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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter1・針路不確定
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掃討戦3・付、夜叉が生まれた日

 盗賊団が追い立てられる。逃げる先に小隊が立ち塞がった。前後に敵を抱え、一瞬賊が戸惑ったところに、横合いから一隊が突っ込んだ。

 突っ込んだのは十人ほどだが、それで賊は完全に崩れた。あとは、押し包んで殲滅していくだけだ。

 その一部始終を、ゲオルクは僅かな伴を連れて、丘の上から観戦していた。

 拠点を得たので、周辺地域の鎮定と言う名目で、以前考えていた計画を実行に移し始めた。

 複数の村から傭兵料を受け取り、盗賊の掃討を請け負う。それによって収益を得る計画は、まず順調な滑り出しだった。

 こちらも、兵を養わなければならない。傭兵料の交渉は、テオが心を鬼にして行った。

それでも、村一つから受け取る額は、ユウキ家などから依頼を受けるときの半分にも及ばず、三分の一がやっとだった。

 だが今のところ、五つの村から依頼を受けている。おかげでかなり割の良い仕事になっている。

 盗賊も、今まで相手にしてきた数百人規模の大賊はまれで、大抵は数十人規模だ。

 だから調練の一環として、中隊長を交代しながら盗賊掃討をしている。盗賊を討ちながら、戦術的な動きの調練をしている。

 今日の中隊を率いているのは、ワールブルクだった。さすがに歴戦の傭兵だけあって、変幻で巧みな戦をする。

 もう一方の中隊長であるハンナは、果敢な戦をする。この二人が揃っているというのは、非情に頼もしいことだと思えた。


「ゲオルク殿。終わったぞ」


 ワールブルクが報告に来る。ゲオルクの命じた通り、盗賊は皆殺しだった。兵が埋葬する穴を掘っている。

 テオがここにいれば、殲滅せずに半分ほど逃がす事を主張するだろう。賊の脅威が続く限り、仕事が無くなることはないと言って。

 そうかもしれないが、やはりゲオルクには、将来誰を傷つけるかもしれない火種を、意図的に残しておくようなことはしたくなかった。

 テオと直接論争になれば、あえて生かした賊に、自分たちの首が討たれる事になるかもしれない、と反論しようと思っている。しかしテオは今のところ、何も言ってはこなかった。


「一個小隊だけ残して、ワールブルク殿は帰還してくれ。私は、依頼主に報告回りをしてから戻る」

「普通、逆ではないのか」

「そうかもしれないが、自分で確かめたいのだ。いろいろとな」

「甘い男だな。だがまあ、そういうのも悪くはない。四十人を残していく。危険な事はするなよ。団長殿」


 ワールブルクが百人ほどを連れて別れる。ゲオルクは残りの兵を連れて、依頼主である村を回り、盗賊を掃討したことを報告し、傭兵料を受け取って回った。

 どの村も、盗賊が対峙されたと知ると喜びを隠さなかった。それだけ盗賊の被害と恐怖が、身近で深刻なものだったと言うことだ。

 それを思うと、素直に喜びを共にする気にはなれない。しかし、やはり盗賊をあえて逃がすような真似をしなくて良かったと思う。

 五つの村から傭兵料を回収すると、真っ直ぐ砦には帰らず、少し迂回して周辺地域の様子を見て回ることにした。

 把握している土地は、まだ狭い範囲でしかない。戦に備えて地形を頭に叩き込んでおくことはもちろん、土地に暮らす人々がどういう状態にあるのか、この目で確認しておきたかった。

