再会
天然の温泉を満喫した翌日、エイトは清々しい気分で目を覚まし、一泊した大輪の椿亭を出る。
流石に、ある程度は冒険者として稼いでいたのだが……いや、より正確にいうと、底ランク冒険者としては破格の金銭を稼いでいたエイトであったのだが、それでも一泊金貨一枚というのは大金であり、今日の漁次第ではもう一泊、あるいは二泊、もしくはそれ以上に渡って今居る場所に滞在しなければならいかもしれないとあっては死活問題になってくる。
そこでエイトは、少しでも金を稼ごう為、村の中で昨日網に掛かった大量の魚を売れないかと、ブラブラと探索中なのだ。
しかし、村人に尋ねてみても、帰ってくる答えは全てが拒否であった。理由はやはり村の現状にあるようで、大量の魚をエイトから買う金が無いという事だった。
(みんな元気がない………って言うより、心底疲れているって感じかな。いったい何があったんだろう? 放火っぽいってのは分かるけど、どうもそれだけじゃなさそうなんだよなぁ)
村で起きた出来事を気にしないようにしていたエイトであったが、声を掛ける者達が全て疲れきった表情を浮かべているのを見ると、流石に無視するのも無理があり、多少気になりつつあるエイト。
だが、村に何があったのかとは聞きづらいのだろう。多くの村人が火事で死んだ可能性が高いのだから当然だ。それに、理由が分かっても、エイトにはどうしようも無い事は確かなのだから。
焼け落ちた建物を無償で修復してやる程の金銭は当然持ち合わせてはいないし、死んだ人間を生き返らせる事も出来ない。
それに、少々冷たい様ではあるが、エイトには彼らを助ける義理は無いのだから。勿論、目の前で魔物や暴漢に襲われている者が居れば、エイトは無償で助けるだろうが、それとこれとは別の話しになる。
ともかく、村人達は、一旦危機を脱した後なのだ。そこからは自分達の努力次第であり、そこに無理矢理エイトが手助けする義務もなければ義理もない。
故に、エイトは後ろ髪を引っ張られる様な感じを受けつつも、村の外に向かって歩きだした。
だが、そんなエイトが村を囲む石垣の出入口へと到達した時、飄々とした抑揚の声が掛けられた。
「ん? エイトじゃないか、どうしたんだ? 依頼か?」
声に反応してエイトが振り向くと、そこには見覚えのある男が居た。
自称貴族の男、アラン=ド=モーガンだ。
その男を視界に入れたエイトは、実に嫌そうな表情を浮かべて口を開く。
「なんでアンタが此処に居るんだ?」
「なんでって…そりゃあ、此処が俺の住む村だからに決まってるだろ。モーガン領の領主の館もこの村に存在するんだぞ。俺が居て当たり前だろうが」
「はあ!? じゃあ貴族って言ってたのはマジかよ!?」
「なんだお前、信じてなかったのか……」
エイトの言葉を聞いたアランは、そこまで信用されないほど怪しく見えるのだろうかと疑問に思いながら、自身の服装を確かめるように見渡す。
しかし、傍目から見ると、確かに貴族のようには見えない。どこから見ても、冒険者といった風体だ。
無論、アラン自身の顔立ちは整っており、一つ一つの所作は上品で、貴族と言われればそうなのかもしれないと思わせる雰囲気は持っている。
だが、エイトと初めて顔を合わせた時を思い返すと、アランが貴族だと名乗っても、それを簡単に信じるのは難しいのは否めない。
その事をエイトに言われ、アランはそんな事もあったな、と苦笑しつつ口を開く。
「ハハハ……で、お前はなんでブラント村に?」
「ランクDに上がる為に、ウォーターリザードを狩りに来たんだよ」
「……ほう」
エイトの返答に、アランは感心した様に小さく数度頷く。
外見では10歳程度にしか見えないエイト、あるいは、よくて12歳程度だろうか。そんな、外見上子供にしか見えないエイトが、ランクDにあと一歩で上がる所まで到達していると聞かされれば、誰でも驚くだろう。
