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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter1・針路不確定
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掃討戦1

 旧ユウキ公爵家領である、アンハルト郡中部にある砦が、盗賊団の根城と化していることが判明した。

 この砦は公爵家崩壊のときに放棄されたもので、砦としての機能をほぼそのまま残している。これが盗賊の根城になることは、周辺の治安に非常な悪影響をもたらす。故に盗賊を掃討して、砦を奪回すべしという命令がゲオルク傭兵団に下った。

 表向きの理由は以上の通りだが、現在の支配地域を守る北の拠点として、この砦が欲しいというのも本音だろう。

 ゲオルクがそう思ったのは、今回の任務の報酬として、奪還した砦を傭兵団の正式な拠点として提供する、という一言が付いていたからだ。

 要は、ゲオルク傭兵団に北の守りを任せたいという腹積もりなのだ。傭兵料として支払われる金も、ネーター家から受けた盗賊退治の依頼より、一割ほど高い。

 資金繰りはむしろ、ネーター家よりもよっぽど苦しいはずだから、破格の条件と言って良いだろう。どうやら上は、自分たちの今の拠点が直接攻撃を受ける様な事態だけは、絶対に避けたいらしい。

 口ではユウキ公爵の理念を継承すると、勇ましい事を唱えているが、結局はぜいたくな暮らしに慣れ切っていた貴族たちなのだ。

 理念も決して嘘ではなく、むしろ本気のはずだが、豊かな生活に慣れた身では、今の生活水準すらも辛いのだろう。ましてこれ以上追われるようなことは、悪夢に違いない。

 そういった事情はなんとなく察してはいるが、ゲオルクは快くこの任務を引き受けた。総督府派が足を引っ張り合っている今のうちに、足元を固めておくのは戦略として悪くない。

 それに、盗賊を討伐して旧領内の民衆の生活を守ることには違いない。傭兵団の今の質としても、いずれ正規の騎士団と戦うことになる前に、実戦経験を積む相手として、盗賊は手ごろな相手だ。

 結果さえ良ければ、動機が感心できないものだとしても、何の問題も無い。

 ゲオルク傭兵団は盗賊掃討、及び砦奪回任務を帯びて、目的地となる砦の近辺まで進軍した。

 砦から半日の距離に陣を張り、偵察を放った。砦は低い丘の上に建っているが、丘と言うよりも、ちょっとした盛り上がりの様なものだ。

 周辺は広々とした平野が地平線が見えるまで続いており、地形的優位性は無いに等しい。たとえ軍勢の前にあの砦があっても、簡単に迂回してそれで終わりだろう。

 とは言え、あの砦だけ特別立地が悪い訳ではない。蒼州(そうしゅう)中部は平坦で広々とした台地がどこまでも広がる地形で、軍勢の侵攻を阻むのに良い地形などは、数えるほどしかない。

 その代わり、農地としては適していて、経済力の基盤としては、高地である北部とは比較にならない豊かさを持っていた。

 東からアンハルト郡、ザール郡、プファルツ郡の中部三郡を、それぞれユウキ公爵家、蒼州公家、七騎士家が治めていて、全てこちら側の陣営だった。

そういう意味では、ユウキ合戦は負けるはずの無い戦だったのだ。基盤となる経済力が違う。

 だがその経済力を生かす前に、昌国君(しょうこくくん)によって瞬く間に打ち破られた。平坦で広漠な蒼州中部では機動力のある騎兵が強く、優れた軍馬はむしろ北部で産する。それはこちらも理解し、精強な騎兵を備えていた。

 だが昌国君の変州(へんしゅう)騎兵は、それ以上だった。蒼州人以上に、蒼州の戦野を生かし切ってみせた。


「ゲオルク様」

「あ、ああ。済まん」


 つい意識がどこか遠くへと飛んでいた。今は砦の攻略に専念すべき時だ。

 砦は地形的な優位性は無いに等しいが、砦自体は破損もあまりなく、機能をほぼ十全に残していると見られた。実戦をする事無く放棄された砦であるから、まあ予想されていたことだ。

