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深遠に在る呟き  作者: 望月あさら
■ 終 ■
41/42

終-1

「いいいいいいいいいいいったいっ。いたいいたいっ。もっと上手に取れないのかよっ」

「うるっせぇなぁ。静かに治療を受けようっていう気にはなれないのか?」

「俺だってね、静かにしていたいとは思うよ。けどっ。痛いのっ。もっと痛くなく布、取れるでしょ!?」

「仕方ねえだろ、かさぶたがこびり付いてるんだから」

「えっ、かさぶた取ってるのか!? 血が出ちゃうじゃないか!」

「まとめてふさいでやる! 俺の腕を信じろ!」

 ――『六大陸世界』。家屋敷。

 その建物内の陽の射すリビングルームに、彼らはいた。

 野村真士と下原哲平が帰ってきたのはつい先程、昼すぎのこと。

 全身に包帯を巻き付け汚れきった姿で帰って来、家屋敷の住人である小山薫と宍戸瞳子を驚かせたまま、何も二人には告げずに真士と哲平が真っ先にしたことは、電話、だった。

 二人がかけた先は橋本家。電話に出たのは橋本愛理。

 しかし、用があったのは愛理ではなかった。二人は愛理に頼みごとをしたのだ。

「どうせあいつは部活だろ? 傷だらけの英雄二人がお前からのねぎらいを待っていると伝えて、ひっぱってきてくれないか?」

 その言葉を受けた愛理に連れられ家屋敷に登場したのは部活動中だった松山潤。

 そして今、一番ひどかった真士の右肩の治療を終えた潤は、哲平の全身の切傷の治療に当たっているのだが、これがまた騒がしく行なわれているのである。

「きれいに傷跡まで消してくれよ。俺のこの美しい体に傷跡が残ったら嫌でしょ」

「美しいかよ……」

「美しいじゃん! 肌がこんなに美しいじゃん! 筋肉のつき方が美しいじゃんっっ!」

「……はいはい」

 潤は気のない返事でその場を収拾すると、哲平の腕の傷の上に右手をかざした。右手が淡く光り、傷はみるみる癒えていく。

「――で、最後はその、自称『精霊使い』が相手ってこと?」

 哲平と潤が二人で盛り上がっている中、すでに治療を終えた真士は、女性陣と今回自分たちが出くわした事件についての話をしていた。

「そう。全く最悪もいいとこだったなー。『精霊使い』の信頼、大暴落だろ? しかも俺たち巻き込んでさ、町の人間巻き込んでさ。最終的には死んだ奴、出ちまったし。あれからあいつがどうしているかは知らないけど、知りたくもないけど、とにかく、もう会いたかないね」

