第16話 元寇の真実
※いつも作品を応援していただき、本当にありがとうございます。
作者のスコ平おじさんです。
ここからいよいよ、【第2部・大学サークル編】がスタートいたします。
実はこの第2部を書き始めるにあたって、かなり試行錯誤をしていました。
いっそのこと、歴史とは全く関係のない「エスパーバトルもの」に路線変更しようかと、本気で悩んでいた時期もあります。
ですが、色々と迷った結果、やはり自分が一番好きなものは「歴史」なのだと原点に立ち返りました。
歴史好きを自称していながら、実は私自身、古事記などの本当の中身をはっきりとは知らないという気づきがあり、
せっかく新しい物語を紡ぐのであれば、日本の歴史を最初から順番に丁寧に追いかけ、自分自身も知らなかったファクトを徹底的に調べ直そう。そうやって自分の勉強にもなるような作品にしたい、と思ったのがこの第2部執筆のきっかけです。
佐藤や御剣たちと一緒に、読んでくださる読者の皆さんも同じ目線で、歴史のリアルな因果関係を最初から順番に追いかけていく。
その旅の中で、私たちが教え込まされてきた自虐的な思い込みや洗脳を、少しでも解き明かすきっかけになるような、そんな物語になればこれ以上の喜びはありません。
名前の記号(暗記)だけで片付けられていた歴史の裏側に眠る、先祖たちの本当の知性とプライドの物語。
第2部も熱量を込めてお届けしてまいりますので、どうぞ最後まで一緒にこの歴史の旅を楽しんでいただければ幸いです。
カタ、カタ、と。
大学の歴史研究サークルの部室に、キーボードを叩く乾いた音が響く。
俺――佐藤は、自分が管理しているネット上の歴史研究スレッドのレスを閲覧していた。画面に映るタイムライン。そこには、歴史の記憶を失い、制度の盲点を突いてこの国を中から乗っ取ろうとする者たちの、危うい書き込みが並んでいる。
『過去の日本とやらの武力なんて、欧米の近代戦術の前にはただの子供騙しだったよね』
『昔の日本人は集団戦も近接戦闘も弱かったから、戦後に教育を変えられて当然だし、自衛権もなくて当然』
画面のスクロールを止め、俺の唇の端が自然と吊り上がる。
中にいる、前世を五十年間、社会の酸いも甘いも噛み分けて生きてきた男が、静かにニヤリと笑った。
――来たな、と。
そんな俺のすぐ横では、サークルの先輩がノートPCの画面に噛みつくようにして、世界的な神ゲー
『ゴースト・オブ・ツシマ』をプレイしていた。部室には派手な斬撃音とモンゴル軍の火器の爆発音が響いている。
名ばかりのサークル室の空気は、今日も淀んでいた。大半の部員は来ない幽霊部員。今この部屋にいる数人の先輩たちも、スマホをいじってダラダラしているか、やる気なく時間を潰しているだけだ。
「いやー、やっぱりツシマの冥人はカッコいいよな」
ゲームをしていた先輩が、画面を見つめたまま呟く。
「最初は名誉だ何だと言って綺麗に戦おうとするんだけど、モンゴル軍の近代的な集団戦法や爆弾が強すぎて勝てないから、夜襲とか暗殺の汚いゲリラ戦に手を染めていく。やっぱり、当時の正々堂々とした日本のサムライのやり方じゃ、モンゴル軍には手も足も出なかったってことだよなー」
スマホを見ていた他の部員たちも、「あー、それな」と深く頷いている。
「学研の歴史漫画でもあったよね。戦場で日本の武士が
『やあやあ、我こそは――!』
って大真面目に名乗っている最中に、モンゴル軍から
『そんなの関係ねえ』
って感じで集団で襲われて、矢の雨を降らされてあっけなくやられる、あの有名なシーン。あれを見ても、やっぱり日本人は集団戦に戸惑って苦戦したってのが本当なんだろうな。元々日本人は大人しい農耕民族だしね」
「しかもさ」と、別の部員がスマホから目を離して口を挟んだ。
