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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter2・大地の息子たち
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廃城襲撃1

 初めは小さな農民一揆だった。度重なる戦乱に因る農地の荒廃。横行する盗賊。そして安全保障の名目で課される新税。それに耐えかねた農民の武装蜂起。今の蒼州(そうしゅう)では、決して珍しくは無い事のはずだった。

 だが騒乱は容易には鎮圧されず、むしろ賛同者を増やして急速に拡大していった。それでもまだ、直接利権を失う恐れのある者達にとってのみ問題とされる出来事でしかない。そう思われていた。

 蒼州の諸侯たちがその脅威に気付いたときには、すでに炎は足元にまで及んでいた。一日ごとに倍増していくような勢いで拡大した一揆勢は、戦闘員推定一万を超え、アンハルト・ザール両郡の北部に巨大な勢力圏を確立した。

 彼らは『オステイル解放戦線』と名乗り、農民による自治を宣言。それは総督府派、蒼州公派に関わらず、既存の全ての支配者層の否定と、挑戦だった。

 両派閥は一時休戦を余儀なくされ、自らの足元が崩壊する危機に対処する必要に迫られた。

 ユウキ公爵家首脳部にとっても、この事態は衝撃的だった。蜂起の始まったアンハルト郡は、元々ユウキ公爵家の領地であり、解放戦線が軍勢を南下させれば、すぐにも現在のユウキ家支配地域に達する。

 一刻も早い、解放戦線の殲滅。それが緊急の課題として現れたのだ。しかし、現在の支配領域の領民が、解放戦線に同調して蜂起する恐れもある。不用意に根拠地を空にする訳にはいかない。

 よってこの事態への対処は、ゲオルク傭兵団を主体にして行う事が決定された。


「そういう訳だ。我らは今後しばらく、オステイル解放戦線の専任という事になる」


 小隊長以上の者を召集し、ゲオルクはユウキ家首脳部の決定を伝えた。誰の顔にも、緊張の色が浮かんでいる。なにせ敵は万を超える大勢力だ。かつて単独でそれだけの兵力を抱えていた勢力は、ユウキ公爵家か蒼州公家しかない。


