしているかな。

 体調はもう大丈夫なのだろうか。


「深雪、退院しました」

「! そっか。良かった」


 静寂に耐えきれなかったのか、白兎さんが口を開いた。

 いや、白兎さんは静寂なんて気にしないか。

 深雪君のBL化には反対しつつも、僕に気をつかってくれたのかもしれない。


「教えてくれてありがとう」

「……いえ」


 嬉しくなって笑顔を向けると、無表情で短い返事がきた。

 白兎さんらしいリアクションを見て更に和んだ。


「ここだよ」


 歩き始めた頃は少し気拙さを感じていたのに、気がつけば神社に辿り着いていた。


「小さいところなんだけど天神だから祭神が菅原道真だし、合格祈願にはちょうどいいだろ? それに深雪君にぴったりのイイ物みつけたんだよ」


 あれの写真を見てここにしようと即決した。

 実物を早く見たいし、白兎さんにも見せたい。

 境内を進み、目当てのものを探した。

 あ……あった!

 スマホで見た通りのものを見つけて嬉しくなり、思わず駆け寄った。


「ほら見て! 狛兎!」


 近くで見ると凄く可愛い。

 深雪君に通ずるキュートさがある。

 持って帰りたい!


「写真撮っておいて今度深雪君に見せよう」


 メッセージで送るより一緒に見ながら話したい。

 深雪君なら『可愛いです!』と天使の微笑みを浮かべてくれるはずだ。


「? 白兎さん?」


 視線を感じたので何かと思ったら、上手く撮れた写真を見て喜んでいる僕のことをジーっと見ている。


「……なんでもありません。というか境内を走るな」

「……。すいませんでした」


 ほっこりしている中に容赦ないご指摘ありがとうございます。

 そうだな、確かに神様の前で走り回ったらいけないな。


 お詫びも含め、ちゃんと参拝しようと拝殿に向かった。

 拝殿には深雪君と同じ受験生らしき姿がちらほらとあった。

 友達や親と一緒に来ているようだ。

 僕も深雪君と来たかった。


「よし、参拝したしお守りを買おう!」


 寂しさを散らすように声を張り上げたら……。


「うるさい」

「すいませんでした」


 また叱られてしまった。

 言っている途中から怒られそうだなって思ったけどさ……。


 お守りは拝殿から少し離れたところにある事務所のような小さな建物で売られていた。

 合格祈願だけでも種類が豊富にあって迷う。

 やっぱり兎の絵があるものがいいな。


「あ、合格祈願のお守りは白兎さんが買う? だったら僕は他のものにするけど」


 買う気満々でいたが、白兎さんの方が買ってあげたいと思っているかも。

 白兎さんが買うのなら同じ物は何個もいらないだろうから僕は他の物にする。

 健康祈願のお守りでもいいかな。


「いえ。あなたからの方が喜ぶでしょう。元々買うと言い始めたのもあなたです」

「え? いいの?」

「いいと言っているでしょう」


 BLがうつるからやめてくれ、と言われた方が自然なのにお許しが出て驚いた。

 だったら遠慮せずに買おう。


「これにしよう」


 紫の生地に雪兎の刺繍が入った可愛らしいお守りに一目惚れした。

 男子に渡すには可愛すぎるかもしれないが、雪兎が深雪君っぽくて気に入った。


「喜んでくれるかな」


 笑った顔が見たい。

 早く会いたい。

 深雪君のことばかり考えてしまう


「……帰ろうか」

「そうですね」


 神社に来てからあまり時間は経っていないが、明るい内に家に帰ることを想定したらそろそろバス停に向かった方がよさそうだ。

 一度通ったことで道を把握した白兎さんが前を歩き、ドンドン進み始めた。

 早く追いかけないと置いて行かれそうだ。


 前を行く逞しい背中では深雪君と同じ綺麗な銀髪が揺れている。

 ジーッと見ていると更に深雪君に会いたくて堪らなくなってきた。


 今深雪君は何をしているのだろう。

 塾かな。

 今日は休みで家にいるのかな。

 遠くからでもいいから、少しだけで良いから姿を見たいな。


