掃討戦2
砦からぎりぎり視認できる地域で、輸送車の列を百の兵で護送して進んだ。
輸送車の中は柴が積み上げられているが、幌で覆ってあるので食糧の運搬に見えないこともない。
ワールブルク率いる別働隊五十は、ゲオルクらとは反対方向で待機しているはずだ。身を隠せるような地形がないので、かなり距離を取っているはずだ。
「動きませんね」
「さすがに、いきなり襲撃を掛ける程軽挙はしないか」
あるいは、こちらに気付いていないのかもしれない。だがそれならそれで構わないと思った。あまりあからさまにすると、怪しまれる。
一回の輸送でいきなり釣り出せるとは、端から思っていない。餌に食いつくまで、何度でも往復するつもりだ。
最後まで賊が動かず、こちらの兵糧が先に尽きる事だけが、望ましくない事態だった。
見通しの良い地形なので、偵察が出てくれば分かるはずだ。砦が見えなくなり、偵察も追ってきていないことを確かめると、砦から見えないように距離を離して、北上した。
そしてまた、砦からぎりぎり見える距離を南下する。これを繰り返せば、ユウキ家の残党勢力へ、繰り返し物資が輸送されているように見えるはずだ。
何度か輸送を繰り返していると、賊が偵察を出してくるようになった。それを、ちょっと神経質なくらいに追い立てさせる。
それで、重要な物資を輸送して、警戒しているように思わせることが出来ればいいと思った。
「そろそろ来るかな?」
「来ると思います。偵察を出してきたということは、興味を持っているという事ですから。行けると思えば、食いついてくると思います」
「隙の一つでも、晒してみようか?」
「わざとらしくならないならば、良いと思います」
六回目の輸送中、砦から見えるところで休憩を取らせた。もちろん、実際には警戒は怠っていない。
これまで何度も砦のそばを無事に通過しているので、休憩を取ったとしても不自然ではないはずだ。
それとも、何度か賊の偵察を追い散らした以上、やはりここで休憩を取るのは不自然だろうか。
「団長! 賊が砦から出ました。こちらへ向かっています!」
放っておいた斥候が戻ってきて、告げた。掛かったと思った。
「戦闘用意!」
鉦が打ち鳴らされ、兵が武器を取って構える。非戦闘員の人足は、すぐに後方へ離脱させた。
賊が近づいてくる。
「少ないな」
誤算だった。装備も不統一な形とは言え、護送部隊を襲撃するのだから、二百の賊のうちほぼ全員が出てくるだろうと予想していた。
だが自信があるのか、舐められているのか、賊兵は百五十に少し足りないかという程度の数だった。これでは、砦に残った敵兵がワールブルクの別動隊よりも多い。
「止むを得ん。荷を守れ!」
砦を落とすことが出来ない以上、手の内を明かす訳には行かない。荷を守り、運んでいるのが本物の物資であるように思わせたまま、撃退するしかない。
戦うだけなら五分。だが荷を守りながらではどうか。
矢が一本、こちら側から唸りを上げて飛び、賊兵の一人を貫通した。それが最初だった。
少数の矢と、無数の投石が賊に降り注ぐ。賊の方には、飛び道具も楯も無かった。村を襲って略奪をするには、剣と火があれば事足りる。
規則的な機械音を立てて、矢が撃ち込まれている。自動装填装置の付いた連弩による攻撃だ。
連弩も、最初の矢を放った弩砲も、ハンナの武器だ。正確には、実家に帰った際にハンナが連れてきた、彼女の従者二人が使っている。
どちらも攻城兵器の域に片足を突っ込んだ、大型兵器だ。普段は分解して運ばせているらしい。
威力のある弩砲と連射の利く連弩に賊はやや怯んだが、所詮各一基だ。足を止めずに突っ込んできて、接近戦の間合いになる。
ハンナの従者が後方に下がり、入れ違う様にハンナ本人が先頭切って賊に斬り込んだ。ネーター家伝来の、護拳のある騎士剣レイテルパラッシュを手に、徒歩で敵中に身を躍らせる。テオなどは気が気でないだろう。
そういう様子をゲオルクは、馬上から見ながら指揮を取った。傭兵団で騎乗して戦っているのは、団長のゲオルクだけだ。
維持費の高い馬は、今のところ六頭しかなく、斥候や伝令に重要なので、戦場に出して消耗する訳には行かない。
戦況は互角か、やや押している。数では劣るが質では勝り、さらにハンナが先頭切って暴れているので、小娘に後れを取ってなるものかと、みな猛然と敵に向かっている。
たまらずに賊が退却を始めた。基本的に自分たちより弱い者を相手にしているので、手強い相手に当たると粘り腰が無い。死者の一人も出ないうちから逃げ出し始めた。
「テオ、ここは任せる。半数は我に続け!」
五十を連れて追撃を開始した。しかし、軽装な事もあって賊は逃げ足が速い。七人を討ち取ったところで、砦に逃げ込まれてしまった。
こうなってはどうしようもない。改めて荷駄を護衛しながら、砦の視界の外へと進んだ。
