都市再奪回3
一連の戦闘で、リントヴルム市は流石に損傷を負った。その再建と防備の強化のために、防衛部隊が増強されることに決まったらしい。
傭兵団も健常な者は復興を手伝いながら、戦後処理に当たっていた。ゲオルク自身も、背中に大砲の破片が刺さった傷。正面にヴィルヘルム・レーヴェに斬られた傷を負っている。
「ゲオルク殿、お怪我の具合はいかがですか?」
「テオか。大した事は無い。化膿しない様に気を付けていれば、すぐに塞がる」
「それは何より。兵の被害も、渡河作戦を行ったにしては大したものではありませんでした。我らが傭兵団も、力を付けてきたという事ですかね。特に小隊長格に、思いのほか優秀な人材が多い」
「そうだな。だがそれに安住して、調練を怠るようでは困るぞ。部隊としての強さは、結局どれだけ調練を積んでいるかなのだからな」
「そこはそれ、私の管轄外という事で」
テオが苦笑いする。ゲオルクも、小さく笑った。
「ただ見舞いに来た訳ではないだろう。何か掴んだか?」
「大した事は。この街を占拠していた傭兵団ですが――」
「レイヴンズ、だそうだ。リーダーの男は、ヴィルヘルム・レーヴェと名乗っていた」
「そうですか。ではそのレイヴンズですが、総督府の雇われで間違いないと思います」
「総督府か。どうせ、そんなところだろうと思っていた。しかし、良く調べ上げたな?」
「そこはまあ、いろいろと」
にやけた笑みを顔に張り付かせてはいるが、いくら問い詰めても決して話さないな、と思った。ネーター家の情報網か、あるいはテオの個人的なものか。
「総督府は、傭兵の活用に大分熱心なようです」
「元々、総督府単独ではそれほど大きな兵力を抱えてはいないからな。手っ取り早く調達できる戦力として重宝している訳か」
「総督府の公認を受ける事は、つまりは国家公認という事ですから。看板替えした盗賊も多いのでしょうな」
看板を変えても、やることは変わらない。だたそれまでは無差別に盗賊行為を働いていたのが、総督府の指示する敵対勢力の勢力圏内で仕事をするというだけの事だ。
その上、無理をして略奪をしなくても、適当に破壊を繰り返せば、総督府が報酬を払ってくれるのだ。ただの盗賊よりも、ずっと安全で儲かる仕事だろう。
「多いのか、そういう盗賊は?」
「ほとんどは雑魚です。そのうち総督府でも、持て余すんじゃないでしょうか? ただ、ちょっとできそうなのも、いる事にはいます」
「あいつも、その一人と言う訳か」
「派手に名を売っているようですが、必要以上の盗賊行為はしていない様ですね。戦場でまともな戦力として数えられるような組織を作り上げることを、目標にしているのかもしれません。私たちの様に」
「真っ当な戦力として名前が売れれば、総督府にこだわらなくても雇い主はいくらでもいる。失業の心配が無いし、都合良く使い捨てられる恐れも減る、か」
「傭兵を商売と考えるのなら、実に上手くやっていると思いますよ。同じ立場にあれば、私も同じ様に立ち回るかな」
「同感だ。盗賊的な仕事を避けているのも、下手に悪名を背負うのを避けているのだろうな」
「いや、それもあるでしょうが、単にもっと適任者が総督府にはいる、というだけのことだと思いますよ」
「誰だ?」
「ホルスト・フォン・マンスフェルトと言う男です。聞いたことありませんか?」
微かに聞き覚えがある様な気がする。盗賊的な仕事が得意な傭兵という事を頼りに、記憶の糸を手繰った。
「まさか、『甲冑を着た乞食』か?」
「そのまさかです。戦より、略奪の方が上手、かつ容赦の無い事で有名な奴です。金払いが良いので、配下の評判は悪くないと聞いたこともありますが」
「通った跡にはぺんぺん草も残らない、歩く蝗害なんて評価も聞いたことがあったな」
人間の欲と、弱者を弄って優越感を得る性向に精通した、典型的な傭兵像の一つだろう。
おそらく今もどこかで、総督府に逆らう諸侯の領地を荒らし尽くしているに違いない。逆らえばマンスフェルトを送り込むぞ、というのは、有効な脅迫だろう。
「傭兵がみんな、マンスフェルトの同類だと思われたくはないな」
「違うとも言い切れないでしょう。極端な例と言うだけで、多かれ少なかれ、共通するものは持っています。正規軍でさえもね」
皮肉というよりも、醒めた物言いだと思った。
「しかし、戦力のレイヴンズと、略奪のマンスフェルトか。総督府は案外、悪く無い手札を抱えているな」
「いえ、実はもう一人、個人で名を上げつつある傭兵がいまして」
「個人?」
テオがわざわざ言及する個人とは、よほど脅威なのか。
「女傭兵だそうです。ヴァーグナーといったでしょうか。女だてらに男の騎士顔負けの腕を持つとか……」
「ははあ、なるほど」
「なんですか。その顔は」
