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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter3・戦野の風景
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53/105

ザルツブルク港防衛2

 港の防衛に当たっている敵の数は、ざっと見たところ、三百ほどだ。

 奇襲は一定の効果を上げ、三百全てが整然と秩序立って戦えている訳ではない。

 こちらも上陸戦と言う、戦うに十分な態勢とは言えない事を考えると、条件は五分。兵力ではこちらが大きく上回る。

 しかし、戦況は互角に近いか、下手をすると押されていた。

 ティリッヒ家最精鋭、ネルトリンゲン騎士団。その勇名は伊達ではない。一人一人の武芸の腕が、桁違いに高い。

 ゲオルクでも苦戦する相手が、ごろごろしている。傭兵団の一兵卒では、まともに相手にしていては勝負にならない。


「アズミ殿。あなた方は泳いででも逃げて――」

「うっしゃあー! 殺しだ殺し! とにかく殺すだけだし! 殺せなきゃ死ぬだけだし!」


 アズミは、相変わらず楽しんでいるように笑っている。これはもう、心配するだけ無駄だと思った。少なくともアズミとその部下達は、戦う気は満々だ。

 場合によっては、彼らを守りつつ戦わなければならないか、とも考えていたので、ありがたかった。他人を気遣っている余裕がない。それほど敵は、手練れ揃いだった。


「弓兵。銃兵。船の上からで良い。撃て!」

「暗くて狙いが付きません!」

「構わん。大体で良いから撃て!」


 大まかに敵が固まっている所に、矢と銃火が飛ぶ。狙いが粗くても、敵は身を隠さない訳にはいかない。その間、動きを止める事が出来る。密集している所に打ち込めば、敵を分散させる事もできる。


