取水施設奪回3
傭兵団が三百人に増強された。
取水施設奪回での戦果を受けて、正式な命令として傭兵団増強が指示されたからだ。
そのための予算も支給されたが、組織を倍に大きくしてそれを維持していくには、とても足りない。今後も、各地で傭兵家業を行って活動資金を稼ぐしかなさそうだ。
兵が三百人に増えると、一個の騎士団と同等の規模になる。当然、指揮系統や組織の運営も複雑になってくる。
ハンナとワールブルクをそれぞれ中隊長に任じて、百五十ずつを統率させた。元々交替で指揮を取らせていたので、大きな問題は生じないだろう。新兵の調練も、この二人に任せておけば安心できる。
テオは指揮からはずし、傭兵団参謀という事で事務の統括と、相談役を任せることにした。それに伴い、兵とは別に事務担当を五人採用した。
元からいた兵にも新兵調練を担当させ、その中から良さそうな人間を選んで小隊長にした。その中には、取水施設奪回任務で大きな働きをしたデモフェイもいた。
お調子者なところがあり、大任を任せるには不安があるが、部下からは慕われているようだ。そこそこ腕も立ち、小隊長程度で使う分には、頼りになる存在でいてくれるだろう。
「よし、模擬戦を始めろ」
兵が増えたので、中隊同士で実戦形式の調練もできる様になった。以前から実戦形式の調練はしていたが、やはり百に満たない部隊では、実戦形式と言っても限度があった。
今は、それなりに様になった調練ができる。だから今まで以上に厳しく調練を課して、兵を鍛える事に専念した。
ただ数を増やすのではない、質を保ちながら兵を増やすことを求められているのだ。そして実戦は、明日やってこないとも限らない。一日も早く、精兵を鍛え上げなければならないのだ。
いや、いくら鍛え上げても、今のままでは精兵とは言えないだろう。騎士からなる正規軍と互角に戦えて、初めて精兵と言える。
傭兵としては、他のどの傭兵団にも負けないほど鍛え上げているという自負がある。しかし、それでも騎士団には劣るのだ。
騎士団に劣る限り、重要な局面で信任されることはない。騎士団にも劣らぬ戦力であることを証明し、重要な局面で貢献したいのだ。
自分の剣で難敵を討ち果たしてこそ、騎士の本懐というものだ。そして傭兵団は、まさしくゲオルクの剣なのだ。
日没まで調練が続くと、さすがに兵は疲れ切っていた。模擬戦自体はワールブルクの中隊が勝ったが、どちらも兵の力は目に見えて上がって来ていた。
砦に戻ると、行商人の前に兵が群がる。テオドールが、許可制で商人を入れるようにした。いずれやっても良いという商人が見つかったら、砦内に店を置く事も考えているという。
「盛況なようですね」
テオが執務室から顔を出してきた。自分の進めた事業がどんなふうに進んでいるか、自分の目で確かめないと気が済まない様だ。
「お前が砦に商人を入れると言ったとき、正直危ぶんだのだがな。いつでも酒が買えるなど、兵を堕落させると」
「そうでしたか。何も言いませんでしたから、気付きませんでした」
「お前の言うことに、今まで間違いはなかったからな。戦場でもないのだし、間違ってから正せばいいと思った」
「信用してもらえているのですかね」
「信用などという言葉を口にするな。私は、友だと思っている」
テオが笑った。普段思慮深い男だが、笑うとどこか未熟な所も残した、年相応の若さに溢れた顔だという気がする。
「彼らは傭兵で、少し前までは武器もろくに握った事の無い者も多いのです。質実剛健な生活に慣れた騎士と一緒にしてはいけません」
「質実剛健ね」
「少なくとも、ゲオルク様はそうでしょう?」
騎士は質素で質実剛健な生活をし、肉体的な欲求に流されないというのが建前だ。