「テオ。お前その女傭兵が、妹と似ていると思っているんだろう。だからこそ、その二人が相手と勝負をしてみたいと思う。そうなったら面倒な事になる。そう思っているのだろう?」
「まあ、ハンナなら言い出しかねませんが、ワールブルク先生が止めてくれますよ。多分」
「なんだかんだ言って、妹が心配か」
「そりゃ、心配しますよ。心臓に悪い。うっかりどこぞで討ち死にでもしたら、父上がどれだけ悲しむか」
「家宝の鎧と剣まで与えたネーター卿が、いまさら娘の戦死を悲しむかね? そういう口実で、お前が心配していると認めたらどうだ」
「そういう訳では。だいたいあんなんだからあいつは、貴族としては行き遅れ掛けていてですね――」
それ以上は聞き流した。ただテオも年相応に若いのだということを、ただ笑っていた。悪いことではないと思った。
一通りテオにしゃべりたいだけしゃべらせた。満足したというより、しゃべりつかれたという風で、テオはようやく言葉を切った。
「ところで、なぜここなんだろうな?」
「ん?」
「いや、どうして総督府はわざわざこのリントヴルムを占拠したのかと思ってな」
「ここが、州都から東にある唯一の拠点だからでしょう。こちら側の」
確かに、総督府のある州都フリートベルクから東の地域で、明確に蒼州公派の支配下にある都市は、ここだけだった。
しかし、もう少し東に進めば海という立地だ。拠点と言うには、いくら何でも遠すぎる。二つの都市の間には、軍事的にずっと重要な拠点もある。そこは、総督府派に抑えられている。
リントヴルム市は、脅威と認識できるような都市ではないはずだ。しかし、総督府がわざわざ部隊を送り込んできたということは、脅威と認識されているという事だ。
総督府は、かなり怯えていると言って良い状態にある、という事か。総督府派が一枚岩ではないとはいえ、言ってしまえば落ち武者の群れに過ぎない蒼州公派を、そこまで恐れているのか。
その割には、軍勢を出してアイヒンガー家と小競り合いをするなど、やけに強気な行動も見られる。
いや、本当は弱気だからこそ、強硬な姿勢を取って、虚勢を張っているというのが真相なのか。
推測以上の事は出来ない。しかし、一つ考えられることは有る。
「総督府は、またこの街に軍勢を送り込んでくるかもしれないな」
「十分に考えられる事ですね。こんな遠くまで、気軽に兵を送り込んでくるとは思えない。かなり本気の行動だったと見るべきでしょう。ならば、一度で手を引きはしない」
「まあ、防衛部隊も増強される様だから、そうすぐに、何度も攻撃を受ける事は無いだろうが」
そうであって欲しい。どこかにそういう気持ちがあった。しかし、テオは厳しい顔をしている。
「どうでしょうね。防衛部隊の増強が、裏目に出ないと良いですけど」
「裏目だと。どういうことだ」
「戦を避けるなら、この街を放棄すればいい。戦略的に言って、あまり価値のある都市ではありません。言っちゃあ悪いが惜しくはない。
でもなまじ兵力を増やしたせいで、捨てるのが惜しくなって、ずるずると不毛な消耗戦にならなければいい。そう思ったまでです」
確かにリントヴルム市は、今のユウキ家の勢力圏からは北に遠く離れ、孤立している。確保しておくにも負担が大きく、それに対する見返りは少ない。しかし、捨てられはしないだろう。
「我々はただでさえ厳しいのだ。だからこそ、維持できないからと言って都市一つを放棄すれば、それこそ人心が離れかねない。軍事的・経済的に価値が無くても、政治的に捨てられないだろう」
「まあ、そうなるでしょうねぇ」
そんなことは、ゲオルクよりもむしろテオの方が良く分かっていることのはずだ。だがそれこそが間違い、あるいは落とし穴なのだ。そう言いたそうだと思った。
だがもし、仮にそれを言ったところで、何にもなりはしない。言っても仕方の無い事なのだ。
「まあ、総督府がまたここに軍勢を送り込んできたら、今度こそそんな遠征軍は、我らの手で完膚なきまでに討ち果たせばいい。そう思おうじゃないか」
「そういう面も、無くは無いですが……」
「そういう風に、思っておこうじゃないか」
この街は、傭兵団の初陣の地だ。多少なりとも、思い入れの様なものがある。この街に敵が迫るのなら、我らが街を守ればいい。
ただの感傷だ。それは良く分かっている。分かっているから、これは自分の胸の内だけの事だ。
騎士が強く、傭兵はそれに及ばない。その理由は、単に鍛錬を積み重ねた年月の差だけだとは思わない。騎士には、守るべきものがあるから強いのだと思っている。
傭兵に、何か守るべきものを持たせたいというのは、無理な話だろうか。それは分からないが、少なくとも持たせたいとは思う。この傭兵団を、ただ金のためだけに働く傭兵団にはしたくない。
何かしらの理念と、守るべき何かを持った集団であってほしい。そう、ゲオルクは思っている。