「そもそも武器の性能からして違かったんでしょ? ネットとか古い解説本で見たけど、モンゴル軍の弓は射程二百メートルあって、日本の和弓は百メートルしかなかったって聞いたぞ。最初からアウトレンジでボコられてたんじゃないの?」
ネットの向こうの住人も、目の前の先輩たちも、用意された歪んだフィルターのなかにいる。
自ら罠に飛び込んできた彼らを前にして、俺のタイピングの速度が上がる。教え込む必要はない。ただ、彼ら自身が自分の誤りに気づくための客観的な資料を、時系列順にそっと置いてやればいい。
「先輩、それと先輩方。そのゲームも漫画も、ネットの知識も、僕も好きでよく知ってますけど……描かれているサムライのイメージは、ことごとく『史実と真逆』なんですよ」
俺が穏やかで沈着冷静な声で遮ると、部室のソファで静かに本を読んでいた御剣 怜が、スッと顔を上げた。
高校生時代から、俺の戦いを一番近くで見届けてきたインテリの同級生。
怜のメガネの奥の知的な瞳が、待ってましたとばかりに嬉しそうに輝く。彼女は俺の知識の深さを誰よりも尊敬し、信頼している。だからこそ、俺が新しい『事実』をスレッドに陳列し始める時の、この静かなトーンが大好きなのだ。
「真逆、ってどういうこと、佐藤?」
怜が本を閉じ、もっと話を聞かせてという純粋な探求心を隠さずに、俺の隣へ歩み寄ってくる。
「ゲームや漫画だとサムライは綺麗に戦って、主人公だけが汚いゲリラ戦に手を染めていく。でも実際の史料を読み解くと逆なんだ。そもそもさっき先輩が言った
『モンゴル軍の弓は二百メートル、日本は百メートル』っていう数字自体、最大飛距離と有効射程の基準をわざと混ぜこぜにした悪質な数字のトリック、ただのうそっぱちだよ」
「トリック?」と、先ほど射程の話を出した部員が怪訝な顔をする。
「そう。モンゴルの二百メートルは、ただ遠くに飛ばしただけの『最大飛距離』。対する日本の百メートルは、狙った相手を確実に射止める『有効射程(狙撃距離)』だ。基準が違いすぎる。
実際は弓自体のポテンシャルが違うんだ。モンゴル軍の弓は、持ち運びを重視して動物の腱などで固めた小ぶりな短弓。対する日本の長弓『和弓』は二・二メートルを超える世界最大級のバケモノ兵器だ。
物理の法則通り、放たれる矢のパワーも射程も和弓の圧勝さ。日本の弓だって、遠くに飛ばすだけなら三百メートル以上飛ぶ。モンゴルの軽い矢は日本の頑丈な『大鎧おおよろい』に当たるとパチンと弾かれたが、坂東武者の重くて太い矢は、遠距離からでも敵の革鎧を軽々とぶち抜いたんだ。モンゴル軍は一対一の弓の撃ち合いをビビったからこそ、空に向かって矢の雨を降らせる『集団戦法』に頼るしかなかったんだよ」
「なるほど……。じゃあ、中国の歴史映画に出てくる、地面に寝そべって両足で引き絞る巨大クロスボウ『蹶張弩けっちょうど』みたいな集団弓の技術があっても、博多湾の最前線では、手で引くだけの坂東武者の個の戦闘力に及ばなかった、ってことね」
怜がすらすらと、俺の意図を完璧な知性で補強して相槌を打つ。本当に心地いい相棒だ。
「そう。名乗りを上げる武士を馬鹿にして無視したんじゃない。名乗らせて近づけたら、一撃で首をブチ抜かれるから、近づけさせないために必死で矢の雨を降らせるしかなかったのが歴史の真実だ」
「夜になれば、河野通有こうのみちありをはじめとする武士たちは小さな手漕ぎ舟で敵の巨大軍船に忍び込み、寝込みを襲って片っ端から首をハネまくる徹底したゲリラ戦を展開した。
