炭鉱施設奪回1
季節が秋に移り変わってきた頃、アイヒンガー伯爵家が動いた。
七騎士家の一つ、シュルツ家が新たに掘り当てた炭鉱を、突如としてアイヒンガー家雇いの傭兵団が襲撃。これを占拠した。
正規軍こそ動いてはいないが、初めから正体を隠さない、公然の軍事行動だ。
炭鉱施設の奪回を、ゲオルク傭兵団が依頼された。二度目のアイヒンガー家との対決という事になる。
「では、改めて任務を確認する。依頼主はシュルツ家。作戦目標は、新たに発見した炭鉱を占拠しているアイヒンガー家の傭兵部隊の排除だ」
「父上が私たちの事を宣伝しておいてくれて、助かったな」
ハンナの言葉に、皆の間から笑いが漏れる。
傭兵団は上から指示されて行った増強により、運営資金がそろそろ危険水域に達していたのだ。このタイミングでの依頼は、不謹慎だが願っても無い好機だった。
しかも、今回の依頼料はこれまでの平均よりも五、六割ほど高い、高額報酬の依頼だ。それだけ新たに掘り当てた炭鉱から、莫大な利権が見込めるということだろう。
アイヒンガー家が動いた理由も、単純に炭鉱利権を奪い取りたかったのかもしれない。
「今のところ炭鉱を占拠しているのは傭兵部隊だけだが、シュルツ家の正規軍の出動は無い。アイヒンガー正規軍に備えるので手一杯だと言うことだ」
「要は、面倒な方は私たちに丸投げと言う訳か」
ワールブルクが冷えた声音で言う。五百を動員するのがせいぜいのシュルツ家に対して、アイヒンガー家は本家の兵を総動員するだけでも五千に及ぶので、手一杯と言うのも嘘ではないだろう。
だが侵攻してくる敵を迎え撃つよりも、不法占拠部隊を排除する方が面倒な戦になる。その上、アイヒンガー正規軍が動くかどうかは分からない。
動いたときに備えるというのは必要な事だろうが、ピクニックで終わる可能性だってあるのだ。一方こちらは、実戦は確実だ。
「面倒な事は確かだろうな。労働者が一部、人質になっている可能性があるそうだ。可能ならば救出してほしいとの事だ」
「人質救出とは、また面倒な」
テオが顔をしかめる。人質を生きたまま救出するというのは、かなり難しい任務だ。しかも、相手の要求を飲めば解放されると言う情況でもない。
「可能ならば、ということは、見殺しにしても良いという事でしょうな?」
「あくまで炭鉱の奪還が最優先だそうだ。人質は、専門の技師が混じっている様なので、失うには惜しいという程度のようだな」
ゲオルクとしては、人質もみな救出したい。しかしその為に、部下を死なせる訳には行かない。傭兵団長として、人質と部下ならば、部下の方により責任がある身なのだ。
「現場の情況だが、本格的な採掘に向けて準備を進めていた所らしい。炭鉱夫の宿舎や、掘り出した石炭を蒸し焼きにする炉なんかの建設中だった様だ」
「なら、入り組んだ坑道を使ったゲリラ戦の恐れは無さそうですね」
「ああ。試掘道が三本あるきりらしい。どれも一本道で、枝分かれなどはしていない様だ」
他に戦術的に重要そうなことは、炭鉱の周囲にも丘が連なっているという事くらいだ。高所の利を取れるが、実際にどういう影響があるかは、敵の出方次第だ。
「敵戦力は正確には不明だが、証言から推測して一個中隊規模と思われる。我々の半分だ」
その上、質に関しては我らの方が上。口には出さなかったが、それは確信している。傭兵同士ならば、蒼州。いや、世界最強と言えるまで鍛え上げていると自負している。
「こんなところか。今回の一戦は、アイヒンガー家の押領から領地を守る、正義の戦いと言う奴だ。気合入れて掛かれよ」
本気と皮肉をないまぜにしながら、ブリーフィングを締めた。自分にとって何割が本気だろう。そして受け取った側は、どれほど本気として受け取ったのだろう。
◇
炭鉱施設へ向けて進軍する。坑道の口と、関連施設の建物が集中している、いわゆる正面からの接近だ。
丘の多い地形なので、見通しはあまり良くない。入念に斥候を出しながら進んだ。
「この先に、敵部隊複数。いずれも高所に陣取っています」
斥候が戻ってきて告げる。この先に防衛線を敷いているようだ。一つ一つ、丘の上に陣取る敵を潰して進むしかないか。