「しかし、やはり総督府が最終的な敵になるのだな」
「何を今さらな事を」
「いやなに、総督府がいくら傭兵をかき集めたところで、大した脅威でもないさ。諸侯の精鋭が出て来るのに比べたらな。ただ総督府には、やはり他にない権限が色々とある。そっちの方が問題だ」
各属州総督府の主な役割は、一つは担当州内における反乱の防止と鎮圧だ。
政府直轄領の行政を行う代官としての役割もあるが、直轄領はせいぜい中堅諸侯レベルだ。それに取り立てた税は一旦都に送り、改めて予算として配分されている。いくら厳しく徴税したところで、総督府の予算が増える訳ではない。
もちろん、報告の義務のない、裏の予算を独自に作れば別だ。ただ不正防止のための監査もあり、そう容易く不正会計ができる訳でもない。
総督府に与えられる予算は、それほど多くは無い。必然的に、抱えられる常備軍にも限りがある。蒼州総督府なら、二千から二千五百程度だ。
だから反乱の鎮圧の際は、州の諸侯に動員命令を下し、総督府の指揮下に置く。そのため大諸侯のいる地方では、どうしても諸侯の方が立場が強くなる。
フリードリヒ大公反乱前の蒼州がまさにそうだった。蒼州公家とユウキ公爵家が強固に連帯していたので、総督府も強い事を言えなかった。
だからこそ、フリードリヒ大公の反乱。それに続くユウキ合戦では、蒼州の半分がこちら側に着くほどの勢力になったのだ。
それでも総督府側が勝った。いや、今は勝っている理由は、何と言っても中央から派遣された官職であるがゆえだ。
反乱が深刻な事態となれば、政府に援軍を要請することができる。その場合、昌国君のように総督よりも上位の指揮官が置かれる事もあるが、最終的な始末をつけるのは、やはり総督府だ。
その他、数より質に重きを置いた部隊が中央から派遣されてきて、一時的に総督府の指揮下に入ることもある。ユウキ合戦のときも、当時征東将軍だった昌国君の配下に就いた、フェランという若い将校が、かなりの戦果を上げた。
そういう、全国から人材をかき集める力が、総督府にはある。総督府と言うよりも、その背後にいる、この国そのものか。総督府を敵にするということは、国を敵に回しているという事になる。
今はまだ、総督府自体は脅威ではない。元々出世コースとして、大過なく勤め上げたいという総督が多いのだ。
だが『反乱』が長引けば、鎮圧専任と言える総督が送り込まれてくるかもしれない。そのときは、かなりの軍事力を引き連れて来るはずだ。
そうでなくても、いよいよ危ないとなれば総督府は、政府もそうだが昌国君に救援を求めるだろう。昌国君は、今は変州の自領にいるが、蒼州とは境界を接している。動く気があれば、すぐにでも動けるだろう。
そして大公反乱のとき、独断でこれを鎮圧した昌国君ならば、要請されれば動くはずだ。つまり総督府は、いつでも昌国君という最高の軍人を動かせる。
「昌国君か。敵に回したくはないものだな」
「当代随一の武将ですから、仮に勝てるとしても、戦わないで済むに越したことは有りません。燃える炭を、掌で包んで消すようなものですから」
「それもあるが、武人として尊敬に値する人物だ。そんな相手と、敵同士として戦わなければならないとはな」
「仕方がないでしょう。彼は先帝の信頼厚い側近で、皇帝側の人物ですから」
「皇帝側、か」
フリードリヒ大公と、ユウキ公爵の蜂起は、ただ蒼州のためを思っての事だ。どうしても、国や皇帝に逆らわなければならない訳ではない。
困窮する地方の声を聴いてくれさえしたら、逆らう理由など無いのだ。むしろ国家の主導で、苦しむ地方の民や小領主を救って欲しいと思っている。
別に我々は、帝国の打倒など望んではいない。ただ声が届かないから、行動を起こした。行動を力で弾圧されるから、抵抗している。
どうしても戦わなければならないほどの理由は無いのだ。何か一つ歩み寄る事さえできれば、戦乱は終わるはずだ。
だが実際は、ユウキ合戦の勝者は無法を繰り返し、それに抗うために我らは戦う。それがまた反乱と糾弾される。戦火は止む事は無い。苦しむ民が増えるばかりだ。
「人はいつも、平和のために戦いを始める。か」
だが、ここで武器を置く訳にはいかない。武器を置いても、それで平和になる訳でも、蒼州の民の苦しみが聞き届けられる訳では無い。それは、勝者による横暴がまかり通っている、目の前の現実が証明している。
我らはただ武力を以て目先の欲望を果たすだけの存在ではない。明確な理念の下に戦っている。その理念は、胸を誇って良いもののはずだ。
だがこの理念が導く先は、夜明けだろうか。それとも、終焉だろうか。
例え終焉だとしても、そこに向かって進むしかない。もう始めてしまったのだ。ならば、最後まで歩いてみるしかない。
夜明けが見えなくても、それで夜明けが来ないと決まった訳ではないのだから。




