標的の魔物
アランの何気ない素直な感想によって、エイトは気分を良くしたのか嬉しそうに立ち上がると、空間倉庫からコボルトの死体を出して、身を捻らせながら勢いよくラウール湖へと投げ込む。
見え透いたお世辞の類いではなかったからこそ、エイトは素直にその賛辞を受け入れ、同時に落ち込んだ気持ちを一新出来たのだろう。
もっとも、そうだとしてもアランのように真っ直ぐな性格の者からの賛辞でなければ意味はないだろうが。
「………………また駄目か?」
湖面へと投げ込まれたコボルトの死体は、何かに食われる事もなく、ゆっくりと沈んで行く。
その様子を残念そうに眺めていたエイトだったが、傍らに立つアランは目を細めて湖面の波に注視している。
そしてそんなアランが、自信ありげな様子で口を開く。
「エイト、ゴーレムを出して戦闘準備しておけ。それが終わったら、もう一度死体を投げ入れてみろ」
「?……特に変わった様子は見えないけど……分かった」
魔物の兆候は一切無いが、アランは何かを感じているようだ。
事実、アランは油断なくレイピアの柄に手を乗せている。
それを見たエイトは、一度頷くとロングソードの代わりに槍を装備したゴーレムカヴァリエを四体錬成して水際に立つ。
そしてアランの言葉通り、もう一度空間倉庫からコボルトの死体を取り出して、先程と同様に勢いよくラウール湖へと投げ込む。
すると、コボルトの死体が湖面に着水するかしないかという瞬間、水中から灰色の物体が死体目掛けて飛び出して来た。
その一瞬の出来事に、エイトは驚きの余り目を見開く。
アランの言葉通り、まさに圧巻の光景だ。
「うおっ!? ウォーターリザードか!?」
「エイト、ゴーレムに攻撃させろ! 今なら槍を持ったゴーレムの間合いに居る! 水中に潜り込まれたらどうしようもねぇからな!」
突然水面に姿を現した灰色の物体の正体は、間違いなく正真正銘ウォーターリザードだった。
全長3m、ゴツゴツとした灰色の硬い皮膚を持っており、大きな顎からは細かい牙を無数に覗かせている。
その姿を見たエイトは、地球にも存在したクロコダイルを連想する。
確かにエイトの考える通り、クロコダイルに瓜二つの姿をしていた。だが一ヶ所だけ異なる部分があり、前足と後ろ足の両方がヒレと呼ばれる形状をしている。
それはつまり、クロコダイルのように陸上を移動する事が出来ないと暗に示していた。だからこそ、エイトが浅瀬で行った連日の地引き網漁でなかなか姿を確認する事が出来なかった理由なのだろう。
それはともかく、漸く姿を見せたウォーターリザードに、エイトは声を張り上げゴーレムカヴァリエに向かって指示を出し嗾ける。
エイトの、攻撃を開始しろ、という指示を受けた四体のゴーレムカヴァリエが、水際に立ち一斉に突きを放つ。
しかしウォーターリザードの皮膚はエイトの想定していたよりも硬く、少々の傷を付けると共に怒りをかっただけに終わった。
その結果を目にしたエイトは、眉を顰め舌打ちをすると、魔力を体から漲らせる。
「ちっ……Set!」
人差し指と中指をウォーターリザードに向けると、エイトの背後に五本の鉄製の槍が出現した。
「これでも喰らってろ! Shot!!」
五本の黒い線が標的に向かって突き進み、易々と硬い皮膚を貫通し、鉄製のアイアンランスは水中に姿を消していった。
無論、五本のアイアンランスに貫かれたウォーターリザードは、悲鳴という叫びも上げる暇は与えられず静かに湖面に浮かび心臓の鼓動を止めている。
その事実に、エイトは若干納得がいかない様子で首を傾げている。
「ほう、エイトの魔法はゴーレムだけじゃねぇんだな。……………どうした?」
「なんつうか……弱くね? 確かにゴーレムカヴァリエの攻撃が効かなかった時は厄介な奴だなと思ったけど、ランクアップの課題にしては生温くない?」
エイトはウォーターリザードを強敵だと考えていたらしく、それを聞いたアランはエイトの表情の意味に納得したように頷きながら苦笑する。
確かにウォーターリザードの魔物としての討伐ランクDは、普通に考えると過大評価されていると思えるかもしれないほど弱く感じられる。
しかしそれは常に水中に居るので、通常手段では討伐するのが困難な為にランクDという高いものに設定されているからにすぎない。
事実として、ウォーターリザードによく似た魔物で、同等の強さのウォーターリザードマンという水陸両方の魔物が存在するが、そちらの討伐ランクはEに設定されている。
それに今回の場合……エイトの場合で言えば、魔法が使えたからこそ一般の冒険者より楽に倒せたが、普通は苦労するものであり、あの手この手で四苦八苦しながら倒すものだ。
つまり、ただ単純にエイトの魔法がウォーターリザードの討伐に対して相性が良かっただけの事。
それ故、エイトからするとウォーターリザードが物足りない獲物に感じてしまったのだろう。
アランは苦笑しつつウォーターリザードの死体を引き上げているゴーレムカヴァリエを眺めながら、掻い摘んでそれらの説明をエイトにする。
「あー……成る程。それじゃあ、ウォーターリザード自体の強さはそれほどじゃないってことか」
「そういうことだ。まぁ、それにしたってお前の魔法がウォーターリザードに有効過ぎたってのもあるがな。まさか遠距離攻撃も出来るとは思わなかったぜ」
「ん? あぁ、アイアンランスの事か?」
遠距離攻撃と言われて、直ぐに分からなかったエイトだが、それがアイアンランスの事だと判断してウォーターリザードの解体をしながらアランに尋ねる。
