拳と足と椅子
日常回
寝起きの頭を覚ますためにお湯の準備をする。
服を脱いで脱衣場にある鏡を見て、
(太ったかしら、いや気のせいね!)
少しの間、鏡で自分の姿を見て全身をチェックするが問題ないと判断する。
ここ数ヶ月の食生活の変化で太ったというか肉付きが良くなったと思うが、
成長期という事で現実を見る事を放棄する。
浴室に入ると最近付いたシャワーヘッドを持って足からお湯を掛けていく、
(ケイタのアイデアで商品化したらしいけど便利でいいわね)
魔石ギルドに行った時にアイデアを出してそのまま商品化が決まり、試作品を家に付けてくれる事になったのだが、
(あの女の子がギルド長だったなんてね)
一週間前の試食会で給仕を手伝った時に説明されて、まさか前に浴室に魔石道具を付けに来た時に居た子供がギルド長なんて、人は見かけによらないと思い頭を洗っていく。
(父さんも嬉しそうに働いているし、私もケイタの所で働く事が決まったしな)
試食会で給仕の仕事を手伝っていたら、なし崩し的に働く事が決まってしまったのだ。
(給料も破格だし、ご飯も美味しいからいいんだけど、アイツも一緒か)
給仕している時にクズハさんとトンさんに勧誘され、本格的にケイタの店の手伝う事になった、
週4日ほどの営業で給料は月給制なのも、かなり魅力的だが、
モミジも手伝う事になったので店が始まれば同僚になる。
『変な奴が、坊やにちょっかいを出さない様に注意してね!』
勧誘した時のかなり本気のトーンでの発言を思い出すが、周りの人達ほど自分はケイタを特別だとは思っていなかった。
(確かに色々すごいんだけど、不思議とオーラというか雰囲気は普通なのよね)
一ヶ月位一緒の家で暮らして、数ヶ月手伝いをしていて気が付いたのは、周りの人間の評価とケイタ本人の自己評価のギャップだったり、嬉しそうに料理していたり、ニヤニヤしながらスパイスの配合していたり、子供の様な表情で市場で材料を探したり、笑顔でこちらの食事する表情を見ていたり、魔犬と竜のゲームの時に見せる表情なんかを思い出すと普通の少年でしかない。
(あれ、何でケイタの事考えているんだっけ)
最近ふとケイタの事を考えているのを自覚している。
休みの日も入れてほとんど毎日、一度は顔を合わせている。
(自分が作るのより美味しいのを作るケイタが悪いのよ!)
朝は自分で作るのだが昼食はケイタの店で食べることが多い。
夕飯は仕事がある日はまかないが出るし、休みの日も食べに行く。
父は朝以外は店に出て食事を取るので、自分の分だけ作るのも面倒臭いのだ。
頭に付いている泡をシャワーで洗い落として浴室を出る。
(うわ、着替え部屋に忘れた)
寝汗を搔いた寝巻きを着るのは抵抗がある、父親は夜に寝に帰ってくるだけでほとんど家にいないので人の目は無いが何か、頭に引っかかる。
(まあ、いいか誰もいないし)
身体の水気を取り髪をタオルで拭きながら脱衣所を出て台所を通る。
「おはようパール、店で着る制服が出来たん…」
台所で食事を並べているケイタが居る。
振り向いて固まったケイタの胸元に渾身の右拳を叩き込む。
◇ ◇ ◇
スパイスの配合をしていたら近所のパン屋から試作品のパンを貰ったので、
お昼にサンドイッチでもしようと思っていたら、
「店長宛てに荷物が来たので受け取ったんですが」
ナムさんが外の掃除から戻り、受け取った箱を渡してくる。
中身が軽いので食材やスパイスの類ではないと思っていたら、ナムさんが外から同じ箱を3箱持ってきて、箱の端を見て印が押されているのに気が付き、
(ああ、もう出来たんだ)
針と糸の紋章が印されていたので制服を頼んでいた店から届いたと分かった。
パールとモミジの制服はオーダーメイドだったので、もう少し時間が掛かると思ったが早い仕事に感心していると。
「今日は来るか分からないので、帰りに私が持って行きますよ」
「それなら自分がお昼を作ったら行きますよ。ちょうど新作を作るので感想も聞きたいので」
昼食を作り、ママチャリに箱と昼食を乗せるとナムさんの家に向かう。
ポケットに合鍵があるのを確認して出発する。
(久しぶりだなナムさんの家に行くの)
店の改築の時に一月ほど宿泊させてもらったので道は身体が覚えている、
ママチャリなら10分位の距離なので気晴らしにはちょうどいい距離だ。
ナムさんの家に着き、合鍵で扉を開けて家に入る。
「パール、昼食持って来たよ」
返事が無いが、靴があるので寝ていると思い家の中に入る。
(昼食のサンドイッチ置いて、メモ書き残せばいいか)
台所に入り皿を置いていたら、後ろで物音がしたので振り向き。
「おはようパール、店で着る制服が出来たん…」
髪を拭きながら全裸で立っているパールがいる。
瞬時に、こちらに向かい右拳を振り下ろそうとするのに、前回の記憶が蘇る。
固まった身体を動かし両拳を顎の所にやりガードしようとするが、
パールの目標は顎ではなく自分の心臓をピンポイントで狙っていた。
バコッ!!