 やはり、土地の荒廃が酷かった。ザール郡よりはましだが、これほど急速に荒廃するのかというほど、農地の荒廃は進んでいた。


「団長。むこうの様子がおかしいです」


 兵が指した方向に、夥しい数のカラスが集まっていた。夕暮れ時にカラスが群れる事はあるが、異様な雰囲気が漂っていることは確かだ。


「行ってみよう。念のため、警戒を怠るな」


 カラスが群れる方へ行く。鳴き声が、嫌に禍々しい物のように聞こえた。

 死体の群れがあった。何百と言う死体が折り重なり、カラスがそれをついばんでいた。死体は老若男女入り混じり、みな新しい。


「難民の群れか」

「酷いものですね。盗賊の仕業でしょうか?」


 戦に慣れてきた傭兵団の兵たちも、さすがにこの一方的な虐殺には顔をしかめている。


「……いや、おそらくどこかの軍勢だ」


 殺し方が効率的だった。急所を狙っているし、即死しなくても助からないような者に、あえて止めを刺すような手間もかけていない。

 逃げる難民を追い立てながら斬りまくったのだろう。半分以上の死体が、背中に傷を負っていた。馬の蹄に掛けられ、踏み殺されたものもあった。


「あの丘の上から襲い掛かったようですね」


 蹄の跡などから、情況が推測できた。ここを通る難民の群れに、丘の向こうからいきなり姿を現した軍勢が、逆落としで襲いかかったのだろう。まるで戦のような、本気の殺し方だ。

 気が付くと、丘の斜面を登っていた。何かに引き寄せられるように、そちらに馬を進めていた。


「なんだこれは!?」


 丘の向こうにも、死体が折り重なっていた。だがこちらは、鎧に身を固めた騎士の死体だ。

 その上、死に様が尋常ではない。頭頂から胸の辺りまで唐竹割にされた死体。腰から上半身と下半身が分かれている死体。

 まるで恐ろしい力を持った獣の爪牙に掛かったかのような、凄惨な死体が多かった。どれも、恐怖とも驚愕ともつかない表情を張りつかせたまま死んでいる。


「魔物でも出たのか」


 そうとしか思えないような有様だった。


「団長、あそこに誰かいます」


 丘の下に一つ。いや、二つの小さな影があった。子供のようだ。大きい方の子に、小さい子がしがみついている。丘を駆け下りた。


「おい、そこの――」


 子供と言おうとして、息を()んだ。こちらを見た少年の目は、真っ暗だった。闇の底を(のぞ)いている様な、体の芯から湧き上がる恐怖を覚えた。

 体格からして、おそらく十歳に満たないはずだ。だがとてもではないが、子供とは思えなかった。着ている物が黒く濡れている。返り血が黒ずんでいるのだということを、すぐには理解できなかった。