実際、エイトのランク上昇スピードは、ブリッツの街の冒険者ギルドでは最速……否、エルドラド全域に存在する冒険者で最も速いスピードなのだ。それ故に、エイトはブリッツの冒険者ギルドで、今注目の新人冒険者として密かに騒がれている。
因みに、エイト本人は知らない事ではあるが、冒険者達はエイトを自分のパーティーに誘うべきか否かを、見極めている最中だったりする。
「あんだよ」
「クククッ、別になんでもないさ。ただ、お前の年齢でランクEの冒険者は珍しくてな……それだけだ」
相も変わらず無愛想なエイトの言葉と表情を見て、アランは可笑しそうに笑いながら答えた。アランからすると、揶揄いがいのある子供という認識なのかもしれない。
だが、エイトはそんなアランの様子が気に入らないのか、苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。
しかし、そんなエイトの反応さえアランには面白くて仕方ないようで、肩を大きく上下に震わせながら笑いだした。
「アンタ、相変わらず腹立つな。何がそんなに面白いんだよ」
「クッククク、まぁ、そう邪険にするな。お前には礼もあるしな、ついて来い。館で持て成してやるぞ」
面白くて仕方がないといった様子で、エイトの襟首をつまみ上げるアラン。
無論エイトは抵抗するが、ガキが遠慮するな、と言うアランに無理矢理連行されて行く。勿論エイトとしては遠慮など微塵もなく、ただただアランに関わりたくなかっただけなのだが。
そんなエイトは、ギャーギャーと騒ぎ経てるものの、まるで猫のように扱われながら辿り着いた場所で漸く地面に下ろされる。
そして、当然エイトは叫ぶ。もっとも、移動中もずっと叫んではいたのだが。
「別に礼なんかいいって言ってるだろ!! 俺はウォーターリザードを狩らなきゃいけないんだよ!!」
実に迷惑そうにアランに訴えるエイト。
しかし、次の瞬間。アランは、サッとエイトの首に腕を回しヘッドロックを掛けると、そのまま無骨な屋敷の扉を叩く。
「帰ったぞ、開けてくれぇ!」
建物だけで400坪はあると思われる屋敷。そんな屋敷の扉を、ぞんざいに叩くアランの姿は本当に貴族だったのだと証明していた。
漸く此処まで来て、エイトはその事実を認めたようだ。それでも、アランに対して敬語を使うつもりは一切ないようではあるが。
それは最初の出会いから考えて仕方のない事にも思えるのだが、それはそれ、貴族には礼儀をもって対応せねば最悪不敬罪で処罰されかねない。
それを考えると、エイトのアランに対する態度は最悪だと判断してもいいだろう。しかし、それを許しているアランは懐の深い貴族なのかもしれない。
ともあれ、暫くすると扉の向こう側から女性の声と共に、ゆっくりと扉が開かれた。
「お帰りなさいませ、アラン様。そちらの方は?」
恭しく一礼しながら、メイド服を着た30前後と思わしき女性が、アランに問い掛ける。
「オレの客で、名前はエイトだ。応接室に案内してやってくれ」
「かしこまりました。それではエイト様、ご案内致します」
エイトは先程まで叫んでいたのだが、初対面の人間が居る為に、恨みがましい目付きでアランを睨み付けるだけに留め、メイドの案内に静かに付いて行く。
そして、案内された部屋のソファーに座ると、メイドが淹れてくれた紅茶を口にする。その紅茶は、いつかデズモンドと一緒に飲んだ紅茶と同様の物のようで、エイトはアランに乱された心が安らぐのを感じていた。
そんなエイトの様子を見ていたメイドが、優しい声音で話し掛ける。
「お気に召しましたか?」
「はい。この紅茶を飲んでると、とても落ち着くような気がしますね」
エイトの言葉を聞いたメイドは、嬉しそうに微笑む。
