第10章1
南の国の銃撃を受けて、不調になったエンジンがバラつき始めた…。
エンジンの異変に気が付いた桐山が、何やらでかい声で喚いてる。
「このままじゃ、奴等に逃げられちまう。…一か八か、ロケット弾でトラックの運転席を吹き飛ばせ」って、三上の野郎に命令してるのよ…。
奴は、その声に促されるように叫び声を上げながら、ロック機構が『馬鹿』になっちまったドアの向こうに姿を消した。
次の瞬間、軽飛行機は逆方向へバンクを始め、オレはセスナの主脚を抱える腕にぐっと力を込めたのよ。
まるで、けん玉の「タマ」みてぇに、体が左右に揺すられて、焦げたオイルが熱湯みてぇに飛び散って来やがる。
熱さに顔をしかめたオレは、てめぇの体に降り掛かるオイルの雨粒をカバーしようと、ゾンビ化した左の腕で顔を必死に覆ってた。
「オヤジさん。…こいつで、トラックをフッ飛ばしたら、すぐに引き上げてやるから、それまで辛抱しててくれ」
割れちまったサイドウインドウから、細長いモン抱えながら、三上が顔を出す。
野郎はそう言いながら、M72LAW携帯型対戦車ロケット弾の発射筒を延ばしていやがる。
『…頼んだぜ。…三上。』
ブルースモークの煙を後方に引き摺るセスナが、高度スレスレで雑木林を掠めながら、東名高速の上を交差して左から大旋回を開始した。
桐山の野郎、…チキンレースのつもりか知らねぇが、原爆積んだトラックの真っ正面から突入するみてぇだぜ。
後部座席の中島メガネ猿が、悲鳴のような声を上げやがるから、オレも、ちっとは心配になったが、こんな状況じゃどうにもならねぇ。…黙って成り行きを見守るだけよ。
百八十度ターンしたセスナは、焼き付きかけたエンジンから、妙なガラガラ音を響かせながら、東名の廃車の群れの上にコースを戻した。
三上の野郎、機体の安定を確認する間もなく、壊れたドアと割れたサイドウインドを使いながら、苦しそうな姿勢で、ロケットランチャーを構え始めた。
猛スピードで流れる地上の風景に、恐怖の感覚が麻痺しちまったオレには、不思議と周りの状況がよく見えた。
あの倉庫で見覚えのあるユニッククレーン装置付きトラックが、フラフラ飛び出してきた死人野郎を跳ね飛ばしながら、猛スピードで向かって来やがる。
正面からやって来る南の国の六輪駆動車が、三百メートル程に近づいたとき、トラックの荷台で何かが光った。
…二度あることは三度ある。…そいつは、『日本人民国』お得意のロケット弾攻撃だが、今度はこっちだって負けちゃいねぇ。
風切り音を劈くように、こっちの対戦車ロケット弾も発射されて、軽飛行機の右サイドが発射煙に包まれる。
…白い炎のロケット噴射が、大地を振るわせ交差した。
お互いの着弾まで、ほんの数秒だったが、それでも桐山の野郎は、素早く機体を捻って、向かってくるロケット弾を避けようとしたのよ。
…急機動に振り回されたオレの鼻先を、南の国の榴弾が轟音立てて抜けていく。
赤外線追尾の対空ミサイルだったら、ひとたまりもなく吹き飛ばされていただろうが、奴等の使っていたのがRPG-7らしき、撃ちっ放しの対戦車榴弾よ。
そう言うヤツは、よほど巧くやらねぇと、移動物体にゃ当たらねぇ。
だけどよ。…こっちロケット弾だって同じ様なモンだから、装甲トラックの運転席を狙ったつもりが的は外れて、上り車線の乗用車と何匹かのゾンビ野郎を、ふっ飛ばしただけよ。
『ど畜生!。…外れた!。』そう思ったとき、ガツンと、何やら嫌な衝撃が響いてきた。
…斜めになったセスナの左翼の先端が、腐りかけた大型バスの屋根に接触して、その衝撃で機体の部品が弾け飛んだのよ。
ロン毛野郎が、何とかセスナを立て直そうと、操縦桿を操作したらしいが、補助翼の部品が逝かれちまったんじゃ、どうにも安定が保てねぇ。
おまけに、百メートル程に近づいて来た南の国の装甲トラックから、自動小銃が乱射され、地上スレスレを飛ぶ機体は、右にフラフラ、左にフラフラ、糸の切れた凧状態になっちまった。
セスナの状況がそんなだから、こっちを心配している三上の野郎も、おちおち助け船を出せやしねぇ。コパイロット席のシートに掴まりながら、オレの名前を呼ぶだけよ。
そのうち何発かの小銃弾が、オレの体を掠め飛び、擦過の衝撃で迷彩服に新しい綻びと、…その下の皮膚に、抉れたようなミミズ腫れを刻んでいく。
腹黒伊東に、一泡吹かせてやりてぇが、このままじゃ、どうやら『お終い』みてぇだな。
オレは、三上に『最後の挨拶』をするつもりで、ふっと上を見上げた。




