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深遠に在る呟き  作者: 望月あさら
■ 2 ■
16/42

2-7

 船内は予想以上に涼しかった。

 なんでこんなに過ごしやすい場所をやすやすと師匠に譲っていたのかと思うと悔しくなるぐらいに。

「おーい。海水なんかぶっかけるから、体べとついて気持ち悪いじゃないかよお」

 板張の床に厚手の布を一枚敷いただけの所に横たわる真士の隣で哲平が体を撫でくりまわし、ぶつぶつさっきから文句をいっている。

 つまり真士に抗議をしているのだろうが、真士は仰向けになって低い天井に視線を固定させたまま、哲平の相手をしようとはしない。

「うげー。気持ち悪いー。ほら、首のところなんか。ただでさえ汗かいてたのにさー。うにょうにょしてる」

 哲平が首元に手を当てぺたぺた音まで出しはじめた。本人はこれ以上ないというほど嫌そうな顔をしてみせるが、訴えかけたい相手には何も伝わっていないようだ。

 真士の目は虚ろに天井をとらえたまま。

「なんとかならないのかよ、これ。お前のせいだからなー、分かっているのかぁ?」

「……なあ、哲平」

 やはり哲平の文句に耳をかさないで、しかし真士は口を開いていた。哲平はその真士にただならぬ雰囲気を感じて手の動きを止める。

「何?」

 まだ真士は天井を見ている。

「お前、『司』になったら、力、名乗るのか?」

 それは先ほどリオンに告げたことであった。

 ――『司』が名乗る名、それは、自身で決定し、名乗ることができる。例えば、リオン・ビイノは『水の司』。松山有喜は『霧の司』。橋本美央は『花の司』。宍戸律子ことリーツェ・ラヴィスは『創造の司』。

 それらの、「水」「霧」「花」「創造」の部分を自分で決めることができるのだ。

 名の由来は様々であるが、多く見られるのが一番力の発揮できる『精霊』の種類、自らが思う自らの印象、心に刻むべき語、である。

 そしてもちろん、次代の『司』を担う『司』候補生の真士と哲平も、『司』に任命された折には名を決めなければならない。

 それを哲平は「力」にするというのだ。

 『力の司』になる、と。

「――うん。そうだけど。……力にしようと思ってるんだけど……変か?」

 真士のただならぬ雰囲気。それに哲平は戸惑っているようだった。手を首元に当てたまま、特に動きもしない。

「……いや。いいんじゃないか」

 感動も何もない声が広がった。

 哲平は一層戸惑いつつも、健気に事態の打開を図る。

「真士は? 何か、考えているか?」

「…………」

 応答しない。

 してもよかったはずだ。「まだ決めていない」、と。本心全てを語るのではなく、それだけでも答えてよかったはずだ。

 なのに、それすら真士は口にしない。

「…………」

 だから哲平まで黙ってしまう。言葉に困ってしまう。居心地悪そうにしてしまう。

 沈黙を保ったまま暫らく時は過ぎた。

 実際はいくばくも経っていないのだろう。だが、もともと堪え性のない真士と哲平だ。二人ともその微妙な静寂に耐えられはしない。

 まず、哲平が動いた。

「やっぱさ、体気持ち悪いから、タオルを水に浸して拭いてくるよ」

 立ち上がろうとした。が、真士はすかさずそれを阻んだ。

「ペンダント……凄かったよな」

 突然、口にする。

 今回初めて使用したペンダント。出発前、今回の任務と共に与えられたペンダント。自らの力を増幅させてくれるもの。

「……ああ。そうだな。自分の力、すっげぇ増すのな。『司』ってさ、これよりもっと凄いやつ持ってるんだよな。それ使ったらどんな感じするんだろうなぁ」

 律儀にも哲平はそれに付き合う。

 真士は仰向けになったまま言葉を紡ぐ。

「――これ、さ、一年前の俺らだったら使いこなせなかったよな」

 一年前の自分たち。

 当時は自分の成長に満足していたはずだった。大人に着実に近付いている自分にほれぼれしていたのだ。

 けれど、

「……ああ、そうかもな。制御きかなかったかもな」

 実際は違った。

 練習用であるペンダント一つ、満足に操れない存在だったのだ。

「愛理……」

 瞼にうつるのは、同い年の長い黒髪の少女。

「え?」

「あいつ……朱鳥の剣、正式に保有したってな」

 朱鳥の剣――伝説の剣。

「……らしいな」

「……どんな感じ、するんだろうな」

 数十年に一人、操れる者があるかどうかという、剣。

「あの四人ってさ、どうやってこの間の『魔』と戦ったんだろうな。どんな気持ちだったんだろうな……」

 自分たちより先に試験をクリアした仲間たち。彼らのことを思う。

 力は、そう自分や哲平とかわらないはず。ただ、共に戦う仲間の数と敵が違うだけで。

 その彼らはどうしたのだろう。

 どのように『魔』を排除したのだろう。どんな気持ちで『魔』に対したのだろう。

 一体どうやって……。

「――真士――」

 困惑を顕にした声が横から聞こえてきた。

 真士はそれに答えない。

 しかし、彼は、哲平は容赦なく言葉を続けるのだ。

「お前、さ。実は俺よりバカでした、とかいう落ち、やめろよ」

 言われて、考える。

 その落ちのどこがおもしろいのか。

「……自分がバカって、自覚あるのかよ」

 揚げ足を取ってみる。おもしろくないから。

 すると。

「全くないよりましだろ?」

 ぬけぬけとそんなことを言われた。どうしていつもそうやって自分のことですら言い切れてしまうのか、真士には分からない。

 だが哲平はやはり、とぼけたような口調になってまでも、自分に告げてくれるのだ。

「だってさ、俺がこーんなそばにいるのに、そいつ忘れる親友なんて、本当のバカじゃん」

 一瞬言葉をなくし、その顔を見、何ら変化のないことを知ると、もう一度天井に視線を走らせる。少し笑ってみせる。

「……自惚れるなよ、バカ」

「自惚れるよ、俺は。だって俺よりいい男、そうそういないもん」

 今度は甘えたような声で言い切った。

 本当にバカだと、思う。

「――分かったよ。お前といると余計疲れる。さっさと体洗いにいけ」

 片手をひらひらと振ってみせた。

 哲平は腰を浮かしながらも口を尖らせ、やはり文句をぶつけてくる。

「これさぁ、『水の精霊』になんとかいえば、なんとかなったりしない?」

「ならなくもないだろうが、やらない。そういうくだらないことで『精霊』を動かすことはやりたくないな」

「そういうトコはおかたいんだからぁー」

「そうじゃなくって、あいつらがぶつぶつうるさいんだよ」

「なんでそうやって『精霊』と会話できるかなぁ」

 「ホントに奇特だよな、お前」と言いながら哲平はやっと部屋を出ていった。

 木の扉がゆっくりぱたん、と閉まると、静寂が真士を一人包み込む。

 哲平がいたすぐ横には今、傾いた太陽の赤い光が落ちいている。

 それを見て、真士は目を閉じた。

 彼は深い眠りについていくのだ。


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