そう、あくまで建前だ。おおっぴらにはしないものの、豪奢な生活に慣れきった騎士など、珍しくも無い。
そういうものだと思いつつも、自分はそういう生活はしてこなかった。堅物だと言われた事もあるが、本当は金があっても使い方が分からないのだ。
酒も、女も、食事も興味がない。そういうものに縁遠い生活をしてきたせいか、目の前にあっても欲求は湧かない。金を掛けるのは、せいぜい武具や馬くらいだ。
「明日死ぬかもしれない稼業をしているのです。思う存分、刹那の楽しみを味わわせてやるべきでしょう。ゲオルク殿も、少しは楽しんだらどうです?」
「いや、止めておこう。一度味わったが最後、自制が効かなくなって溺れて行くのが怖い」
「ゲオルク殿なら、ほどほどに楽しむ程度で自制できそうに思いますが」
「そうでもない。私だって誘惑に負けて、そんな自分を後から責めた事が何度もある」
テオが低く笑った。
「何か、おかしいか?」
「いえ。ゲオルク殿にも、人間味のある所があるなと。そういう所を、もっと表に出されればよろしいのに」
「自分では自然に振る舞っているつもりなのだがな」
「まあ、兵たちは騎士とは違うのだということを理解して、彼らの贅沢も認めてくだされば、それで良いです」
「分かった。しかし、やはりお前が団長をやった方が良いという気がするな」
「私が団長になったら、ゲオルク様をどう扱えと?」
「小隊長の一人にでもしてくれれば良い。元々その程度が分相応だ」
「ゲオルク様をそんな扱いにはしたくありませんな」
「何故だ?」
「あなたの事が好きですから」
「よせ。気持ち悪い」
「もちろん、友としてという意味ですよ。いや、友とも違うな。何と表現していいか分からないけれど、あなたが好きなのです。だから、下に置く様なことはしたくない。上に立っていて欲しいのです」
何故だ。何故自分に、そんなにも着いてくる。一介の騎士として戦場を駆ける事しか知らない自分に、どうしてそうも惹かれている。
言葉に出して尋ねる事はしなかった。尋ねたところで、良く分からないけど好きなのだ、という答えが返ってくるだろう。
自分が好かれる理由が分からない様に、テオも、他の者も、ゲオルクの事を好きになる理由は分からないだろう。それだけは何故か、分かるのだ。
ユウキ合戦の終結以来、蒼州公派と総督府派の衝突は、これが初めてとなる。
今回は互いに傭兵を表に立てた、代理戦争の形になったが、今後は本格的な対立へと進行していく事も、十分に考えられた。
傭兵団も、いよいよ正規軍との実践も視野に入れて行かなければならないだろう。
総兵力で劣るこちらは、不利な戦いを強いられることが予想される。質量ともに劣る軍勢で、強者に勝てる戦術の構築が急務だ。
とは言え今のところ、小さく固まって逃げることも出来なくし、無理矢理死兵にして戦わせるくらいしか方法がない。
これだって、対処法がいくつか思いつく様な手段でしかない。実戦で頼れるような戦法とは言えなかった。
騎士はあらゆる武芸を修め、戦略戦術に関しても基礎的な理論は学んでいる万能兵科だ。まともにやり合っていては勝てない。それは、自身騎士であるゲオルクが良く理解している。
騎士に勝つには、ただ一つで良い、騎士を上回る何かが必要だ。
ただ一つの戦法に頼り切ることは、それが通じなかった場合を考えると、非情に危うい。騎士が強いのは、どんな武器でも使え、どんな戦術でも戦えるからだ。
しかしそれでも、騎士に勝とうと思えば一点に特化するしかない。そもそも素人の寄せ集めの兵を、今から鍛えていては間に合わない。ただ一つに集中して、それを実践レベルまで引き上げるのが一番早いはずだ。
とは言え、具体的な方策はまだ何も無い。これ以上思い悩むより、とりあえず思考を切り替えようと思った。