 ああもう……これは気のせいなんかじゃないな。


「白兎さん!」


 神社から道路に繋がる砂利道を爆進している白兎さんを呼び止めた。


「はい?」


 離れていたから聞こえないかもしれないと思ったが、白兎さんが振り返った。

 周りには人がいないく、静かだったので声がよく通ったようだ。

 距離を詰めるために駆け寄り、顔を見合わせたところで伝えた。


「ごめん。僕、深雪君のことが好きだ」


 弟じゃないと言われた時、嬉しかった。

 深雪君が僕に好意を持ってくれていると分かった時に困ったのは、本当は自分の気持ちが分からないからじゃない。

 好きだけれど、どういう受け止め方をしたらいいか分からなかったからだ。

 ちゃんと考えると言って逃げたのだ。

 深雪君は前に進んだのに、僕は横に逸れるように逃げて……情けないな。


 でも、このまま逃げても……誤魔化していても辛くなるだけだ。

 僕も深雪君のように前に進もう……と思います。

 怖い、目の前の獣の静寂が恐ろしい。


「……」


 白兎さんはまた無表情のまま僕をジーッと見ている。

 大丈夫かな……僕、殺されないかな。


 反応を待っていると、白兎さんは小さく溜息を零してから口を開いた。


「……私は認めません。私のしたいことを勝手にします。だから……」


 そこまで言うと僕から目を反らし、背中を向けた。


「あなたも勝手にすればいいのではないでしょうか」

「白兎さん……」


 小さい呟きで聞き取り辛かったが確かに聞こえた。

 白兎さんなりの最大の譲歩、なのかな。

 認めては貰えないが、許して貰えたような気がして嬉しくなった。


「ありがとう……って待ってよ」


 お礼を言っている間にスタスタと歩き出してしまった白兎さんを追いかけた。

 置いてきぼりの連続だが来た時よりも気持ちは軽くなっている。

 来て良かったな。




 ※※※




 翌日の放課後。

 早速深雪くんと話をするべく中学校の門の前で待ち構えた。

 通り過ぎて行く一年生は小さくて可愛い。

 まだランドセルを背負っても似合いそうな子もいる。

 和むなあ。

 ニヤニヤしていると変質者として通報されそうだ。

 気をつけよう。


 少し待っていると澄んだ空気を纏った美少年が姿を現した。

 他の生徒から浮いて見える。


「深雪君」


 声を掛けるとすぐに目が合った。

 軽く手を振ると深雪君の表情がパーッと明るく輝いた。


「あきらさん!」


 名前を呼びながらすぐに駆け寄って来てくれた。

 飛びついて来そうな勢いだ。

 僕が待っていたことを喜んでくれていることが分かる。

 ギュッと抱きしめたい衝動に駆られたがここは人の目がありすぎる。


「いつものところに行ってもいい?」

「はい! もちろん!」


 笑顔の深雪君を連れ、ゆっくり話をするために移動することにした。




「ここに来るのはなんだか久しぶりに感じますね」

「そうだな」


 ここは中学校から少し歩いた先にある公園でよく二人で来ていた。

 滅多に人がいなくて静かでいい。

 前回来たのはそんなに昔のことではないのに懐かしく感じてしまう。

 いつものようにブランコに座って並んだ。


「会いに来てくれましたね」

「約束したからね」


 『会いたかったから』と素直には言えず誤魔化してしまった。

 誤魔化すのはやめようと決めたはずなのに……駄目だな。


「これ、渡そうと思って。合格祈願のお守り」

「え? わあ……可愛い!」


 始めは驚いていたが、手渡すと想像通りの笑顔を見せてくれた。

 そうだ、写真も見せよう。


「ほら、こんなのがあったんだ。珍しいだろ?」

「兎だ! 凄い!」

「これを見つけたからここでお守りを買おうと決めたんだ。兎だし、深雪君に合うと思って」

「あきらさん……」


 お守りを眺めて嬉しそうにしていた深雪君だったが、少しの沈黙の後表情が暗くなった。

 俯いてブランコを微かに揺らしている。