 しかしそうなると、攻城戦をしなければならないという事になる。野戦の調練は積んでいるが、攻城戦の訓練はほとんどしていない。

 そもそも攻城戦は、盾や鎧で身を固めた重装備の兵で行うのが鉄則だ。つまり、正規の騎士からなる軍勢で行うべき事だ。軽装の。いや、装備の統一もされていない傭兵団には無理がある。

 だがまあ、砦に拠るのも防衛戦の経験など無いであろう盗賊であるから、そこは五分と言えるのかもしれない。


「敵兵力は?」

「周辺地域の目撃情報や証言から推測して、二百前後だと思われます」

「二百か……」


 ネーター家領内で掃討した賊は三百人だったが、あれは野戦の上、敵を分断して各個撃破することが出来た。

 城攻めで、守る側の方が兵力が多いというのは、かなり厳しい。守る側が城に拠れる分、攻める側はより大きな兵力か、それに代わる何かを必要とする。

 だがこちらには追加の兵力は無いし、攻城兵器なども無い。兵器があったとしても、操作する技量が無い。無論、城内に内通者もいない。


「思ったよりも厄介な戦になったな」


 いや、賊が砦を不法占拠しているという時点で、そこまで考えを及ばせるべきだった。しかし、考えが及んでいたとしても、命令を拒否できたかと言われると疑問が残る。

 どのみち放棄した各地の城塞が、盗賊の根城と化すことは避けなければならない事態だ。困難でも、不可能に見えても、それが必要である以上、どうにかするしかない。

 ゲオルク以下、ネーター兄妹とワールブルクの四人。要はいつもの面子で、砦攻略のための戦術を検討し始めた。


「夜襲はどうだ? 採れる手段と言えば、その位だと思うが」


 まずハンナがそう提案する。


「難しいだろうな。野戦の夜襲とは勝手が違う。気付かれる前に城壁を越えるくらいはしなければ、あまり効果は無いだろう。だが我が軍は、夜間行動の調練はほとんど積んでいない。そうだな? ワールブルク殿」

「ああ。基礎訓練が終了して、集団行動や様々な武器の扱いを教えている様な段階だからな」


 確かに傭兵団兵は最近、個人の武芸は力を付けてきている。しかしそれは、個々人がバラバラに敵と戦っているのであって、まだ集団としての戦闘はできていない。

 こういう状態での夜間戦闘は、同士討ちの危険がある。同士討ちを避けたとしても、暗闇の中でどれだけ戦えるか、疑問が残る。


「いまいましい。精兵でさえあれば、数に劣っても賊など目でも無いものを。この戦が終わったら、私自ら鍛え直してやろうか」

「ハンナ。兵たちがみんなお前と同じだと思うな。弱い奴も、臆病な奴も混じっている。それが軍というものなんだから」


 苦々しげな顔をするハンナを、テオがなだめる。


「兵糧攻めはどうだろうか。砦を囲んで、食糧が尽きるまで待つ。盗賊の根城に、それ程大量に食糧が蓄えられているとは思えない。音を上げるのは早いのではないか」

「敵よりも少ない兵力で、敵を囲むつもりか?」


 ワールブルクが難色を示す。


「賊が全軍で突破を図ってきたらどうする。ただでさえ少ない上に、砦を囲めば一点の兵力はより薄くなる。止められるものではないぞ」

「止めなくてもいい、と思う。目的はあくまで砦の奪回だ。賊兵が砦から出て行くなら、出て行かせればいい。まず砦を奪回して、逃げた賊の討伐はその後で良いと思うのだが」

「ふむ、なるほど。必ずしも賊を討つ必要はない訳か」

「私はそう考える。それに、拠るべき砦を失ってしまえば、二百の賊を討ち破るのは、今の傭兵団でも難しくはないと思うのだが」

「それは保証しよう。特に訓練を受けていない賊兵が相手なら、同数では負けはしない程度に鍛え上げている。百五十と二百程度の数の差なら、ものともしないだろう」

「ならば」

「だがそれでも、その戦術では賊の突破を許す時、突破される部隊の犠牲が大きくなる可能性がある。賛同はできないな」


 渋い顔をするゲオルクに、ワールブルクは言葉を続けた。


「ここは以前も使った、分断と各個撃破が良いと思う。二百の賊がいるとは言え、常にそれだけの数が詰めている訳ではない。付近の村を荒らしに出れば、砦は手薄になる。そこを突いてまず砦を落とすべきだ」