「囲め囲め!」


 一対多数に持ち込んで、個人の力量など関係無しに、確実に仕留めていく。

 敵もそれは分かっているので、常に数人単位での行動を崩さない。なのでこちらも、十数人で囲んでは、押し潰していく事を繰り返す。

 集団戦の戦と言う形になれば、いくらかはマシだ。

 傭兵団はここまでたどり着けた全員が上陸を完了し、港の一角を占拠して、戦線を構築しつつあった。


「旦那旦那」

「アズミ殿。どうした?」

「なんか変じゃね?」

「変、とは?」

「音」

「音?」

「街の市壁を味方が攻めてるにしては、音がおかしい。もっと外側で、野戦やってるような音がしてる」

「まさか」


 防御側が打って出ている。と言うだけではないだろう。そもそも城壁に取りつくことも出来ていない。という事か。


「しかし、確証がない」

「ん? うちの若いのに見に行かせてやる」

「できるのか?」

「出来なきゃ死ぬだけ。とりあえず行って来い」


 当たり前のようにアズミは言い、命じられた方も、当たり前のように様子を見に行った。本当にこいつらは、良く分からない。

 しばらく敵と押し合った。敵に援軍が来ないのがせめてもの救いだ。たった三百の敵で、これ程苦戦しているのだ。援軍が来ていたら、守るので精一杯だったろう。

 そうして敵と戦い続けていると、一体どうやったのか、アズミの配下が戻ってきた。


「騎士団は、後ろから来た敵に攻撃されて、大混乱です。ティリッヒ家ですね、あれは」

「敵の増援だと」


 おそらく、ティリッヒ家の誇る軽装機動部隊が、長駆して哨戒網の外から襲い掛かったのだろう。

 傭兵団にとって、これは深刻な事態だ。突入の時に船を潰しているので、逃げ様がない。騎士団が退却して、街の攻略に失敗すれば、傭兵団は逃げ場のない敵中に取り残される。


「何をやっているんだ、友軍は!」


 思わずそう吐き捨てたが、どうにかしない事には全滅する。


「敵中を突破して、味方の救援に向かう!」

「この敵を突っ切るのですか!?」


 悲鳴に近い声が上がる。


鴉軍(あぐん)を相手にするよりはマシだろう」


 上陸作戦なので馬を捨てた、ゲオルクの旗下六十人。それと、突破力ならばやはり赤隊だろう。

 ゲオルクを総隊長としたこの編成で、敵を突破すると決めた。


「ワールブルク。指揮を預ける。突破を援護してくれ」

「了解した。死ぬなよ。お前達が生きるか死ぬかに、傭兵団の全てが掛かっている」

「死なないだけで良いのなら、楽なものだが」


 全戦線で、一斉に攻勢に出る。いかに敵の腕が立っても、面での攻撃を、数に大きく劣る側が防ぎ続けるのは、苦しいはずだ。

 それに突破が目的なら、無理に戦う必要もない。小さくまとまって、敵にぶつかっていく。軍勢を一つの塊にして、敵に体当たりでも喰らわせるようにぶつかればいい。

 斬り合いに持ち込ませる間を与えず、敵を跳ね飛ばして、そのまま前へ突き進む。

 敵の一線の防御を突破してしまうと、後は遮る者もいなかった。兵力が少ないので、後方で備えておく部隊もいない。追撃は、残った味方が牽制してくれる。

 市壁に張り付いている敵が九百いるはずだが、それがこちらへ向かって来ていなくて助かった。

 市街の味方が崩れた事で余裕を得た敵が、一部隊でもこちらに回していれば、相当足止めを喰らっていた事だろう。その間に味方が完全に崩れてしまえば、もはや手の打ちようがなかった。

 両軍がぶつかり合う場所での喧噪は街に満ちているが、それ以外はむしろ、静まり返っていた。

 市民は戦の前に多くが逃れたのか、息を潜めている気配すらない。街に残った市民も、なんとなく遠巻きにこちらの様子を窺っているだけの様だ。

 積極的に敵を支持しないだけで十分だ。今は、僅かな足止めも喰らいたくない。

 市壁が見えた。外から激しく攻め立てられている様子が無い。やはり外の友軍は、それどころではない状態に陥っているようだ。

 門。思わず悪態を吐いた。中隊規模の敵が、門を警護している。


突撃(ロース)!」


 撃破して、門を開くしかない。敵はしっかりと陣形を組んで待ち構えていたが、躊躇(ためら)わず突っ込んだ。

 堅い。敵は騎士としては軽装なのだが、驚くほど堅かった。鎧の厚さではなく、戦い方で堅さを生み出している。

 突破力には絶対の自信を持っている赤隊が、止められていた。

 肌が粟立った。ここで敵の増援が来れば、為す術なく包囲される。ただ今のところ、その様子はなかった。市壁の外がどうなっているのか分からないが、市壁を無防備にはできないのだろう。


