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二足歩行の………

 初めての依頼を終えた次の日。

 エイトは市場で竹製の水筒を買うと、冒険者ギルドへと行き依頼ボードの前で唸りながら貼られている依頼の用紙を見つめる。

 だが、ランクIの依頼では採取関係のしかないようだ。

 恐らく、採取以外も有ったのだろうが、先にギルドに来たランクIの冒険者が依頼内容の良い物を根こそぎ持って行ったのだろう。

 依頼ボードに貼られている依頼は、基本的に早い者勝ちだ。であれば、エイトが遅かったのが悪いということになる。

 そんな依頼の束を見つめながら、エイトは溜め息混じりに呟く。


「また採取かぁ、はぁぁ。でも、昨日の様にはならないだろうしな。採取のついでに、魔物をバンバン倒してレベル上げをするか」


 少し残念そうに呟くエイト。

 エイトは、別に楽をしたい訳じゃ無い。採取依頼よりも討伐依頼の方が効率が良いから、というだけの事だ。

 何故討伐依頼の方が効率が良いのかというと、採取依頼の場合は目的の物を探し、採取し、それからレベル上げの為に魔物を探さねばならなくなる。一方、討伐依頼の方は最初から魔物を探す事が出来るし、目的の魔物ではなくとも倒しておけば自身の経験値になるし、戦闘音や血の臭いで目的の魔物も来るかもしれない。そうなると、効率良くレベル上げが出来るし、それで金にもなるという、エイトにとって非常に都合が良い依頼なのだ。

 だが、無いものは仕方がない。そんな風に割り切り採取依頼の一枚を手に取りカウンターへと移動する。因みに、エイトはメアリーの方へは行かず、パメラの方へと行く。理由は簡単、昨夜のメアリーの言葉のせいだ。

 しかし、そんなエイトの姿を見付けたメアリーが、態々パメラの場所まで移動してエイトの対応をする。しかも、目を細めながら。


「お説教するって昨日言ったよね。……忘れてたのかな?」


 口調は柔らかいが、表情は厳しいものになっている。

 エイトは、そんなメアリーの表情を見て誤魔化すように笑うと、必死に言い訳を言う。


「ははは、いやぁ……ははは。天気が良くって、ぼーっとしてたのかな? はっははは」


 実に苦しい言い訳だ。

 そんなエイトの言い訳を聞いたメアリーは、更に目を細めて無言で見つめる。

 だが、その状況に居るエイトを救うかのように……いや、まるで救いの天使のようにパメラが口を開く。


「はいはい、メアリーは仕事をしなさい」


「ちょっと! 邪魔しないでよ!」


「受付嬢が説教なんて出すぎた真似でしょ?」


「わ、分かってるわよ!」


「分かってるのなら、ほらっ仕事仕事!」


 メアリーを強引に押しやると、パメラはエイトに体を向ける。

 そして、御手本のような営業スマイルで爽やかに声を掛ける。


「エイトさん、依頼書をお渡し下さい」


「あ、はい。すいません、有り難う御座います。助かりました」


 エイトは、ほっと胸を撫で下ろしてパメラに礼を述べると、依頼書を手渡す。

 そして、営業スマイルを浮かべているパメラが依頼書を確認してから判子を押す。これで依頼の受領が完了したことになる。

 その一連の流れを横目で見ていたメアリーが、憮然とした表情でエイトに声を掛ける。


「昨日の様にはならないようにしてね。………危険な所には行かないでよ」


 余程エイトの事が気になるのだろう。メアリーの真剣な表情を見ていれば、それが間違いで無いと分かる。

 本来であれば、受付嬢が冒険者に深く関わる様な事はしない。何故なら、冒険者は依頼を請けている最中に死ぬことが多いからだ。その為、一人一人に感情移入していれば、冒険者が死亡した時に悲しむのは自明の理であり、そうなると鬱病になる受付嬢が多発するだろう。

 だが、その事を理解していても尚、エイトの外見や冒険者としては珍しい礼儀正しさから、メアリーはエイトを放っておくという事が出来ない様だ。

 そんなメアリーの内情を知ってか知らずか、エイトは微笑みを浮かべて答える。


「今回は大丈夫ですよ、行くべき場所を間違えませんし。……では、行ってきます」


「本当に気を付けてね」


 メアリーの声に、エイトは背を向けて手を上げることで答え冒険者ギルドを後にする。

 そして、そのまま門へと一直線に行きギルドカードを門番に提示し、外へと出る。

 それからは、ブリッツの街から西へ30分程移動して、低レベルの魔物しか存在しない森へと入って行く。

 その際、冒険者と思われる者を数人見かけたエイトが、少し驚いた様子で呟く。


「へぇ……低レベルの魔物しかいないって聞いてたのに、冒険者はそれなりに居るんだな。俺と同じように、冒険者に成り立ての人達かな?」


 そう呟くエイトだが、その考えは恐らく当たりだろう。何故なら、冒険者達の装備が銅製の剣に木の盾だからだ。余り装備に金を掛けていない所を見るに、駆け出しの冒険者達だろう。

