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深遠に在る呟き  作者: 望月あさら
■ 2 ■
15/42

2-6

「……なんてことしてくれるんだ」

 のっそりと振り返り不服にあふれた顔で開口一番、水浸しの哲平は真士にそう言った。

「…………」

 呆気に取られ、呆然と近付いてくるその顔を見ていたら、真士からは怒る気も消え去ってしまっていた。

 とりあえず、あからさまに眉を顰め、目の前でため息なんかをついてみる。

「お前、本当にバカだぞ」

 呟くと、哲平は益々口を歪める。

「俺が言いたいのは俺の取った行動のことじゃなくて、……もっと他に暴走止める方法がなかったのかってこと」

 何都合のいいことを考えているのか。自分たちの力量を見誤らないでほしい。

「あるわけねーだろ、大バカ野郎っ。火事になったらどうする気だったんだ?」

「『精霊』の起こす炎だったら、そうそう火は付かないかな、と」

「……バカ」

 たしかに、『精霊』は命令以外のことをなさないので、燃えろと命を下さないかぎり物を燃やすことはあまりないのだが……全くない、というわけでもないのだ。現に、黒ずんでいる場所は多々ある。

「大体なぁ、哲平は……」

 呆れ返った口調で愚痴を言いかけて、真士はにわかにやめる。高見の見物を決め込んでいたリオンがやってきたのだ。

 まさかリオンが今の状況を見て「よくやった」などと誉めるとは思えない。何かくどくどと文句なりを言うに決まっているのだ。

 真士と哲平は二人して閉口しリオンの動きを目で追い、彼が足を止め口を開くのを待った。

 そばまで寄ってくると平然とした顔をしてリオンは二人を見下ろした。暫らく交互に二人に視線を走らせてから、彼は徐に言葉を発する。

「二人とも、ごくろうだった。部屋に戻って十分に休むといい。事後処理は俺がやっておこう」

「……?」

「……え?」

 思わず、疑問符。

「……不服なのか?」

 不思議そうな顔でリオンは首を傾げる。

 二人は顔を見合わせ、再び、師匠の顔を見た。

 相変わらず平然としているその顔の前で苛立ったのは真士だった。哲平には向けなかった、しかしたまりにたまった欲求不満が吹き出してきたのだ。

「なんでだよ。これはおれたちだけでやる仕事だろ? だったら、最後の最後まで自分たちにやらせろよっ」

 真士の苛立ちをあからさまにぶつけられたリオンは、口を結んで、考える素振りですこし唸って、首を左右に倒し筋をのばしながら、

「言いたいことは分かるがな、真士。でも、自分の体力の限界っていうのは、知っておくべきだと思うぞ」

 告げて、リオンは右手をのばす。そして真士の額を軽く小突くのだ。

「――――」

 途端、真士はバランスを崩した。そのまま後に倒れこみ、情けなくも尻餅なんかをついてしまう。

「…………」

 真士は茫然としてリオンを見上げた。

 一瞬、自分の身に何が起こったのか全く分からなかった。

 けれど、哀れむでもなく、悲しむでもなく、喜ぶでも怒るでもないそのリオンの顔を再び見上げた時、真士はリオンの意図を察した。

 リオンには分かっていたのだ。真士の限界。それをもうとっくに真士が越えていることを。

 そしてそれを真士が絶対に認めないであろうということを。

「ということだ。お前が休んでいる間、俺も部屋に戻る気はないから思う存分寝ていろ。二日後にはトーディ島に着くことだしな」

 トーディ島。

 またあっさりと告げられる。

 何気ない顔をして、自分たちを叱るでも誉めるでもなく、ただ、当たり前のような顔で忠告だけをして。

 そう。未熟者と言っているのだ。一人前には程遠いと告げているのだ。自分の限界すら見えないに人間には、自分が何をするためにここにいるのか分かっていない人間には、策云々、結果云々言っても仕方がないと、そう告げられたのだ。

 まだまだ自分には追い付けないと、宣告されたのだ……!

「ゾフィー、お前はこいつに付いていろ。一人にしとくと動き回りかねんからな」

「あいあいさー」

 哲平はその言葉に素直に従った。座り込んでしまった真士に両腕をのばし、強ばらせた体を強引に持ち上げる。肩に担いでしまう。

「……哲平!?」

「いやーん、真士ちゃん。俺ぐらいには甘えてほしーよねー。こうなっちゃうと真士も可愛いしさー」

「ふざけるなよっ。歩けるぞ、俺はっ。降ろせっ」

「いいからいいから」

「よくねぇんだよっ!」

 顔面を真っ赤にして叫ぶが効果はない。哲平は肩の上で暴れる真士を完全に押さえこんでリオンに向き直る。

「ホントに、暫らく部屋に来るなよ。リオンが来たら、真士、絶対に逃げ出すから」

「分かってるよ。……それにしても、相変わらずの馬鹿力だな、ゾフィー。さっきのあれも、結局は力がものをいったわけだし」

 さっきのあれ――暴走した炎のことだ。

 哲平はその言葉を聞いて、少し笑ったようだった。そして、その弟子は師匠に告げるのだ。

「俺の取り柄だからね。それに俺、晴れて『司』になったら、力を名乗ろうと思ってるんすよ」

 どうっすかね、と尋ねている。

 思わず真士も暴れるのを止め、返答を静かに待ってしまう。

「そうか。力か。お前らしいんじゃないか」

 微笑みながら、リオンは答えていた。

 そうしてリオンはその場から去っていく。事後処理。被害にあった船員たちと話をつけにいったのだ。

「じゃあ行きますよ、真士」

 自分を担ぐ奴がいつもの調子で歩きだした。

 上下に揺れる体。

 リオンはその視界から徐々に外れていく。

「…………」

 今はただ、真士は沈黙してその揺れに身を任せるしかなかったのだ。


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