「長槍を使え」


 一度退いて体勢を立て直し、長槍を構えた密集隊形を取る。

 ハリネズミのようになった赤隊が、門を守る敵を押しまくった。さすがにこれには、有効打を撃てずに敵が押される。


「いいぞ、このまま押しまくれ」


 密集隊形と言っても、道一杯に展開している。これならば野戦と違い、側背に回り込まれる事はほぼ無い。

 押され続けた敵が、これ以上下がると、逃げ場のないまま槍に突き殺されると、危機感を感じ始めた。反撃が、より一層必死なものになる。

 反撃が厳しくなっても、攻め手は変えなかった。じわりと押し込む。下手な動きを見せれば、必ず隙を突かれる。急ぎたい所なのだが、堪え所だ。

 押した。押しに押した。ついに、押し切った。敵が、完全に逃げ場を失う前に、路地に逃げ込み始めた。


「門を開けろ。叩き壊せ!」


 立派な門だが、木門に金属で補強をしてある物だ。城塞のような鉄扉ではない。

 (かんぬき)を外す。鍵が掛かっていた。体当たりで、門を叩き壊して開ける。外側に向かって開く門だ。外から破るよりは、簡単に破れるはずだ。

 散発的な敵の矢を受けながらも、何度も体当たりを繰り返した。弾かれた様に、門が大きく開いた。鍵が壊れたのだ。

 市壁の外に飛び出した。

 戦況は、予想通りのものだった。だからと言って楽観はできない。二千の味方が、ティリッヒ軍の攻撃を受けて、崩れかけている。敵は一千に満たない、九百といったところだ。


「味方を救援する。密集隊形を組め!」


 救援と言っても、九百の敵に、三百六十でまともにぶつかれない。密集隊形で味方の楯になり、立て直す時間を稼ぐしかない。

 敵味方の間に割り込み、槍衾(やりぶすま)を組んだ。

 ティリッヒ軍は、思いがけぬ増援にたじろいだ様だが、すぐに傭兵団を一飲みにしようと、激しく攻め立ててきた。

 正面から攻めかかって来るような愚は冒さず、側背を狙ってくる。しかしいかに機動力があると言っても、所詮は歩兵だ。あっさり側背を取られるほどではない。

 むしろ、敵の数の方が問題だ。押し包まれれば苦しい。味方が立ち直る時間を稼ぐのが目的なので、敵が全軍で包囲してくれるのなら、むしろ望むところではある。だが苦しい事は苦しいのだ。

 敵の方も、目先の敵である傭兵団に惑わされるような事はない。傭兵団には一部の兵を当て、残りを引き続き正規軍の攻撃に当ててくる。

 一部でも引き付けられているだけ、マシと言うべきか。


「くそ、ここで騎兵があれば」


 ゲオルクは歯噛みした。たった六十騎でも駆け回る事が出来れば、敵のほとんどを、束の間でも封じ込める事が出来たはずだ。欲しい時に限って、欲しい戦力が無い。

 それでも、敵の圧力が減った分、味方は立ち直り始めている。蒼州公家の軍勢が、規律を取り戻しつつあった。旧ユウキ家の軍勢は、まだ乱れている。

 乱れ方が、尋常ではない。何か、致命的な打撃を受けたのか。ここから見た限りでは、甚大な被害を受けたようには見えない。

 余計な事は考えないようにした。敵の動きに集中する。

 敵は、赤隊の密集隊形を攻めあぐねている。軽装機動を身上とするティリッヒ軍では、ハリネズミのように構えた陣形に、迂闊に触れる事も出来ないでいる。

 こちらを無視しようとすれば、ゲオルクの六十が背後を取ると言う動きを見せて、牽制する。

 実際、僅か六十で敵に突撃すれば、背後を取ったとしても犠牲は大きいだろう。敵もそれは理解しているはずだ。

 ここで拘束されるか。上手く振りきるか。それとも、振り切れずに痛み分けか。それが敵に突き付けられた三択だ。

 振り切りたい。が、振り切るのに失敗すれば、痛撃を喰らう。それを厭う間は、敵はここに拘束される。

 こちらとしても、犠牲が増えることは避けたい。だがそれを辞さないという姿勢を見せる事で、敵を躊躇(ためら)わせる。

 敵が、犠牲に目をつぶる覚悟を決めてしまうのが一番まずかった。そうなればこちらも黙って見過ごせず、犠牲を覚悟で突っ込むしかない。

 だから、適度に手を抜かなくてはならない。振り切れるかもしれないと希望を抱かせる。それで、犠牲の出る方法を選ばなくても良いかもしれないと、思わせ続ける。

 加減を少しでも間違えば、どちらかに振りきれてしまう。本当に取り逃さず、強行突破もさせない。綱渡りの様なものだ。

 幸い、こういう駆け引きは不得手ではない。軍の指揮と言うよりも、剣の立ち合いに近かった。相手の呼吸を読み取り、にらみ合ったまま、相手の出方を読み続ける。

 軍全体ではなく、それを率いる敵将一人だけを相手にしている気分だ。実際、そうなのだろう。

 ゲオルクはただ一人だけを相手にしているし、ただ一人しか相手にできない。軍の指揮を執る立場になっても、一人の戦士としての戦い方以上のものは、持ち合わせていないのだ。

 流れが変わった。確認するよりも先に、肌でそれを感じた。静かに息を吐いた。とりあえず、勝った。

 味方が立ち直り、敵を押し始めていた。まともな勝負になれば、数に勝る味方が、単純に強い。


「戻るぞ。一気に市内へ突入する!」


 傭兵団は向きを変え、破壊した門へと殺到した。

 敵がなんとか防ごうと、門の応急修理をしている。市壁の上から、矢や石が降り注ぐが、足を止めずに駆け抜ける軍に対しては、効果が薄い。突破して、市内へ再突入を果たした。味方の騎士団が、後に続いてなだれ込む。