さらに別の斥候が戻って来た。
「敵は、投石機を備えています」
「投石器だと」
軍を停止した。投石器と言ってもおそらく、錘式の攻城兵器ではなく、バネ式の対人用だろう。拳大の石を皿に載せて、石の雨を降らせるタイプだ。
防具が貧弱な傭兵団では、石の雨の中を進むと被害が大きくなる可能性がある。それに、投石機を備えているということは、石も備えているという事だ。
丘を攻め上れば、投石器を使うまでもなく、人の手による投石攻撃を受けるだろう。あるいは、もっと大きな岩を転がす用意などもあるかもしれない。
ともかくこのまま攻撃を仕掛けるのは、危険が大きい。
「時間を与えたのが仇になったか。相手はかなり実戦慣れしているな」
ワールブルクが冷静に分析する。半年ほどの付き合いになったが、この人が慌てるところを、まだ見たことが無い。
「正面は駄目だ。別のルートを探る。地図を」
そうは言っても、この様子では他の通れそうなルートにも、備えをしてあると見た方が良い。相手はそれほど兵力がある訳ではないはずだから、道ではない通れそうな所までは、手が回らないはずだ。
「裏から回るか」
背後から鉱山の頂上まで登り、そこから攻め下る形にすれば、炭鉱施設枢要部を占拠している敵に対して有利に立てる。
中心さえ奪還してしまえば、後は円の外側へ押し出すように敵を掃討すればいい。
「進路変更だ。大分大回りをする事になるぞ、急げ!」
距離が長くなる分兵をせかし、大きく迂回して鉱山の背後に回った。山頂、または山腹に敵がいれば、逆落としを喰らう事になる。入念に偵察をしたが、敵影は見られなかった。
こちらの迂回行動が発覚し、先回りされて待ち伏せされる事態は避けられたようだ。
「よし、山頂を押さえろ」
山頂に駆け上り、眼下の敵を確認した。
百五十ほどの部隊が、斜面の途中で待ち構えている。様子を見るに、坑道の入口がその辺りにあるらしい。
百五十の敵と言うのは、予想以上に敵が多いのでなければ、防衛線を構築していた敵を呼び戻したのだろう。なかなかの思い切りの良さと、行動の早さだ。
「この戦術……。イワノフか」
「ワールブルク殿、知り合いか?」
「無口で、派手な所は無いが、堅実な男だ。敵に回すには面倒だな」
「なに、甘く見る訳ではないが、今のところこちらが有利を取っている。このまま敵を掃討するぞ」
山頂から逆落としを掛けた。ぶつかる。束の間抵抗したが、敵はすぐに崩れた。
敵が逃げる。だが散り散りにはならず、どこか整然としている。罠か。そう思ったが、不審な事はどこにも見当たらない。
「ゲオルク殿、敵が坑道に!」
テオが叫ぶ。敵が皆、三本ある坑道の中に逃げ込んでいく。
「追うな! 入り口を固めろ!」
初めから、坑道内に立て籠もるのが狙いだったのか。狭い坑道内では兵力は意味をなさない。踏み込むことは避け、出てきたら三方から囲めるように入口を固めた。
「入り口を固める兵は最小限で良い。残りは、周囲に伏兵がいないか警戒に当たれ」
立て籠もった兵に気を取られているときに、背後から襲われるのがまず危ない。一本の坑道に敵兵五十としても、一度には出て来れないので、二、三十を当てておけばいい。
周辺を徹底的に捜索したが、人っ子一人見つからなかった。敵の伏兵はおろか、人質にされた可能性があるという工夫すら見当たらない。死体や、殺しの痕跡も無かった。
「人質ごと、坑道内に立て籠もられたか」
「その可能性が高いですね」
「厄介な」
元々坑道内に人質を監禁していたのだろう。入口さえ固めてしまえば、脱出は不可能だ。牢獄代わりには丁度良い。
坑道内にそれほどの水や食料があるとは思えない。糞尿の始末の問題もあり、それほど長くは立て籠もれないはずだ。囲んでいれば、三日で落ちる。
だがあまり悠長な事はしていられない。いつアイヒンガー家の軍勢が動かないとも限らないのだ。
領境で備えてはいるはずだが、本格的な侵攻があれば、炭鉱を占拠した傭兵隊になど構っていられなくなる。傭兵団も、迎撃に駆り出されることになるだろう。
侵攻を退けられたとしても、その間に自由になった敵の傭兵は守りを固め、炭鉱の実効支配をより強固なものにするだろう。そうなれば奪還は、ずっと難しくなる。