「アイアンランスって言う魔法なのか……まったく、ゴーレムといいアイアンランスといい、お前には驚かされっぱなしだ。しかも、剣道とか言う剣術も使えるときた。極めつけは油の新しい製造法だ………お前は何処の国の出身だ? このヴァイスハイトじゃねぇだろ?」
感心したような、それでいて呆れたような表情でエイトへと尋ねるアラン。
それも当然だろう。今までのエイトの様子を見ていれば、誰でも疑問に思う筈だ。
アラン曰く、鋼鉄製以上のゴーレムは神話や物語にしか存在しないらしいし、誰も知らない油の製造法を知っており、尚且つアランが聞いた事もない剣術を修めている。そんな人物が自分と同じ国の人間だとは思えないのも無理からぬ事だ。
事実、エイトはこの国の出身ではない……と言うより、この世界の出身ではないのだから尚更そう疑問に思ったのだろう。
(さて、どうしたもんかね。アランやジュードさんは善人だと思うから、素直に話してしまっても良い気がするけど。………でもなぁ、アランが人前でポロッと喋っちゃいそうなんだよなぁ)
魔法やギフトの事を教えてしまっている現在において、自分が渡り人である事を打ち明けても良いのではと内心で悩むエイト。
だが、それが他の人物に知られてしまえば、エイトの知識欲しさにちょっかいを掛けて来る者達が現れるのは間違いない。
それを考慮すれば、その秘密は胸の内に納めておくのが良いだろうし、それが何よりの安全策ではある。
それに、エイトが内心で呟いていたように、アランがうっかり喋ってしまう未来が容易に想像出来てしまう。勿論、アランは人前でその秘密を喋るような馬鹿ではないが。
ともあれ、暫く悩み込んだエイトだったが、今はまだ話さなくても良いだろうと結論付け、不適な笑みを口元に浮かべつつアランの疑問に答える。
「ふふふ、俺ぐらいの高貴な男になると隠せないものだな。そう、俺は遥か遠くの国より来た王子なのだよ。さぁ、崇め奉るがよい!!」
「…………………………お前、頭は良いが時々馬鹿になるよな。どこをどう見たら王子なんだよ。………高貴さの欠片もねぇだろ………」
茶化すように答えたエイトを見て、アランは心の底から呆れた視線を向ける。
確かにアランの言葉通り、とても皇族の人物には見えない。一つ一つの所作が貴族の教育を受けた者とは別物だからだ。
良くて学者の子供、そう考えた上での質問をアランはしたのだろうが、帰って来た答えはアホ丸出しのものだった。
それ故、素直な感想を述べたアランだったが、その言葉にエイトは噛み付くように反論する。
「貴族のくせに、全然貴族らしくないアランには言われたくねぇよ!!」
「アホか! 貴族貴族してるだろうが!! 貴族の匂いが辺り一面に漂いまくってるわ!!」
「どこがじゃアホ!! 貴族の雰囲気の欠片もねぇよ!!」
またもや始まる幼稚な言い争い。似た者同士という証拠なのかもしれない。あるいは、同族嫌悪だろうか……いや、やはり似た者同士故の、仲の良い証拠なのだろう。
そんなある種の微笑ましさすら感じさせる言い争いが終わると、アランもウォーターリザードの解体を手伝う。
その際、アランが解体の手解きをエイトにするのを見るに、やはり仲が良いと言わざるを得ない。
そして、アランが加わった事により、あっという間に解体が終了する。
エイトも魔物の解体を沢山こなし、手慣れてきてはいたが、そのエイトを遥かに凌ぐスピードで解体を行うアランには内心で感嘆の声を漏らすエイト。
そこでふとアランのランクを尋ねた事がなかったという思いに至ったエイトが、感心しながら口を開く。
「なぁ、アランのランクってなんだ? 少なくともランクC以上なんだろ?」
「なんなんだよ急に……まぁ、隠す事でもねぇから教えても良いが……。オレのランクは、Bだ」
特に自慢するでもなく、淡々と答えるアラン。
それにエイトは、やっぱりな、と小さく呟き納得したように頷く。
最初に出会った時に剣を交えた事と、目の前で鮮やかな手つきで解体する姿を見て、半ば予想していた通りの答えだったようだ。
だが、はっきり言ってそんなエイトの反応は冷静過ぎると言える。普通の冒険者ならランクBだと告げられれば尊敬の眼差しを向けるか、畏怖するものだ。
何故なら、冒険者はランクDで一人前と判断され、ランクCでは一流、ランクBに至っては人外と呼ばれ恐れられる。
それも当然だ。ランクBの冒険者は、一人で百人のランクDの者達を相手にして、余裕で蹂躙出来るだけの力量を持つのだから。
その辺の詳しい知識がないエイトだからこそ、冷静に納得出来ているが、知っていたら流石に驚いていたのは間違いないだろう。
そして早くその辺の常識を身に付けなければ、周囲の者に違和感を持たれる事受け合いだと言える。
「お前もボチボチ頑張る事だな。まぁ、エイトならわりと早くランクBまでは上がれるだろうけどよ」
「そうかな? それじゃあ明日からもレベル上げを頑張るよ! アラン、良い狩場を教えてくれよな!」
「レベル上げか………クククッ、丁度良い場所があるな。エイト、お前って虫は平気か?」
狩場の案内を頼んだエイトに、アランは怪しげな笑みを浮かべて質問する。
それに対して、エイトは首を傾げながらアランの言葉の真意を探るのだが、幾ら考えても答えは出なかった。
そんな風に会話しつつラウール湖から離れ、二人はブラント村へと続く道をゆっくりと進んで行った。