 口を尖らして真士は話す。

 話をしながらも右肩に手をあてているのはまだ傷跡がしっくりきていないからだ。

「本当に嫌いなんだな」

 呆れ果てたような口調で言ったのは薫だった。

 愛理と瞳子が見せる表情も同じ感想のものである。

「気持ち悪い事件だったよ。せっかくならもっとすかっとするようなやつがよかったけどな」

「……すかっとって……『魔』がらみでそんなの、ある?」

「もっと純粋に『魔』をやっている奴相手とかさ」

「それはそれで嫌だと思うけどなぁ……」

 愛理が呟く。

 確かにそれはそれで嫌なことにはかわりがないのだろうが、真士にしてみれば今回ほど気分の悪い事件はないと思っている。

「でもまあ、とりあえずこれで真士くんと哲平くんにも『司』までの道が開けたわけね」

 口を尖らせたままの真士に向かってそう言ったのは瞳子だった。彼女は顔にすがすがしい笑みを浮かべた。が、真士はそれに素直に応えられない。

「…………」

 そのため、沈黙したまま瞳子にじっと視線を向けてしまった。瞳子が「何?」といった顔をするので、小さく溜め息をつくと軽く首を横に振った。

「『司』、ねぇ……」

 呟くと、まだ潤と大声で言い合いながら治療を受けている哲平に目を向けた。

 彼は本当に、今でも『司』になったら『力』を名乗るつもりなのか。

「……なあ。『司』になったらさ、なんて名にするか、考えたか?」

 とりあえず女性陣三人に尋ねてみる。

 その反応は、三者三様。

 薫は、

「私は『知恵』だ。先生と同じく、な」

 瞳子は、

「まあ、それなりに、ね」

 愛理は、

「ぼちぼちとは……うん。でも決定かなぁ」

 と返してくる。

「潤。お前さ、『司』になったらなんて名にするか考えたか?」

 次に真士はまだ哲平の傷の治療をている潤に話をふった。

「名前? ああ、決めてるぜ。だって俺の場合、あれしかないだろ? ――こら、哲平! 動くなよっ」

「なんだよぉ。ちょっと体捻っただけじゃないかー。……なあ、潤。お前筋肉痛も治せる?」

「……治せねぇよ……」

 結局、四人から帰ってきた反応はどれも真士の求めているものと違った。

 誰も彼も、大して名前では悩んでいないようだ。現段階で、少なくとも当たりぐらいはついているらしい。

 けれど、真士は……、

「それで、真士は決めたの?」

 逆に愛理が尋ねてきた。

 真士はとっさに言葉を出せない。

「まだ決めてないの? 私はてっきり、真士はフィロス・リオンと同じ『水』にすると思ったんだけど」

 そんなことを言ってのけてくれるのは瞳子だ。それに対しては不快極まりなかったりする。

「冗談だろ? 誰があいつと同じ名前にするかよ」

 言い切ったそこに、しかしもう一人のリオンの弟子は予言してくれるのだ。

「でもさー、全然何も候補なかったら、そこに落ち着くんじゃないのー? 現に真士、『水の精霊』得意だしさー」

「……冗談……」

 否定する声が小さくなってしまった。

 これは必死になって考えないと、本当にそうなりかねないと自らも思ってしまったから。

 そうなったら、ここまで突っ張っている以上……格好がつかない。

「じゃあ哲平はどうするんだよ」

 矛先を変えてくれたのは潤だった。

 まだ彼の右手はフル活動中である。

「俺? 俺はねー、『力』なの」

「力? 『力の司』?」

「そ。『力』。それだけが取り柄だからねー」

「…………」

 こいつは懲りていないのか分かっていないのかなんなのか。

 哲平の返事を聞いて真士は呆れ返ってしまった。

 今回の事件に何も学んでいないというのだろうか。何一つ事情が飲み込めなかったというのだろうか。教訓という言葉を知らないのだろうか。

 今となってもまだ、力、と叫ぶなんて――。

「それに、自分を戒めるためにも、『力』、ね」

 戒めのために。

 『力』という名を自らに付ける。

「――――」

 哲平の目は笑っている。

 自分を見てはいないが、自信にあふれた顔をしてる。

 決意、なのだろうか。

 そのあらわれ、なのだろうか。

 哲平は明快に答えを示さない。

「サンキュ、潤。おーおー、綺麗に治してくれてうれしいよ、うんうん」

「当たり前だろ? だから俺の腕を信じろって言ったろ?」

「さすがですわ、潤様。ワタクシ、惚れなおしてしまいましたわあ」

「へいへい、ありがとう」

「やあだぁ、つれない返事ですコトっ」

 へいへいと口にしながら潤は辺りに散らばった血の付いた布や包帯を片付けている。

 哲平は一通りのおふざけを終わらせると、まだ馴染みはしない、傷のあった体を色々と動かす。そして最後にうーんと上に向かって伸びをして徐に立ち上がった。

「では、みなさん。俺はもう帰るです」

「帰る? 早いな」

「そう。なんとですねー、今また両親がリル=ウォークに帰ってきているとかなので、残りの一週間の夏休みは三大で過ごそうかと」

「残りの一週間を三大で過ごすって……哲平、夏休みの宿題終わらせてるの?」

 愛理の核心をついた疑問。

 彼はそれに対し、

「うははははははははは。それでは皆の衆、さらばだーっ」

 と、ストレートに誤魔化して、去っていく。

 その場の五人は言葉なくそれを見送るだけだった。

「……俺も帰るわ」

 真士も立つ。

「やっぱり宿題やってないの?」

「…………」

 確かにやってはいない。だが、真士がすぐ帰ろうと思ったのには他の所に訳がある。

「俺が無事帰った時には鯛、だからさ。もう帰るよ」

「鯛?」

「母さん帰り遅くなるから、自分で買いにいかなきゃいけないんだよなぁ……」

「鯛?」

「鯛?」

「鯛?」

「じゃあ、またな」

 四人が口々に鯛鯛と呟いている間に真士はリビングを出た。

 ゆっくりと自分のペースで歩み、家屋敷も出る。

 傾いた陽が、家屋敷を取り囲む緑を鮮やかに赤色に染めていた。

 空気も涼しさを増し、心地いい。

 足を止める。

 夏の風が肌を撫でていく。

 虫の声が耳に触れる。

 そんな中、夕焼けの空を、頭上を、見上げた。

「今日は、鯛」

 もう一度そう小さく口にすると、真士は再び歩きだすのだ。





*  *  *  *  *





「絶対者になりたいから『司』になろうとしているわけじゃない、ねぇ……」

 『三大陸世界』。土の大陸の都市、リル=ウォークの王宮内。

 その、ある一つの小ぢんまりとした緑と水のあふれる美しい中庭に、三人の『司』はいた。

 一年中さんさんと降り注ぐ陽射しの下、ちょうど建物の陰になるところに小さな机を置き、その周りに椅子を並べて座っている。机の上には木の板とそこに並べられるのは角張った木の駒。