『てつはう(爆弾)』の音に驚いたのも最初だけ。二回目からはただの煙幕だと見抜き、煙に紛れて突撃する猛烈な白兵戦(肉弾戦)に変えてみせた。昼は白兵戦で圧倒され、夜はゲリラに怯え、完全にノイローゼになった敵の内部は、海の上で醜い泥仕合の押し問答を起こしていたんだ。当時の公式記録である『高麗史』金方慶きんほうけい伝には、その夜の船上の軍議の様子が、二人の将軍の名前と共にハッキリ会話形式で残っている。元々海なんか渡りたくなかった大陸の軍を率いる、元軍の総司令官クドゥン(忽敦)は、日本の武士の圧倒的な近接戦闘力に恐怖し、孫子の兵法を引き合いに出してこう愚痴を吐いた。
『孫子の兵法に、少数の兵が頑固に戦っても大軍の前には結局捕虜になるだけだとある。日々増え続ける日本の奴らを相手にするのは完璧な策ではない。我が軍はもう疲れ切っている。一度撤退して本国へ帰ろう』と、泣き言を言って早くお家に帰りたがったんだ。
逆に、クビライ皇帝への保身のために日本侵攻の片棒を担ぎ、いわば言い出しっぺになっていた高麗の将軍・金方慶は、手ぶらで帰るわけにはいかないから、船の上で必死にしがみついてこう引き止めた。
『いやいや、我が軍は既に敵地に入っている。これは背水の陣です。もう一度戦いましょう!』とね」
「最前線の白兵戦で世界最強の帝国の心を完璧にへし折り、撤退を巡って海の上でもたもた押し問答をしていたまさにその瞬間、台風が直撃したんだな」
先輩が息を呑む。
「神風のラッキーで勝ったんじゃない。彼らが日本の武力に絶望して海に引きこもり、内紛を起こしていたからこそ、最後に天が味方したのね」
怜がノートを閉じ、毅然とした声で後に続く。
「長崎県松浦市の鷹島海底遺跡から引き揚げられた本物の『てつはう』や、元軍の沈没船という決定的な物的証拠が、何百年経っても変わりなく、今の佐藤の言葉を証明しているわ。……本当に、あなたの歴史の紐解き方はいつも斬新ね、佐藤」
「ゲームや漫画より、現実の先祖の方がよっぽど戦闘狂バーサーカーだったってことだ」
俺は管理画面から、一切の反論を許さない客観的な科学データを、スレッドの場にそっと陳列した。
ゲームをしていた先輩も、スマホを見ていた他の部員たちも、俺と怜の間に流れる圧倒的な知識の応酬と、提示されたガチの科学データの前に、口をあんぐり開けて完全にフリーズしていた。
画面の向こうのスレッドも、今度こそ完全に凍りついている。何も言い返せない奴らは、ただ沈黙するしかない。
「ゲームより、現実の先祖の方がよっぽどおもしろいだろ、怜」
「ええ、本当に……。やっぱり、佐藤の話を聞いていると、私たちがまだ知らない本物の歴史が、この国の底にたくさん眠っているのがよく分かるわ。もっと知りたいな」
怜が嬉しそうに知的な瞳を輝かせ、フッと柔らかく微笑んだ。
勝とうとするプライドなんてそこにはない。ただ、俺の持つ歴史を、もっと知りたい、もっと一緒に暴きたいという、純粋な信頼の絆だけがそこにあった。
「さあ、この『オキュパイドジャパン』に隠された真実を、これから一つずつ紐解いていきましょう」
怜のその静かな言葉と共に、二十歳になった俺たちの新しい戦い(大学サークル編)が、今、部室の静寂の中で静かに幕を開けた。
(第16話 終)
ご覧いただきありがとうございます。ついに『おか国』の第2部(大学サークル編)がスタートいたしました。高校生だった佐藤も二十歳になり、舞台は大学へ。ヒロインの怜と共に、2600年の歴史の真実を武器にした新しい戦いが幕を開けます。第1話は『ゴースト・オブ・ツシマ』や漫画『アンゴルモア』でもおなじみの元寇の謎を陳列させていただきました。これから15話にわたって、日本の光と闇の歴史をじっくり時系列順に紐解いていきますので、お付き合いいただけますと幸いです。「続きが気になる!」と思ってくださった方は、ぜひページ下部から【ブックマーク登録】や【★★★★★評価】での応援をよろしくお願いいたします。次回もお楽しみに。




