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「へえ。さすがじゃん、真士。やるじゃねぇかよ。俺の喝が効いたかね」
今、真士が一際強い光を纏っていた『魔』を見事『浄化』した。
それ自体は良かった。一つの憂いがなくなったのだから。
しかし実際の問題として、哲平の置かれている状況には何ら変化はなかった。
真士は『魔』を『浄化』したといっても自身もかなり傷を負い、もう満足に動けなどしない。出血の様子からして、無理に動いてもらったとしても、いくらも意識は保たず、下手をすれば死にも直面するのだろう。
ということはつまり、必然的に哲平が一人で目前の『魔』六人を相手にしないといけないということだ。しかも背中には百人以上の人間を背負っている。
その状況は、変わってなどいない。
「さぁて。本当に、どうしたものかな」
先程と同じことを口にして、哲平は湿った舌で渇いた唇を舐める。頭の中では苦手ながらもどうにかして作戦を組み立てていこうとする。
しかし哲平には作戦を組み立てるより先に、一つやることがあった。それに気付き、彼は体勢を変えた。
それぞれの位置から哲平に向かってくる六人の『魔』。それらを全て抱き抱えんとするように両腕を開き、彼は自らの名を唱えるのだ。
「わが名はゾフィー。我が名を刻印す『炎の精霊』よ、わが声をきけ!」
途端、哲平の身体前面から炎が吹き出す。 それらが勢いを増し、『結界』を飛び出し、六人の『魔』に襲いかかっていく。
炎は弱く一瞬にして『魔』の力の前で弾かれてしまった。
だが、これを哲平は結果が見えていたとしてもわざわざしなければならなかった。どんなに弱い『精霊』の力であってもそれを『魔』にぶつけ、彼らにまだ脅威となる『精霊使い』がすぐそこにいることを強く知らしめなければならなかった。
そうしなければ、彼らは動けない真士を襲ったかもしれない。自分たちより強い力を持つ眷属を排除した真士。彼を先に喰らいにいったかもしれない。
避けなければならない。動けない真士のために彼らの目を自分に集めなければならない。
六人同時に自分に襲いかかってくるとしても、受けとめ、排除しなければならないのだ。
それが、自分の役目。
果たさなければならない役割。
真士は期待に見事応えてくれた。可能性を見せてくれた。
だから今度は自分の番だ。
自分が言葉だけではなく結果を見せてやらなければならないのだ。
「……そうだろうよ、真士」
六人の『魔』は哲平の出方をうかがうかのようにほぼ等間隔で横一直線にならび、ゆっくりと歩み寄ってきていた。
かといって、全員がただやって来るわけではない。距離を縮めながら風や水を『結界』に放ってくる奴らもいる。
断続的に風や水をぶつけられても簡単に『結界』が破られることはない。が同時に、『精霊』を操ることが決して得意とは言えない哲平からもほとんど手出しできないのも事実だ。
「……持久戦だったり、するわけかい?」
右手の剣の柄を握り直しぼそりと呟いて、口端を吊り上げてみる。額から拭きだした汗が頬と顎を通過して地面に落ちていく。
「苦戦しているようだな。援護しようか?」
そんな時に、右手側の森の中から聞き慣れた声が聞こえてきた。
顔を向けると月明かりの下、本来いるはずのない彼がいた。
その姿を認めても哲平は驚きなどしない。先程真士に手を貸した人間がいるのを哲平も知っているからだ。
彼にはやはり思惑があった、ただそれだけのこと。
「……ふざけるなよ。絶対に手出しするんじゃねぇぞ、リオン」
毅然とした態度で言ってやるつもりだった。なのに声はわずかに波打つ。
「判断はお前に任せる。お前も立派な『両有者』だからな」
リオンが穏やかに告げていた。
真っすぐに哲平の顔を見て、言った。
彼はいつもそうする。
根本が不器用なためにあまりにも態度はそっけないが、向ける目が他の誰のものとも違うのだ。
彼の目は全てのことを語るのだ。
「…………」
哲平は視線を六人の『魔』に戻す。
もう一度、剣を握り締める。
「――リオン」
全部一人でやりたい。
守ることも攻めることも、同時に為せたらいい。
それを可能にするだけの力が欲しい。
実力が欲しい。
だけど、今自分はそれを為すほどの力を持っていない。
認めたくなどなかった。限界を見たくなかった。いつも可能性を追っていたかった。自分なら出来ると、そう信じていたかった。
けれど、だけど。
無理なものは無理。
自分がここで意地を張っても守るべき人達に被害が及ぶのは目に見えている。
それが真実。
しかしそれは決して可能性を打ち消すものじゃない。
現状でしかない。
自分はもっと高みに行ける。
そう信じることは……そう信じることが、正解のはず。
「『魔』は全部俺が『浄化』する。だから、この人達の保護、それだけ、頼む」
リオンが『結界』を張った。
哲平は彼の『結界』から出る。自分の体を包む『結界』に張りなおす。
そして、銀に輝く剣を両手でつかみ、六人の『魔』に向かって叫ぶのだ。
「お前等は俺が『浄化』してやる!」