第2話 降下
≪ 登場人物 ≫
◇司令官 52歳 男性
GEV02-CAYAMBE地上防衛基地の司令官
十基のコンテナが、地球への降下軌道に入った。
回収ターミナルを突破したマスドライバー輸送コンテナ十一番から二十番は、軌道エレベーター静止軌道上回収ステーションの管制領域を離脱。自動的に、民間輸送管制レイヤーから軌道防衛監視レイヤーへ移管された。
処理区分が変更される。
貨物。
輸送殻。
月面マスドライバー便。
その名称が、管制ネットワーク上から順に消えていく。
書き換えられた区分は。
衛星軌道降下物。
重量級再突入体。
脅威質量。
対象、10。
地球低軌道外縁をかすめるように、十基のコンテナは大気圏へ向かっていた。姿勢制御用ブースターは推進系を作動させながら回収圏を突破した後も降下ベクトルを補正し続けていた。
自然落下ではない。
明らかに制御された降下。
『リング・ターミナルⅡ、対象十基の管制権限を喪失』
『民間輸送管制レイヤー、対象を破棄』
『軌道防衛監視レイヤー、対象を取得』
『分類照合開始』
軌道エレベーター防衛ネットワークが、処理を開始した。
=第一段階=
識別。
対象11から20までのマスドライバー射出ログが照合される。月面採掘区画からの貨物登録。積載種別。質量。外殻仕様。RCS残量。射出時刻。回収予定ウィンドウ。すべての記録は正常範囲内に収まっていた。
=第二段階=
現在軌道。
十基のコンテナは、回収ターミナルへの接近軌道を離脱していた。逆噴射による減速は未実行。代わりに、主ブースターによる加速点火を確認。進路は地球側へ修正済み。降下予測線は、軌道エレベーター基部周辺の防衛区画を含んでいた。
=第三段階=
脅威評価。
コンテナ一基あたりの質量は、通常貨物の許容範囲内。
速度、危険域。
降下角、危険域。
制御応答、なし。
落着予測、重要インフラ圏内。
=総合判定=
クラス・レッド。
『対象十基、衛星軌道降下物として確定』
『落着可能域、軌道エレベーター基部および赤道直下防衛区画を含む』
『地球絶対防衛圏、第一階層展開』
地球絶対防衛圏――EADSが起動した。
EADS――Earth Absolute Defense Sphere。
地球周回軌道上に配置された迎撃衛星コンステレーション。高高度観測網。落着予測AI。防御レーザー砲台。軌道デブリ破砕システム。赤道直下の地上防衛施設。それらを一つの球殻として接続した、自動防衛網である。
民間回収ターミナルの管制表示から、回収レーンが消えた。
貨物番号が消えた。
誘導ウィンドウが消えた。
青と緑で構成されていた輸送画面は、赤と白の軍事管制画面へ置き換わる。
十基のコンテナは、以後、貨物では無く衛星軌道降下物として扱われる。
『交戦管制権限、OMC軌道エレベーター防衛軍へ移行』
『EADS第一階層迎撃衛星群、起動』
『軌道レーザー砲台、発振準備』
『照準解生成開始』
地球周回軌道上で、防御衛星群が姿勢を変えた。
小型姿勢制御スラスターが、真空中に白い噴射粒子を吐き出す。太陽光を反射していた衛星外殻が、ゆっくりと角度を変える。格納されていた熱拡散ラジエータが展開し、薄い金属膜が花弁のように開いた。
レーザー発振器の充填が始まる。
照準ミラーが起動する。
観測衛星からの降下軌道データが、防御衛星群へ同期される。
対象十基の速度、姿勢、回転率、外殻温度、予測高度、予測位置が、ミリ秒単位で更新された。
『対象群、低軌道境界を通過』
『大気圏接触予測、32秒』
『再突入角、修正なし』
『降下ベクトル、軌道エレベーター基部方面へ継続』
十基のコンテナは、進路を変えず進む。
地球の薄い大気の縁へ。