「そうか。賊の性質上、略奪に出なければいずれ食糧も無くなる。砦を出ることが確実ならば、それを待って隙を突けばいいか」

「空き巣の様なものだがな」

「空き巣も、軍勢が行えば立派な軍略でしょう」

「違いない。ではその方針で――」

「あー、ゲオルク殿。非常に申し上げにくいのですが、それは無理です」


 テオがおずおずと言葉を挟む。


「どういう事だ、テオ。なぜ無理なんだ」

「こちらの兵糧が持ちません。携行分を食べきれば、後は付近で買い集めるしかありません。でもその予算も十分とは言えないので、十日以内に作戦を終了させないと、兵糧が尽きます」

「さすがに十日あれば、賊も一回くらい略奪に出るだろう」

「そう思いますが、確実性に欠けます。後の無い博打を打つのは、あんまりよろしくないかと」


 予算不足。またしてもそれだ。この貧乏所帯だけは本当にどうにかならないものかと思うが、これでもゲオルクの権限内で手を尽くしている。

 上層部から支給される予算交渉も、自分ではかなりぎりぎりの駆け引きをやっているつもりだ。


「なら、どうする。どうすればいい」

「基本は先生の策で、もうちょっと積極的にやるのはどうでしょう」

「積極的、とは?」

「偽の輸送車を護送して賊を誘い出し、別働隊がその隙を突くとか。ただ護送部隊が少々危険に晒されるかもしれません」

「ワールブルク殿。仮に百の兵で、賊兵二百を相手取った場合、どれだけ戦えるだろうか?」

「五分五分だろうな。意表を突いて出鼻を挫けば、もう少し優位に戦うことも可能だと思う」

「砦を攻略するまでの間五分に戦えれば、砦を失った敵は動揺するはずだ。行けるだろうな」

「では」

「テオは偽装に使う荷車を調達してこい。ワールブルク殿は、別働隊の選抜をお願いしたい」

「私が別働隊を率いて、手薄になった砦に突入するのだな?」

「他に推薦が無ければ」

「いや、引き受けよう」

「護送部隊は私とハンナで上手く敵を引き付けよう。皆それぞれ、抜かりの無いように頼む」


 思い思いの返事が返ってくる。そしてそれぞれが、自分の任務を果たすべく行動を開始した。

 テオが付近の村から荷車を調達してきた。人力の荷車だけでなく、荷馬車や、それを牽く人足までも、どうやったのか調達してきた。


「おい、あまり金が無いのに、無理をするな」


 協力を強制できるだけの力は、今のユウキ家には無い。それは民衆も、なんとなくだが感じているはずだ。


「ご心配なく、別に金を積んだ訳じゃありません。積めるほど金もありませんから」


 テオがいたずらっぽく笑う。


「なら、どうやってこれだけの協力を取り付けた?」

「別に、特別な事はしていません。普通に、盗賊の討伐に協力を要請しただけです」

「本当に、それだけなのか?」

「自分たちに直接利害の有る事ですから、こちらが正式なユウキ家の軍勢だというと、向こうから協力を申し出てくれます。ユウキ家の軍勢と一緒だと思えば、安心できるんでしょうね」

