都市再奪回2
上陸したゲオルク傭兵団と、迎撃する敵傭兵団が河川敷の各所で乱戦を繰り広げる。五十の隊ごとに複数地点から上陸したので、敵を分断できたが味方も分かれた状態のままだ。
とはいえ、隊列を分断されたのと、元から小部隊に分かれていたのでは、その意味はまるで違う。数的優位もあり、一気に押し込めるはずだった。
しかし、そう簡単にはいかないということを、ゲオルクはすぐに思い知った。敵兵の一人一人に至るまでが、手強い。
騎士ほどではないにしても、盗賊とは比べ物にならないほどに腕が立つ。実戦慣れもしているようだ。昨日までの盗賊が、看板を変えただけの俄か傭兵団では無い様だ。
だが所詮、こちらが優位の流れは止められない。ゲオルクも馬を降り、敵を一人、二人と斬り倒した。乱戦では、馬に乗っているとかえって動きづらい。
敵兵と切り結ぶ。剣も剣術も、ごくありふれたものだ。ならば力量の差は歴然だった。特に苦も無く斬り倒す。
手強い敵と認識されたのか、敵が不用意に寄ってこなくなった。その代り、飛礫を投げてくる。ちょっと意外だったが、顔に当たる事さえ注意すれば、大して脅威でも無かった。
身長よりも長い槍を持っている敵もいるが、乱戦では持て余している。そういうときは柄を切り落として短くすれば良いのだが、そこまでは気が回らないらしい。数人掛かりで懐に飛び込まれたのに対処できず、剣に貫かれた。
大砲。肉薄しようにも、さすがに堅かった。十人、いや五人付いてくればと思ったが、どれも彼も、自分の戦いで精一杯だ。
低い唸りがした。大砲を守ってゲオルクと対峙していた敵が倒れる。馬鹿みたいに大きな矢に貫かれていた。
援護射撃。どこから。矢の飛んで来た方を見た。対岸で、ハンナの従者が大型弩砲を組み立てていた。
ハンナ自身も弩を構え、引き金を引いた。弦の強い弩から放たれた矢が、ゲオルクの目の前で敵を貫いた。肝が冷える。だが大した腕だ。
敵が動揺する。この機を逃す手は無かった。
「続け!」
叫び、突っ込んだ。味方が続くかは分からない。誰も続かなければ、単身敵に囲まれて危うい事になる。だがここは、行かねばならぬと思った。
ゲオルクの後に、四、五人が続いた。それで敵を突き破った。運が良いのか。それとも、これまで積み上げた何かの成果か。どちらでもいい。敵を破ったという事実さえあれば。
大砲までたどり着いた。
「壊せ」
「どうやって?」
つかの間考えた。川に叩き落とせば、それで済む。川底の泥に沈めば、引き上げるのも大仕事だ。
しかしここは、派手に破壊を見せつけた方が良い。幸い、傍に弾薬が積んである。
「ありったけ火薬を詰め込んで、火を着けろ!」
すぐにそこに有る火薬が、大砲の口まで詰め込まれる。敵も大砲を取り返そうと、必死に襲い掛かってくる。この人数で長く持たせるのは、少々厳しい。
「まだか!」
「今導火線を作っています!」
大砲と心中しては堪らない。ある程度時間を置いて火薬に火が着くように、導火線が必要だった。導火線は、紙なり布なりに火薬をまぶして縄状によじればいい。
「まだか!?」
「できました!」
「よし、着火と同時に離脱!」
「はい。着火!」
敵を突き飛ばし、全力で走った。消されないように、導火線は最低限の長さしかない。
轟音が全身を叩いた。背中から来る衝撃に押され、一瞬だが飛んだと思った。音が聞こえなくなった。少しして、耳鳴りがしてくる。
耳鳴りと一緒に、背中に痛みが来た。負傷したのか。しかし、動けないほどではなかった。大砲の在った辺りは、木端微塵だった。
「よし、あと二門!」
派手な大砲の破壊は、思った通り士気に大きな影響を耐えた。士気の上がった味方は次の標的、中央に位置する大砲へ向けて殺到する。
標的が減った分、一門に当たる兵力が増えたこともあって、遮る敵は苦も無く蹴散らした。
「これは……」
手ごたえが無さすぎる。ゲオルクの感覚に、何かが引っ掛かった。敵を容易に蹴散らせる事に不信は無いが、それにしても抵抗が、何か手ぬるい。
そんなことを思っているうちに、味方は二門目の大砲の破壊に取り掛かった。今度は味方も多く、作業をする時間があるので、先程の様な無茶はしなくて済む。
だがそれにしても、敵の反撃に必死さが感じられない。いや、敵兵一人一人は必死なのだ。しかし、全体の動きが何か、様子をうかがっているような感がある。
はっとして振り返ると、ついさっきゲオルクらが突き抜けて来た後方で、敵が槍先を揃えて構えている。
「なるほど、罠のつもりか。おもしろい」
大砲を捨てたのだ。こちらが大砲に気を取られている間に包囲して、大砲を犠牲にゲオルク傭兵団を包囲殲滅しようという腹積もりだ。
だが兵力士気ともに劣る側の包囲を受けて、易々とやられるほどやわな鍛え方はしていないつもりだ。
二門目の大砲が爆破された。破片が宙に舞う。それが合図であるかのように、三方から一斉に敵が押し寄せてきた。
「敵を突っ切るぞ! 正面以外には構うな!」