心臓に右のコークスクリューが突き刺さり、衝撃で数秒心臓の鼓動が止まる。
(ハ、ハートブレイクショットだと!!)
自分の意識とは関係なく両腕のガードが下がり、そこに左のフックが顎の先端を捉える。
(花の香りと桜が見える)
前回と同じように故郷の桜を幻視して意識を手放した。
意識を取り戻して正座をさせられている。
気を失っている間に着替えてきたパールは椅子に座って足と腕を組んでこちらを見下ろしている構図だ。
「でっ、何か言う事は?」
「えっと、ごちそうさま?」
正座している頭にパールの踵がめり込む。
「それが墓石に彫られる言葉でいいのね」
「すいませんでした!!」
土下座である。頭を床に付け相手に誠心誠意詫びの心を伝える日本独自の謝罪のスタイル。
後頭部に何かが乗り、グリグリとする感触がする。
(土下座している相手を容赦なく踏むなんて、パール恐ろしい子!!)
背中にゾクッとする感覚を覚えて自分の性癖に疑問を覚えるが、
正直、土下座一つで機嫌が直ると思っていない。
今までの経験上ひたすら謝って、好物を機嫌が直るまで差し出し続けるしかない。
(脱衣所に脱いだままの下着を見た時や、起こしてと頼まれて起こしに行った時寝ぼけたパールに殴られた時や、試作の激辛料理を勝手に食べた時や、食事が出来た時に呼びにいって部屋でバストアップ体操しているパールを見た時なんかがそうだったし)
自分が悪くなくても謝り続けた経験を得て妙に達観してたりするが、
女性の裸を見た後ろ暗さもありひたすら謝り正直に答えるいう行動を選択した。
「これで何回目よ」
「2回目です」
大きく溜息を付く音が聞こえて、
「こんな小娘の貧相な裸を見に来たのケイタは?」
「新作の料理の感想と制服が出来たので来たんですが、それと貧相じゃなくて普通に綺麗でしたよ」
頭に掛かる足の圧力が上がる。
「へ――――――!、そういう事言って誤魔化そうというのね」
「普通に感想を言っているだけなんですが」
気に触ったのか圧力が強まり、床に当たっている額が痛くなってくる。
「綺麗ってどこら辺がよ」
「パールの髪や肌の色が神秘的で綺麗だと思いますがっ!」
完全に立ち上がってグルグリと抉りこむように圧力を強めてくる。
額の痛みと後頭部の圧力で意識が無くなりそうになった時、
「ケイタ様は踏まれるのがお好きなら私も踏みましょうか?」
ぼんやりする意識の中モミジの声が聞こえる。
「モミジなんで、勝手に入っているのよ!?」
「何度も呼びましたし、靴も在りましたのでお邪魔しましたが、それよりニヤニヤ笑いながら殿方を踏むのはどうかと思いますが」
「笑ってないわよ!!」
「鏡を見るのをお勧めしますが」
「それよりモミジは何しに来たのよ!!」
「新作のオイナリ様が出来たので試食を頼もうかと、あとせっかくなので制服を見ていただこうと思いましてお邪魔したら、こんな場面を目撃したので」
モミジが自分を誤解しそうなので何とかしようと思ったら、
「パールみたいに体重が無いのでケイタ様のご期待には添えないかもしれませんが、私はケイタ様が望まれるなら頑張ります!」
何を頑張るんだと突っ込みを入れようとしたら、
「モミジ誰が重いって、可笑しいな耳の調子が悪いのかな?」