 市壁の敵は騎士団に任せて、港に残してきた味方との合流を目指した。

 味方はゲオルクらが市内を突破したときと同じく、港を中心に戦線を構築し、それを維持し続けていた。


「市内の敵を掃討する。戦線を維持したまま、端から順に制圧しろ。一兵たりとも敵を抜かせるな」


 下手に攻めに出ていれば、敵を蹴散らせたとしても、散り散りになって逃げられていた。戦線を押し上げていけば、確実に敵を狩りだせる。

 相手がティリッヒ家の最精鋭部隊である以上、仕留められるときに確実に仕留めておくべきだ。

 港側から、市壁へ向かって戦線を押し上げて行った。市壁の付近では、敵味方の激戦が続いている。市外でも、野戦は続いているはずだ。

 市内に残る敵を掃討しながら、味方と合流して敵の殲滅を図る。市内の敵兵も、強行にその場に踏み止まる事はしなかった。押せば、抵抗しながらも退く。

 戦線の一部が混乱したのは、突然だった。組織的な反攻を受けたという事は分かったが、この期に及んでこちらに向かってくる理由は、何もないはずだ。

 旗下の兵を連れて前線に出て、混乱を鎮めた。


「団長! 敵部隊。正面から突撃きます!」

「構え!」


 ゲリラ戦を展開しようと思えば、いくらでもできる市街地で、正面突撃というのは逆に意表を突かれた。槍を並べようとするが、構えきらないうちに、敵が斬り込んできた。


「退け! 戦線だけは維持しろ!」


 押されている。一度下がって、体勢を立て直す。こちらが下がると、敵も距離を空けた。一人の敵が、こちらを見た。


「なるほど。お前がゲオルク・フォン・フーバーか。面白い素材だと聞いていたが、噂通りの様だな」

「何者だ」

「ネルトリンゲン騎士団長、ディートリヒ・ニュマイヤー、と名乗っておこう」

「お前が」


 勇名高いネルトリンゲン騎士団の団長。もちろんその名は知っている。ただ、単に精鋭部隊を率いる男、と言うのとは違う。

 ティリッヒ家得意の軽装機動戦法を基本としながらも、重装騎兵の様な正面突撃や、重装歩兵の様な足を止めてのぶつかり合いなど、およそ軽装兵ではありえない行動を、不意に取る事で有名だ。

 予測不能なその行動パターンをして、常軌を逸していると評される男だ。


「勇名高いニューマイヤー殿とあれば、是が非でも討ち取らぬ訳にはいくまい。ここでは得意の機動戦も思うようにはいかぬだろうが、悪く思うな」

「むしろ望むところ。お前達がどのような戦い方をするのか、この身に味わわせてくれ」

「押し出せ!」


 今度こそ道幅一杯に槍衾を作り、敵を押し上げる。敵はその場に踏み止まり、突き出される長槍に怯む事無く、激しく抵抗した。

 だがこういう形の戦になれば、傭兵団は他の誰にも負けぬ経験がある。敵兵を、次々と突き殺して進んだ。

 敵が退いた。動き始めると、軽装兵らしい俊足だ。不用意に追って陣形を崩す事は避け、構えたままじりじりと進む。


「路地を固めろ」


 敵の姿が見えなくなった。路地を伝い、こちらの背後に回ろうとする事が考えられる。兵を分散して派遣し、一本残らず路地を掃討しながら進む。

 だが、どこからもまとまった敵を見たという報告は上がらなかった。ほとんど抵抗の無いまま、進軍を続ける。

 嫌な感覚がした。何かを見落としている気がする。

 軍勢を止めた。もう一度、付近を良く調べるよう命令を出そうとしたとき、ゲオルクのすぐ傍に何者かが降り立った。


「団長!」


 割って入った兵が、胸を刺される。刺しているのは、紛う事無きニューマイヤーだった。

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