いや、それ以前に、敵本隊の侵攻に合わせ、ここの敵に背後を脅かされる方が怖い。それを防ぐために、傭兵団三百の戦力がここに拘束され続ける。
百に満たない兵力で敵を抑え込めると言っても、それは短い時間で見ればだ。長期戦となれば、交代要員が必要になる。傭兵団総がかりで押さえておくしかないだろう。
どちらにせよ、時間を掛ければ敵の思うつぼにはまる可能性がある。早期決着を着けるしかない。
「できるだけ装備を固めて、坑道内に決死隊を突入させるしかないな。鎧を融通して、楯も調達しろ。戸板を外せば使えるだろう」
志願者と、選抜した屈強な兵で決死隊を編成し、あるだけの防具を与えた。戸板の楯や、鍋の兜、鍋蓋を割った金属板で鎧の隙間を補強する者もおり、ちょっと滑稽な集団になる。
「突撃!」
号令一下、決死隊が坑道内に突入する。一本につき十人。あまり多いと、とっさに退却できなくなる。
内部の情況が知りたいが、何が待ち受けているか分からない所に、団長である自分が踏み込むわけにはいかない。じれったい思いをしながら、待った。
中から、驚きとも呻きともつかない短い声が聞こえてくる。
「何事だ!」
控えている決死隊の第二陣から一人が、坑道内に入っていく。しばらくして戻り、報告する。
「敵は、奥から弓矢で抵抗してきています!」
「弓矢だと」
狭い坑道内で、普通の飛び道具はまともに使えないはずだ。決死隊も、長柄の武器も捨てて、ほとんど剣だけを持っている。
「矢の長さから、短弓だと思われます」
「攻撃は激しいのか?」
「はい。前進は困難を極めます」
やはり、誘い込まれたか。防衛線を構築していたことから、ある程度野戦をするつもりもあったのだろうが、最初から坑道に立て籠もる計画だったに違いない。
激しく矢を射かけてくる事から、矢玉の節約は考慮していないと見える。つまり、それ程の長期戦にはならないという事か。
やはり、しばらく凌げばアイヒンガー家の本隊が動くということだろう。
「一時撤退だ」
いたずらに攻めても、攻めきれるものではなさそうだ。作戦を練り直す必要がある。
坑道の口を押さえる兵を残し、炭鉱施設の建物を間借りして兵を休ませた。ゲオルクらも、まだ何に使う建物か分からない、空の建物の中に集まって、作戦会議を開く。
「坑道内に煙を吹き込んで、燻し出してしまえば楽なのですがねえ」
「人質がどういう情況かも分からないのに、そんな手段が採れるか。人質の安全を考慮しないのなら別だが」
「いよいよとなれば、致し方ないでしょう」
ゲオルクが渋面を作る。それを見越して、テオはわざわざ燻り出しと言う手段を口にした節があると思った。
「まあ、許容できる範囲の犠牲で攻略する方法を、もう少し試みてからになるでしょうが」
決死隊が持ち帰った、数少ない情報の検討が始まった。敵は坑道内にバリケードを築いている。おそらく、幾重にもなっていることだろう。
「流石に坑道を崩す様な、自爆的な攻撃はしないと思います。しかし、自爆も辞さないという構えを見せつけて来るくらいはするでしょう」
「流石に、連中と刺し違えるような真似はできないな」
「背水の陣と言いますか、時間を稼ぐのが目的の死兵を攻略しなければならないというのは、正直厳しいものがあります」
「打つ手はないのか?」
「ゆっくりと締め上げていくしかないでしょう。急ぎたいからこそ、無理な攻め方をして火傷することは避けるべきかと」
「胆力の勝負だな。分かった、腹をくくろう」
決死隊の第二陣を合流させて、二十人規模で坑道内に突入、まともな戦闘で少しずつ押していく。現実、それくらいしか手は無かった。その方針を取るという前提で、後は細々とした工夫を出す事に終始した。
「とりあえずはこの方針で行きますが、損耗率如何ではすぐにでも強硬手段に移ります。構いませんね? ゲオルク様」
「ああ。分かっている。私も、それ程愚かでは無いつもりだ」
嫌な戦ばかりが続く。その中でどれだけ割り切り、どれだけ自分のやり方を貫けるか。傭兵団長と、ゲオルクと言う個人。その兼ね合いをいかにするか。悩みながら戦い続ける日々は、たぶんまだ始まったばかりなのだろう。