 お前は何だ。お前が殺したのか。考えても、言葉として出てこなかった。言葉の出し方を忘れたようだった。

 小さな音がした。少年とは思えぬ。いや、人とは思えぬ少年にしがみついていた少女が、身じろぎしたのだ。

 五、六歳ほどで、ごく普通の少女だった。だが、血まみれの少年いしがみついているという一事を以て、少女もまた普通の少女とは感じられなかった。

 金属音。少年の手に、刃こぼれした剣が握られていることに、初めて気づいた。あまりにそれが自然すぎて、持っているという事すら気づけなかった。

 ()られる。体がそう感じとり、後ずさった。しかし少年は、こちらに興味など無いと言わんばかりに、ゲオルクらを無視してどこかへ去って行った。

 少年の姿が見えなくなって、初めてゲオルクは息が吸えたような気がした。


「団長。あれは一体……。人、なのでしょうか?」


 ほっとした。あれに恐怖したのが、自分だけでは無いことに。いや、恐怖を感じたのが、自分一人ではないことに、だろうか。


「鬼……かもしれん。こうして生きているのが、不思議なくらいだ」


 それから、誰も言葉にしないが、なんとなくこの場を早く立ち去りたいような感じがして、足を速めて帰路に就いた。


     ◇


 村々からの依頼を受け始めて、傭兵団の財務状況は急速に好転した。

 これが一時的なものに終わるか、恒久的なものになるかはまだ分からないが、ともかく金があるというのはありがたい事だ。

 新たに得た資金を投じて、砦の修繕を行った。元々痛みは少ない方だったが、修繕すると見違えて立派になる。


「今は百五十の兵を抱えていますが、この砦の中に五、六百人は暮らせると思います」

「機嫌がいいな、テオ」

「そりゃあ、予算不足に頭を悩ませなくても良くなれば、機嫌も良くなります。ゲオルク様も、自分で帳簿とにらみ合えば分かります」

「勘弁してくれ。今よりずっと仕事の少なかった最初の頃でさえ、頭が痛くてしょうがなかったんだ」

「全く。私が抜けたら、傭兵団が戦わずに自壊しますよ」

「しかし、今のところお前以外に頼れる者もいないしな」

「まあ、それを理解してくれていれば、それで結構です。それで話を戻しますが、団員の更なる増強も、不可能ではなくなってきました」

「余裕ができたのは分かるが、これ以上数を増やして、本当に大丈夫か?」

「兵力が増えれば、その分依頼も多くこなせて、収入が増えます。それに戦力としての価値も上がるので、今までよりも高額の依頼も入るでしょう。もちろん、より厳しい戦場に立つことが代償となるでしょうが」

「厳しい戦場に立つことは構わん。元々そのための部隊だ。むしろ私は、傭兵団を盗賊を追いかけ回すだけの存在で終わらせたくはない」

「蒼州公と、ユウキ公爵の理念ですか?」

「そうだ。現実を無視した理想だと思うか?」

「いえ。確かに現実主義的なことを言えば、理念よりも明日の食い扶持を稼ぐために戦うべきです。

 しかし、蒼州公派の理念を捨てる事は総督府派の、つまりは都の論理を認めることになる。中央のためには、地方が犠牲になるのは仕方がないという論理を。そうである限り、この蒼州から戦乱は無くならないでしょう」

「一人の蒼州人として、国全体のために自分たちの故郷が犠牲になるのは、納得できるものではないな」

「同感です。災いの根を断つには、蒼州に住まう民に寄り添った、蒼州公派の理念を推し進めるしかありません」

「なら、勝たなければならないな。そして我らは、勝利に貢献できる存在でなければならない」

「しかしそうなると、数ばかりあっても仕方がない」

「そこが問題だ。だから今はとりあえず、兵力は据え置く。騎士からなる正規軍と互角に戦える方法を確立したとき、初めて人員の増強をしようと思う」

「分かりました。なら私も、そういうつもりでやりくりをしますよ。ただ戦闘員以外の人員は増やしてほしいですね」

「そうだな。考慮しておこう」


 寄せ集めの傭兵を、十年以上の鍛錬を積んだ騎士と互角に戦える部隊にする。蓄積しているものの差が大きい以上、調練を積む以外の方法が必要だった。

 とは言え、調練が不要という訳ではない。普段はハンナとワールブルクに任せているが、ゲオルクも暇さえあれば兵を鍛えた。こちらの方が、自分の性に合っているという気がする。

 兵を半数に分け、ワールブルクと自分で、それぞれ一隊を率いて調練をした。しかし今は調練をしながらも、ついそれ以外のことを考えてしまう。


「やはり、騎兵か」


 騎士からなる正規軍を相手にすると想定したとき、最大の脅威は騎兵だった。二個中隊三百人からなる騎士団ならば、通常五十騎が備わっている。

 騎兵は最も優れた騎士に割り当てられる花形だが、戦力としても決定打となる。歩兵が敵を崩し、そこへ騎兵が突撃を掛けて崩すというのが基本戦術だ。

 今の傭兵団では、五十騎の突撃も止められない。せめて騎士並みの練度があれば数の差で止められるだろうが、それを要求するのは無茶というものだ。


「……昌国君(しょうこくくん)


