第10章2
墜落しそうな軽飛行機のタイヤカバーに、必死の思いでしがみ付くようにぶら下がる…。
…そんなオレの目に映ったのは、銃撃でロック機構が壊れて、ガタガタになっちまったセスナのドアの隙間から、お気に入りの日本刀が、ズルズルと滑り墜ちて来るところよ。
白鞘の日本刀じゃ、トラックにゃ敵わねぇかも知れねぇが『蜂の一刺し』って言葉も有るんだぜ…。
それでオレはゾンビ化した左手を、ちょっとずつ伸ばして刀の鞘を握りしめ、次の瞬間、一気に引っ張り出してやったのよ。
引き抜いた時の衝撃で、鞘が風に吹き飛ばされて、オレの手に残ったのは、白銀に輝く抜き身の方だけだったが、それでも構わねぇ。
墜っこちるときは、奴等のトラックに、そいつを体ごと叩き付けてやろうじゃねぇか…。
エンジン不調の上に、機体の部品が吹き飛んで、操縦不能に陥ったセスナは上昇も旋回も出来やしねぇ。
…丁度いい具合に、機首を真っ直ぐ、トラックのキャビンに向けて行く。
ソンビ除けの金網鉄筋を溶接された軍用トラックの運転席が、あっと言う間に間近に迫って来やがった…。
左ハンドルのC国製軍用トラックに収まった運転手らしい兵隊が、悲鳴を上げながら急ブレーキを踏むのが判ったぜ…。
その横じゃ、日本人民国の指揮官が、罵るように大口開けてやがる。
助手席側のトラックの窓から身を乗り出して、ハンドガン片手に、こっちを銃撃しようとした伊東のクソ野郎の顔が、チラリと見えたが、もうその時にゃ、奴らとの距離は十メートルも有りゃしねぇ。
トラックが、投棄車両のポンコツ乗用車を掠めながら、つんのめるようにスリップした。
…次の瞬間、セスナの機体がグラリと右に揺れて、進行方向がトラックの運転席と平行になったのよ…
正面に回ってきた軍用トラックの助手席側じゃ、バランスを崩して落っこちそうになってる腹黒伊東の背中が大写しに見えてたぜ…。
…オレはそんな伊東の野郎に向けて、ゾンビの左手に握った日本刀を、無我夢中で思いっきり叩き付けてやったんだ…。
…セスナのスピードと、トラックの対向速度、それにゾンビ腕の馬鹿力が加わったら、軍用トラックの鉄板だって、ぶった切るのは楽勝だ。
…まるでチーズを切るみてぇに、軍用トラックのAピラーを真っ二つにした日本刀は、金網鉄筋が取り付けられたフロントウインドウまで、横一文字に切り裂いて運転席側へ抜けたのよ。
刀の柄から伝わる衝撃に、こっちも振り落とされそうになったが、悪運の強いオレのことだから、体の方はトラックの車体に触れることもなく、どうにかこうにか擦り抜けたぜ。
…けど、まずいことにセスナの水平尾翼が、トラックのキャビンに接触したらしい。
ガツンという衝撃と共に、金属音が響き渡って、目の前にゃ、高速道路の防音壁が迫ってきた。
コンクリートの防音壁と、日本刀じゃ勝負にならねぇ。
オレは咄嗟に、左手の刀を捨てると、ゾンビパワーを利用してセスナのタイヤカバーに這い上がりながら、壁との体当たりを避けようとしたのよ。
…浮いてくれ。…浮いてくれ。…浮いてくれ。
オレの叫びが、天国の神様に通じたんだろう。最後の力を振り絞るように、セスナの機体が上を向く…。
防音壁のコンクリートに、左の後輪を擦り付けながら、機体はギリギリで上昇した。
「助かった?」と思ったが、もうその後は続かねぇ…。
失速状態になったセスナは、機首を斜め四十五度に向けたまま、側道の向こうに見える杉の雑木林に突っ込んだのよ。
…衝撃で、ふっ飛ばされたオレは、木々の梢で顔や体を引っ叩かれながら、二十メートルもスーパーマンみてぇに空を飛んだ。
…次の瞬間、斜面に叩き付けられて、「うっ」と息が止まっちまったが、落ちたところが、運良く小枝や落ち葉の吹き溜まりよ。
体の方は、異常は無ぇが、どこに引っ掛けたか、右の脹ら脛を突き破って、ニョッキリと木の枝が生えてやがった。
そいつはゾンビ化した脚の方だから、痛くも痒くも有りゃしねけど、反対の脚だったら、助かったかどうかも怪しいモンだ…。
…それでも、一息ついてる暇なんか、有りゃしねぇぜ。
杉の喬木に引っかかったセスナの機体が、重さに耐えきれなくなった枝をへし折りながら、バラバラになって落ちて来る!。
立ち上がりかけたオレは、咄嗟の横っ飛びで機体の破片を避けたぜ。
一度地面に叩き付けられて機首と胴体が、まっ二つに千切れたセスナは、衝撃でジュラルミンの破片を振りまきながらバウンドすると、オレが飛ばされて落ち込んだ吹き溜まりの斜面に突っ込んでいった。