 それは別に良いのだが、この場所にエイトの他に冒険者が存在するのは不味い。いや、冒険者に限らず、人が居るという事がエイトにとっては良くない。迂闊に魔法を使えないからだ。

 そうなると、人の居ない場所まで移動するのが良いのだろうが、如何せん森が小さいのが問題になる。

 その事に気が付いたエイトは内心で舌打ちすると、どうするか考える。


(ひとまず目的の薬草を採取して、それから人が居ない場所で魔物を探すしかないな)


 今日の依頼は、昨日と同様に採取依頼だ。となると当然として、先ずやるのは目的の薬草を探す事が先決。レベル上げは、その後になる。

 少し……いや、かなり面倒だが、魔術師だと悟られぬようにするにはそうするしかないだろう。

 エイトは、手に持つ槍を強く握ると、森の奥深くへと進む。

 そして暫く進んでいると、小さな池を見付けた。しかも、池の周りに複数の野草が生えていて、目的の薬草のシワブキも沢山自生していた。


(お!? これで依頼は完了だな。早速採取させて貰うとするか)


 笑みを浮かべながら内心で呟くエイトは、空間倉庫から袋を取り出しツワブキの葉っぱだけを採取して入れていく。薬草として効能が有る部分が葉っぱだからだ。

 ツワブキの葉には、腫れ物、火傷、湿疹、打ち身、解毒、等に様々な効果が有り、エルドラドでも重宝されている。因みに、日本でもその効果は同様に知られている。

 そのツワブキの葉っぱを、袋一杯に採取したエイトは、次の目的の為に行動を始める。

 しかし、エイトがこの森に入ってから一時間は経過しているが、一度も魔物には遭遇していない。

 その事に疑問を浮かべつつ、周囲に注意を向けながら移動しているエイトが、遠くから聞こえる怒声に気が付き足を止める。


(何だ? 戦っているみたいだな……どうする? 行くか?)


 本来冒険者同士は助け合うということをしない。勿論、中には助け合いを大事にする冒険者も存在するが、それは少数と言っていいだろう。

 何故なら、戦闘中の冒険者達を助けた場合、倒した魔物の所有権で揉めたりする事が有るし、助けに入った冒険者に戦闘中の魔物を擦り付けて逃げる冒険者も存在する。故に、そういった事例が沢山有るので、冒険者同士で助け合うという事は少ないのだ。

 尤も、知り合い同士の冒険者なら助け合うのは普通だ。

 しかし、エイトに知り合いの冒険者など存在しない。そうなると、戦闘中の人達を助けに行くのは止めておいた方が良いと言える。

 だが、エイトは平和な日本で生きていたのだ。そして、その日本では助けを求める者には救いの手を差し伸べるということを道徳的に、倫理的に刷り込まれている。故にエイトは、戦闘音のする方へと進み出した。


(やっぱり戦闘してる最中だったか……魔物は、豚? 豚が二足歩行で、斧を持ってる……あれは普通なのか?)


 エイトの視線の先では、四人組の冒険者がオークと呼ばれる豚の魔物に襲われている。しかも、一人は重症と思われる怪我を負っている。

 それを見て、エイトは戸惑った様子で冒険者達に声を掛ける。


「大丈夫ですか!? と言うか、それは魔物? それとも獣人?」


「何を意味不明な事を言ってるんだ! 魔物に決まっているだろうが!!」


 オークの持つ巨大な斧の一撃を既の所で避けつつ、エイトに怒声混じりに答える男性冒険者。

 エイトとしては、もしかしたら冒険者同士の争いかもしれないと思ったのだ。何せ、ブリッツに来てから狼人族や猫人族を目にしていた為、もしかしたら魔物ではなく獣人じゃないかと思っても不思議ではない。

 エイトは、それが間違いであると分かると、オークと戦闘している冒険者達に向けて大声で尋ねる。


「手を貸しましょうか!?」


「煩いんだよ! ガキにどうこう出来る魔物じゃないんだ! ここから早く消えろ!!」


 エイトの問いに、今度は女性の冒険者が答える。

 彼等からすると、小さな子供の冒険者が一人加わっても意味が無いと判断したのだろう。尤も、口調は悪いがエイトにオークを擦り付けなかっただけ、多少はましな冒険者だと言える。

 そんな冒険者達の言葉を聞いたエイトは、多少悩むものの自身を必要とされていない為、その場を静かに去る。

 そして、オークと冒険者達の戦闘音が聞こえない場所まで移動すると、難しい表情で考え込むように地面に腰を下ろす。


(やっぱり助けた方が良かったんじゃないかな……一人は足から大量の血を流していたし。でも、消えろって言われたしなぁ)


 浮かない表情のまま、内心で呟くエイト。

 エイトとしては、心から心配だったので助けは必要かと尋ねたのだが、冒険者達からの答えは、この場から消えろ、と言う言葉だった。そうなると、邪魔にならないように、その場所を離れるしかなかった。

