始まりと終わり
静かに雨が降り注ぐ庭園には、蓮の花がたおやかに咲き乱れていた。傘を差し、ぼんやりと庭園の橋に佇んでいた春燕は、ふっと息を吐き出して瞼を閉じる。ここは半年前に建てられた春燕のための別宮である。特に、この庭の蓮の花は見事なもので、別宮で過ごす朝は必ず立ち寄るほどだ。
春燕は、もう何も知らない子どもではない。
自分が竜帝の番であることも、清深がそれだけを理由に自分を慈しんでいるのではないことも、今ではよく知っている。
あの日、清深に見つけてもらえなければ、この命はとうに尽きていたかもしれない。
雨粒が蓮の花をつっと落ちていく。傘にぶつかる雨粒に、春燕は目を開けた。首元にかけていた首飾りが、しゃらんと音を立てる。清深からもらった、彼の逆鱗。一度体から剥がせば二度と生え変わらないという。春燕は、それを渡した時の清深の瞳を、言葉を生涯忘れることはないだろう。
『これはお前を私に縛る楔であり、枷となる。それを許してくれるなら…受け取れ』
大真面目な顔で、それでいて珍しく不安を瞳に滲ませて差し出された逆鱗。
首飾りをそっと持ち上げ、胸元に仕舞い込む。
「春燕」
振り返れば、優しげな金緑の瞳がこちらを見つめていた。小走りで近寄ると、軽々と抱きかかえられる。とっさに傘は閉じた。
「朝議は終わったの?」
春燕の問いに、清深はひとつ頷くと優しげな表情で目を細めた。ふと、顔をあげると雨はいつの間にか上がっていた。しばらく春燕は腕に抱かれたまま空を眺めていたが、ぱっと顔を明るくして清深に向き直る。
清深も春燕の視線を追っていたため、彼女が何を見て笑顔になったのかすぐ分かった。空には極彩色の雲がかかり、雨上がりの雫を受けた蓮の花が陽光で淡く光る。
「彩雲か。縁起がいい」
「さいうんっていうの? あの雲。へぇ、綺麗ね!」
花咲く庭園で寄り添う二人を、まるで寿くように彩雲はしばしその空にたゆたっていた。
「ねぇ、清深。私が死ぬまで一緒にいてね」
「死んでも離さぬが」
淡々と宣う清深に、くすくすと春燕は笑った。清深の体に身を預け「今日は何をしようかしら」と春燕は思い浮かべる。
やりたいことは、きっとこれからも増えていく。
そのひとつひとつを、清深の傍で叶えていけるのなら――それはきっと、幸せというものなのだろう。