「まあ、兵の質に関しては、盗賊と大差ないはずだ。それに、どの勢力も解放戦線を脅威と感じ、その討伐に動き出しているらしい。我々だけで一万を相手にする訳じゃない」


 とは言え、数千を相手にする事は覚悟しなければならないだろう。それに対してこちらは、三百しかいない。例え正規の騎士団であっても、苦しい戦力差だ。


「こちらから手出ししなくても、いずれは戦うしかないだろう相手だ。ならば、こちらから仕掛けた方が、戦いやすい。そう思おうじゃないか、皆」


 そう言って笑うと、何人かが笑みを浮かべた。まだ堅さは残るが、無用な緊張は無く、闘志も失ってはいない。


「すぐに戦、という訳じゃない。相手が相手だ、情報を集め、慎重に戦略を練る必要がある。だがいつでも出れる覚悟は決めておけ。以上、解散」


 それぞれが、自分の担当に戻る。部屋にはゲオルクとテオだけが残った。


「首脳部も、今回は本気のようですね」

「ああ。戦費として送ってきた特別予算も破格だし、解放戦線の動向を探る諜報にも、本気で取り組んでいるようだ」

「まだ、そんな力を残していたとは、さすがにユウキ公爵家は、底力がありますね」

「底力を振り絞り始めた訳だ。しかし、それほどまでに解放戦線を脅威と見なしている、という訳だな」

「当然でしょう。彼らは領主も、総督も、皇帝を頂点に抱くこの帝国の支配さえ、否定しているのですから。これ程過激な集団は、前代未聞ではないでしょうかね」

「皇帝すらもただの人、従わなければならない理由は無い、か。確かにそれは、全ての支配者への挑戦で、過激な思想だな」

「ゲオルク殿の理解は、あくまで理屈の上でのものですな」

「どういう事だ?」

「支配者として生まれ育った者ならば、もっとどうしようもない恐怖と、嫌悪もしくは怒りの様な感情を抱くはずです。ゲオルク殿の言葉には、それほど強い感情が無い」


 そういうものなのか、と思う。支配者ならば、自分の立つ足場が崩れる様な、恐怖の感覚があるのかもしれない。


「一も二も無く否定するような感情が湧かないことは、確かだな。農民による自治など、自分たちの問題に自分たちで向き合うのは、望ましいことだとさえ思う」

「まさか、敵に走ったりはしないでしょうね?」


 テオが心配して見せるが、本気ではない。ゲオルクも笑って答える。


「全ての支配者を否定すると、主君への忠義も不要という事になるからな。さすがにそれは、騎士として同意できないさ」


 別に、主君に盲従すればいいとは考えていない。主君のために、どうしても間違っていると思えば、逆らってでも止める。だが多少疑問がある程度なら、迷いを振り切って信じる。

 全ての人間が全体のことを考え、深く遠く思慮をめぐらす事は出来ないのだ。ならばその責任がある主君がそれを担い、家臣は主君がそうである事を信じて、多少の疑惑があっても信じて従う。それが忠節というものだ。そう思っている。

 それに、一部の事ならばともかく、全ての事を農民たちで自治すると言うのは、無理がある。

 正しい判断をするには、正しい知識が必要だ。だが農民には、文字が読めない者も少なくない。これでは正しい判断はできない。そこに付け込んで、税を多く詐取する悪徳領主もいる。

 全ての民に十分な学問をさせようとすれば、働き手が足りなくなる。畑を耕すのも、食器を作るのも、家を建てるのも、全て一人でやっていては、手が足りないのと同じだ。畑を耕しながら政治をすれば、どちらも不十分にしかできなくなる。

 だから農民が働き、彼らに養われる騎士や領主が学問を積み、民のことを考えた政治をする責任がある。

 責任を果たさない領主などは糾弾されてしかるべきだが、だからと言って全ての支配者を無くしてしまうのは、極端に過ぎる。


「ところで、特別予算があれば、以前からの懸案だった、兵装の統一ができるのではないか?」

「そうですね。物にも依るでしょうが、武器の統一くらいは十分にできると思います」


 これまで傭兵団は、規格の統一された兵装を支給する金銭的余裕が無く、兵がそれぞれ武器を自弁し、それができない兵に古い武器を与えていた。

 しかし武器装備の不統一は、統一された行動を妨げる。軽装兵と重装兵が混在していれば、移動速度にばらつきが出るし、武器が統一されていないと、陣形を組んでも効果が薄い。


「いくつか候補は絞ってありますが、どういう武器を正式装備として採用しましょうか?」

「まあ、まずは無難に槍だな」


 戦場で集団戦を戦うならば、やはり主兵装は槍などの長柄武器だ。それに、一人一人の力量が騎士に及ばない傭兵団では、集団戦を徹底した方が良い。その観点からも、長柄武器を揃えるのが良いだろう。