 どこか不安げな顔だ。

 どうしたのだろう。

 もしかして……。


 僕が深雪君のことをどう思っているか。

 その話をするつもりなのを悟っているのかもしれない。


「深雪君」

「! はい」

「……。緊張してる?」

「はい……」


 僕も自分の気持ちを話そうとしているから緊張しているが、あからさまに緊張している深雪君を見ていると面白くてリラックス出来た。

 可愛いなあ。


「好きだよ」


 口からスッと言葉が出た。

 案外あっさり言えるものだな。

 横のブランコを見ると、大きく見開かれた目がこちらに向けられていた。

 余程驚いて居るのか、美少年らしからぬ少し間抜けな表情だ。

 大丈夫かな、ちゃんと伝わったのだろうか。


「深雪君のことが好きだよ」

「それは……おれと同じ意味ですか?」

「うん」


 念のためにもう一度言葉にすると今度は反応があった。

 僕の意思もちゃんと伝わったらしい。

『うん』と返事をした瞬間に深雪君は勢いよく立ち上がった。

 表情は心細そうな笑顔だ。

 嬉しいけれど信じて良いのか、そう戸惑っているように見える。

『嘘じゃないよ』と笑ってみせると少しずつ顔の曇りが晴れてきた。


「あきらさん!」

「でもね」


 泣きそうな笑顔を浮かべ、こちらに一歩踏み出してくるのが見えたので慌てて言葉を続けた。

 まだ全てを伝え切れていない。


「受験が終わるまではやっぱり会わないようにしようと思うんだ」

「!? ……どうしてですか」

「邪魔をしたくないし……深雪君はまだ中学生だしね」


 自分も一年前は中学生だったが、現役の中学生と交際というのはどうも不健全な気がしてしまう。

 前世では何歳まで生きたか覚えていないが成人はしていた。

 そういうところの倫理観が残っているのかもしれない。


 それに受験に集中して欲しい。

 受験まであと約三ヶ月、ラストスパートの大切な時期だ。

 一年丸々待つわけじゃないし、きっとあっという間だ。

 頑張って絶対に受かって欲しい。


 ブランコから立ち上がり、深雪君に近づいた。

 俯いている顔を覗き込むと納得していない表情をしていた。

 拗ねた子供のようだ。

 久しぶりに頭にポンと手を乗せると、いつかの時のように腕を掴まれた。

 何も言わないが、言いたいことを我慢しているのか掴んでいる手に力が入っている。


「華四季園に来て。待っているから」


 手を解き、あやすように正面から抱きしめた。


「……ッ」


 言葉にならない声が聞こえた。

 すぐ近くにある顔の表情は見えないが泣いているのかもしれない。

 僕も辛いが泣くわけにはいかない。

 抱きしめている腕に力を入れて堪えた。


「絶対受かってくれよ?」

「……はい」


 どうやら観念してくれたようだ。

 すっきりとした笑顔では無かったけれど頷き、深雪も抱きしめ返してくれた。

 大丈夫、少しの我慢だ。

 春になったら一緒に笑っていられるだろう。




 ※※※




 深雪君と公園で別れてから暫く立った。

 あれから会うことはいていないがメッセージのやり取りは続けている。

 頻繁にしていると会いたい気持ちが強くなるし、途絶えると不安になってしまう。

 この状況を望んだのは僕だが困ったものだ。


 白兎さんとは少し打ち解けてきた。

 時々ばい菌扱いを入れてくるが、鋭い視線や刺々しいオーラは無くなってきた。

 気軽に話すことが出来るので時折深雪君の様子を聞いたりしている。


 『入学まで待つ』というのはゲーム通りなのかは聞いていない。

 ゲームのシナリオについては聞かないことにした。


 楓には深雪君が好きだと話した。

 暫くロリコン扱いをされたが『お前と大差ない!』と返し続けた結果、今は言わなくなった。

 部活の方に力を入れているようで、僕と放課後遊びに行くということも殆ど無くなった。


 時の流れが去年よりも何倍も遅い。

 カレンダーを睨む日々が続く。

 三ヶ月ってこんなに長かったか?