積み荷が偽物であることは、隠し通す事が出来た。まだ策は破綻してはいない。次は、より大兵を繰り出して襲撃してくる可能性もある。そうなればしめたものだ。
「しかし、一度襲撃を受けた道を、護衛も増やさずにまた通るというのは、不自然ではありませんか?」
「確かに怪しまれるかもしれんな。では、砦からは見えない位置を通るか?」
「しかしそれだと、本当に見逃される恐れがありますね。賊は、どうしても私達の積み荷を奪う必要がある訳ではありませんから」
「なら一日間を開けて、同じ道を急いで通って見せるくらいしかないか。前の輸送隊から報告を受けた後ろの隊が、急に道を変えることも出来ず、急いで通ろうとしている。そんな風に思わせられればいい」
「賊が、そこまで深く読むはずもないと思いますが」
「あー、それもそうか。まあいい。ともかく、手ごろな獲物だと思わせられればいい」
「まあ、多少の小細工はやってみましょう。それと、先生との打ち合わせも修正が要りますね」
「まあ細かい事は、お前に任せる方が上手く回るだろう」
一日開けて、また同じ道で荷車を護送した。今回はテオ提案の小細工で、兵を叱咤して急がせてはいるが、実際には動きが遅く、将校がイラついている演技をしている。
演技が過ぎるという気がしないでもないが、できる事は皆やろうというテオの心情を蔑ろにするのも悪いので、やりたいようにやらせた。
「敵襲! 敵襲!」
斥候が声を張り上げながら駆け戻って来た。本当に効果があるのか半信半疑だったが、見事に釣り出せたようだ。
「数は?」
「百八十ほどかと」
ならば砦に残った兵は、別働隊の半数以下のはずだ。
「予定通り作戦行動を開始する。抜かるなよ」
賊兵が接近してくる。数を頼んではいるが、前回の教訓か、どこか様子をうかがいながら突っ込んでくる。
弓矢や投石攻撃はせず、隊列を組ませた。だがすぐに隊列が崩れる。テオが、二十人ほどを率いて後方に離脱した。
怖気づいて逃げだしたと見た賊が、勢いづいた。ぶつかり合う。すぐにハンナが、三十人ほどを連れて下がった。猫の前で、猫じゃらしを振っている様なものだ。賊はもう、獲物しか見えていない。
ゲオルクは声を張り上げて兵を叱咤した。五十の兵が、荷を渡してなるものかと、必死になっている。だがすでに数の差は圧倒的で、為す術はない。そういう風に見える情況だ。
荷に火を着けさせた。炎が大きくなると、濃い黒煙が立ち上り始めた。柴に、松や杉の枝を大量に混ぜておいたのだ。
積み荷が柴だと気付いた賊が戸惑う。そこへ、逃げたはずのネーター兄妹率いる五十が戻って来た。左右から賊を挟み込む動きを見せる。
奪う物も無い以上、賊に戦う理由はない。一目散に砦に向かって退却を始めた。追撃を始めたが、徹底的にはやらず、途中で止めて兵に息を整えさせた。
賊が砦に逃げ込もうとするが、門が閉じられている。立ち往生する賊の目の前で、城壁の上にワールブルク率いる別働隊が姿を現した。旗が掲げられ、賊に向かって矢が射掛けられる。
流石ワールブルク殿は、ベテランの傭兵だと舌を巻いた。実に効果的に、賊の心に打撃を与える演出をしてみせる。
城門が開かれ、別働隊が賊に襲い掛かる。それに呼応してゲオルク率いる本隊も、背後から賊に襲い掛かった。
拠るべき拠点を失い、挟み撃ちを受けた賊兵は総崩れに陥った。散り散りになって逃亡し、二百人を数えた盗賊団は、あっけなく消滅してしまった。
賊の掃討を終えると、ゲオルク率いる本隊は、砦に入城した。
「ワールブルク殿、良くやってくれた。正直なところ、今でも砦を落とせた事が信じられん」
「本隊が上手く敵を引き付けてくれたからできたことだ。私は美味しい所だけをかっさらったにすぎんよ」
「まあ、上手く行ったのならばそれでいいさ。砦に残っていた賊兵は?」
「全員討ち果たした」
外に出た賊のうち、討ち果たしたのは十八人だったので、全部で四十人ほどの賊を討ち取ったことになる。
二百の賊だったことを思えば、決して多いとは言えない。正規軍と違って帰る拠点を持たない賊は、逃げるときは四散してしまう。そのため追撃も難しく、包囲しない限り殲滅は難しい。
そしてまた、どこかに集まって活動を再開するのだ。盗賊を根絶やしにするというのは、なかなかに難しい。
「今日からこの砦が、我らの拠点になる訳だな。外見はあまり痛んでいる様には見えないが、中はどうだ?」
「あまり良いとは言えないな。賊が目先の快適さを求めて、守りのための設備も何も壊してしまったようだ」
賊にとっては、あくまで仮住まいという思いもあったのだろう。付近の村が荒廃して、奪う物が無くなれば、新たな獲物を求めて移動するのが賊というものだ。
ともあれ、任務は果たしたことを報告する使者を送り、当初の約束通り、この砦を傭兵団の拠点として手入れを始めた。
