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冤罪で追放された伯爵令嬢は、森の奥の診療所で天才医師の胃袋を掴み、愛されながら幸せなスローライフを満喫します  作者: 白月つむぎ


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96 美味しい食材を届けてくださる皆さんと、喜んで食べてくれる人がいるからですわ

 春の穏やかな日差しが、森の木々の隙間から幾筋もの光の帯となって降り注いでいた。


 本日は、診療所の休診日である。

 カエラムは患者のカルテを丁寧に整理し、コルネリアは彼が淹れてくれた温かい紅茶を飲みながら、異国の薬草図鑑に目を通していた。


 窓の外からは小鳥のさえずりが微かに聞こえてくる。

 深く満ち足りた静かな午前中の時間だった。


 ――その穏やかな空気を破るように、診療所の分厚い木の扉が外側から勢いよく押し開かれた。


「カエラム先生! コルネリアのお姉ちゃん!」


「先生、コルネリアさん、おはようございます!」


「おはよう! 今日はお休みでしょ? 一緒にお出かけしようよ!」


 元気な声と共に飛び込んできたのは、近隣に住む三人の子供たちだった。


 貧民区から通ってくる、茶色の髪に空色の瞳を持つ少年ニコ。

 おっとりとした、亜麻色の髪にアメジストの瞳を輝かせるラケル。

 そして、桃色の髪を背中で一つに編み込み、ルビーの瞳を爛漫に細める少女ルーシーである。


 三人の可愛らしい訪問者に、コルネリアは手元の図鑑を閉じて立ち上がり、柔らかな笑みを向けた。


「おはよう、ニコ君、ラケル君、ルーシーちゃん。みんな揃って、今日はどうしたの?」


「あのね、俺たちで森の向こうを探検してたら、すっごく綺麗にお花が咲いている場所を見つけたんだ!」


 ニコが得意げに胸を張り、ルーシーがコルネリアの手を引いて弾むように言葉を続ける。


「本当にすっごく綺麗なの! だから、先生とお姉ちゃんにも見せてあげたくて!」


 彼らはここに来る前、すでに裏庭の馬小屋に立ち寄ってきたのか、ニコの服の袖にはファノーネの栗毛が少しだけ付着していた。

 ファノーネも子供たちにたくさん撫でられて機嫌を良くしているはずだ。

 その純粋な招待に、カエラムは手元のペンを置き、丸メガネの奥のアンバーの瞳を優しく和らげた。


「それは素晴らしいですね。せっかくの休診日ですし、私たちもぜひご一緒させてください」


「やったあ! じゃあ、案内するね!」


「待って、ニコ君。せっかく綺麗なお花を見に行くのだから、お昼ご飯を持っていかない?」


 コルネリアの提案に、三人の子供たちの瞳がさらに輝きを増した。

 子供たちを待合室の長椅子に座らせて待たせ、コルネリアとカエラムは並んでキッチンに立った。


「先生、先日農夫のイザークさんが分けてくださった春のアスパラガスと、狩人のタツィオさんが届けてくださった燻製肉が残っていますよね。あれを使って、皆が喜ぶサンドイッチを作りましょう」


