第1話 勇者パーティを追放された「妖怪拾い」
東京都心。
かつてなら人で溢れ返っていた繁華街に、巨大な鬼が立っていた。
身長は優に五メートルを超えている。
赤黒い皮膚。
二本の角。
右手には、電柱をへし折って作ったような巨大な棍棒。
そして、その周囲には濃密な妖気が渦巻いていた。
「グオオオオオオオオッ!」
鬼が咆哮する。
ビルの窓ガラスが一斉に震え、道路に停められていた車が跳ねた。
規制線の向こう側で、警察官たちが息を呑む。
「妖気濃度、Aランク!」
「民間討伐隊はまだか!」
「もう到着しています!」
直後。
道路の向こうから、五人の男女が走ってきた。
全員が特殊装備を身につけている。
先頭を走るのは、白銀の鎧をまとった青年。
日本政府から正式に『勇者』の称号を与えられた男――佐伯蓮司。
その後ろには、聖女、魔導師、剣士。
そして最後尾に、ひとりだけ普通の服装をした青年がいた。
黒髪。
黒いジャケット。
腰には一本の刀。
ただし、彼は戦闘に参加していない。
鬼を見ながら、黙々と荷物を整理していた。
「来たぞ!」
「勇者パーティだ!」
「これで助かる!」
周囲から歓声が上がる。
佐伯蓮司は、その声に応えるように剣を抜いた。
「全員、下がっていろ!」
勇者の剣が光を放つ。
「俺たちが、この鬼を討つ!」
「お願いします!」
歓声がさらに大きくなる。
そして戦闘が始まった。
鬼が棍棒を振り回す。
勇者が受け止める。
魔導師が炎を放つ。
聖女が仲間を治療する。
剣士が鬼の背後から斬りつける。
激しい戦闘だった。
十分。
二十分。
三十分。
そして――。
「これで終わりだ!」
勇者の聖剣が、鬼の胸を貫いた。
「グ……オ……」
巨体が崩れ落ちる。
地面が揺れた。
「やったぞ!」
「勇者様が鬼を倒した!」
「さすが勇者パーティだ!」
周囲から歓声が上がる。
佐伯は剣を抜き、満足そうに笑った。
「当然だ」
そのとき。
戦闘をずっと後ろで見ていた青年が歩いてきた。
「じゃあ、拾います」
青年の名前は――神谷蓮。
二十一歳。
職業は、
**妖怪拾い。**
「おい、蓮」
佐伯が声をかけた。
「何ですか?」
「お前、本当にそれしかできないのか?」
「それしかって?」
「戦闘中、ずっと後ろにいただろ」
「危ないので」
「俺たちが戦っている間、お前は何もしていなかった」
「してましたよ」
「何を?」
蓮は倒れた鬼を見る。
「見てました」
「……」
佐伯の顔が引きつった。
「ふざけているのか?」
「いえ」
蓮は本気だった。
「妖怪が倒れるまで待つのも、妖怪拾いの仕事ですから」
「だから、それが気に入らないんだよ!」
佐伯が吐き捨てる。
「俺たちは命を懸けて戦っているんだぞ!」
「知ってます」
「なら分かるだろ!」
「何がですか?」
「お前みたいな役立たずを、勇者パーティに置いておく意味がないってことだ!」
蓮は黙った。
周囲の空気が凍る。
聖女も、魔導師も、剣士も何も言わない。
誰も蓮を庇わなかった。
やがて佐伯は、冷たく言った。
「今日限りで、お前をパーティから外す」
「分かりました」
「……それだけか?」
「はい」
「悔しくないのか?」
「別に」
蓮は鬼の死体の前にしゃがみ込んだ。
「じゃあ、これ拾っていいですか?」
「勝手にしろ!」
佐伯は吐き捨てるように背を向けた。
「二度と俺たちの前に現れるな」
「分かりました」
蓮は鬼の死体に手を伸ばす。
その瞬間だった。
――ゾワッ。
空気が変わった。
「……?」
蓮が顔を上げる。
鬼の胸元。
そこから黒い煙のようなものが浮かび上がっていた。
普通の人間には見えない。
妖気とも違う。
まるで黒い炎のようなもの。
蓮は、それに手を伸ばした。
「これ……」
指先が触れた。
――パァン!
黒い光が弾ける。
蓮の頭の中に、無機質な声が響いた。
《妖魂を確認しました》
蓮の目が見開かれる。
《対象――鬼》
《妖魂の回収を開始します》
「……妖魂?」
黒い光が蓮の手の中へ吸い込まれていく。
次の瞬間。
《妖魂の取得に成功しました》
《固有能力『鬼腕』を獲得しました》
「…………」
蓮は自分の右腕を見る。
何も変わっていない。
少なくとも、外見上は。
だが――。
握った拳から、尋常ではない力が溢れていた。
「なんだ……これ」
蓮が小さく呟く。
その直後。
背後から佐伯の声が飛んできた。
「何をしている!」
「……拾ってます」
「さっさと素材を回収しろ!」
「はい」
蓮は立ち上がる。
鬼の死体を見下ろした。
さっきまでなら、ただの討伐対象だった。
だが今は違う。
自分の中に、何かがいる。
力がある。
それは――。
これまで一度も使ったことのない力だった。
「妖怪拾い……」
蓮は、自分の職業名を呟く。
その意味を。
彼は、この日初めて知った。
**妖怪拾いとは、妖怪の死体を拾う職業ではなかった。**
**妖怪そのものを――拾う職業だった。**




