ザルツブルク港防衛3
上。街の建物の上に、ネルトリンゲン騎士団の兵達は潜んでいた。そして、ゲオルクらを真下に捉えたとき、上から襲い掛かってきた。
なぜこんな事に気付かなかったと歯噛みする。いくら悔やんだところで、どうしようもない。
上からの奇襲を受けて、傭兵団は混乱に陥っていた。
「狼狽えるな。敵は少ない。押し包んで倒せ」
そう指示は出したが、ゲオルク自身は動けなかった。ニューマイヤーが、目の前にいる。
部下が数人、ニューマイヤーを囲んだが、動じるどころか余裕すら覗かせている。
ゲオルクは、ニューマイヤーの左手の武器に視線を向けた。小さなレイピア。それとも、馬鹿でかい錐と言うべきか。
鎧を容易く貫いたのは、つい今しがたこの目で見た。右手に持った剣で斬り合うと見せて、至近であの錐で鎧ごと貫くのが奴の戦い方か。
「常軌を逸しているとは、噂通りだな」
笑ったつもりだが、引きつったような笑いしか出なかった。
「お前達の戦い方も、これまでお目にかかった事の無いものだ。興味深い。その結論に至るまでの経緯を、じっくり聞いてみたいものだが」
「ネルトリンゲン騎士団長となら、ぜひとも語り合ってみたかった。だが生憎、ここは戦場なのでな。戦場の礼儀で付き合わせていただく」
ニューマイヤーを囲んでいた兵達が、一斉に斬りかかる。三人が、瞬く間に切り伏せられた。
あの巨大な錐を警戒しすぎたというのはあるが、単純に剣の腕が、段違いなのだ。斬りかかった方も、騎士の身分と実力を持つ者達であったのにだ。
兵達が、気圧されたように下がる。ゲオルクは剣を構えたまま、背中が汗でじっとりと濡れるのを感じた。
動いた。ニューマイヤーの剣先が、突きこんでくる。身を退いて躱した。浅い、と思ったら、払いながら深くなった。切っ先が首筋を掠める。
距離を取っての立ち合いは、むしろ向こうの領域だ。鋭い技を、軽快に繰り出してくる。この間合いで技を競えば、負ける。
かと言って踏み込めば、鎧も貫く錐が、いつ死角から突き出されるか分からない。
下がった。攻撃をいなしながら、下がり続けた。背中が、壁に着く。
剣の突き。弾いた。間合いが詰められる。錐。剣を捨て、地面を転がった。錐が、煉瓦に突き刺さった。
転がりながら短剣を抜いた。錐を持つ左腕を払う。錐を捨て、ニューマイヤーが下がった。短剣を投げつけ、その間に剣を拾う。
剣と剣の勝負。それも、至近距離ならば。踏み込んで、剣を突き出そうとした。不意に、殺気が全身を打った。飛び退く。二本目の錐が、鎧の表面を削っていた。
舌打ちしたニューマイヤーが逃げる。後方。海の方へだ。市壁の方へは、傭兵団を突破しなければ行けない。
ニューマイヤーの背後から、黒い雲が湧きあがった。それはすぐに人の形になる。ネルトリンゲン騎士団の部隊が、傭兵団の背後に現れた。
おそらく、広い範囲に分散して隠れていたのだろう。上から奇襲を掛けたのは、その中のほんの一部だったのだ。
後ろから襲い掛かる騎士団。傭兵団は、部隊としてはまだ前を向いている。間に合わない。
銃声。ゲオルクの目の前で、騎士団が横合いから銃撃を受けて崩れた。傭兵団の銃兵が、路地の奥から撃ったのだ。
銃撃のおかげで、辛うじて部隊が向きを変えるのは間に合った。
「押し込め!」
騎士団は、下がる事の出来る後背を広く持っている。しかし下がればいずれ、海を背に逃げ場を失うだけだ。突破を試みて、傭兵団と正面からぶつかった。
「これがゲオルク傭兵団の戦い方か。新しい。新しいぞ。魅かれるな!」
騎士団の先頭で、ニューマイヤーが興奮した面持ちで叫んでいる。
両軍が激しくぶつかり合う。ネルトリンゲン騎士団は、一歩も下がらなかった。一度下がり、地形と機動力を生かして隙を突く戦術を、いくらでも取れるはずなのに。
正面からぶつかり合えば、長槍を構えて押し込む傭兵団の戦法は、その威力を如何無く発揮した。一人一人の強さではなく、戦法としての強さで戦える。