 これは有喜手製の将棋である。

 そして今、リオン・ビィノとヌース・マイレスが会話をしつつも対戦していた。

 それを脇で口を挟みながら眺めているのはフィル・ユイカ。

「『司』という肩書きにはそれほどのこだわりがない、といったところなのかな」

 フィルの言葉に応えたのはゲーム中のヌースである。彼女もまた、薫ほどではないが普段から堅い言葉を使っていた。

「さあね。あいつらの中でどういう経緯があってどう思ったから『司』になろうと決心したのかは俺も知らないからな。何を考えているか、そこまでは分からんよ」

 次に口を開いたのはやはりゲーム中のリオンだ。彼は弟子二人を引き連れた旅から昨日帰ってきたばかりである。

「確かにね。何で弟子たちが『司』になろうと決心したかなんて、詳しくは誰も知らないんでしょうね。今の子達は私たちみたいに必要に迫られたってわけではないのに、どうして『司』になろうと決心したかって……まあ、何かがあったから、何だろうけど」

「そう言われれば、私たちが把握しているところというのは朧気だな。もしかすると、私たちはひどく曖昧なものを信じて彼らを弟子にしたのかもしれないな」

「実力は確かだわ」

「目付きも嘘じゃなかったと思うが……」

 ヌースの言葉に二人の『司』が咄嗟に応えた。ヌース自身は淡々としている。

「現に今いる奴らを見て、『司』に不適当な奴はいないと私も思うさ。『精霊』が直感を与えてくれたのかもしれないし。それに、私は『司』という肩書きに一番こだわっていないのが、今回の二人だったと思うよ」

「そうね。確かにそうよね。あの二人よか、私の弟子の方がはるかに『司』っていう肩書きにはこだわっているでしょうね」

「私の弟子たちもある意味こだわっているだろうな。『司』という肩書きがもたらすものに対して、の方が正しいかもしれないが」

「そう言った意味では『司』そのものに一番こだわるのはクァロだったり瞳子だったり」

「そうだな。愛理も潤もそこまでは『司』という肩書き自体を欲しがるわけではないだろうが、今回の二人に比べたら、まだ……」

 そこでフィルの視線がリオンをとらえた。彼が視点の定まらないような目で口を閉ざしてしまっているのだ。

 これは、彼が何かを思い悩んでしまったときの姿だ。

「リオン? 何か悩んでる?」

 静かに声をかけた。すると彼は溜め息と共に答えてくれる。

「……いや。『司』という肩書きにこだわらない、か……。俺はどちらかといえばこだわったからな。あいつら、今何を求めているんだろうと思って……」

「――実力、なんじゃないの?」

「実力?」

「私にはそう見えたけど」

「結局、力か……」

「力がどうかしたのか?」

 フィルの返事に落胆の色を隠せないリオン。それにヌースが疑問を持った。フィルにしてみれば二人のそれぞれの反応が分からないでもない。

「ヌースには分からないでしょうけど、私も今回の一件を見ているからそう言いたくなるのは理解できるけど、あの男の場合は屈折しすぎていたわよ。大丈夫よ。あの子たちはああはならないわ。だって、あの子たちには理解して導いてあげられる人がいるんですもの」

「理解して導いてあげられる人……?」

 リオンが引っ掛かった。

 今、彼なりに一生懸命頭の中で色々な人の顔を思い出しているはずだ。

 そんな表情を見て、フィルの顔は思わず笑ってしまう。ヌースと共に楽しんでやろうとする。

「ねえ、ヌース」

「理解者がいるかいないかは、重要なところだな」

 ヌースも笑った。

「理解して導いてあげられる人……?」

「今はどうやら反抗期真っ盛りで、その人に対してあの子たちも素直になれないところが多いらしいけど」

「理解して導いてあげられる人……?」

 リオンの表情は全く変わらない。

「この鈍感さと不器用さをあいつらは充分分かっていることだしな。見ていて飽きない師弟だよ、あんたたちは。――ところで、リオン」

「……ん?」

「王手だ」

 その一言で、思い悩んでいたリオンがふっとんでいってしまった。

 彼は目の前の将棋盤に目を落す。今まで彼は何を考えて駒をうっていたのだろう。全く彼には見覚えのない手がそこにはあるようだった。

「――――。あ……あれー!?」

 文字通り、目を白黒させているのだ。

「リオン、金を取られたこと、気付いてた?」

「あれぇ?」

 そんな男の前で、女二人は興味深く呟いてしまう。

「……相変わらず不器用だな……」

「……相変わらず不器用ね……」




 ――こうして時は過ぎていく。

 彼らの弟子たちは経験を重ね、成長を続ける。

 師の知らない場所でも彼らは着実に歩んでいくのだ。

 しかしどうやらとりあえず、彼らの師には、今、そんな所にまで気を回す余裕はないようであった。



「……いつの間に、金……」




 夏の陽は、当たり前のように彼らの頭上で輝いていた。




異空間の司  若葉の章2

深遠に在る呟き ―― 完

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