「俺たちは非正規の傭兵だぞ。詐欺みたいなものじゃないのか、それは」

「そうですか? 俺は、事実しか言っていませんけどね」

「案外腹黒いのだな、お前は」

「まあ、民衆を都合良くコントロールできないと、領主は務まりませんから」


 一介の騎士として実直に生きてきたゲオルクとしては複雑な心情だが、それに助けられている以上、文句が言える立場でもないと思った。


「しかし、こんな風に傭兵団を率いて盗賊の掃討に明け暮れる様になるとは、思ってもみなかったな」

「ずいぶん今更ですね」

「余裕ができたのかな。今までは、傭兵団の運営で手一杯だったが、多少慣れて来たんで、過去を振り返る余裕ができたのかもしれん」

「過去を振り返ると、何がありますか?」

「妙なもので、五年前の事件よりも昔の事は、あまり思い出さない」

「五年前の事件?」

「私が初めて部下を持つ身になった頃の事だから、良く覚えているのかな。五年前ならお前は十六だから、覚えているのではないか? フリードリヒ公暗殺未遂事件だ」


 五年前、蒼州公フリードリヒの暗殺未遂事件があった。下手人は判明しなかったが、蒼州公家はこれを、総督の雇った刺客だと主張。公家と総督府が軍勢を動員し、一触即発の対立状態がしばらく続く事件となった。

 今思えば、あれが現在まで続く戦乱の発端だったと言えよう。

 結局、暗殺未遂事件の真相は、今も闇の中だ。総督府などは、公家による自作自演だと主張している。

 あるいは両者を対立させるのが目的の、第三者による陰謀論。はては蒼州公家を潰すための、朝廷による策謀だという説まである。

 さすがに極端な陰謀論を支持する者は少ないが、そう思わせるだけの土壌があったことは確かだ。

 古くから尚武と独立独歩の気風が強い蒼州は、治めにくい土地だとされている。その蒼州を治めるために皇族を封じたのが、蒼州公家だ。

 だが蒼州公家はいつしか、朝廷に対して蒼州の主張と利益を代表して申し立てる、蒼州の旗頭となって、朝廷と対立を始めた。

 その土地に何代もいれば、その土地の人間になるのは当たり前だと思う。蒼州人となった皇族は、蒼州人にとって遠い都の皇帝よりも偉い存在という認識だった。

 他の土地では、あまりこういう事は聞かない。北の変州にもコルネリウス公爵家という皇族の家があるが、帝室の藩屏として、むしろ皇帝寄りだという。

 ともかく帝室と蒼州公家は、同じ皇族でありながら対立する関係になっていた。蒼州における帝室の出先機関が、蒼州総督府だ。

 だから両者の軍事的対立は、単に蒼州内の問題にとどまらない。帝国全体を揺るがす問題になる。

 誰もがそれを理解していたから、フリードリヒ大公暗殺未遂などという大事件が起きたのは、帝室が本気で蒼州を潰しに掛かった証拠だと取られた訳だ。

 それに当時は、今は亡き霊帝の片腕として『鵺卿(ぬえきょう)』がいた。暗殺未遂事件は『鵺卿』の策略で、暗殺に成功すれば良し。失敗しても、もう一方の腕である、昌国君が出動すれば、戦には勝てる。そんな思惑だったのだと言われている。

 最も、こういう話はユウキ合戦の後から生まれたものだ。つまり蒼州人の間に、昌国君の圧倒的な強さが知れ渡ってから生まれた噂だ。

 暗殺未遂事件の真相が分からないのを良い事に、憶測が憶測を呼び、次々と新説が再生産されている訳だ。

 しかし、あの事件が全ての発端だった事は、間違いないだろう。事件から三年後に、フリードリヒ大公は反乱を起こし、昌国君の手によって早期鎮圧された。そして翌年のユウキ合戦へと続いて行く。

 何十年何百年と溜まった蒼州の、歪みとでも言うべきものが、あの事件をきっかけに噴出したのだ。

 今となってはそれが良く分かるが、当時はそんな事は知らず、ただ起こった大事件と、それに続く緊張を、固唾をのんで見守っていた。まさか自分の運命を巻き込んで行くとは、夢にも思わずに。

 当時の暢気な自分を叱りつけてやりたいところだが、ほとんどの人間はゲオルクと変わらなかっただろう。


「事件の真相も闇の中なら、将来の展望も真っ暗で見えない。全く、昔思い描いていた人生設計など、何の役にも立たないものだな」

「本当に、どうしていいのか分からなくなりますで。それでもとにかく、生きるしか無い」

「そうだな」


 生きるために、戦をしなければならない。荷車の群れには、偽装用の柴が積まれ、(ほろ)で隠されていった。

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