軌道エレベーターの白い柱が貫く、赤道直下の基部へ。
『迎撃衛星群、照準解共有』
『位相同期照準、開始』
『対象11から20、捕捉』
各防御衛星から送信された照準線が、地球周回軌道上で交差していく。
軍事管制レイヤー上には幾何学的な光の檻が形成される。
十基の降下物を中心として、複数の射線が配置される。照射角、収束位置、熱破壊点、外殻脆弱部、推定破砕タイミング。
『全対象、ロックオン完了』
『軌道レーザー発振器、充填率100%』
『照準ミラー安定』
『熱拡散ラジエータ、展開完了』
『キルチェーン接続、正常』
『射撃シークエンス、自動承認』
地球の周囲に配置された防御衛星群が、十基のコンテナへ向いた。
落下物を検出。
危険域を算出。
破壊。
連携に一切の感情は無く、寸分の迷いも無いまま無機質な対応が淡々と続く。
『射撃カウント』
『3』
十基のコンテナは、低軌道から大気圏外縁へ沈み始めた。
『2』
対象外殻温度が上昇する。
断熱圧縮により、先端部に薄いプラズマ光が生じる。
『1』
照準解が最終補正される。
『照射開始』
音の無い空間に光が走った。
地球周回軌道上の複数の迎撃衛星から、降下する十基のコンテナへレーザーが一斉に放たれる。幾本もの射線が黒い宇宙を貫いた。
全対象、被照射。
コンテナの外殻に点が生じる。点は瞬時に膨張し、耐熱セラミックを泡立たせ、表層材を蒸発させた。蒸発した外殻材が、赤い粒子となって後方へ散る。
『命中』
『外殻温度急上昇』
『耐熱層損耗』
『姿勢変化なし』
『表層蒸発確認』
『照射継続』
『外殻熱反応拡大』
レーザーを受けながらも進路を変えることなく降下を続ける十基のコンテナ。
『第二射、発振準備』
『照準解、再補正』
『照射点、外殻損耗部へ集中』
『第二射、開始』
再び、光が走った。
EADSは、淡々と撃ち続ける。
月から地球へ届くはずだった文明の資源を脅威質量として処理するために。
迎撃レーザーに焼かれながら十基のコンテナが大気圏へ沈む。
高度、120キロメートル。
希薄な大気が、降下物の外殻に触れる。
コンテナ先端部の周囲で、圧縮された大気分子が電離する。薄い青白い発光が生じ、数秒後には橙色へ変わる。迎撃レーザーによって損耗していた耐熱セラミック層が、断熱圧縮と空力加熱を受けて急速に温度を上げていく。
『対象11から20、大気圏接触』
『外殻温度、上昇』
『プラズマシース形成』
十基のコンテナは、迎撃光の残滓を引きずったまま、大気の層へ沈んでいく。
周囲を包むプラズマが濃くなる。
白色だった外殻は、赤へ変わった。
レーザー照射痕を中心に、耐熱層が剥離する。剥がれた外殻片は一瞬だけ形を保ち、直後に高温の気流で砕かれ、背後へ流れていく。溶融した金属が尾を引き、十基の降下物の後方に赤い筋を作った。
それでも、降下ベクトルは変わらない。
外殻が焼けても、剥がれても、レーザーで刻まれた損傷部が広がっても、降下角は維持される。
大気圏突入時の熱と圧力が構造体を圧迫しても、コンテナは軌道エレベーター基部方面へ進路を保ち続けた。
このまままでは地上の軌道エレベーター基部に墜落する。
『第二階層照射、承認』
『照射点、既存損耗部へ集中』
『軌道レーザー、再発振』
EADSから三度目の光が降下物へ突き刺さる。
大気圏外縁で形成されたプラズマの膜を貫き、レーザーがコンテナ外殻の損耗部を焼く。高熱化した表面へさらに熱が加えられ、耐熱層が局所的に爆ぜる。照射点の周辺で外殻が膨張し、内部フレームとの固定ボルトが破断する。
強固なコンテナが大気圏突入の熱と圧力、照射されたレーザーにより崩れ落ちてゆく。
『構造強度低下』
『外殻支持材破断』
『熱防護層消失』
『圧力隔壁露出』
『対象、崩壊開始』