 戦略や戦術というものを考えると、いつも昌国君が頭をよぎる。それほど鮮烈な戦をする将軍だった。そして、最大の敵でもある。

 騎兵のみを率いて急襲する昌国君の戦術は、迅速で意表を突いたものだった。だが真似できるものではない。あれは精強な騎兵と、昌国君の軍才があって可能なものだ。

 ろくに馬も無く、軍才にも乏しいと自覚しているゲオルクの傭兵団は、全く別の戦法が必要になる。しかし、そんなものがポンポン浮かんでくれば苦労はしない。

 傭兵団の唯一の利点は、兵一人の価値が低いということだろう。嫌な言い方だが、十年以上修業を積んだ騎士一人が死ぬのに比べたら、傭兵一人の死など、戦力的に惜しくない。

 騎士戦力に大打撃を受けたのが、蒼州公家やユウキ公爵家が短期間で崩壊した、最大の要因だ。

 ならば、例えば傭兵三人で騎士一人を道連れにできれば、敵の方が打撃が大きく、最終的な勝利に貢献できるという事か。

 いや、そんな戦い方をしていては、傭兵の成り手がいなくなってしまう。誰が好き好んで、自爆攻撃など仕掛けるだろうか。

 だが騎士を殺せる。できれば騎兵を殺せる戦力であってこそ、傭兵団は大きな価値を持つようになる。それができない限り、いつまでも補助戦力以上のものにはなれない。

 装備も練度も劣る弱者が、強者たる騎士に勝つ方法。思いつかない。自分がずっと、強者の側にいたからだろうか。

 考えながらも、ワールブルクの中隊に突撃して、二つに断ち割った。指揮官から切り離された方をまず蹴散らし、次いでこちらの半数以下になった本隊に突っ込む。

 ワールブルクは部隊を小さくまとめた。兵の肩が触れ合うくらい密集している。あれでは、武器を振るうことも出来ないだろう。

 しかしぶつかってみると、驚くほど堅かった。流れの真ん中に岩を置いた様に、突撃したこちらの方が二つに割られている。

 このまま無理押しすると、内側から部隊を食い破られる。そう思い、攻撃を中止して一旦退いた。そして包囲に切り替えた。

 ワールブルク隊を完全に包囲した。後はゆっくり通し包めばいい。正規軍ならばだ。

 長柄の武器も満足に揃っていない傭兵団では、逆に押し返されるか、悪くすれば突破される危険がある。逃げ場のない決死の敵に、剣での斬り合いを挑むのは危険だ。

 膠着状態になった。どちらも、動きようがない。ゲオルク隊やや有利の引き分けという事で、調練を終えた。


「お見事でしたワールブルク殿。小さくまとまった隊を、崩すことが出来なかった」

「いや。その前に断ち割られている。割と本気だったのだが、存外戦も上手いのだな」

「中途半端に勝てても意味がありません。密集したときは、自由に行動できなくなるなど愚策と思ったのですが」

「確かに自由は利かない。だがその分、勝手に逃げることも出来ない。決死で戦うしかない『死地』に置いたのだ。特に士気の低い兵は、意図して死地に置く必要がある」


 戦うのに必要な精神が、騎士ほどはできていない兵の心理に関しては、やはり傭兵である彼女の方が精通している。

ゲオルクはつい騎士と同じ様に、自ら戦う意思を固めているものとして、兵を見る癖がついている。まだまだ自分の意識を変えなければならない様だ。


「しかし、密集した兵は本当に固かった。もしかしたら、騎兵の突撃求められるのでは?」

「さて、どうだろうな。仮に止められるとしても、騎兵が突撃してくるのは、歩兵が敵を崩し、道を切り開いてからだ。密集隊形に正面から突っ込んでくることは無い」


 確かに、いかに騎兵と言えども、待ち構えている所にのこのこ突っ込みはしない。

 騎兵を止めるには、その前に歩兵に崩されないようにする必要がある。課題が増えたが、見えない者が見えたのは、良かったのかもしれないと思った。

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