「ちゃんと聞こえているじゃないですか、真実は残酷ですから心を強く持って下さい」
「喧嘩ね、喧嘩を売っているのね、なら買うわよ!」
「喧嘩なんて野蛮な事は、私は真実を言っただけですが」
かなり本格的な喧嘩が始まりそうなので、
「あのー、そろそろ足退けて貰えないかな。それと喧嘩するなら平和的にゲームで決めようよ」
「すいませんケイタ様、それでは魔犬と竜の一回勝負でどう?」
「へえ、私にそれで挑むんだ。待ってなさい今持ってくるから」
頭から圧力が消えて、部屋に戻ってゲームを取りに行く。
「ふう、ようやく開放された」
額の辺りを揉んでほぐしていると、
「ケイタ様、あの!」
真剣な声でモミジが、
「私はどんな要望もお答え出来るように頑張りますので!」
「なんでやねん!」
なんか関西の突っ込みが出たが、簡単に何故土下座していたのか説明する。
「パールの裸をですか」
「ああ、女の子の裸を見た。僕が悪いんだけどね」
「言って下されば、私ので良ければ御見せしますけど」
「いやいや、冗談でもそういう事は…!」
立ち上がって着物の帯に手をやるパール、
「冗談ですか?」
少女離れした妖艶な表情を浮かべてこちらを見るモミジ、無意識に唾液を飲み込みモミジを止め様としたが、
「パールのは見て、私のは見たくないと?」
(やばい、とりあえず止めないと、でもっ)
鼓動が早鐘の様に早くなるのを感じて、完全に雰囲気に呑まれ掛けていると、
「何しているの?」
「いえ、何でもないですよ。じゃあやりますか」
助かったと安堵していたらテーブルに向かう途中に耳元で、
『今度は邪魔が入らない時に』
一瞬何を言っているか理解できなかったが、椅子に座ったモミジを見ると舌で唇を舐め妖しい視線をこちらに向けて来る。
それを見て顔が赤くなるのを感じて視線を逸らすと、
「ケイタあんたは此処でしょ」
椅子をどかして、そこを指差すパール。
モミジとは違う迫力がある笑顔を浮かべているのを見て理解する。
(椅子になれという事ですね)
心を無にして椅子になる事を選んだ。
自分は無機物、背中に乗っている温かい柔らかい物は何も感じないと暗示を掛けながらなんとか耐えたが、
ゲームはパールが負けて開放されるかと思っていたら、
「パール、もう一勝負しますか、少し条件がありますけど」
「条件?」
「あなたが座っている椅子に座らせて頂ければ再戦してもいいですよ」
「そ、それは」
「無理にとは言いません。貴方が負け犬という事でよろしければ、ああ負け竜でしたね」
「上等よ、次はあんたが私にお願いする番よ」
やばいと思ったがすでに遅かった。
モミジが自分に座ると勝負を再開する。着物なので感触はパール程は無いが尻尾を使って首筋や耳などをくすぐる動きをするのでかなり厳しい戦いになった。
あとモミジの尻尾からは椿の様な香りがした。
結果はモミジが3勝パールが1勝でけりが付いた。
一時間ぐらい椅子になっていた気がするが記憶の小箱に仕舞い厳重に鍵を掛ける事にして、
心の中で元の世界の両親とこちらで出来た家族それに師匠に謝っておいた。
新作のサンドイッチとモミジの新作のイナリズシは好評で、持ってきた制服のお披露目は今度という事になった。
モミジもヒロイン昇格だと思う。
次あの一家登場!