「一応、斧槍(ハルバード)という選択肢もありますが」

「練度の低い兵では、扱いきれずにかえって動きを悪くする恐れがある。調練は積んでいるが、過信せずに安全策で行くべきだと思う」

「ではやはり、槍ですな。槍と言ってもいろいろありますが」

「5mくらいの長槍を揃えられないだろうか?」

「5m? 長すぎませんか?」

「騎士を相手取ると想定すれば、これが良いのではないかという結論に達した。相手よりも長い槍を持てば、技量の差が出る戦いにはなりにくい」

「接近戦に不利すぎます」

「だからこそ、兵が自然に集団戦を選ぶ。それにいざとなれば、柄を切り落とせばいい」

「あくまで、集団戦に特化すると言う訳ですか」

「個々の技量では、決して騎士には勝てない。鍛錬の蓄積が違い過ぎるからな。だが優れた個人の集団が、個の戦闘力では劣った者の集団に負ける事はある」

「理屈は分かります。しかし、大金を投じて導入するのは、賭けです。そう上手く行くと言う保証はありません」

「だが集団戦で効果を発揮するやり方である以上、少数だけ導入して様子を見ようとしても、意味がない。

 私は、オステイル解放戦線と言う敵を相手にする今が好機だと思っている。組織・集団として統一された戦い方がどこまで通用するか、数において勝る敵との戦闘で実証できる」

「分かりました。団長がそこまで決意されているのなら、私に異論はありません」

「苦労を掛けるな」

「ただこれだけの長槍となると、特注になります。まあ、柄を長くするだけなので、時間も費用も大して増えはしないでしょうが、少々お時間はいただくと思います」

「そのくらいは覚悟の上だ。頼むぞ」

「やれやれ。予算の心配はなくなっても、私の苦労は減りそうにありませんね」


 そう言ってテオは、仕方がないなと言う風に笑った。

 翌日からの調練は、新しい槍の使い方を覚えるためのものになった。まだ注文した槍は揃っていないので、同じ長さに切った棒を用意して、調練用の槍にする。

 長い槍は、実際の重さ以上に重く感じる。長さを持て余して味方を傷つけてしまう事が一番懸念されたので、それだけは絶対に起きないように、扱い方を仕込ませた。

 大体の兵が槍を扱えるようになると、今度は戦法の調練を始めた。隊列を組んで、槍を構える。長く構えているのは難しい。

 槍の石突を地面に突き立て、穂先が上を向くように構えさせた。これならば、片手でもなんとか構えていられる。ただし、動く事は出来ない。敵を待ち構えるときの構えだ。

 こちらから攻めるときのやり方として、肩の高さに構え、突くと言うよりも、そのまま前進する方法を試してみた。リーチが長いので、これでも十分に脅威になると分かった。

 調練をしているうちに、長い槍を使うのなら、その長さを生かそうと考えて、兵が独自に工夫を始めた。横から殴りつけたり、立てた槍を、相手の頭上に振り下ろす戦法だ。殺傷よりも、相手の陣形を崩す事に効果を発揮する。ただ、陣形の前面にいる兵しか使えない。

 全体として、決して悪くはない。あくまで調練ではだが、ほぼ予想通りの、満足のいく結果を出している。ただ、機動力が格段に落ちていた。

 正面の敵が相手ならば、たとえ騎兵の突撃でも止められるのではないかと思えた。しかし、側背に回られたときに、即応できるだけの機動力が無い。槍の長さが邪魔をして、方向転換にも手間がかかる。もちろん、背後から攻撃を受けようものなら、無防備を晒す事になる。

 これがもっと大軍。桁が一つ多い、三千の軍勢であったなら、そもそも側背に回り込むにも大回りが必要で、時間を稼げるだろう。しかし、三百では容易に回り込まれてしまう。

 使い所を選ぶ必要がある。場合によっては、槍を捨てて戦闘に入ることも必要だろう。それは兵の問題ではなく、情況判断と指揮の問題だった。

 側背に回られることを防ぐ別働隊がいれば問題は解決するが、その役目が果たせそうなのは、四騎の騎兵だけだった。

 特別予算で馬を増やし、傭兵団で十二頭の馬を飼育できるようになった。四頭が斥候・伝令兵用。ゲオルク、テオ、ハンナ、ワールブルクに一頭ずつ。残った四頭が、元騎士の兵に与えられ、騎兵になった。

 騎兵がいれば、ずっと戦術の幅が広がる。そう思ったが、さすがに四騎ではどうしようもなかった。かと言って、これ以上増やすことも難しい。騎兵を捨てて、長槍密集隊形一本に専念するべきか、迷うところだ。

 歩兵と騎兵を組み合わせる戦法は、騎士団のものだ。優れた戦法であり、数を頼むだけの敵が相手だったら、半数以下でも撃破は難しくない。

 しかし、そういう戦法を駆使する騎士団を撃破するのに、同じ様な戦い方をしていては駄目かもしれないと思う。そうは言っても、巧みで強力な戦法だ。容易には捨てることも、上回ることも出来ない。

 今あるもの、今まであったものを越える事の難しさを、ゲオルクは痛感していた。

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