「良いですね。あの深い味わいの燻製肉は、子供たちも大好きなはずです。私は何をすれば良いですか?」


「では、パンを薄く切っていただけますか。私は中身を用意しますわ」


 コルネリアは、かつて王都の書庫で読み耽った異国の料理本に記されていた知識を元に、東方伝来の調味料であるマヨネーズを手作りし始めた。


 新鮮な卵の黄身だけを深めの器に入れ、そこにお酢と塩を少々落とす。

 そして、良質な油を少しずつ加えながら泡立て器でなめらかになるまでひたすら混ぜ合わせていく。

 淡い黄色のとろりとした調味料が完成すると、そこに微かに酸味と深いコクのある香りが漂う。


 並行して茹で上げておいた、鮮やかな緑色で瑞々しい春のアスパラガスを一口大に切り分ける。

 そして、タツィオが仕留めて丁寧にいぶした、香ばしい燻製肉を細かく刻む。

 それらを先ほど手作りしたマヨネーズでたっぷりと和えれば、立派なサンドイッチの具材の完成である。


 カエラムが綺麗に切り分けてくれた柔らかなパンに具材を挟み、子供たちの小さな口でも食べやすい大きさに整えていく。


「それから……今日はぽかぽかとした特別なお散歩ですから、甘いサンドイッチも作りましょう。昨日から準備しておいて良かったですわ」


 コルネリアが布を被せた器を棚から取り出す。中に入っているのは、前日の夜から布で濾して余分な水分をしっかりと抜いた水切りヨーグルトだった。

 まるで濃厚なチーズのように硬く、しっとりとしたヨーグルトに、甘い蜂蜜をたっぷりと加えて混ぜ合わせる。


 そして、籠に入っていた真っ赤に熟した大粒の苺のヘタを取り、蜂蜜入りの特製水切りヨーグルトと共に柔らかなパンの間に隙間なく挟み込んだ。


「果物のサンドイッチですか。これは、甘いものが好きなルーシーちゃんやラケル君が特に喜びそうですね」


 カエラムが感心したように翡翠の髪を揺らす。

 二種類のサンドイッチを大きな籠に丁寧に詰め込み、水筒にたっぷりの温かい紅茶を用意して、彼らは子供たちの待つリビングへと戻った。


 診療所を出発し、三人の子供たちの元気な足取りに合わせて春の森を進む。


 ニコを先頭に、乾燥した落ち葉や柔らかな土を踏みしめながら歩く道中、子供たちは最近あった出来事を弾んだ声で報告してくれた。


「ニコのお母さん、最近すごく元気になったのよ! マルタのおばあちゃんと一緒にお料理もしてるんだから!」


「僕も、今度新しい本を読ませてもらう約束をしたんだ」


 彼らのその弾けるような笑顔を見るだけで、コルネリアの心は温かなもので満たされていった。


 やがて少し薄暗かった森の木々が途切れ、川のせせらぎが聞こえてくる開けた場所へと辿り着いた瞬間――カエラムとコルネリアは揃って感嘆の息を漏らした。


「うわぁ……! なんて美しいのでしょう」


 コルネリアのペリドットの瞳が、驚きと歓喜に大きく見開かれる。

 澄み渡る青空の下、緩やかな川沿いの土手には視界を埋め尽くすほどの鮮やかな黄色い菜の花が一面に咲き誇っていた。

 そしてその奥には、満開の淡い桃色の花を咲かせた大きな桜の木々が何本も立ち並んでいる。


 足元の菜の花の黄色、頭上を覆う桜の桃色、そしてどこまでも高い空の澄み切った青。

 大自然が生み出した三色の鮮烈なコントラストは、まるで一枚の完璧な風景画を見ているかのように美しかった。


「どう? すっごく綺麗でしょ!」


 ニコが得意げに両手を広げて振り返る。


「ええ、本当に。こんなに素敵な場所を見つけるなんて、あなたたちは立派な探検家ですね」


 カエラムが優しく褒め称えると、ラケルとルーシーも照れくさそうに顔を見合わせて笑った。

 一番大きな桜の木の下、菜の花の甘い香りが届く平坦な場所に大きな敷物を広げ、五人は円を描くようにして座った。

 コルネリアが籠を開けると、芳ばしいパンの匂いが広がり、子供たちから歓声が上がる。


「さあ、たくさん歩いてお腹も空いたでしょう? 召し上がれ」


 まずは、アスパラガスと燻製肉のサンドイッチが子供たちの手に渡った。

 一口食べたニコの空色の瞳が、驚きに大きく丸くなる。


「なにこれ! お肉がすっごく美味しいし、この中に入ってるトロトロのやつ、すっごくコクがあって最高だ!」


「うんっ! お野菜も甘くて、とっても美味しいわ!」


「僕、こんなに美味しいパン、初めて食べたよ!」


 マヨネーズのほどよい酸味がタツィオの燻製肉の旨味を最大限に引き立て、イザークが育てた春のアスパラガスの瑞々しさが絶妙な調和を生み出している。

 三人はあっという間に一つ目のサンドイッチを平らげてしまった。


 そして、いよいよコルネリアが満を持して果物のサンドイッチを取り出す。

 淡いヨーグルトクリームの間に、鮮やかな赤い苺の断面が美しく並ぶその姿に、ルーシーが思わず両手を合わせた。


「うわぁ……ケーキみたい!」


 ルーシーが小さな口で果物のサンドイッチを頬張ると、その顔がとろけるような幸福感に包まれた。


「すっごく甘くて、ほっぺたが落ちちゃいそう!」


「本当だ。蜂蜜の甘さと、苺のすっぱさがちょうど良くて、すごく美味しいね」


 ラケルもアメジストの瞳を細めてゆっくりと味わい、ニコも夢中で食べ進めている。

 水切りヨーグルトの爽やかな酸味が蜂蜜の豊かな甘さを引き立て、新鮮な苺の果汁と混ざり合うことで、極上の甘味へと昇華されていた。


 その光景を見守りながら、カエラムも自身のサンドイッチを口に運ぶ。


「素晴らしい出来ですね、コルネリアさん。あなたの料理は、いつも皆を笑顔にしてくれる」


「ふふっ。美味しい食材を届けてくださる皆さんと、喜んで食べてくれる人がいるからですわ」


 コルネリアがホワイトブロンドの髪を春の風に揺らしながら微笑むと、カエラムもまた深く優しい笑みを返した。

 彼のアンバーの瞳には、目の前で無邪気に笑う子供たちと、愛してやまないコルネリアの姿が何よりも尊い宝物のように映っていた。


 満開の桜と菜の花に囲まれた春のピクニックは、穏やかで満ち足りた時間のまま過ぎていった。

 お腹いっぱい食べ、花畑を駆け回って十分に遊んだ子供たちと共に、再び森の小道を歩いて診療所へと戻る。


 傾きかけた太陽が、森を柔らかなオレンジ色に染め始めていた。


「先生、お姉ちゃん、今日は本当に楽しかった!」


「お弁当、すっごく美味しかったわ。ありがとう!」


「また一緒に遊んでね!」


 診療所の前で、ニコ、ルーシー、ラケルの三人が元気に手を振る。


「ええ、気をつけて帰るのですよ。マルタさんや、ニコ君のお母様にもよろしくお伝えくださいね」


「またいつでも遊びにいらっしゃい」


 カエラムとコルネリアも大きく手を振り返した。


 夕暮れの森の道を、三人の小さな背中が連れ立って帰っていく。

 その姿が木々の向こうに見えなくなるまで、二人は肩を並べて静かに見守り続けた。


 春の穏やかな風が吹き抜け、満ち足りた休日の余韻が、森の診療所をいつまでも優しく包み込んでいた。

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