まるで室内が幸せで包まれているような雰囲気になるが、勢い良く開けられた扉がそんな雰囲気を壊した。
「ジュード、このガキがあの情報をくれた奴で、名をエイトという冒険者だ」
雰囲気をぶち壊したのは、勿論アランだ。
そんなアランに次いで部屋に入って来たのは、アランの鍛えられた体躯とは対照的な、細い体つきの男。
アランと同様に金髪蒼眼、アランよりも少し年下と思われる。
「アラン様、ノックをするのが礼儀ですよ。お館様の評判に傷が付いてしまいます」
「へいへい、ミーナは相変わらず厳しいな」
メイドに注意されるが、アランには何処ふく風といった様子だ。
その事に溜め息を一つ吐くと、メイドはアランともう一人の分の紅茶を淹れてテーブルに置き、一礼して退去していった。
そして、エイトが座るソファーの対面に設置してある椅子に、アランにジュードと呼ばれていた男が座り、その隣にアランが笑みを浮かべながら腰を下ろした。
「初めまして、ジュード=ブラント=ド=モーガンと申します。このモーガン領の領主です。宜しくお願いします」
「ぅえ?! あ、えっと、エイトです。……あの、確かアランが長男だったと聞いていたんですが……領主は貴方なのですか?」
エイトが驚いた理由は、明らかに長男よりも若い男が領主だと名乗った事だ。
貴族は世襲制であり、代が変わる時には長男が継ぐのが普通なのだ。勿論、息子が居らず娘が居る場合は、婿を取ったりするのだが。
しかし、このモーガン家には長男であるアランが存在するのだから、アランが当主になるのが本来の形になる筈である。
その辺の貴族の事情を、エイトはデズモンドから聞かされていて知っていた。それ故、ジュードの言葉に驚いたのだ。
そんなエイトの反応が面白かったのか、アランは楽しそうに笑い説明し始めた。
「ハッハッハ! 絶対に長男が継ぐのが規則じゃねぇぞ。オレには領地経営は無理だと思ったからな、だから貴族院にオレの廃嫡の申請を父上に出して貰って、弟のジュードが当主になる様にしたんだ」
アランの言う貴族院を簡単に説明すると、貴族の戸籍管理をしている組織だと認識するのが分かりやすいだろう。
そして、その貴族院に何らかの理由で廃嫡……つまり、素行が悪いとか、体が生まれつき弱いとか、そんな理由があり、当主の判断で家を継ぐのには不十分だと見なされれば、貴族院で手続きをする事によって下の子供に世襲させる事が可能になるのだ。
しかし、何度も繰り返すが、通常は長男が継ぐのが普通であり、今アランが説明したような事態は、そうそう起こり得ない事だ。 何故なら、自分が当主になるチャンスがあるのなら、自分がなりたいと思うのが通常の反応だろうからだ。
それなのに、父親に自分から領地経営に向いていないから廃嫡してくれと頼むアランが異常だといえる。
(欲が無いのか、はたまた本当に家の未来を考えて、弟のジュードさんに託したのか。あるいは、アランの事だ、ただ面倒臭いという理由なのかもしれいな)
エイトはジト目でアランを見つつ、内心でアランの事を扱き下ろす。
「エイトさんからの情報で、敵の正体が判明しました。本当に助かりました」
「あの、敵とは?」
「兄上から聞いていませんか?」
聞いていないのか、そう尋ねられたエイトは、首を左右に振って言外に何の説明もされていないと告げる。
それを受けて、ジュードはアランに鋭い視線を向ける。
「いや、ハハハ……そんなに睨むなよ。謝礼を払う時には説明しようと思ってたんだが、今日バッタリ出会ってな。それで、説明するのが今からになっただけだ」
何時も飄々としているアランが、ジュードに睨まれただけで表情を引き吊らせている。
その事実が心地良いのか、エイトは嬉しそうに笑顔を浮かべて眺める。
そんなエイトに、アランは視線を向け一言謝罪すると、モーガン領のブラント村に起こった出来事を説明し始めた。