 エイトの行動は間違いでは無いだろう。彼等自身で、エイトの助けは不要だと判断したのだから。

 とは言え、やはり気になるのだろう。再度冒険者達の居た方向へと視線を向けるエイト。

 だが、既に冒険者達との距離は1km以上も離れていて、今から行っても戦闘は終わっているだろう。冒険者達が勝っているにせよ、負けてオークの食事となっているにせよ。

 そんな風に、心配そうな表情をしていたエイトの顔が一変して、厳しいものへと変わる。自身の直ぐ近くに何者かの足音がしたからだ。

 エイトは、何時でも魔法を発動出来るように意識しながら、音がした方向へと睨むように視線を向ける。

 すると、先程見た同種のオークが5体、その姿を現した。

 その瞬間、エイトは呪文を唱え始める。


『我が魔力を依り代に、現れよ』


 エイト周囲に五つの光りの塊が。そして、オークの背後に五つの光りの塊が現れる。


『出でよ、聖なる騎士! ゴーレムカヴァリエ!』


 騎士然としたゴーレムカヴァリエが、その青銅製の体を自慢するかの様に姿を現す。

 そして、姿を現したばかりのゴーレムカヴァリエに、エイトが素早く指示を出す。


「その豚の魔物に、何もする暇を与えるな! 殲滅せよ!」


 自身達を生み出した主の指示を聞いたゴーレム達が、盾を前に突き出した状態でオークに詰め寄る。

 そして、突然出現したゴーレムに戸惑った様子のオーク達は、手に持つ粗悪な剣を前方に向けて構える。つまり、エイトの居る方向にだ。

 だが、前方のゴーレムが間合いに入った途端、背後のゴーレムに気が付かずに、背に強烈で致命的な一撃を喰らい、痛みに叫びながら地面に踞る。

 そのオーク達へ、前方のゴーレムが無慈悲な一撃を喰らわせる。

 すると、エイトの体が光りに包まれる。レベルが上がったのだろう。しかし、エイトは魔物との戦闘を終えたばかりで興奮していた為に、それに気が付いていないようだ。


「昨日の狼達との戦闘が役に立ったな。あれが無ければ、こんな作戦も思い付かなかっただろうし。……ふぅぅぅ」


 そう呟きながら、地面に大量の血と腸と脳髄を垂れ流すオーク達の死体を見つめるエイト。

 前面のゴーレムを囮兼盾にし、オーク達の背後に錬成したゴーレムで致命傷を与える。その作戦は、なかなかに有効な作戦と言える。

 エイトは、一度深く深呼吸をすると、ゴーレムにオーク達が確実に死んでいるかの確認をさせて、空間倉庫から魔物解体全書の本を取り出し、オークの解体を始める。

 昨日と同様に、長い時間が掛かると考えていたようだが、グリーンウルフとは違い、オークの解体は予想以上に早く終わった。


「オークの体って、使える部分が全然無いんだな。魔石と討伐証明の鼻位か……一応オークの体にある脂肪で、灯りに使う油の代用が出来るみたいだけど……臭くて使う人は皆無って本に書いてあるし、どうしようかな。念の為に空間倉庫に入れておくか?」


 そう、エイトが言うようにオークの体には使える素材が少ないのだ。だからこそ、解体に時間が掛かる事は無かった。

 そんなオークの死体だが、一応とは言え灯りの油の代用に使える。故に、オークの死体を空間倉庫に取っておくか悩むエイト。

 だが、そんなエイトが、突然出していたゴーレムを魔素に変換する。

 そして、エイトから見て後方へと視線を向けたまま槍を構える。


「さっきは危なかったな」


「ははは、お前は足から血を流していたからだろ?」


「確かに、私達の足を引っ張るんじゃないよ!」


「うっせぇよ! うおっ!? オークの死体だ……しかも5体はいるぜ……」


 先程、1体のオークと戦闘していた冒険者達がお互いに言い合いながら、エイトの居る場所にやって来た。

 その事に気が付いたからこそ、エイトはゴーレムを魔素へと戻したのだろう。


「お前……さっきのガキか? お前が5体のオークを?」


「そんな訳ないじゃない。ランクGの私達でも、1体のオークに手間取るのよ。大方、オークの死体を見付けただけでしょ」


 女性冒険者の言葉とは裏腹に、男性冒険者達は怪訝な目でエイトを見つめる。

 そんな状況で、エイトは少々面倒だと考えたのだろう。説明をする事を止めて、その場を去る為に話を合わせる。


「そうなんですよ。偶々オークの死体を見付けて……恐らく、実力のある冒険者の人が倒したんでしょうね。……では、俺は依頼の途中なので失礼します」


 オークの死体を空間倉庫に入れるのは諦め、エイトは足早にその場を去る。

 勿論、男性冒険者達は納得していない様子なのだが、エイトがそそくさと去った為、質問する時間さえも無かった。

 そして、暫く小走りで移動していたエイトは、息を整える為に立ち止まる。


「はぁ、はぁ、はぁ………今日はもう帰ろう。冒険者に見付からないようにするのが、こんなに苦労するとは……」


 明日からはどうしよう。そう呟く声が森に響いていた。

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