 あっという間だなんて言ったのは誰だ!? ……僕か。

 町中でも受験生らしき姿を見つけると深雪君を探してしまう。


 そんな落ち着かない毎日を送っていたが、遂に――。


「やっとだよ。長かった……」


 待ちに待った日が訪れた。

 今日は合格発表がある。

 朝からスマホが鳴る度にドキドキしていたが……。


「……良かった」


 深雪君から『合格した』と連絡があった。




 ※※※




 待ち合わせたのはあの公園だ。

 走り出したい気持ちを抑えながら向かった。

 本当は全力疾走したいくらいだが、ここは年上の余裕を見せなければ。


 人のいない寂しい公園の中を進むとブランコが見えてきた。

 一つが誰か乗っているのか揺れている。

 誰か、というか深雪君だと思う。

 また走り出したくなったが我慢だ。


 ポケットに手を突っ込んでゆっくりと近づく。

 ブランコに乗っている後ろ姿が見えてきた。

 綺麗な銀髪が見えて顔の筋肉が緩みそうになったがこれも我慢だ。


 普通に声を掛けても耳に届く距離まで近づいた。

 名前を呼ぼうか。

 でも妙に緊張する。

 黙って隣のブランコに座るか。


 深雪君は私服だった。

 見たことのない黒のコートを着ている。

 見慣れない服装を見て、離れていた時間を実感した。

 といって約三ヶ月だけなのだが。


「あ」


 ブランコに座る前、深雪君の五メートル程後ろの時点で気づかれた。

 気配を感じたようで深雪君が振り返った。


「あきらさん……」

「久しぶり」


 ブランコから降りて僕に向かい合った深雪君にぎこちなく微笑んだ。

 前なら『会いたかった-!』とお互いに飛びついていたところだが今は違う。

 照れくさいのか恥ずかしいのかよく分からないがあまり直視出来ない。


「合格おめでとう」

「ありがとうございます」

「「……」」


 なんだろう……この距離。

 向こうも近づいて来ないし僕も動けない。

 前はどんな感じでどんな話をしていたっけ。


「背、伸びた? 大きくなったね」


 とても長い時間に感じてはいたけれど、実際にはそれほど長期間ではない。

 なのに深雪君に変化があった。

 背は明らかに伸びているし、前よりも大人びていて綺麗だ。

 幼さが抜けた分色気が出たというか……。

 中学生から高校生に変化した、という感じだ。

 背も雛と同じくらいだったのに今では楓と同じか少し上、僕よりは低いがこの勢いだと追い越されそうで困る。


「はい。一気に伸びました。体が大きくなったのが良かったのか体調も前ほど崩れなくなりました。今は毎朝ジョギングをしているんです」

「凄いじゃん」


 体の事も心配だった。

 丈夫になったなら凄く嬉しい。

 ウォーキングの必要がなくなったのが寂しいが……。


「あきらさん」


 深雪君の変化が妙に寂しくて俯いているといつのまにか目の前に黒いコートが。

 顔を上げると深雪君と目が合った。

 宝石の様な赤い目は切なげに揺れていてドキリとしてしまった。


「……ご褒美をください」

「えっ?」


 真剣な表情で詰め寄られ、思わず後ろに一歩下がってしまったのだがすぐに捕まってしまった。

 綺麗な銀髪が僕の顔のすぐ近くにある。

 正面からギュッと深雪君に抱きしめられている。


「会いたかった……」


 想いの詰まったような呟きがすぐ近くで聞こえた。

 同時に僕を捕まえている腕の力も強くなった。

 力一杯抱きしめているのか痛いくらいだ。


 ……でも、少し安心した。

 この甘えん坊な感じが深雪君だ。

 腕ごと抑えられているので抱きしめ返すことは出来ないが、深雪君が飽きるまで動かずにこうしていよう。


「もう……我慢しなくてもいいんですよね」

「入学式はまだだけどな」


『華四季園で待っている』と言ったので、入学をしていない今は正確にいうとフライングかな。


「受かったんだからいいじゃないですか。本当は試験が終わった後すぐに会いたかったんですよ?」


 密着している状態でクスリと笑われるとくすぐったかった。

 そろそろ離して欲しいと顔を下げると深雪君と目が合った。

 この距離で見つめ合うのは照れてしまうし話し辛い。


「もうちょっと離れて……」

「ご褒美、もう一つ欲しいな」


 僕の言葉を遮るように呟くと少し離れた。

 抱きしめていた腕も解かれたが、すぐに両手が僕の腕を掴んだ。

 どうしたのだと見ていると、僕の視界は近づいて来た深雪君の顔で埋め尽くされ――。


「……!?」


 唇に一瞬だけ何かが触れた。

 それは恐らく深雪君の同じ物で……


「……背が伸びたからし易くなりました。来年には追い越しちゃうかも」


 今度こそ体を離した深雪君が照れを隠すようににこりと笑った。


「……それは困る」


 どうしよう、多分顔が赤くなっている。

 赤面しているのを見られるのも恥ずかしいし、するよりされてしまうなんて年上の威厳が! なんて下らないことを考えているが誤魔化さなければ!

 あ、いや、誤魔化すのは止めるんだった……ってこれはいいか。


「あはは」

「……何笑ってるんだよ」

「あきらさんが可愛いなって……怒らないでくださいよ」


 ちょっと大きくなったからって調子に乗っているな!?

 まだ負けていないからな!

 僕だってまだ成長過程だ!


 突き放すと笑いながらすぐにまた纏わり付いてきた。

 全く……幸せだな。


 BLゲームの世界で主人公の弟に転生しましたが、僕も兄と同じ運命を辿りそうです。




「天地君、一つアドバイスをあげましょう」

「ん?」

「今のうちに優位を満喫しておいてください。あなたは将来……受けになります」

「!? ちょっと……ちょっと待ってよ! 何その予言!! 白兎さん!?」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 央さんが受けの深雪君ルートがめちゃくちゃ気になります。
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