三門目の大砲がある方向へ向かって、真っ直ぐに突撃を掛けた。普通ならば突破する前に、側背から攻撃を受けて崩壊する。だがその前に包囲を突破してしまえば問題無いし、それができると判断した。
正面に立ち塞がった敵が、突破を食い止めようと必死に応戦してくる。だが勢いが違う。
こちらが一つにまとまって一ヶ所を突破してくるという事がすでに、敵の予想を超えているはずだ。その上、敵の背後にはワールブルク隊がいた。
敵の抵抗は束の間だった。大砲よりも包囲の挟撃を優先したワールブルク隊の攻撃により、敵はあえなく崩壊する。突破すると反転して、迎撃態勢を取らせた。
広く展開することは難しい河川敷だ。お互いに小さく固まって、正面からぶつかり合う形になった。こういう形に持ち込んでしまえば、数と士気に勝るこちらが圧倒的だ。
押し合いの中、敵が一騎、味方を蹴散らしながら、真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる。馬上でなかなか巧みに槍を扱う手腕からして、ただの雑兵ではなさそうだ。
ゲオルクに向かって馬を駆けながら、槍を突き出してくる。躱しながら、突き出された槍を掴み、敵を引きずり落とした。
引き落とされた男はすぐに槍を手放し、受け身を取りながら剣を抜いて、ゲオルクに向き合った。騎士ではない。だがかなりできる。
いきなり、足元を斬り払ってきた。不意を突かれたが、辛うじて躱した。すかさず上段から打ち込んでくる。とっさに剣を手放しながら、腕を交差させて籠手で受けた。
籠手で剣を受けると、すかさず相手の手首をつかみ、投げた。綺麗に宙を舞う。綺麗過ぎる。着地まで綺麗だった。
剣を拾い、相手の小手を払った。浅い。手首にリストバンドの様な物をしている。おそらく金属が入っているのだろう。
剣を左に構え、右に構えている相手の剣を打った。相手の剣が流れたところに、素早くもう一撃。体ごと左に流れて逃げた。追う。剣を突きだし、小手を押し切る。地面を転げまわって逃げられた。
剣を掲げ、突き下ろすように突いた。喉を狙ったが、僅かに逸れた。頬を掠めるに留まる。逆にこちらの喉を狙って、突き返してきた。鎧の肩を切っ先が滑った。
お互いに一度距離を置いた。一連のやり取りで押し切れなかったのは、痛恨事かもしれない。
呼吸を整え、踏み込んだ。上段から剣を振り下ろす。男は剣を水平にして受けた。受けながら右に一歩移動し、斬り込んだゲオルクを受け流した。
やられる。そう思ったときにはもう、袈裟切りに斬られていた。すかさず胴も払われる。二太刀、食らった。
斬られた勢いで地面を転がった。すぐに飛び起きる。鎧が、切断面を覗かせていた。傷は浅い。
「鎧に助けられたな」
「ああ、鎧が無ければ、骨まで斬られていただろう。だが生きている」
「そうだな。俺は殺せなかった。あんたは死ななかった。その結果が全てだ。だが次は無い」
男が構える。ゲオルクも、まだ剣を手放してはいなかった。
男に、傭兵団の兵が襲い掛かった。男がそちらの対処をする。だがゲオルクにも、敵が二人同時に斬りかかってきた。
攻撃を躱しながら、とっさに敵兵二人を掴んだ。そのまま引きずるように突進して、二人を男に向けて突き飛ばした。
突き飛ばした二人の体は男に当たったが、男は払いのけながら躱した。三人まとめて串刺しと考えていたが、狙いを変更して男の喉を突く。
男は躱しながら、飛礫を撃ってきた。とっさに腕で顔を庇う。そこへ、突き飛ばした内の一人が組みついてきた。
組みつかれたがすぐに抜け、逆に背後に回って組みつく。左手で頭を押さえ、喉を掻き切った。
死体を払いのけ、また男と対峙したところで、轟音が響いた。最後の大砲が破壊されたのだ。対岸で、すぐに防衛部隊が動き出す。いくらもしないうちに突入してくるだろう。
「ここまでか。勝負はお預けだな」
男が構えを解く。
「次の機会など、無いかもしれないぞ?」
「俺としては、ぜひとも次の機会はあって欲しいな。だから、ここは退くさ」
追撃から逃れる自信はある。そう言わんばかりの、余裕のある言い方だった。
「俺はヴィルヘルム・レーヴェ。傭兵団『レイヴンズ』のリーダーとして売出し中だ」
「ゲオルク。ゲオルク・フォン・フーバーだ」
「へえ? あんたが団長だったのか。名前はそこそこ有名になってるぜ。あんた」
「意味のないことだ」
「ふうん。そういうものか。じゃあ、どこかで俺らの活躍を聞いたら、思い出してくれや」
敵は、傭兵団『レイヴンズ』は、勝負が決したと見るや、素早く退却していった。追撃を掛けたが、巧みに街中の路地を逃げ回られ、市街に逃れて行った。
市街に逃れられてからも後を追ったが、とうとう追いきれなかった。大量の轍が発見されたので、事前に逃走用の馬車をどこかに隠していたらしい。
敵を逃がしはしたが、リントヴルム市の再奪回と言う作戦目標はクリアした。任務は完了だった。