コンテナの外殻は大気の流れに巻き取られ、後方へ流される。破片はプラズマの尾の中で燃え、細かな光点へ砕けていった。
落下する十基コンテナ、すべての外殻質量が剥離し、その内部が露わになってゆく。
『外殻崩壊』
『破片生成』
『質量分布、再計算』
『コンテナ内部確認、残存』
熱源。
機械構造。
姿勢制御反応。
複数の関節状質量。
『内部構造露出』
『形状照合』
『該当なし』
『再照合』
『該当なし』
落下速度が増す中、十基のコンテナが次々と崩壊していく。
外殻先端部が白熱し、レーザー照射痕を起点に裂ける。耐熱セラミック層の下から、黒い内部フレームが現れる。外殻固定リングが破断し、コンテナ本体が縦方向に割れた。
赤熱したコンテナの残骸から現れたのは機影だった。
燃えながら剥がれていく外殻の中央に、折り畳まれた人型の構造体があった。
頭部に相当するセンサーブロック。
胸部装甲。
左右の腕部フレーム。
脚部ユニット。
背面に装着された大気圏突入用の耐熱外套。
内部フレームが展開する。
膝関節が伸びる。
肩部固定具が外れる。
腕部が、赤熱した外殻片を押しのける。
『内部に機動質量を確認』
『内部構造、単純貨物ブロックに該当せず』
『形状照合、軍用機動兵器カテゴリへ移行』
EADSが対象を“衛星軌道降下物”から“機動兵器”に更新する。
大気の衝撃を受けながら、人型機動体は姿勢を起こした。
『対象、内部より機動反応』
『人型構造体を確認』
『形状照合――HFカテゴリに近似』
『所属識別信号、なし』
『IFF応答、なし』
『所属不明機動体、出現』
崩壊した十基のコンテナの内側から、赤熱した破片をまといながら、人型機動体が次々と姿を現す。
『形状分類、HF』
『所属識別、照合不能』
『所属不明HF、確認』
大気圏外縁で燃える十基の残骸と共に降下する所属不明HF。
HF ―― Humanoid Fighter / 人型機動兵器。
月面マスドライバーの鉱物輸送コンテナから出現したのは軌道エレベーターの防衛兵器だった。
『所属不明HF、六十機』
GEV02-CAYAMBE地上防衛基地。
赤道直下の巨大な基部施設に設けられた防衛管制室では、輸送事故用の管制画面がすでに閉じられていた。画像は正面スクリーンに切り替えられ、軌道エレベーターの白いワイヤーと、その周囲を降下する赤い機影群が映し出されている。
地上防衛管制の空気が変わった。
『地上防衛管制より軌道防衛群。再分類を確認。対象は降下物ではない。EADSは人型機動兵器群と判断』
『所属照合は』
『IFF応答なし。OMC登録機体、CMS登録機体、民間作業機、全データベース該当なし』
『月面設備由来か』
『不明。外装規格、既知HFと不一致』
当直司令は、指揮卓の前に立っていた。
「戦術管制、降下ベクトルを出せ」
「はい。所属不明HF群、成層圏へ進入。各機、耐熱外套をパージ。降下姿勢へ移行中」
「火器管制、迎撃継続は可能か」
「大気圏突入後、衛星レーザーの照射効率低下。第二階層で追尾中ですが、ワイヤー近傍です。軌道エレベーター本体への誤照射リスクが上昇しています」
スクリーン上の所属不明HF群が動いた。
それまで赤熱した破片と共に落下していた六十機が、一斉に姿勢を変える。背面の耐熱外套が割れ、焦げた翼状パネルが切り離される。パージされた破片は大気の流れに攫われ、後方で燃え尽きていく。
徐々に機体表面の温度が下がり、所属不明機が本来の姿を現す。
黒灰色。OMCで運用されているHFよりも細い。
高度と速度を維持しながら、軌道エレベーターのワイヤーを基準線として、螺旋状に隊列を組み替える60の機影。
『所属不明HF群、降下ベクトル修正』
