最終話 妖怪拾い
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**東京都・妖異対策本部**
**三か月後・午前八時**
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「行ってきます」
蓮が靴を履く。
玄関を出ようとしたところで。
「待って!」
空が追いかけてきた。
「僕も行く!」
「今日は危険な現場じゃないぞ」
「それでも行く」
空は笑った。
その後ろから零号も出てくる。
「僕も」
「学校は?」
「午後から」
「なら、午前だけだな」
「うん」
蓮は笑った。
三か月前とは。
何もかもが変わった。
研究施設は完全に封鎖された。
研究者は正式に逮捕され、十年前の妖異災害について証言を続けている。
公表された情報によって、妖怪災害の歴史も少しずつ書き換えられ始めた。
そして。
蓮たちは。
それぞれの生活を始めていた。
第一号は政府の協力を受けながら、妖怪討伐士として活動している。
第二号は医療関係者のもとで、人を助けるための知識を学んでいた。
第三号は東京の街を歩き回りながら、自分が何をしたいのか探している。
第四号は討伐士として働きながら、戦うこと以外の生き方も探している。
零号は学校へ通い始めた。
最初は戸惑っていたが。
今では友達もできたらしい。
そして。
空は。
何をするでもなく。
毎日のように空を見ていた。
「今日は晴れてるね」
「そうだな」
蓮も空を見上げる。
青い空。
十年前。
研究施設の中から見上げた空とは違う。
今は。
自分の足で立っている。
「兄さんは?」
「先に行ってる」
零は現在、妖異対策本部で働いている。
戦闘員ではない。
十年間の経験を生かし、妖怪災害や妖魂についての資料整理や教育に関わっている。
蓮は歩き出した。
「じゃあ、行くぞ」
「うん!」
空と零号がついてくる。
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**東京都・荒川河川敷**
午前九時。
小さな妖怪反応が確認された。
蓮が現場へ到着すると。
そこには一匹の小さな妖怪がいた。
体長は三十センチほど。
怯えたように草むらの中で震えている。
討伐隊員が言った。
「Eランク相当です」
「攻撃性は?」
「今のところありません」
蓮は妖怪を見る。
刀に手をかける。
そして。
すぐに手を離した。
「少し待ちましょう」
「え?」
「こいつ、逃げたいだけです」
妖怪が蓮を見る。
目が合う。
蓮には。
その妖怪の魂が見えていた。
怯えている。
怒っているわけではない。
ただ。
怖がっている。
蓮はゆっくり近づいた。
「大丈夫だ」
妖怪が後ずさる。
「怖がらなくていい」
空が後ろから見ている。
「蓮」
「うん」
蓮は手を伸ばした。
「ここにいても、誰もお前を傷つけない」
妖怪がしばらく蓮を見る。
そして。
ゆっくり近づいてきた。
蓮の手のひらに。
小さな前足が乗る。
「……よし」
蓮は笑った。
討伐隊員が驚く。
「神谷さん」
「はい」
「それ、どうするんですか?」
蓮は小さな妖怪を見る。
「山へ返します」
「討伐しない?」
「必要がないなら」
蓮は妖怪を抱き上げた。
「倒すことだけが、討伐じゃないと思うので」
隊員はしばらく黙っていた。
やがて。
「……分かりました」
蓮は妖怪を安全な場所まで運んだ。
そして。
静かに放す。
妖怪は一度だけ振り返った。
蓮を見て。
森の中へ消えていった。
空が笑う。
「拾ったね」
「そうだな」
「妖怪を?」
蓮は首を振る。
「違う」
少しだけ考えて。
答える。
「たぶん、道を拾ったんだ」
空には。
その意味がまだ分からなかった。
蓮も。
うまく説明できなかった。
けれど。
それでいいと思った。
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**東京都・妖異対策本部屋上**
夕方。
蓮は一人で空を見ていた。
隣に零が来る。
「今日も妖怪を助けたらしいな」
「小さいやつだった」
「そうか」
零は笑う。
「昔のお前なら、迷わず拾っていたんじゃないか?」
「そうかもしれない」
蓮は空を見る。
「でも今は違う」
「何が?」
「俺はもう、強くなるために拾ってるわけじゃない」
零は黙って聞いている。
「助けられるなら助ける」
「倒す必要があるなら倒す」
「魂を受け取るなら、その魂のことも考える」
蓮は自分の手を見る。
鬼腕。
金剛体。
風刃。
伸縮。
そして。
魂域。
魂鎧。
魂環。
数え切れないほどの力を手に入れた。
けれど。
それらより大切なものを。
蓮はもう知っている。
「俺は、俺のやり方で生きるよ」
零は頷いた。
「それでいい」
「兄さん」
「ん?」
「十年前のこと」
零が空を見る。
「もう、忘れていいかな」
零は少し考える。
「忘れなくていい」
「え?」
「忘れたら、きっとまた同じことをする奴が出てくる」
零は続けた。
「でも、ずっと苦しむ必要もない」
蓮は兄を見る。
「過去は過去だ」
「俺たちは、今を生きればいい」
蓮は笑った。
「うん」
その時。
屋上の扉が開いた。
「蓮!」
空だった。
「次の依頼が来たよ!」
「どんな妖怪?」
「分からない!」
「じゃあ、行くか」
蓮は立ち上がる。
零が笑う。
「忙しいな」
「妖怪拾いだから」
蓮も笑った。
空と一緒に階段を下りる。
その途中。
廊下の壁に貼られた一枚の写真が目に入った。
そこには。
新しく登録された討伐士たちが写っている。
その中に。
佐伯蓮司の姿もあった。
以前のような険しい表情ではない。
その隣には。
美咲。
玲奈。
豪。
四人とも。
以前とは違う顔をしていた。
蓮は少しだけ足を止める。
「どうしたの?」
空が聞く。
「いや」
蓮は写真を見る。
そして。
小さく笑った。
「みんな、ちゃんと前に進んでるなと思って」
「知ってる人?」
「昔の仲間だよ」
「会いに行かないの?」
蓮は少し考える。
「そのうちな」
そして。
歩き出す。
もう。
過去を振り返るためではない。
これから先へ進むために。
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**東京都・妖異対策本部前**
夕暮れ。
蓮は建物の外へ出た。
空が赤く染まっている。
零号が待っていた。
第一号も。
第二号も。
第三号も。
第四号も。
少し離れたところには零もいる。
みんな。
それぞれの場所で生きている。
誰かに決められた人生ではない。
自分で選んだ人生だ。
蓮は仲間たちを見る。
そして。
空を見上げた。
十年前。
自分は何も知らなかった。
妖怪のことも。
魂のことも。
自分自身のことさえ。
追放された時。
自分には価値がないと思った。
けれど。
違った。
自分の価値を決めるのは。
誰かじゃない。
自分自身だった。
蓮は歩き出す。
これからも。
妖怪は現れるだろう。
誰かが傷つくこともある。
救えない命もあるかもしれない。
それでも。
自分にできることをする。
一つずつ。
目の前にあるものを。
自分の手で拾っていく。
「蓮!」
空が呼ぶ。
「今行く」
蓮は走り出した。
妖怪を倒すためだけではない。
その先にあるものを。
見届けるために。
拾うために。
守るために。
そして。
自分たちが選んだ未来へ進むために。
蓮は笑った。
「俺は――」
一度だけ。
振り返る。
そして。
仲間たちとともに歩いていく。
**俺は、妖怪拾いだ。**
それが。
誰かに与えられた名前ではなく。
自分自身で選んだ。
俺の生き方だった。
**完**