戦法の強さを競えば、軽装兵で踏みとどまるネルトリンゲン騎士団を、圧倒とまではいかないが、有利に押す事ができた。
一人。また一人。ネルトリンゲン騎士団の兵が、槍に突き殺されて減っていく。槍を切り払い、踏み込んでくる敵も、後列の兵の槍に、結局は突き殺される。
ついに、ゲオルクの目の前で、ニューマイヤー自身が踏み込んできた。二本。三本。四本。五本と槍を切り払いながら進んでくる。だが、六本目に貫かれた。すかさず、無数の槍が体を貫く。
「道半ば、か」
目の光が消える。その直前のニューマイヤーと目が合った。無念の表情ではなかった。満足して死んだのでもない。
ただ、ここで死ぬのが惜しい。そういう顔をしていると思った。
ネルトリンゲン騎士団長ニューマイヤーを討ち、その他の兵も、しばらくして掃討した。団長が戦死してなお、一人として逃げる者はいなかった。
市内を制圧して、市壁の付近までたどり着いた頃には、残りの敵も大方、味方の手に依って討ち取られていた。
傭兵団も加わり、残敵を残らず掃討する。日暮れにはそれも終わり、ザルツブルクは完全に蒼州公政権の支配下に入った。
そして、ティリッヒ家の最精鋭、ネルトリンゲン騎士団は、ここに消滅した。
ザルツブルクを攻略した後も、軍事行動は続いた。と言っても、大した戦闘は無かった。
ニーダザクセン郡を隅々まで回り、総督府派に与する勢力を掃討して、郡を完全にこちら側の支配で固めるための軍事行動だ。
この期に及んで抵抗するような勢力はほとんどなく、諸侯の大部分は軍を差し向けると恭順を誓った。
総督府派が有利になれば、また裏切るのではないかとも思うが、とりあえずは心配ないだろう。
もはやニーダザクセン郡における蒼州公政権の支配は、強固なものとなりつつあり、総督府派が大規模に介入する余地はないはずだ。せいぜい、ちょっとした騒乱を起こす程度だろう。
しかし、ネルトリンゲン騎士団を相手にしたこの戦は、やはり犠牲も小さくは無かった。
旧ユウキ家の軍勢を率いていた、四遺臣の一人、ツィーグラー男爵が戦死していた。ティリッヒ家の機動歩兵に背後から襲撃を受けた際の混乱の最中で、戦死したという。
だがその分、この勝利で得たものも大きい。ニーダザクセン郡は蒼州公政権で完全に抑え、シュレースヴィヒ郡はオルデンブルクがアイヒンガー家を抑え込んでいる。ポンメルン軍のコストナー家は内乱を続けている。
蒼州の南三郡が、ほぼ脅威ではなくなった。今後は、北か西に集中できる。実際、軍の配置が北に重点を置くように変更された。
最も、それは正規軍の話で、傭兵団は相変わらず、以前の砦を拠点にしたままだ。
ティリッヒ侯爵家は、未だ五千以上の軍勢を有しているはずだ。しかし、最精鋭部隊を失い、その勢力を大きく後退させている。
総督府との関係も良好という訳ではなく、今後どれだけ両派の争いに加わろうとするかは、未知数だ。
蒼州全体を見れば、この一戦で一気に蒼州公派の優位に傾いたと言えるだろう。オルデンブルクのクーデターから流れが変わり、ネルトリンゲン騎士団の壊滅で、大勢が決したというべきか。
「蒼州公派の諸侯は、各地で攻勢を強めているようです」
帰って早々、テオが蒼州全体の戦力について、詳細な報告を持ってきた。
無茶な作戦をしなければならなかった今回の戦では、市内への突入に同行させるは危険すぎると、陸に残してきたが、その間に蒼州中の情報を集め、分析を繰り返していたようだ。
「まあ、こちら側がはっきりと優勢な事など、ユウキ公爵閣下が兵を挙げた直後以来かもしれんからな。それは勢いづくだろう」
「諸侯が好き放題勝手に戦を始めているのが、気になる所ではありますが」
「それは仕方がないだろう」
蒼州公政権も、傘下の諸侯を完全に統制し、命令に従わせる事ができる訳ではない。
諸侯の支持在っての政権であり、諸侯は独立した存在だ。総督府派である事が明確な諸侯を勝手に攻撃したからと言って、咎める事は出来ない。