砦の規模は今の傭兵団の人員を収容して余りあるものだったので、問題はない。軍事設備はいくつか破壊されているが、井戸や厨房など、生活空間はすぐにでも使える状態だった。
まずは兵たちに寝泊まりする部屋を割り当て、その他武器庫、食糧庫、文蔵など、用途に合わせた部屋割りも決めて行った。
砦の破損のうち、修繕できるものは修繕したが、専門的な技術が必要になるものは、今のところ手の施しようがなかった。民間の技師に依頼しようにも、それだけの予算はない。
城壁や見張り台など、外から見えるものはほぼ完全な形で残っているので、当面はこれでもなんとかなるだろう。
拠点を得た事で助かったのは、傭兵団で抱えていた女たちの扱いだ。ネーター家の依頼で賊を討伐したとき、行く当てがないとして傭兵団で拾う形になった娘が数人いる。
彼女らの扱いには頭を悩ませていたのだが、炊事担当要員として正式に傭兵団に編入し、砦の厨房を任せて給与を払う事にした。
「いずれ他にも、戦以外の雑務をこなす者が、いろいろと必要になるかもしれないな」
「そうですね。言ってみれば城持ちの身になった訳ですから、兵士だけいれば良いというものでも無くなるでしょう」
「それこそ、私よりテオの方がそういう事は得意だろう」
テオが苦笑いをした。
「まあ、そんな事になるだろうと、覚悟はしていました」
軍というものは、それ単独で何もかもが完結する。いわば、一つの小さな国だった。そうでなければ、戦うことが出来ない。何かを他に依存していると、そこを押さえられると動けなくなる。
知識としては理解していたが、実際に自分がそれを総監しなければならない立場になると、途方に暮れる事が多かった。数十人を率いる小隊長として、ただ上から命じられる事をこなした経験しかないのだ。
そもそも、予算の半分を正規軍からの支給に頼っている。非正規軍ながら、ユウキ家の一部隊なのだから、それは当然だという思いがある。しかし、実際残り半分は自分たちで稼いでいるし、そうしないと部隊を維持できない。
傭兵団は、ユウキ家配下の一部隊に過ぎないのか。それとも独立した一軍になりつつあるのか。拠点を得た今、そんなことを考えた。
ゲオルクとしては、自分はあくまでユウキ家の家臣であるし、傭兵団もそうあるべきだという思いがある。しかし現実は、独立した一軍としての色を強くしていかないことには、やっていけないのだ。
「砦を中心とした、防御の体勢も考えなければなりませんな」
「防御の体勢だと?」
「ユウキ家は、この砦と我らが、北の防衛戦になることを期待しているのでしょう? しかし、こんな平野の中にポツンとある砦では、いくらでも迂回できてしまいます」
「そうだろうな」
「ですから、北の防衛戦としての役割を果たすには、この砦を中核とした防御態勢を構築する必要があります。まずは、見張り台でも建設しましょうか」
「まてまて、そんな金がどこにあるというのだ」
「それを、これから引き出すんですよ。北の守りを固めるために必要な予算だと主張すれば、財布の紐が固いユウキ家のお歴々方も、考慮せざるを得ないでしょう」
「つまり、だしに使って予算をふんだくって来ると」
「悪意のある表現を使えば、そういうことになります」
「大人しい顔をして、恐ろしい奴だな。私の代わりに、お前が団長をやった方が良いのではないか?」
「かもしれませんが、ゲオルク殿が団長なので好き勝手できています。やっぱり今のままの方がいいですね」
ふと空恐ろしくなった。テオがではない。予想外の事ばかり続いて、それに流され続けている自分の運命とでもいうものが、恐ろしくなった。
一体次は、どこへ向かって流されるのだろう。そして流された先で、自分はどうなってしまうのだろうと思った。
今ですらすでに、半年前は予想だにしていなかった、傭兵団長の任にある。そして今、砦一つを預かり、実質的な城主となっている。これからさらに、自分の権限は拡大していくのだろう。
剣一本。それだけが自分の力だと思っていた。それだけで十分だと思っていた。剣一本分の力で、賛同する主家の理想に貢献できればいいと思っていた。
だが今の自分には、それを遥かに超えた力が備わりつつある。例えばもし、もはや資金が無いと、傭兵料の支払いが止まったらどうなるだろうか。
部下たちは、無報酬でユウキ家のために戦う訳ではない。そこまでの忠誠と理念を要求することは出来ない。
ならばユウキ家から金の支払いが止まれば、この傭兵団はどうなるのだろう。ユウキ家から離れ、善悪など知らず、ただ金のためにどんな事でもする傭兵団になるのか。
それとも、給与の支払いを求めて、ユウキ家に刃を向けるだろうか。そうなったとき、傭兵団長である自分は、どういう責任を果たすべきなのか。
部下の生活を守るために、主家に刃を向けられるのか。
そんな事は出来ないし、あって欲しくない事態だと思った。だがそれでも、ありえない事態だとは言えなかった。