『基準点、軌道エレベーターワイヤー』
『ワイヤー外周、半径2.4から6.8キロメートルに展開』
『隊形、環状』
白い軌道エレベーター。
それを取り巻く六十の黒灰色。
まるで、一本の巨大な槍に絡みつく黒い羽虫の群れだった。
『CAYAMBE統合軌道防衛網を起動、戦闘事態へ移行』
『全防衛区画、第一戦闘配置。軌道エレベーター基部、対空防衛システム起動。民間搬送ラインを遮断。基部周辺30キロメートル、緊急封鎖』
『避難誘導は』
『自動避難プロトコルへ移行済み』
『都市側交通管制、切替完了』
『地対空レーザー砲台、冷却開始』
命令が流れる。
照合が走る。
しかし、所属不明HF群の降下はそれより速かった。
成層圏の蒼黒い空を、60の人型が滑空する。
防衛管制室の戦術管制官が、声を硬くした。
「司令、所属不明HF群、六個小隊相当の分散隊形に移行。各群十機。ワイヤー周辺六方位へ展開」
「基部への直接降下か」
「直接というより、包囲降下です。降下後、基部外周を制圧する隊形に見えます」
「目的は軌道エレベーターか」
「少なくとも、落着ではありません。機動しています」
その言葉が、防衛管制室の意思を決定付けた。
当直司令は、わずかに目を細める。。
「戦術管制、判定を上げろ」
「はい」
「無人HF部隊は」
「第一即応群、起動シーケンス中。発進可能まで3分40秒」
「3分も待てる状況か」
返答はなかった。
戦術管制官が、軍用分類コードを入力する。
画面上の表示が切り替わった。
最終判定。
『軌道エレベーター基部への攻撃』
警報の色が変わった。
赤から、さらに深い赤へ。
『全防衛施設へ通達』
『対象、所属不明HF六十機』
『降下ベクトル、軌道エレベーターワイヤー基準』
『包囲展開を確認』
『軌道エレベーター基部への降下攻撃と認定』
『無人HF第一即応群、起動率60%』
リング・ターミナルⅡにも、その通達が届いた。
民間輸送業務の画面が完全に閉じられる。代わりに、軍事管制からの一方通行の警告が表示された。
民間回収ターミナルは、以後、戦闘管制への干渉を禁ずる。
全記録を保存。
全回線を防衛軍へ開放。
乗員は退避姿勢。
成層圏を抜ける。
青が濃くなる。
雲の層が近づく。
地上から宇宙まで一直線に伸びるワイヤー。
その周囲を、60の黒灰色の機影が取り囲む。
人型の群れが、赤道直下へ落ちていく。
降下ではない。
それは強襲だった。
≪ 用語・設定 ≫
■地球絶対防衛圏 / EADS(Earth Absolute Defense Sphere)
地球周回軌道上に配置された迎撃衛星コンステレーション。
・高高度観測網
・落着予測AI
・防御レーザー砲台
・軌道デブリ破砕システム
・赤道直下の地上防衛施設
それらを一つの球殻として接続した、自動防衛網。
月採掘基地と同様、OMCとCMSで共同管理、運用されている。
■CAYAMBE統合軌道防衛網
軌道エレベーター”GEV02-CAYAMBE”を守る多層防空・対軌道防衛システム。
GEV02-CAYAMBE地上防衛基地で管理、運用されている。
■HF / Humanoid Fighter (人型機動兵器)
多目的攻撃無力化機動兵器。
軌道エレベーターや月資源輸送構造を攻撃から守るための究極の機動兵器。
最大出力まで改造された新世代エネルギー燃料の特殊エンジンで陸・海・空・宇宙のあらゆる環境で超高速・超機動を行う。
遠隔操作の無人機とコックピットにCellを搭載した有人機をOMCとCMSが所有、配備。
性能は大きく劣るが一部民間企業および月面では作業用HFも確認されている。
≪ あとがき ≫
毎週、月水金の夜を目安に更新できそうです。
できそうです。。。