「まあ、今の所問題は発生していないので良いのですが。傭兵団も、結果的にネルトリンゲン騎士団を打ち破ったという、この上ない名声を得ましたし」
「そういえば、アズミには碌に礼も言えなかったな。仕事が済むと、約束の報酬だけ受け取ってさっさとどこかへ行ってしまったし。本当に、良く分からん連中だった」
「確かにあれは変わり者です。彼らは普通、こういった戦に加わったりいたしませんから」
「そう言えば、奴らを連れてきたのはテオだったな。お前、奴らの事を知っていたのか?」
「昔からいるのですよ。山の中や、海辺に生き。定住をしなかったり、隠れて生きる、良く分からない者達が。多少、そういう者達とつながりがあったという事です」
「貴族でも、騎士でも、農民でも、商人や職人と言った街の人間でもないという事か?」
「はい。かと言って、賊徒と言う訳でもありません。税を払っていないので、ある意味賊かもしれませんが」
どこに住んでいるかも分からないし、何で生計を立てているのかも分からなくては、税の取りようがない。
とにかく、世の仕組み、帝国の支配の外に生きる者達、という事の様だ。そんな者達がいるということを、ゲオルクは全く知らなかった。
「まあいい。それよりも、これから先の動きだ」
ゲオルクが地図を広げ、その上に駒を置く。
「南三郡の心配が無くなり、勢いづいている今。上はこのまま決戦へ向かう事を考えるだろうな」
「総督府派の有力諸侯が軒並み脱落しましたから、千載一遇のチャンスと捉えてはいるでしょうな。実際は、もう少し地盤固めが必要になると思いますが」
「総督府の動きは?」
「兵力をかき集めている。と言うところです。いい加減、中央からの派兵が本格化してもおかしくない頃合いでしょう」
「有力諸侯が脱落しても、総督府はそう簡単に息の根を止められる相手ではないか。ならばまず、周辺の拠点を攻略して、橋頭保を築く戦からか?」
「それが定石でしょう。それに対して総督府は、守りを固めながら反撃ができる戦力が整うのを待つ。いえ、反撃してくれる援軍の到着を待つ。という戦略になるでしょうな」
「援軍を待つ、か」
そこに昌国君がどれほど関わって来るか。諸侯が軒並み脱落した以上、事実上、昌国君との決戦になるのが普通だ。
だが昌国君は一度、帝国東方の最高司令官である征東将軍を拝命している。慣例として、それ以下の官位には就けない。
征東将軍は、蒼州総督よりも上位の官だ。複数の州の軍・政・司法に渡る強大な権限を持つ。
故に扱いが難しく、帝国政府はその起用を渋っているのだ。
職権を乱用して勢力を築く事を恐れているのではない。昌国君は、そんな事をする人間ではない。
帝都の権力を握っている外戚一門が、先帝の御世からの対抗勢力である昌国君に、強大な権限を与えるのを嫌っているのだ。
昌国君にその気が無くても、反外戚派に担ぎ上げられる事は考えられる。そうなるくらいなら、蒼州の戦乱が長引く方がマシだと考えている。という事だろう。
総督府、そしてその後ろにある帝国政府の側も、決して一枚岩ではない。そのため、手足を縛って木に上る様な事を、昌国君に求める。
傭兵であり、上から命じられた通りにしか軍事行動を起こせない自分達も、似たようなものだ。不自由な中で戦う事を余儀なくされる。
元より、戦とはそういうものかもしれない。いや、戦に限らず、全ての物事が理不尽な枷を掛けられた状態で何とかするしかない。
「理不尽、か」
「何がですか?」
「全てが、だよ」
どこでもそんなもんだ。いちいち気にしてても仕方ねえ。アズミはそういって、陽気に笑っていた。
アズミは理不尽を、ある種の諦念と共に、明るく受け入れていた。
昌国君は蒼州の戦乱を北から眺めながら、理不尽な命令に何を思っているのだろう。
そして自分は、周囲を取り巻く理不尽に。例えば、ユウキ家が逆賊として滅ぼされた様な、どうしようもないと思われている事に対して、どう向き合ってきたのだろう。
どう向き合う事が、自分にとってふさわしい事なのだろうか。