蒼州の地図を広げた。ユウキ合戦以後、主不在となった旧蒼州公領、ユウキ公爵家領の押領が黙認されている。その奪い合いで、総督府派の内部では水面下の抗争を繰り返している。
水面下の争いだったものが、総督府とアイヒンガー家の争いと言う形で、表に出てきた。表に出ない争いは、これまでいくつもあったのだろう。
あるいはこの内部抗争に付け込めれば、再起を図れるのではないかと思った。
総督府は自派貴族による押領、つまり蒼州公派の土地に対する不法占拠を黙認しているが、政府の出先機関という立場が災いして、自身はほとんど利権を得られていないらしい。
自派の貴族達と上手く行っていないのも、そのせいだろう。一番偉いはずなのに、一番儲けられていないのが不満なのだ。生臭い腐臭がする。
今一番勢力のある敵は、北のティリッヒ侯爵だろう。ユウキ家とは、代々犬猿の仲だった。
もっと強引にユウキ家の領地を奪いに来てもよさそうなものだが、総督府の直轄領が間に位置しているため、身動きが取れないのかもしれない。だとしたら、さぞ焦れていることだろう。
やはり当面の敵は、アイヒンガー家になるか。だが今一番総督府との関係が険悪なのは、蒼州公派よりもむしろ、アイヒンガー家かもしれない。果たしてこのまま何事も無く済むだろうか。
アイヒンガー家の西隣には、コストナー伯爵家がある。こちらはアイヒンガー家と違い、お家騒動が継続中だ。
形の上では総督府派が家を継いだが、蒼州公派に属する勢力が抵抗を続けており、内戦状態だ。燻ぶる燃えさし。一風吹けば、あるいは大火となるか。
そう言えばゲオルクらがリントヴルムを解放した頃、変州との国境近いイエーガー男爵家でも、お家騒動があったらしい。
前当主が亡くなり、息子と弟が家督を巡って伯父・甥で争った様だ。
田舎貴族の家督争いに過ぎないが、勢力劣勢な甥が伯父の軍勢を瞬時に打ち破って勝利したらしい。それが少々話題に上ったくらいだ。
ただ今も、イエーガー家の家督に関しては一族で揉めているらしい。しかし、それが外に広まる気配はなく、あくまでイエーガー家内部の事件に留まっている。
それに、誰が当主になってもイエーガー家は総督府派だ。どう転んでも、特に関係のあることではないだろう。
結局、情勢は混沌としてどうなるか分からない。しかし、表向きはまだ平穏でも、いつどこで発火してもおかしくないものを抱えていることは確かだ。
ユウキ合戦はまだ終わっていない。一時休戦しているにすぎないと言えるのかもしれなかった。
◇◆◇
数百年ぶりの大戦争、ユウキ合戦を目の当たりにした蒼州諸侯らは、自分たちの抱える騎士戦力の損失が致命的な事態を招くことを悟り、ある種の平穏が訪れた。戦力の喪失に臆病になるあまり、戦争に踏み切れなくなったのである。
しかし取水施設事件におけるゲオルク傭兵団の活躍が、奇しくもそこに一つの答えを与えた。
傭兵の活用。それまで戦力としては二級品に過ぎないとして軽視されてきた傭兵が、正規軍以上の戦果を上げる事も可能であると証明された。
また、敵対勢力が傭兵を使うのならば、こちらも傭兵を活用してそれに対抗すればいい。その方が騎士戦力の損失が無く、かつ同じ傭兵が相手なら、二級戦力である傭兵も十分な戦力足りうる。
それに気付いた各勢力は、こぞって優秀な傭兵の確保に動き出した。
需要があればそこに供給も生まれる。それまで盗賊に身を落とすしかなかった者達が、新たに傭兵と言う職を見つけたのだ。
こうして、各家お抱えの傭兵と言うものが爆発的に広がって行った。それに伴い、それまで燻っていた騒乱の火種も、各地で燃え上がることになる。
戦場の主役は、騎士から名もなき傭兵たちへと移り変わりつつあった。




